第五十五話 お子様無双
アンデッド掃討から帰還してしばらくが経った頃、セラとバルドのダンジョン実習の日がやって来た。年末のルドルフとアリアナの話し合いの中で決まっていたことで、セラとバルドの経験を積むのが目的だ。
セラは以前、ルドルフとアリアナとともにルガルダのダンジョンの第十二層まで歩いたことがあるが、いうなればおんぶにだっこで付いて行っただけだ。
しかし今回は違う。力量の近い者同士でパーティを組み、メンバーとして、魔術師として、きちんと役割を果たさなければならない。
とはいえ探索初心者が二人だけでとなると、少々心許ない。そこでサポートとしてメアが同行することになった。仕掛けや罠に対処するための盗賊の役割をこなす人間が必要という面もある。彼女は屋外での活動を得意とするレンジャーだが、盗賊と同様に罠の発見や解除などもかなりこなせる。
これは師匠の人選だった。メアは飄々とマイペースでいるように見えて、実は面倒見もいいお姉さんとわかっているので、セラも安心である。
と、初めての実習の準備にセラとバルドがダンジョンに行く荷物をまとめていると、それを見たラエルが自分もいっしょに行きたいと言い出した。
「どうせまたすぐ帰りたいって言い出すんじゃないの〜?」
前科を知っているメアがからかうように言う。
ラエルも実はきちんと冒険者としてギルドに登録していて、一度だけ刹那の色彩についてダンジョンに行ったことがある。しかし途中で歩くのが嫌になって帰ると駄々をこね始め、そんなラエルを置いておくわけにもいかないので結局全員で引き返した、ということがあったのだ。ぐずりだしたのが進み出して一時間もたたないうちだったのがせめてもの幸いであった。
「言わないよ! ちゃんとついていく!」
ラエルが真剣な顔で言った。その顔があまり信用できないことをこの場にいる誰もが知っている。
「ふ〜ん。まあ最初だからそんなに遠くまでいくつもりはないし、いっか。でもこれでまた帰りたいって駄々こねたら二度目はないよ。遊びに行くのと違うからね」
メアはそう釘を刺しつつラエルの同行を了承した。
そうして装備を整えた四人が並ぶと、それは一見して子供だけのパーティのように見える。引率のメアも小柄でとても二十歳には見えない。一番年齢が低いバルドの背丈が最も高いというのがちょっと奇妙に思えた。ちなみに背の順で並べるとバルド、メア、ラエル、セラの順だ。セラの背丈はまた少し伸びてラエルと僅差となっている。追い抜くまではもう少しだ。
「お子様だらけのパーティか……よし『お子様無双』と名乗ろう。うちが一番お姉さんか~。なんだか新鮮」
セラはそのあんまりなパーティ名をてっきり冗談かと笑って聞いていたが、冒険者ギルドでメアが本当にお子様無双の名前でパーティ登録してしまったのには笑えなかった。
仮のパーティとはいえ、それにしたってもう少しこう。あまりにふざけた名前だ。それ以前に自分はもうお子様ではない。
が、二十歳のメアが自分もお子様に含めているようなので、結局何も言えないでいた。ここで物申すとかえって子供っぽいような気もすると自意識が働いたのである。
実際メアは背の低さから子供と見られがちなのだが、特にコンプレックスはないようだ。むしろ狙って子供のように振舞う時もある。都合がいい時や悪い時、彼女は場面に合わせてしたたかに自分の外見を利用していた。
セラたちは初日はまず寺院から転移門でダンジョンの第一層に行き、しばらくは第一層を歩き回ることとした。メア曰く、軽い慣らしのようなものだ。
転移門から出た場所は何もない袋小路の部屋だが、そこから少し行くとルガルダのダンジョンの本来の入り口がある。
入り口を入ってすぐの広間は冒険者たちが集まるロビーとなっていて、待ち合わせをしている者や、すでに人数がそろってこれからの打ち合わせをしている者、それに彼らを相手にしたちょっとした出店なども出てにぎわっていた。
この日は十数人で集まっている集団があり、特に目を引いた。それぞれがそれなりに年季の入った装備をしていて、だいぶ経験を積んだ冒険者たちのようだ。
「あんなに大勢で何をしているんですか?」
バルドが物珍しげにメアに尋ねた。転移門を使って町まで行くのにこのロビーはいつも通るが、あれほどの大人数が固まっているのを見るのは初めてである。
「あれはね、いくつかのパーティが集まってアライアンスを組むんだよ。たぶんあの人たちにとってちょっと難しい層に行くんじゃないかな」
冒険者はだいたい数人のパーティ単位でダンジョンにもぐるが、そのパーティを複数束ねたものがアライアンスだ。人数が多ければ一人一人の実入りは小さくなるし、大勢がまとまって動く大変さはあるが、一方でそれだけ戦力も上がり生存率も高まる。
そのため少し背伸びして新しい階層に挑戦する時や、強めの魔物を討伐する時などにパーティ同士の協力関係が組まれることがあった。ルガルダは多くの人数が並んで歩けるほど広いダンジョンであることもあり、アライアンスが組まれることは比較的珍しくない。
そんな説明を終えると、メアは一同を集めて第一層の地図を取り出した。そして三人に地図の読み方を教える。その地図には魔物の出現する場所や罠の位置なども載っていて、きちんと読み解ければ比較的安全に探索できるようになっている。
ダンジョンでは倒した魔物も解除した罠も時間を置くと復活するが、その場所はだいたい決まっていて大きくは変わらない。この地図は先人の冒険者たちが時間をかけて調べ上げた知識の結晶だった。
「では問題です。こことここのマークは何かな?」
ひととおり地図の説明を終えたところで、地図のある点とその近くの点を続けて指さしながらメアはバルドに尋ねた。
「魔物が出るところです。出てくるのはゴブリンの群れとジャイアントラットの群れ」
「よろしい。それじゃあこの場所まで行きたいとしたら、ここから進む方向はどちらかな」
今度はセラに尋ねた。
「……あっちですか?」
ロビーから伸びているいくつかの通路の中からセラがおずおずと選んだ道は残念ながら正反対の道だった。
「ん~、残念。それじゃラエルわかる?」
「あっちかな?」
「当てずっぽうはやめようね」
結局はバルドが正解を示した。
「せいか~い。それじゃあ今日はここまで行くよ~。先頭はバルドよろしく。セラはその後ろ。うちは一番後ろに付いて行くから。地図は今日はうちが読むかな。ラエルはセラの前でも後ろでもいいからちゃんと歩けよー」
セラたちはにぎわうロビーを抜けて、まずは第二層へと繋がるメインルートを進んでいく。その途中でわき道にそれて進んだところが今日の目的地となる。他のパーティと場所がかぶると、獲物の取り合いになって稼ぎの効率が落ちるしギスギスするので、そうならないように場所を選ぶのだ。もし目星を付けて向かった場所に他のパーティがいれば、先着優先で後から来たパーティは場所を変えるのがマナーである。
メインルートを進んでいるうちは他のパーティと幾度かすれ違った。しかし第一層もくまなく回れば一週間はかかる広大さなので、メインルートを外れればとたんに誰とも会わなくなる。一行はそこから本格的な探索を始めた。
ダンジョンの探索といえば第一は魔物を探して狩ることだ。野山で動物を狩るのとある意味似ている。違うのは魔物はこちらを見つけると襲い掛かって来るので、追いかける必要はないということだ。必ず戦闘が発生するため戦いの技能が求められる。
第一層で主に現れる魔物は人間の子供くらいの背丈のゴブリンや中型犬ほどの大きさのジャイアントラットで、魔物としては最も弱い部類である。それでも数を頼みにすればそれなりの脅威となるが、バルドとセラ、それにラエルの敵ではない。
遭遇すればバルドだけでも数体のゴブリンを余裕で切り伏せる。セラも新しく覚えたファイアバーストの魔術でゴブリンの集団をまとめてなぎ倒す。ラエルが地の精霊に声をかければ、床から飛び出した何本もの岩の槍によってたちまちジャイアントラットたちは串刺しになった。
「さすがに第一層の魔物じゃ相手にならないかー」
メアはあくまでサポートなので戦闘には加わらず様子を見ているが、三人の実力は知っているので特にハラハラすることも驚くこともない。
魔物を倒した後は戦利品の回収についてメアから三人にレクチャーする。ゴブリンのような人型の魔物はだいたい何かの武器や防具を装備しているので、その装備品の中から比較的価値のありそうなものを選んで収集する。ジャイアントラットのような動物型の魔物は解体して牙や毛皮などの素材を取る。
それから魔物の体内にある魔石も体を切り裂いて取り出す。これは普通の動物でいうと心臓の位置にある。
魔術師の予備の魔力や魔道具の動力源にもなる魔石は常に安定した相場で取引されていて最も換金しやすく、戦利品としては価値のわかりやすいものだ。
強い魔物ほど大きな魔石を持ち、大きな魔石ほど高い価値を持つ。ゆえに第一層の魔物から取れる小石ほどの魔石の価値は相対的には最低ということになるが、それでも初心者冒険者が糊口をしのぐ助けにはなる。
魔石の摘出やジャイアントラットの解体ではナイフを持つ手が血まみれになるものの、バルドもセラもメアのレクチャーを聞きつつ平気な顔でこなしている。ラエルはそれを嫌がって人の姿を取らせた地の精霊にやらせようとするが、不細工な泥人形のような姿の地の精霊はあまり器用でなく、かえって戦利品をダメにしてしまったりしていた。
不要な戦利品や魔物の死体はそのまま床に打ち捨てておく。すると時を置いて空気に溶けて跡形もなく消え去る。冒険者らはこれを「ダンジョンに還る」と言う。
セラたちはメアに色々と教えられながら初日のダンジョン探索をこなし、往復で六時間ほど、何ら危なげなく予定通りに寺院に戻ってきた。
「あ~、つかれたよ~」
帰って来るなりラエルは広間のソファにうつぶせに倒れ込んだ。
今日のラエルは中盤くらいからすでにだいぶ疲れが表情に出ていたが、一応最後まで音を上げなかった。バルドやセラがすいすい歩いているのに、自分だけギブアップするのはプライドが許さなかったようだ。いつも体を鍛えているバルドはともかく、セラもルドルフに同行して魔術の試し打ちなどでダンジョンに来ることが多いので意外と体力がある。
「魔物と戦うのは初めてなので自分の剣が通じるか心配でしたが、問題なさそうですね」
バルドが謙虚に振り返った。有り余る体力を程よく発散したこともあり、だいぶ爽やかで落ち着いている。
「そうだねー。ダンジョンの魔物は下の層に行くほど強くなるから第一層の魔物は一番弱いってことになるけど、それにしても余裕ありすぎたね。明日はもっと下から行ってみようか」
ダンジョンを歩く際の気の配り方などはまだ駆け出しの冒険者そのものだが、戦闘に関してはとても駆け出しどころではなく、第一層では相手が弱すぎてまるで評価のしようがない。
メアは率直に三人をそう評した。




