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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十四話 一期一会の日常

 いくつかの野暮用を片付けて、ようやくザマルでの日常が始まった。


 それは師弟が魔術の研鑽に没頭する日々でもある。


 ルドルフとセラは午前は古代魔術の習得を目指してその呪文の研究を行い、午後は魔道具作りの手習いをしている。ドミラフ第十四層のホームでやっていたのと変わらない。


 もちろんセラは魔力を伸ばすために魔術を限界近くまで使う修練も続けていた。毎朝顔を汗だくにして一心に励む様を見ていると、剣術などをやっていても一廉の者になったのではないかと感じられる。もっとも好きな魔術のことだから続けられるというのもあるのだろうが。


 リッチキングから受け継いだ十二の古代魔術。


 それらの研究を続けるうちにわかってきたのは、ひとつの古代魔術を習得するにも年単位の時間がかかるであろうと言うことだった。


 そのうちのひとつスコーチドアースをルドルフは一年足らずで習得しているが、それはリッチキングから直接教わって、かなりのところまで理解と実践が進んでいたことによる。それ以外のものに関してはまったくの手探りとなるため、ルドルフとてそう簡単に習得できるものではない。


 今は師匠としての仕事を果たすため、セラのスコーチドアース習得を助けていた。集中した指導の甲斐あって、セラは着実にその目標に近づいている。


 ルドルフはその成果に目を細めながらも、一方でひとつの危機感を覚えていた。


 それは、うかうかしているとセラに先を行かれてしまうのでは、という危機感である。


 もちろん教えるルドルフの方が今のところ先を行っていることは間違いないが、セラのひたむきさの前では頼りないアドバンテージにも思える。


「これはいかん」とルドルフは夜中にこっそりほかの古代魔術の習得に勤しんでいた。師匠の威厳を保つためである。


 幸い、そのひとつもリッチキングが実際に使うお手本を見せてもらったことがある。また過去世界でも暇を見てたびたび研究していたので、そろそろ習得できそうな手応えだ。ここは師匠の壁の高さを思い知らせてやる。


 魔道具作りの方は、セラは使い捨ての呪符の段階はとうに卒業して、今は本格的な使用に耐える魔道具の作成を始めている。考えてみればドミラフ第十四層に落ち着いたのが半年とちょっと前で、セラが本格的に魔道具作りを習ったのはその間の数ヶ月だけだ。それを踏まえると、これもなかなか悪くない進捗である。


 ひとまず最初はよくある品物の模倣から、ということで『火起こしの棒』を作った。


 それは手にして「灯れ」と普通の言葉で短く唱えれば、その先に小さな火が灯る金属製の棒で、大きさはスプーンやフォークに近い。


 魔術で言えば火属性のティンダーの魔術と同等の効果を持つ、割とポピュラーな魔道具だ。誰でも簡単に瞬時に火起こしができるので重宝される。一般の家庭にはやや高級な品だが、豊かな商家や道具への投資を惜しまぬ冒険者らの間にはかなり普及している。


 実践としてルドルフがお手本を見せるのに従って、セラも魔道具とする棒に術式を刻んでいく。お手本をなぞるだけでも初心者のセラには一苦労で、幾度も失敗を重ねた後、一週間をかけてようやくまともに動く火起こしの棒ができた。己の魔力を流し込んで「灯れ」と唱えると、きちんとその先に火が灯る。


「動いた……!」


 よく見る魔道具が自分の手で作れたことに、セラはなんだか不思議な気分ながらも自然と笑顔になった。


 だがこの課題はまた終わっていない。実際によく見る火起こしの棒は魔力のない者でも使える造りになっている。


 次にルドルフは金属の棒をあらかじめ作ってあった木製の柄に滑り込ませた。その柄の末端には豆粒大のクズ魔石を入れる穴が開いており、さすればこの魔道具はそれを動力に動くようになるというわけだ。


 柄から棒に魔力を供給するために、柄の方にも術式を刻む必要がある。再びセラの根気の試される日々が続いた。その作業は火起こしの棒の本体部分を作るよりも大変で、セラは色々と試行錯誤しつつ、追加で二週間ほどをかけてようやく最初の一本を作り上げた。


 魔道具作りというのは、このように極めて時間がかかる。実際、火起こしの棒程度の小物でも熟練のルドルフが半日をかける地道な作業である。


 だが苦労しただけあって、それがきちんと動いた時の喜びもまたひとしおだった。完成した瞬間のセラの喜びようと言ったらない。ルドルフはそのあふれるような笑顔を見てつい微笑ましくなった。


 あとは何回使っても大丈夫な耐久性が備わっているかどうか、そこも見なくてはならないのだが、あまり最初から高度なことを要求しても学ぶ側の心が折れてしまう。また動力を魔石ではなく自然魔力の蓄積式にして一日に決まった回数だけ使えるように、といったこともできるが、それももう少しあとで教えるべき高度なトピックだ。


 気をよくしたセラはすぐに次の課題をルドルフにせがみ、翌日からは『水の湧く水筒』にチャレンジしている。


 こちらはふたを閉めて置いておくと、湧いた水が中に貯まると言う水筒だ。水属性のクリエイトウォーターの魔術を編み込んだ品である。


 使う都度に消費する魔石の量を考えると「水と同じ量の銀を飲んでいるようなもの」などと大げさに言われたりする魔道具だが、あれば命を拾うこともあるし、魔力蓄積式にできれば毎日少量ながら確実に水が手に入るという、しっかりと役に立つ品だ。


 なお魔道具に術式を刻む作業は魔力をもって行うが、これは己の習得している魔術を応用して組み込んでいく作業でもある。


 なので火を扱う魔道具なら火属性、水を扱う魔道具ならば水属性の素養が必要なのだが、今やセラは一般的に流布している魔術のほとんどを習得している九属性魔術師エニア・マギだ。それはつまりそれだけ多彩な魔道具を作れるということでもあった。


 セラがじっと集中して棒や水筒に術式を刻んでいく隣で、ルドルフは時折その質問や相談に応えながら、自らは口の大きく開く肩掛けの鞄に術式を刻んでいた。空間拡張の術式を応用して『長者の鞄』を自作している。


 セラが水の湧く水筒をやっと作り終える頃にはふたつ目の長者の鞄が完成し、それぞれがセラとバルドに贈られた。


 こうした魔術漬けの日々の中でもルドルフのポリシーに従って週に二日は休日が設けられた。セラはバルドと連れ立ってザマルの内外をあちこち出かけたり、ガディや魔物らと交流を持ったり、転移魔術を使って大樹海にヌイとフォルエラを訪ねたりしている。


 ルドルフは定期的にアリアナと顔を合わせて茶飲み話に色々と聞いていた。当然、中央大陸の各地で戦いが繰り広げられていることも聞き及んでいたが、ザマルでの日常はそれとは無縁の平和だ。


 秋のはじめ、ノルダの関に敗残兵となったトロールたちが現れたが、退去や降服の勧告にも応じず押し通ろうとしたところをグレアズの炎で一掃された。それが唯一やってきた戦火の火の粉である。


 日々、魔物たちは慣れない土地での新しい生活に忙しい。人間たちも失った生活を立て直すのに必死だ。戦とは無縁の日々が続くとはいえ、それは必ずしも楽々とした日々ではなかった。


 もっとも手を取り合って冬支度をする双方の顔は総じて明るい。忙しい昼が終われば団欒の夕べに笑いが響いた。今のガディレルムには前に進む感覚しかない。


 それを見ていると、ルドルフは極北の魔王の大戦が終わり、復興の道を突き進んでいた頃の人々を思い出す。当事者であるうちはなかなか気がつかないが、こうしたいい時期もなかなか貴重なもので、そう長くは続かない。


 目の前のことに対応していると、それが当たり前でずっと続くことのようにも思われるが、その実、すべての瞬間が一期一会なのだ。


「俺も年を取ったもんだ」


 ルドルフはしみじみと言った。


「何のこと言ってるの?」


 突然そんな言葉を漏らしたリッチをアリアナが不思議そうな目で見た。


 そのテーブルの上にはいつものお茶のポットが置かれ、ふたつのカップが湯気を立てている。辺りは秋の森の彩りと午後の木漏れ日に満ちている。


 ルドルフは目の前の千歳のエルフをしげしげと眺めてつぶやいた。


「まあお前には及ばないがな」


「は? 何が言いたいの……?」


 アリアナがニコリと温度のない笑みを浮かべた。


 なべて世は事もなし。平和である。

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