第四十二話 精霊使いの少年
「えー、すごい! 本当に知らない場所に移動した!」
不意に転移門のある部屋から大きな声が響いてきた。
刹那の色彩の三人がいったん転移門に消えてから三日目のことだ。彼女らは仲間を迎えにグラナフォートからペリグル村まで往復し、再び転移門で戻って来ることになっていた。
ルドルフとセラが魔術の鍛錬を中断してその部屋に向かうと、刹那の色彩の三人の前に一人の少年の姿があった。
『ラエルは精霊の王たる器なんです~。私は精霊さんにお願いして聞いてもらう立場ですけど、彼は命令さえすれば精霊たちは喜んでそれに従うのですよ~』
少年、ラエルについて、先日シャーロットがそんなことを言っていたのを思い出す。シャーロットが本格的に精霊を使うところをまだ見ていないので、それがどれくらいすごいことなのかわからないが、王というからにはなんだかすごいに違いない。
興味深そうに辺りを見回すその表情は自信と好奇心に満ちている。初めて見る骸骨姿の巨漢と目が合って委縮しないのも大した度胸だ。
しかしルドルフがその様に感心していたのもラエルが口を開くまでの間だった。
「このちんちくりんが神子様なの? 成人してるって言うけど僕よりガキんちょじゃないか」
骸骨の横にいる少女を見たラエルはあからさまにガッカリした表情を見せた。
「年上だって言うからもっときれいなお姉さんかと思ってたのに」
年が近いと聞いていてちゃんと仲良くなれるかドキドキしていたセラはショックで固まってしまった。
ルドルフはラエルの評価をクソガキに改めた。
「まあシャーロット姉さんたちの頼みだから力を貸してあげるけど。ありがたく思っていいよ?」
「何ですかその態度は~。めっ」
無礼で尊大な態度のラエルをシャーロットが叱責する。どう見てもゆるすぎる「めっ」なのだがラエルは首をすくめ、悪いことをして頭を叩かれたような顔を見せた。あれで効き目があるらしい。
「なんだよやめろよぉ。頭わしゃわしゃすんなよぉ」
ベルタが無言でその頭を乱暴にかき回して髪を乱すと、ラエルは首をぐらぐらさせて情けない声を出した。
「今のはラエルが悪いぞー。早いとこ謝っといた方がいいんじゃないかなー?」
メアからもたしなめられている。
三人にいじられている姿を見ると、尊大な態度の割にそう悪いやつではなさそうだ。しかしセラに暴言を吐いたことは許せん。
「なんだよ本当のことを言っただけだろ。僕は何も悪いことはしてない!」
しかも開き直って謝罪の意思もなしと。しゅんとして小さくなっているセラの頭をなでながらルドルフの考えは固まっていた。
「うん、君は不採用かな。気を付けてお帰りください」
とたんにラエルはうろたえ慌てだした。
「なんでさ! 村一番の精霊使いの僕が力を貸してあげるっていうのに! 従士とやらにだって、なってやってもいいって考えてるのに!?」
「どうぞお帰りください」
にべもないルドルフの言葉にラエルは絶望の顔になってシャーロットの方を見る。助けて! という目だ。しかしシャーロットは困ったような微笑を浮かべながら言った。
「一人で帰れるかな~?」
「すみませんでしたぁ!」
その瞬間ラエルは目にもとまらぬ速さで土下座していた。王たる器の堂々たる土下座だ。この切り替えの早さは芸術的といえる。
「なにが、どう、すまなかったのかな? きちんと謝るべき相手に謝って欲しい」
「ちんちくりんなどと言ってしまって、申し訳ありませんでしたっ」
ラエルはきちんとセラの方を向いて謝った。へつらう上目遣いだ。先ほどとは打って変わってすっかり相手のご機嫌をうかがう卑屈な笑顔になっている。
「セラ、許してやるか?」
ルドルフがそう言うと、セラはその後ろに隠れて小さくベっと舌を出した。こちらはこちらですっかり拗ねている。謝罪を受け入れる気はないようだ。
「すみませんでしたぁ! 二度とちんちくりんなどとは申しません! 初めてお会いするのに緊張して目がくらんでおりましたぁ神子様!」
再びラエルが勢いよく額を地にこすりつける。ほれぼれするような土下座だ。慣れてるんだろうか。土下座。
ラエルはどうしても自分の村に帰りたくなかったらしく、そのあと執拗に謝り倒して、半ば困惑、半ばうんざりしたセラにやっと許してもらった。しかし従士内定は「保留」ということに留まった。ここに置くか村に帰すかは今後次第だ。はからずもセラとラエルの間には絶対的な力関係が生まれたのだった。
それから数日。
しかしながら日々をともに過ごすようになってみると、セラとラエルの相性は意外と悪くはなかった。
積極的に人に絡んできてあけすけにものを言うラエルに対して、受け身がちなセラもかえって遠慮なくものが言えるようだ。ラエルの失言にセラが腹を立てることもよくあったが、まずいと察するとラエルは即座に手のひらを返して謝った。
村に帰りたくない一心もあったろうが、もともと相手の反応をよく見ていて、その心を察するのがうまい。察して何をするのかは相手次第状況次第といったところだが、概して甘え上手のお調子者である。
ルドルフはシャーロットが精霊使いと聞いた時に、精霊使いはやはり性格が重要なのかと思ったものだが、ラエルにもそれと同じことを感じている。気難しい精霊と心を通わすには、誰とでもうまくやっていけるような性格が重要なのだろうと。もっともこれはルドルフの勝手な推測である。
しばらくしてラエルは初対面の時のことを改めて蒸し返してきた。今でもあれで怒られたのは不満らしい。
「だって神子で年上のお姉さんって言われたら、なんて言うか、こう、もっとさぁ。うまく言えないけど、そういう気持ちで胸がいっぱいになってる時にセラみたいのが出てきた時の僕の気持ち、わかるだろぉ?」
セラとの会話を端から見るルドルフにもラエルに悪気がないのは分かっている。ちょっと馬鹿なだけなのだ。
「私のことちんちくりんって言ったけど、だいたいラエル君もあんまり背は高くないよね」
「なにおー!」
セラがやりかえすとラエルはふざけて怒り出した。それを見てセラはくすくすと笑った。
実際ラエルの背丈は同年代の平均からすると小さい方である。この半年でセラの背も少しは伸びているので、そのうちラエルを追い越すかもしれない。
あとでシャーロットがラエルが村を出てやってきた真の目的についても教えてくれた。それはなんと嫁を探すことであるという。
ラエルとシャーロットの村は精霊使いの集まる村で、村で育った者は十五歳の成人を迎えると伴侶を探す旅に出るしきたりがある。血が濃くなりすぎないように外の血を入れるためだ。
とはいえそんなに厳格なしきたりでもなく、二十歳になるまでに伴侶を見つけられなければ村に戻り、普通に村の中で相手を見つけて結婚する。すでに意中の相手がいる場合は、もともと村を出ない者もあるそうだ。
実はシャーロットもそのしきたりに従って旅に出ていて、バジリスクに石化させられたのがちょうど時間切れで帰ろうとしていた頃だった。
ラエルは十三歳。まだ成人には二歳足りないのだが、村に戻ってきたシャーロットがセラの従士になるためにもう少し旅を続けるという話を聞いて、なら自分も例外を認めて欲しいとずいぶん駄々をこねたのであった。
そして結局は精霊使いとしての力は申し分ないことであるし、シャーロットがいっしょならば、という条件付きで村の長と両親に特別に許可された。なのであのとき土下座してでもシャーロットと離れるわけにはいかなかったのである。
ラエルが来てからセラの怒ったり呆れたりといった、今までは見なかった表情をルドルフはよく見るようになった。悪いことではあるまい。
もっともラエル少年がルドルフにもたらしたのは、そのようなしみじみとした感慨ばかりではなかった。
廊下に並んだランプが急に大きな炎を上げて全部壊れる。まだ大半が埋まったままの寺院を掘り起こそうとして一部を派手に倒壊させる。寺院の外がいつの間にか落とし穴のような穴ぼこだらけになる。
善意か悪戯かを問わず、加減の下手くそな精霊使いの少年は精霊を使って何やかやとやらかす。そのたびに追いかけ捕まえ締め上げる必要があった。少年にすっかりと言い聞かせるまで、そんなことがしばしルドルフの日課となった。




