第七十九話 悩めるラエル
このところラエルの様子がちょっとおかしい。
人がいるところではいつも通り振舞っているが、一人になるとふと物憂げな顔をしていることがある。今までのラエルにはなかったことだ。馬鹿なことを言いながらセラやバルドにちょっかいをかける頻度も少なくなっている。
生死をかけた本格的な戦いの後だし、その戦いで争った相手と同居するという奇妙な状況にもなっているのだ。色々と気持ちの整理がつかないこともあるのだろう、とルドルフはしばらくそっとしておいたが、さすがにそのまま半月が経過しようという時になって、これはひとつの岐路なのではないかと考え始めた。
年が明ければやがてラエルも十五歳となる。成人だ。そうなればシャーロットと同行しなければならないという里の課した縛りも解けて、一人離れて本来の目的である嫁探しをすることもできる。必ずしも戦いの中に身を置くこともない。
もともとシャーロットはラエルを従士候補として連れてきたようだが、ルドルフやアリアナは彼に従士になることを強制するつもりはない。大きな力を持ってはいるが、それをうまく使うことができるのか、戦いに向いた性格なのか、そこに疑問を持っていた。
「成人したらどこに行ってもいいんだぞ? お前の自由だ」
ある日ルドルフは一人でいたラエルを見つけておもむろに声をかけた。
「何の話?」
ラエルが不思議そうな顔をした。
「いや、今後のことで悩んでいるのかと」
「今後……? ああ」
そこでラエルは初めてルドルフが何を言わんとしているのか理解したようであった。憂いを含んだ表情となる。しばらくの時をおいて思い切ったように言った。
「僕、リズさんに振られちゃったんだ」
その言葉はかなりルドルフの意表を突くものだった。
「いつの間に」
「あの村から帰ってくる途中で。ああ、僕やっちゃった」
ラエルは背を丸めて顔を覆った。その時のことを思い出したのだろう。
何を思っていきなり告白したのかはわからないが、知らないうちにそんなことをしていたとは油断のならない小僧だ。ルドルフは自分にはとても真似できそうにないその積極性にちょっと感心してしまった。
ルドルフは完全に興味本位で聞いてみた。
「それは……気の毒だった。ちなみにどこが駄目だったんだ?」
「リズさんは年上が好きなんだって。だから僕の気持には応えられないってはっきり言われちゃった」
ふーむ。何というか普通でもっともな理由だ。要は歳の差があり過ぎると。それは男を上げて挽回しろと励ましても無理そうである。
「てっきり、リズさんも僕のことを好きなんだと思ってたんだけどな……」
ルドルフはラエルがなぜ勘違いしたのか、その理由に少し心当たりがあった。
聖剣旅団のリズはだいぶ子供好きのようで、セラ、ラエル、バルドに面倒見よく声をかけていたのを見ている。年上の凛とした世話焼きのお姉さんに少年が憧れたとしても、何を責めることもできまい。しかも普段はあまり表情を見せないリズが、子供には優しい笑顔を見せるので、そのギャップが多感な少年の勘違いを加速させた可能性も考えられる。罪な女である。
ルドルフがそんな風に思いを馳せていたところ、ラエルは拳を握ってあとを続けた。
「でもさ、僕はそう簡単に諦められない。愛に障害はつきものだから」
「ほう」
「それで僕リズさんの言ったことを考えてみたんだけど」
「ふむ」
「年が理由なら、もしかしたらまだチャンスがあるのかなって」
「ふむ?」
「だったら僕、年上になればいいのかなって」
「……うん?」
ルドルフはラエルがどこへ行こうとするのか、少し興味を持って聞いていたが、途中から話が見えなくなってきた。だが次の一言はそんなルドルフをギョッとさせた。
「だからさ、師匠。リズさんを石化させることはできる?」
いったい何を考えているのだ。
「リズさんは二十二歳って言ってたから、十年くらい石化させたらちょうどよくなるかなぁ。いや、もっと年上になっといた方が……?」
ラエルの脳内で危険なシミュレーションが進んでいる。あえて子供らしい常識にとらわれない発想と言っておこうか。相手の迷惑を顧みずおかしな方向に行こうとしたら止めねばならんな、などと考えていたが、そのおかしな方向はルドルフの想像の範疇を超えてぶっ飛んでいた。
「待て待て、少年よ。リズもさすがに自分を石化させた人は好きになってくれないんじゃないかな?」
「石化は僕がさせるんじゃないでしょ? 師匠が悪の魔術師役で、僕がリズさんを救う王子様という筋立てなんだよ」
キョトンとした顔である。言ったラエルも聞いたルドルフも同じく黙り、しばらく間の抜けた沈黙があった。
「誰が悪の魔術師だ。やらんからな。それにもともと計画したのがラエルなら、悪いことはいずれ必ずバレる」
「……そうかー、そうだよね」
幸いなことに、ルドルフが拒否して諭すとラエルはあっさり引き下がった。さすがのラエルも本気でそれをやろうとは考えていなかったようだ。いなかったよな? いずれにしろルドルフは胸をなでおろした。
ラエルがこのようなことを考えたのは、おそらくすぐ近くにベルタやシャーロットたち前例がいたからだろう。さすがにゼロからの発想だとしたら天才が過ぎる。
「でも本当にどうしたらいいんだろう。なんだかずっと胸が苦しい」
ラエルが再び沈み込んだ表情となった。この手の相談を受けるにはルドルフは不適格だ。薄情ですまないと思うが、正直これ以上は関心もあまりない。
「……時間が解決してくれるのを待つか、新しい相手を見つけるかだな」
ゆえにありふれた一般論を口にしてお茶を濁した。せめてほかのだれかを相談相手に推薦しようかと思ったが、どうも身近に適格者が思い浮かばない。シャーロットか? いや、どうだろう。違うな。
「最初に言ったが、もうすぐ成人だろう。そうすれば自由にどこへでも行ける。ラエルはここにいてもいいし、まだ見ぬ誰かを探して外の世界に出るのもいい。しばらく考えるがいいさ」
少年の初恋はどうも実らなかったようだが、まあこうして異性に告白する度胸と行動力があれば、いずれきちんとお目当ての相手を見つけるだろうとルドルフは思った。




