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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百七十一話 降服勧告

 昨晩から夜通しの吹雪が止んだその日。当直をさぼった兵士が寝ぼけまなこをこすって町の外を見渡すと、輝く銀世界の只中に魔物たちの軍が忽然と現れていた。兵士はさらに何度も目をこすったが、それは見間違いでも夢でもなかった。


 その最前列中央には、獣の頭をした獣人たちの担ぐ輿に乗ったコボルトがいる。頭の上にちょこんと小さな王冠が乗っているのが見える。


 輿の左右にひときわ目を引く熊頭の偉丈夫と金の狼頭の獣人が立っており、さらに二体のマンティコアが悠然と闊歩している。そして雪景色に似つかわしくないルーズな服装の男。その周囲にはただならぬ面構えのゴブリン、オーク、オーガ、トロールの将たち。そして多種多様な種族から成る兵士たちが群れを成していた。


 彼らは犬の横顔をシンボルにあしらった旗をたったひとつかかげている。それは誰も見たことのない旗であった。


 アルバーグに急を知らせる角笛が鳴り響き、兵が慌ただしく城壁の上を走り回る。


「使者を送れ」


 ガディが精一杯の威厳とともに命ずると、進み出たのは北アストル王国の鎧を着た兵士たちである。三人の兵士は馬に乗り、雪を蹴立ててアルバーグの北門へと向かっていく。やがてその門の前で何やら口上を述べた。


 城壁の上には多くの兵士が顔を出し、揃いの装備にあしらった色から王国兵と将国兵が混在しているのがわかる。そしてその割合は青の王国兵の方が、黒の将国兵に比べてだいぶ多い。


 そうするうちに城壁の上からまばらに矢が射られて、使者たちはほうほうの体で逃げ帰って来た。


「将国の敗北を伝え、こちらに降れば悪いようにはしないと告げましたが、将国の者は口汚く罵るばかり。一向にこちらの話を聞こうとしませんでした」


「いいぞ。それは十分に想定していたことだから。それよりもよく無事で戻ってくれた」


 ガディは鷹揚に答え、使者たちをねぎらった。


 それからヴァルターが指示すると、後方に控えていた青い鎧の投降兵たちが魔物の軍の前に出て、口々に叫んで城内に呼びかけを始めた。四万の兵による合唱のような声が雪原にこだまし、城壁を越えていく。


 またトロール兵たちが城壁に沿って深い雪を掻き分け道て進み、その肩の上に立つゴブリン兵たちが矢尻を布で丸く包んだ矢文を壁内に放って回った。その矢文には将国の大敗、来るべき西の魔王の侵攻、そして民を守ることを約束するガディレルムのあらましを伝える内容が記されている。


「これで本当に行けるんかね」


「わからんが、最初に試してみる一手としては悪くないだろう。将国敗北の噂は数日前から流してある。今までは本気にしてなかったかもしれんが、事こうなれば効いてくるはずだ」


 ヴァルターが尋ねると、その横にいつの間にか佇んでいた仮面のルドルフがそう返事をした。


 それはこの場にいないスウェンの立てた策だった。町に住む者たちに揺さぶりをかけ、戦わずして門を開けさせるための策である。


 ルドルフの報告により、町中に火種が育っていることはわかっている。王族に対するあまりの仕打ちや、占領下における傍若無人な振る舞い。将国兵たちに対する町の人々の不満は募りに募っていた。


 そしてこの町にいる将国兵はわずか三千ほどだ。それは彼らに従っている旧王国兵よりもだいぶ少なく、都市の人口と比べれば話にならないほどに少ない。その圧倒的少数の将国兵が幅を利かせていられたのは、あくまで強大な将国軍の後ろ盾があったからだ。


 それがなくなったと知れた時、何が起こるかは火を見るよりも明らかである。


 魔物たちの軍の言うことを人間たちが信じるだろうか、という懸念に関しては、すでに帰順した旧王国兵がその証になってくれている。


 十分に成算は高い、とスウェンは熱弁した。ガディやダドリーはそれを聞いて手放しにその策を称賛し、今こうして実行に移しているわけである。


 それから一時間ほどが過ぎた頃、その策が功を奏したことがアルバーグから離れた雪原にも伝わってきた。城壁の内側から鬨の声が聞こえてきて、それは城壁の上にもあふれ出す。青の旧王国兵が黒い将国兵を囲んで、至る所で袋叩きにしているのが見える。ぐったりとして動かなくなった将国兵たちは無造作に城壁の外に打ち捨てられた。


「おお、やったぞ!」


「やりましたな! さすが、陛下の威光が町の者にも伝わったのでしょう!」


 ガディとダドリーが無邪気に喜びの声をあげた。すると同じくその周りにも歓声が広がっていく。しかしルドルフは一人静かにその様子を見ていた。まだ目的が達せられるとは限らない。


 そのルドルフの見立て通り、騒ぎが収まってからかなりの時間が立っても城門が開くことはなかった。城壁の上では青い鎧の旧王国兵が動き回り、どうやら防戦の準備をしている。


「……どういうことだ?」


「敵の敵は味方とはいかなかったようだな。向こうはこちらも敵と認識したようだ」


 ガディが困惑しややしょげた顔をしたところに、ルドルフは己の所見を述べた。


 今ガディレルムに属している人間は、ザマルの人々にしろ、帰順した旧王国兵にしろ、多かれ少なかれ命を救われたと言う事情がある。それくらいのインパクトがなければ、やはり魔王の言うことをおいそれと信じる人間はいないということだ。


 そんなルドルフでさえ抱く懸念を見落とすほどに、策を立てたスウェンはガディと魔物たちに強く親しんでいる。


 ルドルフからその解説を聞いたガディは、ひとつ「それならば」と決意の顔を見せると、軍から離れて輿を進め、自ら説得に向かった。人の顔に戻ったダドリーとヴァルター、それに先ほど使者として赴いた三人の旧王国兵を連れて行く。


 城壁の上から矢が放たれることはなかったが、その訴えは不調に終わり、ガディらは小一時間も経たぬうちにすごすごと引き返してきた。


「まいったな、こいつは」


 ヴァルターが要領を得ない顔であごを撫でている。ガディはすっかりしょげかえって耳を畳み、尻尾をだらりと下げていた。


「陛下の慈悲を無下にするとはけしからん。やはり力づくで言うことを聞かせてやりましょうか」


 ダドリーが険を含んだ表情になり物騒なことを言いだしたが、ガディが「それは駄目だ!」と言うと、その熊武者は例のごとく何のわだかまりもない調子で主君の意見に同調した。


「どうしたらいい? お前さんなら、なんかいいアイデアあるだろ」


 ヴァルターがルドルフへの根拠のない信頼を見せる。


 ルドルフは言った。


「ひとまず近隣の町や村を抑えて足もとを固めたらどうだ。トロールとの戦に振り回され、やっと落ち着いたと思ったところで、作秋の将国の徴発だ。とにかく食う物に困っている。今なら恩を売り放題だ」

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