第六十九話 神子になったその理由
二日目の探索もつつがなく終わり、一行は第十三層まであと少しという場所にキャンプを張った。明日の昼には今回の探索も終わりを迎えることになるだろう。
夕食も終わりすっかり落ち着いた頃、サイラスがセラを呼び止めた。
「少し時間をもらえないか。こうして会う機会もなかなかないので、神子同士一度じっくり話をしてみたいと思ってね」
セラが誰かを探すかのようにきょろきょろしていると、ルドルフがその背後から現れた。その気配に気づいたセラが振り返る。
「師匠」
セラは最近は取り繕うことを諦めつつあり、人前でもルドルフを「師匠」と呼ぶ。彼女の魔術の上達ぶりを見るとリッチが師についていることはかえって納得のいくことなので、周りもそれを違和感なく受け止めている。
「私もマスターに同席するがかまわないかな」
一方のルドルフはまだ従僕のロールプレイを頑張っていた。
「もちろん。あなたとも改めて話したいと思っていたんだ」
サイラスはにこやかにルドルフを迎えた。
「セラ殿、あなたはなぜ神子になったのだ?」
軽い世間話のあと、サイラスは単刀直入にそんな質問をしてきた。
セラはそう聞かれてなんと答えたものか、すぐには言葉が出てこなかった。まだ正確には神子になっていないこともあるが、自分が神子だという自覚がまだ薄いのだ。
サイラスは急かす様子もなく静かに回答を待っている。セラは自分の中の正しい言葉を探すように、じっくりと考えてから思い切って答えた。
「自分のためです。師匠のような魔術師になるために、それしか道はなかったから」
「なるほど。師匠か」
サイラスは確認するかのようにルドルフを見上げた。
「『自分のため』という答えは非常にしっくり来たよ。ありがとう」
サイラスが礼を言うと、セラはほっと安心した様子を見せる。もしかすると個人的な理由でなどと、何か咎められるのではないかと考えていたのかもしれない。
「サイラスさんは?」
今度はセラが聞いた。
「私も自分のためだ。リッチキングを倒しウルムトを人間の手に取り戻す、という目的のためにね」
「それのどこが自分のためなのだ? それは神子の使命そのままではないか」
ルドルフは思わず疑問をそのまま口に出す。
「そうだな……あなたたちになら語ってもかまわないか。いや、是非聞いておいてもらいたい」
サイラスはそこで思いもよらない因縁を語りだした。
「実は私はウルムト王家の血筋なのだ。具体的にはリッチキングの実の弟が私の祖先でね。つまり私はリッチキングの血族ということになる。ウルムトが死霊国として理を大きく乱す存在となった時、それを倒すことは残された一族の悲願となった。そのためのまたとない機会が、私の代になってようやく巡ってきたというわけさ」
ルドルフはその話を聞いて、かつて宿将レーゼカインがサイラスを見て「殿下」と口にしたことを思い出した。殿下とは王族のみに用いられる呼称だ。おそらくサイラスにはその王弟とやらの面影が色濃くあるのだろう。
歴史によれば王弟はウルムトが死霊国になる直前にこの国に逃れてきて、小さな領地をもらっていたはずだ。たしか神子がリッチキングを討伐すれば王家として復権するという話もあったと聞く。ただしそれは二百八十年前に一人、二百五十年前に二人、合計三名の神子がリッチキングに敗れる前の話であったが。
サイラスによればまだその復権の話は生きているとのことだった。世間には公にしていないが、エルフはもちろんマクベルン王国や神殿、冒険者ギルドの上層部ではサイラスのその素性と願いは把握しているらしい。
「だがそれは自分ではなく一族の望みなのでは?」
「一族の望みであり、私の望みだ。そこに何も矛盾はないよ」
ルドルフの重ねての質問にサイラスはきっぱりと答えた。
「なぜ今こんな話を?」
「これから長い付き合いになりそうなので、お互いに腹を割って話せる関係になっておきたくてね。その第一歩としてちょうどいい話題かなと思ったんだ」
どうやらその言葉に嘘はなさそうだった。いずれはともに戦う仲間の全員に共有したいことだが、それはまたもう少し改まった形で。ひとまずは聖剣旅団の仲間の次にセラとルドルフの二人に伝えておきたかったのだとサイラスは言った。
それから彼はルドルフにも質問してきた。
「実はあなたにも聞きたいことがあるのだ」
セラに神子になった理由とくればルドルフにはリッチになった理由だろうか? しかしそれは以前話したと思うが。
「本当はあの時に聞きたかったことなのだが……あなたが宿将との戦いで魔術を使うアンデッドを操った時に」
サイラスはらしくもなく少し逡巡してから続けた。
「リッチキングは死にゆく国をまるごとアンデッドにした。あなたがリッチキングの立場ならどうしただろうか?」
これはまたルドルフからすると唐突な質問に思える。だがサイラスはセラに神子になった理由を問うた時よりもより真剣な顔をしている気がした。
「王の立場と言われてもな……私にはスケールが大きすぎてわからぬ」
これはごまかしではなく本当にわからない。なぜそのような質問をされるのかすらわからない。
「では個人としての話でかまわない。友人や知人が死に瀕した時、あなたは彼らをアンデッドにするだろうか?」
「どうもしないな。仮に死を迎えたとすれば、その死を悼み弔うだろう」
自分の話なら答えられる。ルドルフは即答した。
「もしセラ殿が志半ばに命を落としても?」
「無論だ。だがその前に私が死なせはしないがな」
サイラスの態度にやや余裕がなくなってきているように感じる。何かをどうしても確かめたい。そんな様子だ。
「嫌な聞き方をしてすまなかった」
一拍の間をおいてサイラスはぶしつけな物言いを謝罪した。そしてルドルフへの質問を通して形になった自分の思いを口にした。
「違うな。口に出してみてわかったよ。私が知りたいのはあなたの考えではなかったな。私はリッチキングの考えが知りたいのだ。かの王は何を思って自分の国の民をアンデッドにしたのかと。同じリッチのあなたなら答えをくれるかと思ったが、すまない、それはとんだお門違いだった」
そう言われてルドルフにもサイラスの気持ちが少しわかった気がした。わかったと言っても上辺だけだが、おそらくサイラスはリッチキングの血族としてずいぶんと悩んできたのだろう。それでルドルフにすがるように質問したのだ。
「私も彼もリッチとはいえあり方が全く違うからな……」
そう言いつつもサイラスの真摯な質問にルドルフはしばし考えた。
己の国をまるごとアンデッドにするというのは、控え目に言っても、凄まじくいかれている。それを実行した時点ですでに正気でなかった可能性もある。ただ正気ではないにしても、王として滅びる国をなんとかしたい一心だったのかもしれない。あるいは単に侵略者への意趣返しや復讐のために領地を台無しにしてやりたかったのかもしれない。
そんな己の推測を述べることならいくらでもできたが、結局は不確かで陳腐なことしか言えそうにない。今なお君臨する災厄の末裔であるという業と一族の悲願という重みを背負った人間を、サイラスを納得させるような答えが出せる気がしなかった。
結局ルドルフは回答を当事者に丸投げすることにした。
「リッチキングに直接聞いてみればいい。それが一番確実だろう。間違いのない答えがあるとすればそこにしかない」
それを聞いたサイラスは一瞬面食らった顔をしたが、やがて吹き出した。
「その手があったか。考えてみれば本人が健在なのだものな。たしかに悩むよりも聞いた方が早そうだ。そんな当たり前のことに今さら気がつくとは。どうやら目指すところがもうひとつできたよ」
サイラスは吹っ切れた笑顔で言った。
翌日、一行は無事に第十三層の地を踏んで地上へと戻った。またしばらくしてから再びこのアライアンスで第十二層の探索に入ろう。和やかにそんな話をしながら。
しかしダンジョンを出た彼らを待っていたのは風雲急を告げる事態だった。




