第五十八話 恋バナ好きの精霊使い
二週間ほど間をあけてセラたちお子様無双は再びダンジョンの第八層へと赴いた。
そのインターバルの間にベルタとシャーロットとともに第十一層を探索していたメアは「うち働きすぎじゃない?」と言いつつも、疲れを感じさせない動きで子供たちの監督を務めた。
この四人ならばもっと下層に行っても大丈夫かもしれない。そう言いつつも監督役は実習の場所に引き続き第八層を選んだ。今回は日帰りではなく、ダンジョン内で一夜を明かす。教えることはまだ色々とある。それには少し余裕のあるくらいの場所がちょうどいいだろう。
そんなお泊まりに少し浮かれて出かけたセラたちが、一泊二日の探索から戻った翌日のことである。
「すごい。もうほとんど治ってる」
包帯を外したバルドの腕に残る薄い傷跡を見てセラが言った。
「だろー? これが精霊の里に伝わる傷の治療法なんだよ」
ラエルが得意げに言った。元から知っていたような言い草だが、実はつい先日知った伝統の技だ。メアから「シャーロットみたいに治療しないの?」と言われて、初めて教えてもらったのである。
水の精霊に傷口をきれいに洗ってもらい、精霊が宿った包帯を巻いてそのまま患部を湿らせておく。すると傷は常よりもずっと早く治る。
「たしかにいつもより治りが早いみたいだ。ありがとう、ラエル」
「いいってことよ兄弟」
バルドが礼を言うのにラエルは少し気取って応じた。教えてもらった時には「地味でつまらない」と本当につまらなそうに言い放ったラエルだが、実際に効果を目の当たりにして、しかも感謝までされれば悪い気はしないといったところだ。
もっとも、この傷の治りの早さの半ばはバルドの肉体の持つ力でもある。
ダンジョンではいざという時のためにルドルフ謹製の強力な治癒の霊薬も持ち歩いていたが、結局のところバルドがそれを使うことはなかった。
腕にたちまち血が伝って流れるような手傷を受けても「大丈夫」と事も無げに言う。その言葉通りすぐに血は止まるし、それよりも軽い傷なら小一時間でかさぶたができて、翌日にはきれいに消えてしまう。彼の神子としての異能がもたらした身体能力の賜物だ。
ルドルフは離れたところから子供らがわいわいやっているのを眺め、常識では測れない少年たちの能力に感心していた。
そのルドルフの隣にいつの間に来ていたのか、同じ少年少女にキラキラとしたまなざしを送る者がある。シャーロットである。
「青春ですね~……」
頬に手を当ててどこかうっとりとつぶやいた。
そんな彼女が隣にいるルドルフに向き直って尋ねる。
「師匠としてはどう思われますか~?」
どう、とは。その珍しく少し荒い鼻息と期待に満ちたまなざしに、ルドルフはやや首を傾げつつも答えた。
「ダンジョン実習は順調のようだな。三人ともよい経験を得られているのではないか」
「そういうことではなくて~。もっと大切なことですよう~」
もっと大切なこと? ルドルフが要領を得ない風に黙ると、シャーロットは声にじれったさを乗せて言った。
「セラさんは二人のどちらを選ぶのでしょうか~」
ルドルフは変わらず要領を得ない気持ちのままだった。一拍を置いて頭では彼女が何を言っているのか理解する。なるほど。それは枯れきったリッチにはなかった発想だ。
時折シャーロットが三人に慈しむような視線を送っているのを見ることがあるが、それもそういうことだったのだろうか。そう言えば、色恋の話になるとやたら食いつきがよかった気がする。アンデッド掃討から戻った後で、聖剣旅団の誰それが怪しいなんて話もしていたような。
いくらか腑に落ちたルドルフは三人のそういうことについて考えてみる。
ラエルは年上のお姉さんがいいと公言していて、詳しくは知らぬがどうやら最近ご執心の相手は寺院の仲間のほかにいるようだ。
セラとバルドに至っては色気よりも食い気ならぬ、色気よりも鍛錬。とてもそういう仲に発展しそうな気配はない。
面倒くさいのでいっしょくたにまとめて言った。
「そういうことはまだ早いのではないか?」
「早いことなんてありません~! 男女七歳にして席を同じゅうせず、なんですから~!」
いつになく前のめりなシャーロットの言葉にルドルフが窮していると、やはりいつの間にか側にいたベルタと目が合った。ベルタは目線を返して肩をすくめる。そして助け舟を出した。
「またあんたは。そうなんでも色恋に結び付けようとするんじゃないよ。旦那が困ってるじゃないか」
「でも、素敵じゃないですか~。ともに苦難に挑む少年少女。恋の予感、してきませんか~?」
「くれぐれも本人たちに変なことを言うんじゃないよ。妙なことになってぎくしゃくするのは願い下げだからね」
「それはもちろん~。私は遠くから見ているだけで満足ですから~」
それからなぜかシャーロットは並んだルドルフとベルタを交互に見た。
「見ているだけで満足なんですけど~、水臭いのは嫌だな、とも思うんです」
「またその話かい」
ベルタが片手で頭を抱えた。またなんの話なのだろう。
「旦那、すまない。くだらないことで煩わすのは気が引けるが、この際きっぱりと言ってやっちゃあくれないか。いい加減しつこくてあたしも飽き飽きしてきた」
またしても首を傾げるルドルフがそこで聞かされたのはまさしく噴飯ものの話だった。
「どうしてそうなる」
なんとシャーロットはルドルフとベルタの仲を勘ぐっていたのだ。
シャーロットの言い分はこうだった。
さすがの彼女もベルタがリッチになってからのルドルフといい仲になったとは思っていない。しかし彼女ら刹那の色彩が石化した当時、ルドルフもグラナフォートに居を構えていたと聞く。ならば二人が前々からそう言う仲でもおかしくはなかったのでは、と。
ルドルフは普通に説明した。
いや、その頃もう六十も半ばの爺さんだったんだけど。四十の差はさすがに。それに当時はリッチになるための段取りに没頭していて、世情にも疎く、ダンジョンに消えた冒険者のことなど知りもしなかった。
シャーロットは「愛の前では歳の差なんて」と引き下がらない。そして二人の仲を確信する根拠があるのだと前置きしてから言った。
「ゴーストになっていたベルタがリッチさんにだけ見えたのは愛の力なのでは~?」
いえ、死霊魔術の力です。
「死からよみがえったのもベルタを探すため。愛の力なんですよね~?」
いえ、魔術の研鑽のためですし、死霊魔術の力です。
よくわからないが、なぜだか彼女の中ではそういうストーリーが確固としてできあがっているようだった。
「私はそういうのにはちょっと鋭いんですから~!」
いや、ちょっとこういう彼女は初めて見る。
戸惑うルドルフが再びベルタに視線を走らせる。いつの間にかメアも隣に来ている。二人そろって呆れたように首を横に振った。どうやらこの娘の自己評価は当てにならないらしい。
シャーロットは宙を見上げて拳を握り、ひとりふんふんと鼻息を吹いて納得している。否定しても聞く耳を持たない。ルドルフは説得を諦め「まあどう考えるのも自由だが、変なことは言いふらさんでくれよ。あと俺に関しても遠くから見ているだけで頼む」とだけ釘を刺した。
とはいえ、ルドルフもやられっぱなしではつまらない。少し意地悪に逆襲したくなった。
「それはそうと人のことより自分のことはどうなのだ? お前ももともとお相手を探すために里から出て来ていたのだろう?」
するとシャーロットは困ったような笑みを浮かべて言った。
「私はこんな田舎娘ですから~。頑張ってはみたのですが、全然ダメダメでして~」
ふむ。どうやらそちらの成果はかんばしくなかったらしい。
しかし彼女は垢抜けた様子ではないが、さりとて芋というわけでもない。むしろ控えめながらも華のある器量をしている。凛々しく頼もしいベルタ、飄々として快活なメア、いずれも魅力的ではあるが、女性として一番男受けがよさそうなのはシャーロットではないだろうか。
伴侶を探すという目的は変わらない。そして口ぶりからするとやる気もある。なぜこれでお相手が見つからないのだろう。
ルドルフがベルタとメアに目をやると、片方は呆れ、片方は苦笑していた。
「機会はいくらもあった。この謙遜と鈍感ですべての目をつぶしてきた女さ」
「気のせいですよ~。ベルタが言う人たちはみなすぐにほかの誰かといい仲になってたじゃないですか~」
「そりゃあ……まあ、いいや。この話もキリがない」
他人の色恋沙汰に興味のないルドルフでも、さすがにそこで話が終わるのは気になる。
聞けばこうだった。この他人の色恋には大いに盛り上がる女性は、自分のこととなると打って変わって奥手な上に、己に向けられる好意にひたすら鈍感なため、挑んできた誰もが脈無しと離れていく。そして無自覚に振られた男たちは気を取り直して別の相手に行ったり、また失恋を慰めてくれたほかの女といいかんじになったりするのだ。
ベルタから面と向かってそう解説を受けても、シャーロットは己の見解を頑なに曲げなかった。普段は何事も柳のように受け流して場に柔らかな空気をもたらす彼女だが、恋愛については自分の方に一家言あると、意外と頑固なようだ。
外で相手が見つからなければ、伴侶を探す精霊使いは自分たちの里の中に相手を求める。その話を思い出したルドルフはふと尋ねた。
「ならば精霊使いの里に意中の相手などは?」
「さすがに顔見知りはみんな収まるところに収まってますから~」
シャーロットは少し寂しげに苦笑しながら言った。
「それは……すまん。無神経なことを聞いた」
二十年の時間差を忘れていた。ルドルフが謝ると、ベルタがきっぷのいい声で笑った。
「謝ることなんてないさ。旦那のおかげであたしらも仕切り直せてるんだ」
「そうですよ~」
シャーロットもニコニコと屈託のない笑みを浮かべる。そして言った。
「でも私の旦那様を探すのはセラさんの神子の使命が終わってからですね~。それはそれで気楽でほっとします~」




