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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第四十一話 廃寺院

 それからまた半月が経過した頃、アリアナがようやく新しい物件見つけてきた。


 山奥の打ち捨てられた古代の寺院跡だという。エルフでなければ知ることもなさそうな物件だ。


「大丈夫だろうな? 変なものとかいない?」


「たぶん、あなたより変なものはいないわ」


 道のりはまずグラナフォートから山あいのペリグル村まで南西に馬車で一日。そこから山中の道なき道を進んで二日。都合三日の旅路となる予定だ。


 口にするだけなら容易いようだが、なかなかの険路である。そのためルドルフとアリアナだけで先に行って転移門を設置してくるという案も出た。が、その間セラを一人にしておくのも心許ないし「野外を旅する経験も必要よ」というアリアナの一言によって三人で向かうこととなった。


 折しも夏の暑さが本格化する直前の気持ちのいい時期だ。山々を一面に彩る新しい緑が眩しい。生まれて初めての馬車の旅にセラは大いにはしゃいでいる。借りた馬車の御者はルドルフが務めていた。名にし負う名無しの案内人は割と色々とできるのである。


 ペリグル村からは本格的な難路だ。森や藪をかき分け、時に切り立つ崖の細い道を歩く。大人でも山慣れていなければ進めないような道のりだったが、アリアナはすいすいと、ルドルフはずんずんと難なく進む。そしてセラが普通に歩くのが難しいような場所ではルドルフがセラを抱えていくので、速度はほとんど平地を歩くのと変わらない。


 つまるところ険しい全行程のほとんどで、セラはルドルフに抱えられていた。師匠の肩の上から山の自然を眺めて目を細めている。夜はベッドだし、食事もいつも通りだ。これでアリアナの言う野外を旅する経験とやらが十分に積めたのかどうか、定かではない。


 相変わらず迷わずに進むナビのおかげで、目的の寺院跡までは順調にたどり着くことができた。


 しかしグラナフォートを出てから予定通りの三日目、その夕方前。


「着いたわ。ここね」


 ルドルフは一瞬アリアナのその言葉を理解できなかった。ここには深い森しかないではないか。


 ただよく目を凝らして見ると、目の前の木々の根に埋もれた苔むした岩、それらが人工物らしいということがわかった。


 寺院はすっかり森に飲み込まれていた。


 ルドルフは辺りを覆う木の根を掴んで、それらをエナジードレインで枯らす。なんとか見つけ出した入り口を前にルドルフは思わずため息をついた。


「これはまず住めるようにするまでが一苦労だな」


 ライトの魔術で照らせば建物の内部にもずいぶんと緑が入り込んでいた。


 随時邪魔な草木を払いながら、連れ立ってひと通り内見する。寺院の内部は見た目よりも意外と広かった。森と土に埋もれた石造りの建物は一階建ての平屋であるが、それでも大小四十余りの部屋がある。


 その多くの場所でルドルフの頭がつかえないくらいに天井が高いのはありがたかった。もっとも寺院の者が寝泊まりしていたであろう宿坊の個室は通常の人間サイズに作られている。セラとアリアナがそれぞれの部屋を定めるのを尻目に、ルドルフは少し広い共同の広間を己が個室として占拠した。


 翌日は外の様子を確かめる。どれだけ昔かは知らないが、かつて人が住んでいただけあって手ごろな水場も近くにあり、狩りや採集によって暮らしていくことも問題なくできそうである。もっとも食べ物に関しては転移門を設置すればいくらでも町に買い出しに行けるのだが。


 実際、腰を落ち着ける間もなくルドルフはルガルダの第一層への転移門を作り始めていた。その間、セラとアリアナは寺院の中を歩き回って、どこに何があるかを確認しつつ、食堂の場所を定めたり、取り急ぎ使う部屋を掃除したり、新生活に必要な品物をリストアップしたりして過ごしている。


 到着して数日後には転移門も無事完成し、引っ越しから一週間も経つと寺院での暮らしはすっかり新しい日常となっていた。


 最初はどうなることかと思ったが、落ち着いてみるとそこは実に気持ちのいい立地だった。尾根筋にあって見晴らしが良く、はるかに青々とした山波を望む。気候もカラッとしていて地下のダンジョンよりだいぶ快適である。地下はやはりどことなく空気がじめっとしてしまう。


 森林限界よりわずかに低いくらいの高度にあり、夏も涼しく過ごすことができそうだ。代わりに冬の寒さは厳しそうだが、暑さよりも寒さの方がなんとかしやすい。


 毎日ルドルフとセラは寺院の内外で魔術の鍛錬をし、時折転移門で町に買い出しに行ったり、ダンジョンで魔物相手の実戦を行ったりしている。定期的に第八層と第十二層の地脈の部屋に設置した魔石製造機から大きく育った魔石を回収するのも忘れなかった。


 アリアナは暇を見てちょこちょこ出かけている。行先も告げずに転移門で出かけて数日留守にすることもあれば、山に出かけて鹿や猪など担いで帰ってきたり、木の実やキノコを集めてきたりすることもあった。


 セラにとってはのどかで楽しい暮らしが続いた。


 夏が終わり秋が近づく頃、懐かしい顔がそのホームを訪ねてきた。


 刹那の色彩の面々である。そこにはメア、シャーロット、そして歯を見せて笑うベルタがいた。その朗らかな笑顔に石像だった時に浮かべていた苦悶の影は微塵もない。


「礼を言いに来るのが遅れてすまない。なにせ二十年ぶりに生き返ったもんでね。まずは銘々の故郷やらあちこちに顔を見せに行きたかったんだ」


 ルドルフとセラを前にして、ベルタが開口一番に言った。


「けどおかげでもろもろ用事は済んだ。あとは腰を据えて神子様と旦那に恩返しができるってもんさ」


 メアとシャーロットも口々に礼を言った。その際にシャーロットはベルタが無事に蘇った時のことを思い出したらしく、みるみる涙をあふれさせて号泣し、背の低いメアがその頭を抱いてよしよしと慰めていた。


 ベルタはゴーストをやっていた頃の記憶はあいまいだが、ルドルフらと会ったあたりからはだいぶ覚えているらしく、その時の続きのような調子で気安くルドルフに接してくる。きっぷの良さは相変わらずだ。


 彼女たちはアリアナに呼ばれてここまで来たとのことだったが、ルドルフはそれを知らされていなかったのですっかり驚かされてしまった。おそらくわざとだろう。当のアリアナは留守にしている。これもわざとかもしれない。


 ちょうど昼時だったので、はるばる来た客人を家に招いてランチにする。ちなみに彼女らは最寄りの村からここまで四日かかったとのことだった。アリアナとルドルフに比べればわずかに遅いが、それでも一般からすれば十分に早い方だろう。


「ところで恩返しというのは、セラの従士になってくれるということでいいのかな。たしかそういう話だったな」


 みなが楽し気に食事するのを見ながら、ルドルフは思い出したように確認した。


「もちろん。誠心誠意務めさせてもらうよ」


「なるほど、それは頼もしい」


 ベルタの答えにルドルフの声は笑みを含んだ。申し分ないことである。腕はアリアナのお墨付きだし、人柄もみな良さそうだ。セラもすでに馴染みつつある。


 刹那の色彩は石化期間二十年のブランクを差し引いた実質の年齢で二十代そこそこといったパーティだ。リーダーのベルタはセラより十歳ほど年上で、一番年齢の近いメアは四歳年上だ。程よい年齢差の年上に引っ張られるのは、セラにとってもやりやすいだろう。


 ルドルフがそんなことを考えていると、付け加えるようにシャーロットが言った。


「実はあと一人来ているんですけど~」


 どうやらシャーロットの村からついてきたもう一人の仲間がいるらしい。その者は険しい山道に嫌気がさして、途中でペリグル村まで戻ってしまったそうだ。たしかに体を動かすのが得意ではない者にはつらい山道だろうが、とはいえあれしきでパーティと別行動をとるというのは冒険者としてどうなんだろう。


「それがまだほんの子供でして~」


 それはますますどうなんだろう。


 メアは話はそっちのけで厚切りベーコン、それにチーズとレタスをパンに挟んでかぶりつき頬張っている。なかなかマイペースな娘だ。ふんふんと尻尾があれば振り回しそうなご機嫌さである。

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