第五十一話 強襲
「北の方角の林の陰にまとまった数のアンデッドが隠れているようです~」
「南から誰かが近づいてくる。様子をうかがいながらというかんじだけど、確実にうちらを追ってきてる。かなりの数の集団みたいだ」
ところどころに灌木が生い茂る開けた場所で、シャーロットとメアがそれぞれが警告した。北は行く手で、南は来た方角だ。シャーロットは木々の精霊から、メアは桁外れに良い耳とレンジャーの経験から情報を得ている。この二人の索敵能力があれば不意打ちを受けることはまずない。
「ただ事ではないな。さっき見たような低級アンデッドではないかもしれん」
ルドルフはみなの意識が切り替わるように注意を喚起した。悪いことにアリアナの勘は当たったようだ。
「北が伏兵、南が後詰といったところか。挟撃の意図を感じる。ならば我らは南に取って返して敵の出鼻を挫こうか」
サイラスもまたこの状況を意図していたかのように冷静に対応策を述べた。もろもろの疑問は後で、と一同はその方針に従い、にわかな緊張とともに来た道を引き返し始めた。
一行が警戒しつつ進んで行くと、やがて甲冑をまとい武器を携えた兵士たちの一団が目に入った。装備には青い蛇の紋章が刻まれている。一様に血の気のない顔からそれらはアンデッドだとわかる。だが有象無象のゾンビと違って虚ろな目はしていない。
彼らは戻って来た冒険者らを見てざわめいている。明らかに意表を突かれたという反応だったが、さざめくように広がった動揺も長くはなかった。思い思いに武器を構え、瞳に明らかな敵意を宿して迫って来る。その数、数十以上。ざっとこちらの三倍はいる。
同時に鳴らされた角笛の音が風に乗って高らかに響く。まさしく戦の開始を知らせる音だった。
こちらは武器を構えて迎撃態勢を整え、敵が近づくのを待ち構える。
「エレノア! 防御を!」
アンデッドの兵士たちが間もなく戦いの間合いに入るといったところでサイラスが叫んだ。間髪入れずエレノアは対アンデッドの結界法術を発動させる。淡く輝くドーム状の結界が一同の周りに広く展開した。
「うおわっ」
その中にいたルドルフは急に周りの空気が自分を拒絶するのを感じた。耐えられなくはないが、汚物の只中にいるような不快な気持ちである。思わずルドルフだけが逃げるようにその結界の外に飛び出た。
「師匠!?」
「いや、大したことはない。対アンデッドの結界が気持ち悪かっただけだ。俺は外にいても平気だから気にするな」
心配の声を上げたセラにルドルフはそう答えた。
サイラスが聖剣をアンデッドの兵士たちに向ける。その聖なる輝きがルドルフの目を打つ。
「もう少し離れていることにする」
ルドルフはもっと下がってサイラスから完全に安全な間合いを取った。一同が戦うのを横から眺めるような場所に陣取る。
「アンデッドと戦うのにアンデッドの力など不要です。いっそもっと遠くまで離れていてください」
エレノアがやや得意げな顔で言った。ルドルフは結界で不快な思いをしたことも相まってややカチンときた。
いいだろう。それではお手並み拝見と行こうか。
そうこうしているうちに敵がすぐ目と鼻の先までやって来た。しかしエレノアの法術による対アンデッドの結界は極めて有効で、死人の兵士たちはその中にまったく足を踏み入れることができなかった。悔しいがなかなかの強度の法術だ。敵はセラとザイオンの魔術、エレノアの退魔の法術、メアの弓矢によって遠隔から一方的に攻撃され、先頭にいた何体かが倒れて動かなくなる。
しかし敵方もやられたままではいない。やがて結界を突破できないことを悟ったアンデッドたちは飛び道具で応戦を始めた。クロスボウの矢やジャベリンが飛んで来る。が、いつの間にか前に出ていたサイラスが目の前に捧げるように持った聖剣の柄を両手で絞るように握ると、うっすらと光輝く力場が展開して、敵の飛び道具をすべて弾いた。あれも聖剣の力なのだろうか。
飛び道具も有効でないと悟ると、兵士たちは一方的に攻撃される状況を嫌っていったん距離を取った。大きく離れてこちらの攻撃の届かない場所まで後退する。だがその戦意はまだ失われてはいない。武器を立てて待機する構えである。
「北に伏せていた敵が近づいて来ました~」
シャーロットの警告。なるほど、敵は仲間が集結するのを待とうというわけだ。
「不死の神子の一党はそちらへの備えを頼む。ザイオン、リズ、我々はまず南を片付けるぞ」
言うなりサイラスは味方の応答を待たずに南側のアンデッドの群れに単騎で突っ込んでいった。聖剣が輝きを増しアンデッドたちをのけぞらせる。
おののいた敵の兵士たちはその突進にとっさに反応できず、その隙に敵の只中に飛び込んだサイラスは遮二無二切りつけた。サイラスが聖剣を一閃させるたびに誰かが塵と化す。わずかにかすり傷を受けただけで死人の兵士たちは次々と蒸発していった。
とはいえ、このアンデッドたちもどうやら有象無象の兵隊ではない。短い時間で体勢を立て直し、必死に剣や槍を構えて対応する。密集隊形の兵士たちによる刃の壁がサイラスの眼前に現れた。たった一人でこの壁を突破することはできまい。
普通ならば。
だがサイラスはとても普通ではなかった。恐れ知らずに突き進み、前のめりにその壁をこじ開ける。鎧の隙間から敵の刃がその体に食い込み、血がにじむのもおかまいなしの強引さ。サイラス自身の堅守の法術とエレノアがかけた守りの法術を頼みにした命知らずの突貫である。
そこに人前で見せるいつも爽やかな聖剣の神子の顔はない。敵を前にした容赦のない戦士の顔があった。いつかルドルフ相手に見せたのと同じ表情だ。
やがてアンデッドたちは目の前に現れた驚異が己の滅びであることを認識する。聖剣の恐ろしさに加えて、無数の傷を負っても止まる気配のないその使い手の姿が彼らを畏怖させた。息を荒げつつも吠えるサイラスの勢いは止まらず、ややもせずして南側のアンデッドは総崩れとなった。
「アンデッドが相手だと俺らがやることはないねえ」
もはや一方的な掃討となった戦いを眺めつつ、ザイオンがつぶやいた。サイラスから名指しで呼ばれたものの、彼を追いかけたリズともども、やや手持無沙汰で見守っていただけだった。もちろんサイラスが危機に陥りそうならすぐに助け舟を出す構えは取っていたが、どうやらもうその必要もなさそうだ。
ちょうどその時、北側から同じ格好をしたアンデッドの兵士たちが殺到してきた。数は同程度。だがもはや大した敵ではなかろう。しばらく耐えてサイラスをけしかければ同じ結果に終わるに違いない。挟撃をかわされた時点で彼らに勝ち目はなかったのだ。
そんな風に遠く腕組みして見守るルドルフをよそにメアが言った。
「北東からかな。まだ来る。さらに多い数みたいだ」
まだ増援がやってくる。いったいどれだけの数がいるのか。どうやらまだ安穏とできる状況ではないようだ。
北からの新手は対アンデッドの結界があることを悟ると、やはり一斉に飛び道具で攻撃を始めた。ベルタが前に出て飛んでくる矢や槍を撃ち落とすという常人離れした技を見せると、驚くことにバルドもその技を真似ている。セラもとっさにシールドを連続展開して周囲を守った。見事な初動だ。
しかし小隊クラスの物量を長く凌ぐのは難しいか。そう見て取ったルドルフが手を貸そうとした時である。
「シャーロット、矢除けを!」
「風の精霊さん、お願いします~」
ベルタの言葉とシャーロットが風の精霊に呼びかけたのはほぼ同時だった。とたんに風が強く吹き始め、飛んでくる矢をすべて明後日の方向に逸らす。もはやアンデッドどもがいくら射ろうと、こちらに矢は届かない。
「ひいぃっ!」
しかし少し離れた場所に突き刺さったジャベリンに、ラエルが大きく悲鳴を上げた。矢除けはジャベリンにも十分な効果を発揮していたが、さすがに質量がある投げ槍を遠くまで逸らすことはできないのだ。
悲鳴のした方を振り返ったシャーロットが今度はラエルに呼びかける。
「ラエル~、あなたからも風の精霊さんにお願いしてみてもらえますか~?」
「風よ、行って! 矢も槍も全部どうにかして!」
震えあがったラエルがヤケクソ気味に叫ぶと、一同を守る風がにわかに強まり、ジャベリンを吹き飛ばすどころか、北側のアンデッドたちまでをも押し返す突風となった。なるほど。シャーロットがラエルを自分以上と言う理由がよくわかる。
崩れた相手に向かってベルタとバルドがすかさず切り込む。メアが援護の矢を放ち、セラも魔術で二人をサポートする構えだ。聖剣の猛威ほどではないが、敵を圧倒する勢い。相手は着実に数を減らしていく。
強風はすでに止んだが、時折いたずらするように吹く風が敵の足を的確にすくってもつれさせている。シャーロットの技である。ラエルが真似すると突風が幾人かをまとめて吹き飛ばす。しかしベルタとバルドをも巻き込む勢いで風を吹かせるので、シャーロットは「ラエルにはここぞと言う時にお願いしますから~」とやんわり少年を茅の外に置いた。
なんだかんだこっちも見ているだけで大丈夫そうかな。
ルドルフがそう考えた時だった。今度は西側、ルドルフの背後から予期せぬ三体のアンデッドが現れた。凝り固まった血のような赤黒い骸骨。強力な魔術を使う骨のアンデッド。ドゥームメイジだ。その赤い体に禍々しい呪文が黒くびっしりと刻まれている。
ドゥームメイジは生前魔術師であったという点でリッチと似ているが、他者によりアンデッド化されたものであることが大きく違う。リッチに比べるとはるかに格下ではあるのだが、素体となった魔術師の魔力がさらに底上げされるため、生前の力量次第では侮れない敵になる。
そのドゥームメイジの一体がルドルフの横でセラたちに向けて呪文を唱え始めた。すぐ目の前にいるリッチのことは敵とみなしていないらしい。ルドルフはとりあえず顎に拳を叩きこんでその詠唱をやめさせる。こいつは魔術抵抗力が高いので殴った方が効くのだ。打ち下ろしの右をしたたかに喰らった骸骨の首がもげそうなほどに回転し、やがて勢いをつけて元に戻った。
他の二体はわずかに後ずさってルドルフに虚ろな眼窩を向けた後、今度はルドルフに向けて呪文を詠唱し始めた。目の前にいるアンデッドのことを敵と認めたようだ。
三対一の骨だらけの戦いが始まった。
ドゥームメイジのどれかが呪文を唱えようとするたびにルドルフは踏み込み殴る殴る。メイジというだけあって肉弾戦は不慣れなようで、思う様ルドルフが殴る一方的な展開となった。
赤い骸骨たちはたまらずばらけて魔術を放つ。エナジーショット、ファイアショット、ストーンショット。遠く離れた相手の詠唱を殴って止めることはできなかった。が、所詮いずれも中級魔術。ルドルフは痛痒も感じない。ドゥームメイジと化してこれなら、生前から大した魔術師ではなかったようだ。
ルドルフはそのうち一体に一足飛びに迫り、正面から首の骨をわしづかみにした。