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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子
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第七十二話 業火の神子

 サイラスたちはルドルフらと別れてすぐ、神殿部隊とともに数匹のゴブリンゾンビに遭遇していた。


 彼らの行く手にはその小さなゾンビたちが散り散りにさまよっていて、やって来たものが生きた人間と見るや思い思いに飛び掛かってきた。


 しかしそれらは神殿に連なる対アンデッドのエキスパートたちのもとではまったく脅威ではなかった。倒しても倒しても出てくる数の多さにはやや辟易としたが、一度に相手するのはせいぜい数匹から十匹足らず。散発的で何ら組織だったものがない。彼らは手際よく剣と法術を駆使してゴブリンゾンビたちを各個撃破していった。


 そうして進んでいくと前方に小さく燃えている炎が見えた。すでに陽の光の届かない山陰に、まだ燃えていない家が何件か残っている。よく見れば今燃えているのはほとんど燃え尽くして倒壊した家屋である。


 一同がその状況に警戒を強めたその時だった。


「言われたとおりに篝火を焚いてたら、飛んで火にいる夏の虫ときやがった。まったく律儀なこった」


 全員がその声がした方を向くと、くすんだ赤のワンピースをまとったふたつ結びの少女が少し離れた場所に立っていた。それだけなら村人の生き残りかとも思えたが、手にした深紅の三叉鉾、それにまったく血の気のない青白い皮膚が少女を敵の側であると明確に告げている。そして風に揺れる印象的な赤い髪の毛。村人にリッチキングの伝言を託したという少女に違いない。


「それはそうと見てくれ! 久しぶりに着るまともな服なんだ。サイズもぴったりでな! クソ仕事とはいえ、こんなところまで来た甲斐があったってもんだ」


 騎士たちからの視線を受けて、少女はくるりんとご機嫌で回る。スカートがふわりと舞った。見ている者たちはシンと静まり返る。


「でもまあちょっと素朴すぎたかな」


 聴衆たちから期待した反応が得られなかったためか、少女は一転してつまらなそうな顔になった。


「貴様、何者だ! 名を名乗れ!」


 ボードウェルが先頭に出てきて声を張り上げる。


「はい、雑魚はじゃまー」


 少女の声とともに何もない場所から燃え上がった火炎の波が荒ぶり神殿騎士たちを飲み込んだ。その炎の波が去った後、ボードウェル以下十数人の騎士たちは糸の切れた人形のようにバタバタと倒れていった。それぞれ身に着けている物は焼け焦げ、軽くない火傷を負っている。


「へぇ、これで消し炭にならないとはさすが神殿騎士。それに」


 少女は目の前に立っている五人に目を向けた。


「そっちは無傷とはね。なかなかやるじゃないか。そうでなくっちゃ。すぐに終わっちまったらつまんねぇ」


 炎はサイラスたちをも襲ったが、エレノアが念のためかけていた守りの法術と、ザイオンが目ざとくかけたレジストファイア、それにダンジョンの深層に挑みながら整えた装備のおかげでなんとか無傷ですんだのだ。


 少女の表情はころころ変わり、先ほどのつまらなそうな顔から一転、今度は凶悪な笑みを浮かべる。


「アタシは業火の神子、アクィラ。名前くらいは知ってるだろ。使命を果たせず敵の手先になり果てた不甲斐ない神子だよ」


 少女は残された者たちに意外な名を名乗った。業火の神子。それはかつてリッチキングに敗北した三人の神子のうちの一人だ。


「なぜこのようなことをする」


 険しい顔でサイラスが問う。


「あぁ? リッチキングがお前を殺すために決まってるだろ? その胸糞悪い武器を持ってるってことは、お前が聖剣の神子に間違いないよな」


 右手に握る三叉鉾をサイラスに向けたアクィラは声を低くした。愚かな質問が気に障ったのだ。


「あんたらが春に王様の兵隊をやっつけちまったおかげで、あいつらがやるはずだった仕事を今こうしてアタシたちがやる羽目になってるってわけ。ったく」


 彼女は首を横に振りながら愚痴った。そしてその声は呆れたトーンになる。


「だいたいよぉ、あけっぴろげに殺しに行くって喧伝されて王様の方だって黙ってると思うのか? 頭お花畑かよ。この村がこんな有様になり果ててるのも、もとをただせばお前らのせいだっての」


 アクィラの言うことはもっともだった。だがこの三百年、自らは目立って動くことのなかったリッチキングが、こうまで堂々と兵を進めて来るとは、少なくとも神殿の上層部にとっては思いもよらぬことだった。


「かのリッチキングがそこまで狭量で無体だとは思っていなくてね。次からは気をつけるとするよ」


 サイラスは軽口を放ち、アクィラに聖剣を向けた。その刀身が薄く光を放つ。


「ああ、おっかねぇ。色々と馬鹿すぎておっかねぇ。まぁ、そんならこっちも堂々とぶっ潰しますかね。一応そのリッチキングとやらがアタシのご主人様なもんで」


 アクィラが鉾を持っていない方の手を上空にかざして炎を放った。それは巨大な火柱となり天を衝き、黄昏の薄明となりつつあった辺りの景色をひととき真昼のように照らす。


 それから彼女はその手をそのまま前に倒して火柱をサイラスたちに叩きつけた。五人が炎に包まれる。しかし法術と魔術による防御はその炎からも五人を守った。ほぼ無傷のサイラスとリズが炎の中から飛び出してアクィラめがけて突進する。


「これも防ぐか。やるねぇ」


 そう言い放ったアクィラは気がつくとリズの目の前にいた。普通の人間ではありえない速度だ。


「だが遅せぇ……なっ!」


 アクィラの槍のような蹴りが慌ててブレーキをかけたリズの胴体に突き刺さる。リズは弾かれたように飛んで何度も地面に叩きつけられながら転がった。


 そのまま動かなくなったリズにアクィラが三叉鉾で追撃をかけようとする。だがその前にサイラスが立ち塞がった。三叉鉾を聖剣の作り出した結界で弾く。そして弾かれて後ろに飛びのいたアクィラに聖剣で切りつけるが、それは紙一重でかわされた。いや、アクィラはそれをあえて間近まで引き付けてからかわしている。


「ほらほら、早くアタシを倒さないと。今の火柱を見てもう一人こわーい奴が来るからね」


 にんまりと笑うアクィラにサイラスが連続して切りつける。少女は踊るように体を翻らせ、そのすべてをギリギリのところでかわした。一撃でも受ければアンデッドである彼女は消滅する。だがその表情でわかった。彼女はわざと瀬戸際のスリルを楽しんでいるのだ。


「うっひょー、たまんねぇ。ホラ、当ててみろよ。そのヤバい剣をよ。わかるぜ。一発でも当てればお前の勝ちなんだろ」


 ルインがタイミングを見計らって投げたナイフをアクィラは槍で軽く弾く。続けてそれに合わせたサイラスの横薙ぎの一閃を大きく後ろ宙返りでかわす。アクィラはスカートを翻らせて悠然と着地した。


「あーあ、弱すぎて話になんねぇ。そんな眠い攻撃じゃ当たらないよ。我が後輩クン」


 エレノアの法術で回復したリズが戦線に復帰してきた。間髪入れずにアクィラの蹴りが飛んでくるが、今度は双剣を十字に重ねて防御している。


「いいね、いいねぇ! そう簡単におねんねしてもらっちゃあ、つまらない!」


 高ぶるアクィラが矢継ぎ早に繰り出す三叉鉾をサイラスとリズはしっかりと受けて止めている。こうなるとサイラスたちの守りは堅く、そうそう決定打を受けることはない。


 ただ一方でサイラスたちの方からもアクィラに手傷を与えられないでいた。彼女は五人の動きを完全に把握していて、誰かが何かをしようとすれば卒なく対処してくる。


 ルインの投げナイフは常に軽く防がれる。リズは繰り出される変幻自在の炎に本能的に怯んでしまい、炎によるダメージはほとんど防げるとわかっているにもかかわらず、大きく踏み込むことができない。サイラスはかまわず突貫するが、アクィラの常人離れした動きの速さに、サポートなしで攻撃を当てるのは至難の業だった。


 エレノアの退魔の法術はアクィラには効果を発揮していない。アンデッドにしても相手の格が高すぎるのだ。魔術抵抗力も高く、ザイオンが小手調べに放った中級のエナジーショットもまた効果なしだった。


 こうしてしばし一進一退の膠着状態が続いた。


「ずいぶんと粘ってくれるのはけっこうなことだが、つまらん戦い方をするねぇ。念のために言っとくが、長引けば疲れ知らずのアンデッドの方が有利だぜ?」


 赤い髪の少女がやや飽きた表情を見せた。


 刹那、サイラスたちが目配せで合図を交わす。それと同時にアクィラの背後に分厚い岩壁が急激にそそり立った。ザイオンのロックウォールの魔術である。サイラスとリズ、そして岩壁に囲まれ、アクィラは動きを制限された形になった。


「おっと趣向を変えてきた。だが囲まれたからってお前のとろい聖剣を食らうアタシじゃないぜ?」


 アクィラはニヤニヤと笑ったまま、またしてもリズに向けて炎を躍らせる。そしてサイラスの聖剣を待ち受け、いや、自分から聖剣に向かって行く。そのまま紙一重で避けて横に逃れるつもりだ。


「エレノア!」


 サイラスが叫ぶ。そのアクィラの動きはサイラスたちの予想のうちだった。彼らは彼女の逃げる先を狙いすましていた。


 エレノアが氷巨人の槌を思い切り地に打ち付けると、その衝撃とともにほとばしった太く鋭い氷の槍が目にも止まらぬ速さで飛び、サイラスの横をすり抜けようとしたアクィラの腹を深く貫いた。


 常に隙のない目配りをしていた彼女も、まさか神官がこんな強力な攻撃手段を持っているとは思わなかったであろう。その巨大な氷の槍は突き刺したアクィラを岩壁に叩きつけ、もろともにそれを突き崩した。アクィラは崩れた瓦礫の中に力なくぺたりと座り込み、動けなくなる。


「これで終わりだ」


 サイラスは首を垂れるアクィラに聖剣を突き付けた。始末をつけんとそれを振りかぶる。


「……やるじゃねえか。ははっ。来い! アタシを終わらせてみせろ! ハハッ、ハハハハッ!」


 目を爛々と輝かせてサイラスを見上げるアクィラ。まるでこの瞬間を待ちわびたとでも言わんばかりの目だ。すでに黄昏時。戦いの余波で燃え広がった辺りの炎がその最期の顔を照らす。


 だが次の瞬間、思いもよらぬことが起こった。


 誰も聞いたことのないような耳障りで不吉な鈍い音がしたかと思うと、巨大な剣がサイラスの胸を貫き背中から突き出していた。文字通り瞬く間の出来事で、サイラス本人はもちろん周りも何が起こったのかわからない。主の手を離れた聖剣がガランと地に落ち、光を失った。エレノアの絹を裂くような悲鳴が響いた。

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