第四十七話 年の瀬
セラとバルドはひたむきに鍛錬の日々を送っているが、効率の良い成長には適度な休息も必要だ。なので週に一日ないし二日は必ず休みの日を設けている。
しかし二人とも目を離すと何かしら修行的なことを始めてしまうので、そんな休みの日には食糧の買い出しがてら、連れ立ってグラナフォートの市場まで出かけることが多かった。雪に閉ざされた山奥の暮らしでも、転移門を使えば町まではすぐだ。
刹那の色彩の三人がいる時は「居候させてもらっているからせめてこれくらいは」と子供たちを連れて行ってくれるのだが、冬になってから彼女らは留守にしていることが多い。第十一層を目指してダンジョンにもぐっているのだ。聖剣旅団がこの半年の間に第十層へと到達し、さらに今は第十一層の探索を進めているので、それに対抗心を燃やしているようだ。
というわけでこの日はルドルフがセラとバルド、それにラエルを連れてグラナフォートまで出てきていた。もう陽は高いというのに今日は息も凍るような寒さで、日陰に足を踏み入れると、この朝できた霜柱がザクっと音を立てる。
セラとラエルは風邪を引かないように二人とも綿のたっぷり詰まった防寒着に身を包んでいた。バルドはその肉体のおかげか寒さに強いらしく比較的軽装だ。アンデッドであるルドルフも寒さを感じないのでいつも通りのローブ姿だった。
間もなく新年ということもあって市場はいつもにも増して活気づいている。新年の祝い飾りや縁起物、年末年始の食卓を飾る色とりどりの料理、珍しい遠方の果物などが並んで、客寄せの声もひときわ盛んだ。まるでお祭りのような雰囲気を醸し出していた。商品の値段は常よりいくらか高いが、その分だけ質も良い。人々の財布の紐もこの時期ばかりは少し緩みがちである。
ラエルは二人が鍛錬している間は何もすることがないのでよく町まで来ているが、こうした年末年始の市場は初めてだった。その熱気と賑わいが大いに物珍しいらしく、率先してあちこち走り回っては、何を見ても楽しそうにしている。バルドも色々なものを目にしては興味深そうにしていた。ただしラエルのようにわかりやすくはしゃぎはしない。
「これはなんだ? 僕こんなの見たことない!」
「別に珍しくないよ。どこだって新年になったら飾るでしょ?」
「うそ。うちの村では飾らないなぁ」
「私のいた村ではみんな自分の家で作ってたよ。私もお婆ちゃんと作ったことあるし。作り方教えてあげようか?」
家の戸口に飾る新年の柊の飾りを指さしてラエルが騒ぐと、セラは得意げなすまし顔でそう返した。セラがラエルとバルドに対してはお姉ちゃんを気取ろうとするのを、ルドルフはちょっと意外な目で見ている。
「お嬢ちゃん、詳しいねぇ。でもここいらには柊はなかなか生えてないからね。どうだいひとつ」
威勢のよさそうな店番のおじさんがニカッと笑ってセラに話しかけてきた。さっきまでの勢いはどこへやら、セラはとたんにしどろもどろになる。
「すみません、まだ先に買わないといけないものがありますので。ほら、行くよセラ」
人見知りが出たセラにバルドが助け舟を出した。端から見ると完全に兄と妹である。是非また見に来てくれよ、というおじさんの陽気な声を背に一同はその店を離れた。
ルドルフは新年の飾りなどずいぶんとやっていないなと思いつつ、今年最後の買い物になるのでいつもより少し多めに食糧を買い、年末年始用に特別な食べ物もいくつか仕入れた。買い物が一段落したところでいったん路地裏に行く。そこでルドルフとバルドがいっぱいに持っていた荷物を次元収納にしまい、一同は再び手ぶらとなった。
買い出しの後は食事にでも行くかと、市場を離れてルドルフお気に入りのいつもの店に向かう。その途中、まるでタイミングを計ったかのようにアリアナが冒険者ギルドの建物から出てきた。
「あら、みなさんお揃いで。そろそろお昼でしょ? 私もいっしょに行っていい?」
「アリアナさん!」
セラがうれしそうにアリアナに駆け寄った。相変わらずこのエルフはあちこち駆け回っていて、ルドルフたちと会うのも十日振りくらいになる。
アリアナには何か秘めたる企画があるらしい。それでこの頃よくグラナフォートの冒険者ギルドで何やら会合を持っている。その企画にはルドルフも協力を依頼されているが、報酬面で折り合いがついていない。とてもめんどくさい仕事なので、ルドルフとしてはそのまま立ち消えて欲しいと考えていた。
町の中心から少し外れた小さな店は、いつものように古びたたたずまいをしながら静かな活気に満ちている。店の中は暖炉に火が入って生き返る暖かさだ。夏の間は風を通すのに開け放たれていた窓は固く閉じられ、今は外の寒さを寄せつけない。店内をランプの暖かな明かりが優しく照らしていた。
「あら、今日もまた大勢でありがとうねぇ」
穏やかで優しそうな胡麻塩頭のおかみさんが席に着いた五人に声をかけてきた。
この店にはラエルとバルドもすでに何度か来ている。さすがに兄弟がどんどん増えるのは苦しいかと思い、知り合いの子供を預かったことにしてあった。
「あなたたちが来ると作り甲斐があるって。うちの主人が。お店も今年は最後だから今日はいっぱい食べて行って」
「うん、僕いっぱい食べるからね!」
ラエルが元気に返事をするが、実際のところこの中では彼が一番の少食だ。といっても育ち盛りの男児なので食が細いわけではない。小食というのは相対的にということである。食べる量で言うとセラがその次にいくらか多く、バルドとアリアナが大差をつけてダントツのトップ争いをしていた。とにかくこの二人は常識外れの量を食べるのだ。
たちまちテーブルの上が湯気を立てるアツアツの料理でいっぱいになった。年末ということもあり、いつもは見ないこの地方の伝統料理や年の瀬だけの特別なメニューもいくつか並んでいる。ラエルとセラが自分の食べたいものを頼んだ後、アリアナが大雑把にメニューをなめてあれこれと頼んだものだ。バルドは黙っておまかせの姿勢を貫いている。
ラエルはここのオムレツがたいそう気に入ったようで、彼の前にはオムレツがふたつ置かれていた。しかもあとでおかわりすらするのだ。卵ばかりよく飽きないなとルドルフは感心する。
テーブルはいつも通りの賑やかな食卓となった。ルドルフは料理を取り分けたりして食べないのが不自然に見えないように動きながら、みなが食事するのを静かに眺めている。
セラはアリアナとこの店に来るのも久しぶりなので、今日はことさらに色々と話したいことが浮かんでくるようだった。その会話にラエルもわいわい馬鹿なことを言いながら加わっている。
バルドは自分に話が向けられた時以外は黙々と料理を口に運んでいた。剣の修行をする時と同じ集中力で、真摯に食に向き合っている。アリアナは忙しく会話しながら同じ量を食べるので、勝負をしたらアリアナの方が勝つのかもしれない。何の勝負かは知らないが。
「来年もまたよろしくお願いねぇ」
すっかり満足した一同はおかみさんのにこやかな挨拶を受けて店を出た。
「また市場に行こうよ! 今日はなんだかいつもと違って色々とあっていつもより面白い!」
「かまわないが、何も買ってはやらんぞ」
ラエルの提案を受けて、ぶらぶらと五人で市場を冷やかすことになった。何を買うというわけでもないそぞろ歩きであったが、ルドルフは新年の柊飾りの大き目のやつをひとつ買って帰った。
その夜中。
日中のルドルフはセラとバルドの面倒を見るので毎日それなりに忙しくしていたが、みなが寝静まる時間はまるまる自由な時間だった。彼はそんな時間にアリアナから報酬として得た魔道具の研究を行っていた。魔道具に埋め込まれている術式を解析して、それを魔術で再現したり、魔道具として複製したり、というのが昔からのルドルフの生業兼趣味である。
今年は多くの魔道具が手に入ったのでその自由な時間も忙しい。しかしそれは時間を忘れる楽しい忙しさであった。




