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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子
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第五十六話 最強の駆け出し

 翌日、お子様無双の四人は思い切って第八層へと向かった。ほかに転移門ですぐ行ける第四層とどちらにするか、引率役のメアは少し迷ったが、昨日の様子だと第八層でも大丈夫と判断して行き先を告げた。なに、もし厳しそうならすぐに引き上げて来ればいい。


 他人と場所がかぶらないように気を遣う必要があった第一層に比べると、第八層はまるで貸し切りみたいなものだ。難易度は中級の上位から上級の下位の冒険者が挑むくらいの層で、グラナフォートの冒険者でここまで来る者は数えるほどである。


「こんなところを駆け出しの、しかも子供が歩いてるってなんだかおっかしいね」


 メアが朗らかに笑いながら言った。


 しかし第八層に入ってすぐの戦いで、お子様無双は何もおかしくない実力を持っていると証明した。


 バルドとオーガが剣で鍔迫り合いをしている。オーガとこんな正面からの力比べができる者は大人でもちょっといないだろう。しかも顔には楽しそうな笑みを浮かべているのだ。それと裏腹にオーガの表情には余裕がない。


 オーガは頭に二本の角を生やした筋骨隆々の人型の魔物で、まだ少年のバルドからしてみると巨人のような体躯をしている。見た目通りの力持ちで、人間の大人の何倍もの怪力を持っている。が、バルドはそれと余裕で拮抗している。


 おもむろにセラが初級のフィジカルエンチャントの魔術をバルドにかける。次の瞬間バルドはオーガを易々と弾き飛ばし、追い打って肩から腹へと袈裟懸けに深々と切り下げた。そして返す刀を首筋に叩きこんで止めを刺す。鮮やかな早業。バルドは息も上がっていない。


「ハハハ。やっぱこれっておかしいね」


 メアの口から少し乾いた笑いが漏れた。


「おっと、やべっ」


 だがその次の瞬間メアはうっかりの声をあげていた。


「あー、ごめん。少し気がつくの遅れちゃったけど、後ろからオーガが来る。ちょっと数が多そうだからうちも手を貸す。最初に魔術で足止めお願い」


 観戦に気を取られて少し接近に気がつくのが遅れてしまったことを詫びる。それからすぐに何者かが近づいてくる足音がセラたちにも聞こえ始め、数分後には目視できる距離に現れた。その数六体。メアの声掛けのおかげで迎撃の態勢はすっかり整っている。


 別に気がつくの遅れてないような、と思いつつセラが呪文を唱えると、広い通路をいっぱいに覆う巨大な盾状のシールドが出現した。先頭を走ってきたオーガが思いっきりぶつかって弾き返される。それでうっすらと輝くシールドに気がついたオーガたちはこぞってシールドを叩きはじめたが、上級魔術によるシールドはオーガたちの怪力でもすぐには破れそうにない。


「はぇー、えっぐいシールドだねー。これは思ったよりもごつい援護来たな」


 メアはかえって当てが外れたような顔でどうしようかなと考えている。シールドはこちらからの攻撃も阻むので、このように通路全体を塞がれてしまうと、構えたメアの弓矢も行き場がない。ただオーガたちがシールドを叩き続けている様子を見るに、考える時間はまだありそうだった。


「僕にまかせろ!」


 そのメアの横からラエルが得意げに言ったかと思うと、オーガたちの足元から無数の岩の槍が勢いよく飛び出した。極太の岩の槍はオーガたちの体を激しく貫いて串刺しするのみならず、その体が裂けるような大穴を空けてバラバラにしてしまう。この苛烈な面の攻撃を生き残れる敵は一体もいなかった。


 こういうとき同じ精霊使いでもシャーロットなら岩の槍を使うにも一体につき一本でピンポイントに貫くところだが、それに比べるとラエルのやり方はだいぶ大雑把で派手だ。単純なパワーはシャーロットよりはるかに勝っている。しかし……


 ラエルが「よし!」と声をあげると地面は元に戻り、あとには血の海に沈むオーガたちの残骸だけが残った。


「よし、じゃない。やりすぎ。戦利品がダメになっちゃったじゃないかよー。見なよ、あのボロボロの有様を」


「うわっ、やめろよぉ」


 メアはわしゃっとラエルの頭をつかんで髪を乱した。叩こうとすると砂の精霊がガードするので、ラエルをたしなめる時はだいたいこうする。実際オーガの装備品はすべてゴミになってしまっていた。戦いなので敵の装備を傷つけないように気を遣いすぎるのも間違っているが、防具類はともかく武器まで攻撃の余波で折れたり曲がったりしている。威力があればいいというものではない。


「いやー、しかしうちが手を貸す必要もなかったか。こりゃ第八層どころかもう少し下まで行っても大丈夫そうかな」


 それからも何回かオーガに遭遇したが、バルドを攻防の軸にするだけでなく、色々な戦い方を試す余裕があった。


 バルドが守りに徹してセラが攻撃魔術で倒すやり方では、三体のオーガが間を開けず放たれたエナジーショットのヘッドショットで次々に沈んでいった。セラはすでに中級のエナジーショットを数秒で発動できるまでになっている。その狙いの正確さと詠唱速度にメアは舌を巻いた。


「世の中つくづく広いねぇ。うちも捨てたもんじゃないと思ってたけど、まあ神子の二人に精霊使いの里の秘蔵っ子とくればさすがに格が違うか」


 そのメアが休憩がてらそれぞれの評価を口にする。


 彼女が見るに、今のところダンジョンを歩く姿が様になっているのはセラ。地図読みの才能はどうやら皆無だと昨日今日でわかってきたが、仮にも第十二層まで足を踏み入れているというのは大きな経験になっているようだ。特に緊張している様子もなく、戦闘のカンもなかなかいい。きちんと自分の魔術の効果や威力を把握していて、それらを適切に使い分けている。


 バルドはやや肩に力が入り過ぎているところがあるが、二日目にしては落ち着いている。昨日ゴブリンを相手にしている時とは打って変わって戦いを楽しんでいるのが印象的だ。さりとて振るう剣に浮ついたところはなく、実力をしっかりと発揮できている感がある。腕力がとにかく凄まじい。


 ラエルは落ち着きがないがこれはいつも通りのことで、自然体と考えればある意味すごい。一応危険な場所に来ているはずなのだが、それを微塵も感じさせないのは良いのか悪いのか。


 その休憩が終わると、調子づいたラエルが「第八層も簡単すぎるよ!」と言って急に走り出した。バルドを追い抜いて先頭に出る。その予想外の行動にはさすがのメアも慌てる。


「わっ、バカッ。そこは罠があるって」


 彼女が止める間もなくラエルは床の仕掛けを思い切り踏み抜き、瞬きする間もなく左右の壁から矢衾がラエルに殺到した。しかしラエルは無傷である。ラエルの周りを瞬時に覆った砂の殻がすべての矢を食い止めていた。


「おいおい心臓に悪いぜ」


 びっくり顔で固まっているがラエルの姿に胸をなでおろすメア。ラエルがいつも連れているこの精霊の防御力はすごいものだと関心する。立ち居振る舞いだけ見ると四人の中で一番に死にそうなのに、強固な精霊の守りを目の当たりにすると一番最後まで死ななそうな気がしてくる。


「これからは先頭歩く? 全部の罠に引っかかってもラエル大丈夫でしょ」


 笑いながらメアが言った。半分本気だ。


 ラエルは思わず得意になってうなずきそうになったが、急に真顔に戻って両手で頭を押さえた。


「やめとく」


 ルドルフに脳天を殴られた時のことを思い出したらしい。精霊の防御も間に合わない時はあるのだ。


 今日は戦いだけでなく、戦利品集めも充実したものとなった。第一層の戦利品集めはあくまで勉強の意味でやったものだったが、第八層の戦利品となると普通にいいお金になるし、メアがそれらの価値を説明してくれるので、セラたちも集めていて楽しい。


 第八層にはオーガのほかにロックリザードやロックスネークといった巨大爬虫類の魔物がいる。その牙や皮を取るべくラエルは今日も精霊を使った解体にチャレンジする。が、やはりうまくいかない。


「むぅ。だめだぁ」


「無理してやらなくてもいいんだよ? ついてきてるだけでえらいえらい」


 苦笑しつつメアはそう言った。まあ実際互いに不得意なことはパーティで補いあえばいい。解体で言えば三人の中で一番センスがありそうなのはバルドだと評した。彼は力が強いだけでなく手先もなかなか器用なのだ。


「バルドはこの剣を代わりに使ったら? 魔力があるから魔道具の剣だと思う」


 拾った戦利品の中から、セラがとあるオーガの持っていた剣をバルドに差し出した。ほかとは違う外見にふとした閃きからセンスマジックを使ってみたら当たりだった。少し変わった剣を見つけたセラは、師匠に聞いたことを思い出したのだ。ダンジョンの魔物はたまに魔道具も持っていることがある。


 バルドは剣の師のジルベルトからもらった剣を使っていたが、ここまで力任せに振り回したせいで刀身がボロボロになってしまっていた。それに気がついて少し、いやかなり凹んでいた彼はセラの差し出した剣を手に取る。


 幅広の曲刀で頑丈そうだ。人間にとっては大剣といっていいサイズであるが、バルドは元の使用者と同じく片手でブンブン試し振りする。


「うん、これは良さそうだ。ありがとうセラ。メアさん、これもらってもいいですか?」


「いいよいいよー。いい剣みたいじゃん。当たりを引いたね」


 バルドはもともと持っていた剣を大事そうに腰の鞘に納めると、オーガの曲刀を肩に担いだ。


 それからしばらく進んだところでメアが言った。


「そろそろ宝箱があるよ。誰にも取られてなければね」


 宝箱もダンジョン探索の目的のひとつだ。


 ダンジョンの宝箱は誰かが空けると箱ごと消えてしまうが、魔物と同じように一定時間でまた出現するようになっている。人の多い浅い層では早いもの勝ちの取り合いになるが、第八層くらいの人の往来の少ない層であれば、適当に通りがかっただけで見つけることも珍しくない。


 この日は幸い誰にも取られていなかったようで、地図が示す通りの場所に宝箱が鎮座していた。


「お、あったね。じゃあうちが空けるけど、もし箱が襲い掛かってきたらそれはミミックだから速やかに倒してね」


 たまにミミックという魔物が宝箱に擬態していることがあり、箱を開けようとした者に襲い掛かってくる。箱の口がそのまま牙の生えた大口になり、犠牲者を飲み込もうとするのだ。


 ミミックのことはさすがに冒険者たちには知れ渡っていて無防備で騙される者はいない。


 が、魔物との戦いで消耗しているのに欲をかいたパーティが壊滅させられるという事件もちょくちょく起きている。万全ではない状態なら宝箱は見つけてもスルーするのがセオリーなのだ。ちなみにミミックは倒しても何も得られないので、もし宝箱がミミックならそれはハズレということになる。


 メアが開けた宝箱は幸いにもミミックではなく、中には金貨と一揃いの耳飾りが入っていた。


「金貨十枚と耳飾りか……ん、魔道具っぽいね。今日はめちゃくちゃ当たりじゃん。これはいい小遣いになる」


 四人はこの日も昨日と同じく六時間ほどの探索を終えて寺院に戻った。


 さすがに連戦の中で前衛のバルドが手傷を負うこともあったが、ピンチというほどのものはなく、総じて危なげがない。「危なげなさ過ぎて面白くないなー」などとメアが不謹慎に笑うくらいだった。


 そのメアが最後の最後に言った。


「しかしラエルが罠に突っ込んだの。あれはちょっと面白かった。シャーロットにも今度できるか聞いてみよう」

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