第五十話 春のアンデッド掃討
「荷物はまとまったか? 忘れ物のないようにな」
「はいっ。大丈夫です」
ルドルフとセラ、それに寺院に同居する面々は荷物をまとめて麗らかな春の野に出かけようとしている。残念ながら遊びにではない。
いよいよ春のアンデッド掃討に出発するのである。
アンデッド掃討に参加する冒険者たちが具体的に何をするのかといえば、それはこうだ。
パーティ単位寄り集まって十人から二十人程度の集団を作り、グラナフォートから死霊国の間にある町や村々を訪問する。そして住民からアンデッドの報告があったり、近くでアンデッドを発見したりすればこれを片付ける。
重い病気や怪我など、のっぴきならない事情があるのでなければ、誰しもが参加しなければならない。
対象となる町村の数は数十。どのパーティがどの町や村を担当するかは、神殿から取り仕切りを委託された冒険者ギルドが割り当てを決める。目的の場所によっては数日で終わることもあれば、数週間の旅になることもある。そのための旅費は神殿とギルドが持つし、いくらかは報酬も出る。
相手取るアンデッドはスケルトンやゾンビといった弱いものであるし、毎年掃除をしているだけあってまとまった数が出ることもない。初級の冒険者にとってこれは割のいい仕事といえた。
しかし中級以上の冒険者にとっては報酬が出るといっても雀の涙だ。実入り的にはダンジョン探索よりも明らかなマイナスとなる。加えて実力者ほど死霊国に近い、つまり遠方の町や村に派遣される。文句を言っても割り当てを変えてもらうことはできないので、パーティによってはこの旅路に合わせて骨休めの休暇を兼ねることもあった。
ちなみにこの面倒を嫌って春だけグラナフォートを離れるパーティもいるが、あからさまに続けるとこの町とダンジョンを出禁となる。
冒険者としてギルドに登録しているセラ、バルド、ラエル、それに刹那の色彩の三人は六人でひとつの臨時パーティとして参加申請をしていた。加えて申請にはないがルドルフもついていくことになっている。
セラ、バルド、ラエルはもちろん初めてのアンデッド掃討である。わずかに緊張しつつも、気持ちのいい陽気の中を馬車で遠出するということで少し浮かれてもいる。ベルタ、シャーロット、メアは二十年ぶりの参加となるが、本人らの体感では一年ぶりの恒例の出来事となる。すっかり要領はわかっているといった顔つきだ。
ルドルフたちはこれから死霊国に最も近い、つまりグラナフォートから一番遠い村まで行く。それがギルドの決めた割り当てだった。街道を馬車で三日、そこから街道を少し外れて徒歩で二日。加えて担当の村まで着いたらその周りを三日ほど捜索しなければならない。往復で都合約半月の旅となる。
時間はかかるが大した仕事ではない。しかしルドルフには別の心配事があった、
出発の朝、自分たちが乗る馬車の隣りに同じような幌付きの馬車があるのが目に入る。そしてそこに今回の同行者たちが待っていた。
その顔には見覚えがある。聖剣旅団の五人である。
「やあ、これは楽ができそうだなぁ」
無精ひげのザイオンが歯を見せて笑った。
「この間は失礼をした。今日はよろしく頼むよ」
サイラスは親しい知り合いにでも会ったかのように気さくである。
意外な道連れの旅が始まった。
相変わらずエレノアはつんけんしていて、ルインはそんな姉貴分に気を遣ってあまりこちらに絡んでこない。しかしほかの三人は友好的で、サイラスは誰にも分け隔てなく爽やかに接するし、ザイオンはちょっと馴れ馴れしいくらいだ。リズは子供に優しい。
刹那の色彩の三人は三者三様に割と誰とでも仲良くなれる性格をしているので、聖剣旅団とは同業のライバルとして互いを認め合いつつ、和気あいあいとした雰囲気を醸し出している。どちらのパーティも今は第十一層の探索をしているので、その情報交換などでも話の花が咲いた。距離を置いていたエレノアですらいつの間にか話に熱が入っている。そんな会話の横でラエルは優しくしてくれるお姉さんのリズにべったりだった。
セラも今回はサイラスやザイオン、リズらといくらか親しげに話した。ただし師匠を目の敵にするエレノアのことを嫌う態度は隠さなかった。バルドは話しかけられれば卒なく応じるが、自分の方から絡んでいくことはない。
馬車でいけるグローザ村までの道中は何ごともない平穏な旅路だった。ぽかぽかと春の日差しが降り注ぐ最高の旅日和である。
そんな穏やかな旅の中、しかし御者を務めるルドルフの気分は曇っていた。
どうしてこんなことになっているんだ。
この旅の道連れをアレンジしたのはアリアナだった。ある日彼女はルドルフを捕まえて言った。
「サイラスたちと同行してほしいのよ」
「まさか親睦でも深めろ、なんて言うんじゃないだろうな」
「それもあるけど」
ルドルフが軽口で返すとアリアナはフフっと笑った。
それから笑みを消した彼女は、聖剣の神子が死霊国に近い場所まで行けば何か危険が起こるかもしれないと言った。誰も持っていない危機感を彼女は抱いている。
「なぜだ? 死霊国は外敵に対して抵抗はすれど、自ら攻めてくることはないはずだ」
ルドルフは訝しんだ。死霊国が生まれてからというもの、リッチキングはずっと王城に引き籠っているし、積極的に外界に干渉したことはない。その領地からさまよい出てくるアンデッドも特にかの王の差し金という風ではなく、統率などまったくない単なる低級アンデッドだ。さすがに心配し過ぎではないかと考えたのだ。
「聖剣の神子がリッチキングを倒すと喧伝しているのは、見方によれば宣戦布告しているようなものですからね。攻めてくるとわかってるならその芽を先に摘むのは防衛の一環とも言える」
その喧伝には何の戦略的メリットもないが、それは神殿のお偉方が決めたことだった。要するに、聖剣の神子を取り立てたのは自分である、と功を誇りたい馬鹿がいたのだ。アリアナはそのことに少し苛立ちを見せつつ続けた。
「それに確たるものではないけど気になる話がある。実は境界付近で兵士姿のアンデッドの一団を見たという噂があるの。荒野を長い年月さまよっていたとは思えないほどきれいな装備をした」
ルドルフは黙った。それが本当ならば前例のない兆候である。ならば前例のないことが起きても不思議ではない。
「神殿は動かないのか? そのような情報があるなら神殿騎士の一隊でも派遣すればよかろうに」
「裏の取れていない噂程度じゃそこまで大げさには動けないわ。彼らも私たちもね」
「そこで俺にというわけか」
「万が一のことだから」
ルドルフがめんどくさそうに言い、アリアナは苦笑とともに肩をすくめた。
「それならせめて大切な神子様の割り当てを近くの村にするとかはどうなんだ。そうすればさすがに安全だろう」
「無理よ。外聞を気にすることにかけて彼らは一流だもの」
聖剣の神子はこと対アンデッドに関しては常に矢面に立たなければならない。その神殿の見解もそう簡単には揺るがせられない。それに本来アンデッド掃討は小さく些細な仕事だ。なおさら及び腰を見せるわけにはいかないというわけだった。
アリアナはすでにルドルフへの報酬を準備していた。万が一と言う割には周到なことだ。もし空振りに終わった場合もそれを返す必要はないという。
そこまで言うならばルドルフも強いて否とは言わず仕事を引き受けた。セラがアンデッド掃討に出ている間も師匠としての仕事はある。もともとセラたちに同行するつもりではあったのだ。
そんな経緯でルドルフはこの憂鬱な道行きを甘受している。
ため息をつくルドルフに対して馬車の幌越しにも聖剣がその存在を主張してくる。あれが近くにあるというだけでアンデッドのこの身はひどく落ち着かない。
人気のないところでばっさりやられたりしないだろうな。
ないとわかっていつつも、不吉なことを考えずにはいられなかった。
四日目。グローザ村から目的のセレト村までは徒歩となる。ルドルフらはその日の昼過ぎにようやくアンデッドに行き会った。一体の動く屍。ぼろをまとったゾンビである。どこへ向かうでもなくたださまよっている。それはエレノアの退魔の法術によりすぐに崩れて塵となった。
「ここから先は少し気を引き締めて行こう」
サイラスがごく自然に全体のリーダーシップを取っている。その言葉にルドルフ以外の全員がうなずいた。




