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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親
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第九十話 赤竜との交渉

 しかし少女が説明を始める前にダークエルフの一言がギギゼラを救った。


『お客さんが来ているようですよ』


 ダークエルフはこの大空洞の入り口の方へ、ルドルフたちの方へと顔を向けた。いつからかはわからないがとっくに気づかれていたらしい。ルドルフはこのまま引き返そうか迷ったが、少女の言葉から判断するに彼らはギギゼラをどこかへ連れて行こうとしているようだ。だとすればその前にこちらもギギゼラに要求を聞いてもらわなければならない。


 ひとまずギギゼラと話そう、と決めたルドルフは片手をかざしてセラたちを無言のまま制止すると、自分だけ姿をさらした。


「私たちは気にしないので、お連れさんたちもいっしょにどうぞ」


 ダークエルフは人間の言葉で大きく呼びかけた。相変わらずニコニコ顔は崩さない。その顔を見ているとすべてが洞察されているような妙な気分になってくる。ルドルフは先ほどからの少女の様子が少し理解できたような気がした。


 ルドルフは観念して人差し指でちょいちょいとセラたちを招いた。これで隠れていると肝心のギギゼラに不信感を与えてしまうかもしれない。


 物陰からアクィラ、セラ、バルド、ラエルが順にぞろぞろ出て行くと、少女は怯えてダークエルフの影に隠れた。巨大な骸骨が現れた時には何でもない顔をしていたのでルドルフはおやっと思ったが、単に反応の遅い子なのかもしれない。


『こちらは急がないので、そちらお先に用件をどうぞ』


 ダークエルフは言葉を竜の言語に戻して言った。


『すまないが、席を外してくれないか』


 ルドルフも竜語で応える。


『どうぞどうぞ、我々にはお構いなく』


 ダークエルフは言った。笑顔のまま表情を変えないが、その言葉には有無を言わせぬ響きがある。この場を退く気はなさそうだ。


『いや、ならば我々は日を改めよう』


『よいから話せ。どうせこの者らは毎日来るのだ。ここ数ヶ月毎日だからな。気にしていたらいつまで経ってもわしと話はできんぞ』


 ルドルフはダークエルフの前で話を切り出す気にはなれず、引いていったん仕切り直そうとしたが、ギギゼラはかまわず話を促した。竜らしい尊大な物言いだが、声のトーンは明るくなり、一息ついたような感が伝わってくる。機嫌は少なくとも先ほどよりはよさそうだ。


 だが一方でその言葉の内容はルドルフをわずかに暗澹とさせた。


 数ヶ月毎日……なんという巡り合わせの悪さか。いや、ギギゼラをどこかへ連れて行ってしまう前でよかったと思うべきか。そうしよう。物事は良い方向に考えなくては。


 ルドルフは気を取り直してギギゼラに向き直ると直截に語りかけた。


『ギギゼラよ。あなたを力のある竜と見込んで頼みがある。単刀直入に言うが、とある子竜の名付け親になって欲しいのだ』


『初対面でわしを呼び捨てとは無礼な奴だ。だがまあよい、続けろ』


 無礼な奴、と言いつつもギギゼラはルドルフの願いの内容に強く興味を持ったようだった。じっとルドルフの言葉に耳を傾けている。


 続くやり取りの中でわかったことだが、ギギゼラはルドルフのことを名前すら覚えていなかった。ルドルフは、昔あれだけ人をこき使っておいて、と苦々しく思ったが、ギギゼラにとって人間とは所詮その程度の存在なのだ。また覚えていてもらったとしても、大して交渉のプラスにはならなかったろうと考えて、そのことはきっぱり忘れることにした。


『ほう、エレイースがわしをな……』


 そんなギギゼラもさすがに同族のことは覚えていた。


『わしというものがありながらほかの竜との間に子を成したことは許せんが、どうやらわしの偉大さがようやくわかったらしい。わざわざ名付け親を頼んで来るとはのう。グォフォフォ』


 ルドルフの話を聞いたギギゼラは唸るように笑った。


『よし、わし自らエレイースのもとに出向いてやろうではないか。今度こそわしの子を産むと言うなら、その子竜の名付けもついでにしてやろうぞ』


 これまでの会話でルドルフはエレイースとギギゼラの関係が少しわかった気がした。ギギゼラの名を出した時のエレイースの嫌そうな顔を思い出す。だが当人同士のプライベートにはあまり深入りしないでおきたい。


 ギギゼラにはエレイースがアンデッドになっていることは明かさなかった。アンデッドである以上、もはやギギゼラの子を産むというのは不可能なわけだが、パッと見アンデッドとはわからないはずだ。すまないが、エレイースにはうまく立ち回ってもらって、なんとか子竜の名付けまで持っていくしかない。その後のことは後で考えれば良い。


『ところで、その子竜はメスなのか? オスなのか?』


 思いがけない質問にルドルフは意表を突かれたが、そういえばどっちだったか、とセラの顔を見る。


『女の子です』


 ルドルフの意を察してセラが答えた。


『ならばその娘ともいずれ子を成せるな。ああ、今日はなんという良き日だ!』


 ギギゼラは興奮のあまり、尻尾で地面をドシンドシンと叩いた。


 ルドルフはエレイースがこの赤竜を嫌っている理由がなんとなくわかった。


 人型になったギギゼラは見たことがないが、なんとなくだらしなく太った悪徳商人のようなイメージがわいてきた。困っている母娘の弱みに付け込んで手籠めにする悪い奴である。


『ヌイよ。わしはどうしてもやらなければならない用事ができた。しばらくここを留守にする』


 ギギゼラのその言葉を聞いた少女はなぜそういうことになったのかよく理解できず愕然とした。


『な、なんでヌイとは来てくれなくて……その人たちとはいっしょに行くんですかぁ。ひどい。もうヌイはおしまいです』


 そう言ってしくしく泣き始める。


 かと思うとおもむろに足元の石を拾って次々と投げ始めた。


『もう! もう! ギギゼラさんの意地悪! 馬鹿! 阿呆! おたんこなす!』


 ギギゼラは少女の思わぬ行動に困惑している。


『やめんか、コラ。ヌイよ』


 その困惑するギギゼラの右目に少女の投げた石が見事命中した。悶絶してのけぞるギギゼラ。竜とはいえ勢いよく目にゴミが入ればそれは痛い。そして次の石がのけぞった竜のあごの下のひときわ目立つ鱗にヒットした。ひとつだけ逆さに生えた鱗である。


「「あ」」


 思わず漏れ出たルドルフとダークエルフの声が重なった。これまでニコニコし通しだったダークエルフの顔からもさすがに笑いが消えている。


 彼女は竜の逆鱗に触れてしまったのだ。

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