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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第八十話 白き裸体と魔法陣

 ルドルフは書斎で裸のアクィラと二人きりになっていた。アクィラが身に着けているのは腰を覆う小さな一枚の下着だけだ。


 片膝をついたルドルフがアクィラの胸の真ん中に指を当てて何かを調べていて、アクィラはそれと向き合う形で両手を水平に上げている。いつもふたつ結びにして垂らしている赤い髪は結い上がっていて、透き通るような白い背中が開けっ放しのドアの方を向いていた。


 何かの気配に気がついたアクィラが首だけで振り向くと、廊下をたまたま通りがかったバルドと目が合った。眩しい彼女の背中がバルドの瞳に映っている。


「す、すみません!」


 歩く途中の姿で固まっていたバルドは顔を赤くして足早に歩き去った。それを見たアクィラはにまっと笑う。


「いいね、いいね。あの初々しい反応。ああ、人間は素晴らしい!」


 人間の何が素晴らしいのかと言うと、おそらく人様の裸を見ても無反応なアンデッドと比べて素晴らしいということなのだろう。いずれにしろアクィラはご満悦である。


「無垢な少年に手を出すなよ」


「ばっ、お子様に手なんか出すか、バカ!」


 ルドルフが調べている箇所から目を離さずに言うと、アクィラはやや慌てた声を出した。


 バルドをお子様扱いしているアクィラも享年十八歳で成長が止まっているので、今年十四となるバルドと身体的な年齢はそんなに変わらないはずだ。精神年齢は二百五十歳超なのかとも思ったが、いつも気の向くままに生きているというかんじだし、何かと人をあおってちょっかいかけるところや、それでいて守勢に回るとすぐ余裕をなくすあたりなどはそれほど大人というかんじでもない。


 ちなみに体格で言うとバルドの背丈はすでに立派な青年のものとなっていて、女性の平均的身長であるアクィラをゆうに追い越している。


 そこに今度はラエルが通りがかった。ルドルフはアクィラの右腕をさらに持ち上げて脇の下を調べている。ラエルはそのアクィラを斜め後ろから見て、脳天から稲妻を受けたかのように固まった。その視線はアクィラの脇の下ごしにのぞく胸部のふくらみに吸いつき離れない。


 ラエルの視線に気がついたアクィラは生娘のように恥じらい、左腕で胸を隠しつつ体をよじった。


「見ないでっ」


 わざとラエルに見せるようにしたその表情は儚げで、先日戦った恐ろしいアンデッドとはとても思えない。ラエルはサッと両手で顔を塞いだが、わかりやすく指の隙間から光る目がのぞいていた。今まで見ていたものは隠されてしまったが、それでもなお肉感豊かな体のラインは十分な吸引力を持っていた。


「ケケケ、見ろ。ガン見してやがる」


 顔を背けてルドルフの方を向くとアクィラは悪い顔になって言った。それを見てルドルフはため息をつく。


「お年頃な少年をからかうのはやめたまえよ。ラエル、俺たちは今ちょっと忙しいのであっちに行っててくれるか」


 しかしラエルは根が生えたようにその場に留まり、言った。


「ねぇ、おっぱい見てるの?」


 その直球のひと言を打ち返すのにルドルフは一拍の沈黙を要した。


「違う。体を調べてるんだ」


「ふーん。僕も見ていていい?」


「駄目だ。あっち行け」


「はいはーい、踊り子の裸はタダじゃないですからね。お代はお一人様金貨百枚になりまーす」


 そこで皮肉な笑みを浮かべたアクィラがラエルに向かって左手を背中越しに差し出した。隠されていたものがまたあらわになる。


「金貨百枚? 師匠に預けてる宝の中にそれくらいあるよね!」


 ラエルが必死の有様で食いついた。年頃ゆえに女性の裸に興味があるのはわかるにしても、この物怖じしない正直な様には感心してしまう。


 それ普通に踊り子いる店行った方が、とルドルフは言いかけたが、それが言葉として出る前になんとか口をつぐんだ。ラエルが言いふらせば女性陣に何と思われるか……ではなくて、さすがに教育上よくない。ああいうお店はまだ成人になるかならないかのひよっこが行く場所ではない。


「どうかお願いします」


 ラエルがしめやかに土下座した。ラエルのこの土下座は彼の父親仕込みらしい。なんでもよく母親に対して土下座している姿を見て育ったのだとか。顔を上げたラエルは曇りなき眼で彼女を見上げている。


 アクィラは一瞬面食らったが、すぐに意地悪そうな笑いを浮かべ、ラエルに向けてわざとらしくウィンクして見せた。いい退屈しのぎを見つけたとでもいわんばかりだ。


「やめんか。いたいけな少年をもてあそぶな」


 彼女までふざけ始めるとなると、そろそろ本格的に邪魔である。口だけではこの少年を退けることはできないようだ。そう判断したルドルフが立とうとした時、そのラエルの後ろからセラが現れた。


「あー! 師匠、アクィラさんの体を見る時は私も呼んでくださいって言ったじゃないですか!」


 セラはラエルを押しのけて、つかつかと近づいてきた。そしてルドルフが調べている場所にぐっと顔を近づける。


「刻印された魔法陣はどこにあるんですか?」


 それは純粋なる学究の徒の目である。アクィラはいつもとは一線を画すセラの勢いにちょっと気圧されている。


 先ほどからルドルフは、リッチキングがアクィラの体に刻んだ小さな魔法陣を調べていた。たしかにセラと一緒に見る約束をしていたのだが、午前中の魔術の鍛錬で疲れたセラが気持ちよく昼寝をしていたので、起こさないでおいたのだった。


 ルドルフはセラのその質問に答える前に、セラに習ってちゃっかりアクィラのすぐ側までやってきたラエルに告げた。


「ラエル、遊びじゃないんだ。お前はもう出ていけ」


「僕も刻印された魔法陣が気になる」


 ラエルはキリっとした顔でそんなことを言って居残ろうとしたが、すでにうんざりしていたルドルフは腕をつかんで引きずっていく。


「セラが良くてなんで僕は駄目なのさ! 不公平だ!」


 抗議するラエルを引っ張ってドアのところまで来ると、ちょうどベルタが通りがかった。


「見てるだけ! 見てるだけだから!」


「すまん、こいつどっかに連れてってくれないか」


 食い下がるラエルを尻目にルドルフが頼むと、ベルタは快諾してラエルの腕を引き継いだ。その際に少し呆れたように言った。


「さっきもちょっと気になってたんだけど、そういうのは扉閉めてやりなよ」


「すまん」


 密室に二人きりとか変に勘繰られたらやだな、とドアを開けていたのだが、かえって変なことになってしまったようだ。


 ドアを閉め、鍵までかけてからルドルフはアクィラのところに戻った。セラが師匠の言葉を待ち構えている。


「普通には見えないように刻まれているからな。センスマジックを使って魔力を見る目をよく凝らすんだ。ここにひとつある。それとここ」


 ルドルフはそう言いながら、アクィラの体のところどころをひとつひとつ指差していった。額、首の前後、肩、脇の下、肘、手の甲、両胸の上部、背中、脇腹、へその上、足の付け根、太もも、膝、足首。都度ルドルフは解説する。セラは時折質問を返しつつ、それを熱心に聞く。最近、彼女は魔法陣の読み方についても学び始めている。書くのはもう少し先だ。


 アクィラの体には合計二十個余りの見えない魔法陣が刻まれていて、それは彼女の耐久力を大幅に向上させる効果を持っていた。アンデッドとしての体を壊れにくくするのと同時に、壊れない体で思いっきり力をふるう助けにもなっている。ヨミガエリとなったアクィラの身体能力は人間だった時と別に変わらないが、常人に比べて大幅に高まって見える理由はそれである。


 もともと人間は百パーセントの力を出すと体が壊れてしまうので、無意識にリミッターをかけて力をセーブしている。魔法陣にはそのリミッターを解除する力もあり、壊れにくい体と相まって、アクィラの戦闘能力を大きく底上げしていた。


 しかしルドルフがアクィラの体を見て唸ったのはその効果のためばかりではない。恐ろしく精巧で、無駄のない美しい術式。さらに魔法陣のいくつかが失われても効果が持続するように、冗長性もしっかり確保されている。


 実際、先日セラに消し飛ばされた右腕部分の魔法陣は、ルドルフが右腕を生やしてやっても欠けたままである。にも関わらず効果が失われていないのはそのためだった。さすがは魔導王と呼ばれた大魔術師の技だ、とルドルフも思わず畏敬の念を禁じ得ない。


 ルドルフがそんなことをセラに熱っぽく語っていたその時、不意に部屋の入り口で大きな音が響いた。


 ルドルフらが驚いてそちらを見ると、ドアが縦に倒れて床に転がっている。部屋の外の廊下に腰の引けたラエルが立っていた。


「ごめんなさい。僕、こっそりって頼んだんだけど……」


 力ずくでこじ開けられたドアは見事に蝶番が捻じれて壊れていた。こいつは相変わらず精霊に力加減させるのが下手なのだ。さすがのラエルもこれはやらかしたと思っているらしい。表情からそれがありありと伝わってきた。


「でも、僕、本当に見るだけだから……ちょっと見たかっただけ、だから」


 しかしながらこの正直な執念である。


 アクィラの体の魔法陣はほとんど調べ終わって、すっかり写しまで取っていたこともあり、ルドルフはおもむろに彼女に毛布を被せた。


「えっ、終わり?」


「終わり」


 ルドルフが無慈悲に答えると、ラエルは見るからにがっかりしてこの世の終わりのような顔を見せた。


「もういいのか? ふん。体を直してもらった借りがあるとはいえ、こんなのはもうこれきりだからな」


 体の隅々まで無遠慮に調べられたアクィラは心底うんざりしていた。

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