第二十九話 刹那の色彩
ルドルフはかつての住処で黙々と第八層への転移門を作っていた。懐かしい感覚。一人はやはり落ち着く。
一昨日からセラとアリアナは町で冒険者ギルドや神殿などあちこちを行き来して忙しくしている。おかげで彼はおよそ二週間振りの静かな時間を送っていた。いや、別に彼女らがうるさいというわけではないが、やはり周りに人がいるというのは、それだけでいくらか気が張るというものである。
この孤独な穴倉の快適な静けさに比べると、地上は今ちょっと騒がしい。
石化させられていた冒険者たち、しかも第八層を探索できるようなベテランの冒険者たちが大勢復帰したことは大きなニュースとなった。特に二十年もの間消息を絶っていた刹那の色彩の生還。町はどこへ行ってもその奇跡の話でもちきりである。
セラはその立役者として、冒険者ギルドから特別褒賞が与えられるだとか、神殿で改めて神子としてのお披露目を行うだとか、にわかに忙しいようだ。大勢の人前に出てまごまごしている姿が目に浮かぶ。まあアリアナが付き添っているので問題はないだろう。
なおケビンを殺したことで冒険者らの中には少女とリッチに反感を抱く者も多かったが、それもいつの間にか和らいでいた。故人が生前に行っていた悪事が徐々に明るみに出てきたせいである。元疾風の団の盗賊と神官など、居づらくなった関係者はすでに別の町へと姿を消していた。
やがて作成中の転移門があと一息で完成するという頃、アリアナがひとりルドルフのところへやってきた。
「仕事の途中で失礼するわね。あなたのところに誰か来なかった? 黒いネズミとか」
「黒いネズミ?」
聞けばそれはダークエルフの蔑称である。いきなりのきな臭い話にルドルフは身構える。なんでも人間に化けて群衆に紛れ、セラとアリアナの様子をうかがっていたらしい。正体を看破したアリアナがひとにらみすると、人波の向こうに姿を消したそうだ。
「いったい何の目的で」
「さあ? それはそうと、本当に来てないでしょうね」
「嫌な話はやめてくれ」
そもそも転移門で来るアリアナを追い越してここまで来られるはずもない。
「そんなことよりセラを一人にして大丈夫なのか」
「安心して。町に警備の強化を呼び掛けたし、一人にはしてないから」
ルドルフは話を重く受け取ってセラを心配したが、アリアナは鷹揚に答えた。
「でも心配ついでにちょっとセラちゃんのいるとこまで来てくれない?」
実のところダークエルフの件はついでに聞いただけで、アリアナは別件でルドルフを呼びに来たのだった。刹那の色彩の旅立ちの見送りに来てほしいと。セラがいるのはそこだという。
ルドルフはあともう少しで仕事が仕上がるし、第一面倒くさいと渋った。が、アリアナはやはり彼女らにだいぶ目をかけているようで、セラとルドルフを改めて紹介して印象付けておきたいのだと熱を込めて頼んだ。最終的にはルドルフもベルタの体の見送りくらいはしてやるかと重い腰を上げた。
ルドルフらが町はずれに着く頃、セラと刹那の色彩の二人は幌馬車の傍らで彼らを待っていた。先ほどまではギルド長をはじめとしたギルドの職員の見送りもいたが、今はとうに帰ってしまい周りにはほかに誰もいない。
一人で見知らぬ人の間にいるセラはどんな心細い顔をしているかなと思いきや、周りをくるくる飛び回る羽の生えた小人を追って自分もくるりくるりと回り、笑顔で静かにはしゃいでいた。あれはなんであろう。
ルドルフは辺りに人気のないことを確かめ認識阻害の面を外す。そして小人を気にしながらもアリアナについて近づくと、それに気づいた刹那の色彩の二人がルドルフに向き直ってぺこりとお辞儀をした。羽小人はいつの間にかその片方の肩に止まっている。
「私は精霊使いのシャーロットと申します~。この度は本当にありがとうございました~」
「うちはレンジャーのメア。改めて礼を言わせてもらうよ。色々とありがとう」
礼とともに彼女らはそう名乗った。
ルドルフは己も自己紹介しつつ、おっとりとした美人でのんびりとした話し方をする方がシャーロット、背が小さくてすばしこそうな方がメア、と認識したが、それより何よりシャーロットの職業に驚いた。
精霊使い!
それだけでルドルフはアリアナが彼女らにこだわる理由が少しわかったような気がした。
魔術師もそれなりに希少とはいえ、努力次第で誰にでもなれる。が、精霊使いはさらに輪をかけて希少であり、素質を持つ者しかなることができない。まさに選ばれた存在といっていい。
彼らは魔術ではなく自然の精霊の力を借りて不思議を起こす。
気難しい精霊に言うことを聞かせるためには猛獣使いのような技量が要求され、また精霊のいる場所でないとまったく力を発揮できない。そのようなままならない面はあるものの、条件がそろった時の精霊使いは恐るべき力を発揮する。
また力を振るうことのできるシーンでは、その力を代償なしに無限に行使できるというのも無二の強みだ。同じ不思議を起こす者でも、己の魔力の限界に縛られる魔術師には真似のできないことである。そも魔術の源流は精霊術にありとも言われるのだが、今はそれは措いておこう。
ともかくそれで羽小人の正体もわかった。あれは精霊が人型を取って具現化したものだ。よほどの精霊使いでなくてはできることではないと聞く。なるほど横にいる人材マニアも放っておくことはできまい。
なお精霊使いにすっかり意識が持っていかれてしまったが、レンジャーもなかなか珍しい。
彼らは野外活動のエキスパートである。ルドルフも若い頃は農家の合間に猟師などをしていたので、山歩きには多少自信があるが、そんな自信も優れたレンジャーを前にすれば滑稽なものだ。野外において獲物を追跡する能力などは、何か魔術を使っているのではないかと思えるほどである。一週間以上も前の痕跡をたどって相手を追い詰めることすらあるのだ。
彼女らに加えて槍使いのベルタも若くして達人の腕前だったという。刹那の色彩とはなるほど大したパーティだったのだろう。まさかダンジョンの奥にこのような人材が眠っていたとは。アリアナとしてはまさにお宝を見つけた気持ちでいるに違いなかった。
互いに軽く自己紹介をした後、シャーロットがベルタのこれからの事でアリアナに改めて礼を述べた。
どうやら大神官への紹介状を書いてやったらしい。それならばベルタのことはまず安心だろう。大神官の腕前の確かさはルドルフもよく知っている。なにせ元従士仲間なのだから。
「ベルタが無事に回復したら、その時は必ず戻ります~」
「神子の従士の任も喜んで引き受けるよ。恩は返さなくちゃね」
続けて彼女らが口にした言葉はルドルフには初耳だったが、それでアリアナが強く肩入れする理由が完全に腑に落ちた。なるほど。神子となるならセラにも従士が必要だ。となれば、刹那の色彩の存在はまさに渡りに船といったところか。
実力は問題なさそうだし、人柄的にもセラはすでに打ち解けているようだ。さっきからルドルフが正体をさらしているにもかかわらず、何ら動じていないのも好印象である。
ルドルフがそんなことを考えていると、シャーロットが尋ねてきた。
「ところで~……ベルタのゴーストは今も近くにいるのですか~?」
ベルタの生霊説はアリアナには伝えていたが、それは彼女らにも共有されていたらしい。ルドルフはそう尋ねたシャーロットのすぐ横を見た。
「ああ、すぐそこにいるぞ」
霊として浮遊するベルタはさっきまで幌馬車のそばにいたが、ルドルフが来ると近くまで近づいてきていた。
それを聞くとシャーロットは両手で口を覆って涙ぐんだ。メアはルドルフが指差した場所に何かないか探るように目を眇めている。そのメアの視線の先には霊体のベルタが立っているのだが、ルドルフのほかに彼女が見える者はない。地上に来てからはもやとしても見えなくなっている。
「ベルタ、いま何か言ってる? うちらになにか言うことないかって聞いてくれない?」
『何かあるかって言われても、他人越しで話すのはどうも面映ゆいね』
メアの言葉にベルタが答えるように言ったが、その返事もルドルフ以外には聞こえない。その通りにルドルフがシャーロットとメアに通訳すると、二人はやや残念そうに、しかしそれはそうだと苦笑した。
だがベルタの言葉はそれで終わりではなかった。
『そうさね。だがセラの従士になるというのは悪くない話じゃないか。二十年振りに生き返ってもどうしたものかと心配してたけど、どうやらいい目標ができたよ。何より助けてもらった恩を返すためにも、絶対に生きて戻らなくちゃね』
だそうだ。とルドルフが伝えたその言葉に、シャーロットは改めて目頭を拭い、メアはニヤリと笑った。
「重ね重ね、このご恩は近いうちに必ず~」
「必ずベルタといっしょに戻って来るからね。本当にありがとう。また!」
最後にそう言ってシャーロットとメアは馬車の荷台に乗り込んだ。そこには石になったベルタの体が丁重に箱詰めされて載っている。今のベルタはその自分の体からあまり遠くには離れられないようで、二人の横について見送りのルドルフたちに手を振った。
やがて御者が馬に鞭を入れ、馬車は夕日を受けて、ゆっくりと街道を東へ遠ざかっていった。
大神官に石化の解除と傷の治癒を頼むとなると、行き先は王都ではなく聖都になる。聖都までは王都を経由して片道二十日ほどの旅である。ルドルフは旅が順調に行くことを祈った。もろもろの費用もエルフ持ちということなので、何もなければひと月もしないうちにベルタはもとの体に戻れるだろう。
ルドルフとアリアナ、それにセラは馬車が小さくなって見えなくなるまでその場で彼女らを見送っていた。




