第二百四十五話 ザマル攻略戦
港町ザマルの戦いはその日の昼前に始まった。
巨大な赤竜が無人の市街地の大通りをまっすぐに進み、城壁へ、城門へと迫る。その向こうは町の中枢である。
城壁の上にいるトロールたちは手慣れた動きで十門余りのバリスタに極太の矢をつがえ、迫る赤竜に向けて放った。
だがその矢は竜の鱗を穿つ前に、ことごとくが弾き返され地に落ちる。ルドルフが重ねて展開した多数のシールド。守られた竜は無傷だ。
十分に城壁まで接近した赤竜が大きく息を吸い、右から左へ薙ぎ払うように炎のブレスを放った。城壁の上の数十のトロールたちは、次弾の装填されつつあったバリスタもろとも炎に包まれ、あるいはその場所で倒れもがき、あるいは城壁の下へと落ちて燃え続ける。
やがて動く者のなくなった城壁の上に転移の光とともに何者かが姿を現した。ローブ姿の巨漢の骸骨と、それに抱えられた小さな王冠のコボルトである。
「我が名は魔王ガディだ! お前たち、無駄な抵抗はせず、僕に従え!」
城壁の内部に向けてガディが高らかに宣告する。しかしそれを見上げるトロールたちは明らかに反攻の意思を失ってはいない。
どうやら魔王とはいえ、明確に敵対する集団にまで好意を持たせることはできないようだ。まあ、それができるならガディもワレドナ村まで逃げてくる必要はなかったろう。
呼びかけの不発に耳と尾を垂れるガディの横でルドルフが合図すると、城壁の外で待機していた赤竜はそのまま城門へ前足の鉤爪をかけ、それを易々と破壊した。
そして城門をのぞき込み、その中へもう一度炎のブレスをお見舞いする。城壁の内側から、意味は聞き取れないが、明らかにただ事ではない混乱の声が聞こえてきた。
「ルドルフ殿とグレアズ殿が道を開いたぞ。先へ進めー!」
赤竜の背後に控えていた熊頭のダドリーが声を張り上げて陣頭へ躍り出ると、周りの魔物たちも鬨の声を上げて後に続いた。獣人、ゴブリン、オーク、オーガ、コボルト、様々な種族の入り混じった集団が、赤竜の両脇を流れるように通り、城門をくぐり抜けていく。
ルドルフは改めて城壁の上から城門の内側を見下ろした。城門を抜けてすぐの場所に陣取っていたと思しきトロールたちが、彼らの大盾とともに燃えカスとなっている。
ダドリーを先頭とした集団は阻む者のない通りを遮二無二突き進み、第二の防衛ラインを形勢しようとするトロールたちと接敵しつつある。
鎧を着込んだトロールたちは並んで大盾を構えているが、盾の並びは不揃いで、明らかに浮足立っていた。一瞬で城門が突破されたことに動揺しているのだろう。
勢いに乗ったダドリーたちが突撃すると、守っていたトロールたちは脆くも崩れた。
結束を失いばらけたトロールたちは銘々に剣や斧、槌といった得物を振るってやみくもに応戦する。その恐るべき膂力によって振るう凶器で、幾人かのゴブリンやオークを挽き肉に変えたが、一方で群がる無数の刃に切り裂かれて自らも動かぬ肉塊と化した。この数の暴威の前にはさすがのトロールの再生能力も追い付かない。
まだ戦いは始まったばかりだが、とりあえず先手は取ることができた。ルドルフはいつの間にか移動した鐘楼の上から、街中をさらに突き進んでいくダドリーたちを見下ろす。
町の南街区から攻め込んだ混成軍は、現在、城壁内の北街区の制圧を進めようとしている。
攻める味方の魔物たちの数は実に六千。対する守り手のトロール兵団の数はざっと千。トロールの数はわずかに事前偵察を行ったルドルフによる概算である。
数で比較すれば味方が圧倒的に勝っているように見える。しかし魔物としての格はトロールの方が高く、また兵団というだけあって戦いを専門の生業とする武辺者ぞろいだ。
突如として現れた敵にすぐ応戦の体勢を整え、竜にも怯むことなく反撃してくる。その練度と士気はさすがである。
一方の味方の多くは集まっただけの有象無象。武器を取るのに躊躇がないとはいえ、戦いの経験は浅い。グレアズやルドルフがいる限り負けはないだろうが、勢いに乗って勝ち切らなければかなりの犠牲を出すだろう。
そのルドルフの懸念を裏付けるかのように、各所に集結し始めたトロールたちの動きはまだ統率を失っていない。瞬く間の城門破壊でこちらが一歩先んじたとはいえ、決して一筋縄ではいかない相手だ。
実際、局地的にはすでに劣勢となっている場所もあった。大盾を並べたトロールたちが雑多な魔物たちを押しとどめ、盾の後ろからの強弓の斉射で一方的に薙ぎ倒している。勢いを失えばどこもああなる。
「どうだー、ルドルフー。戦況はー」
いつの間にか鐘楼の下までやってきたヴァルターが見上げつつ声をかけてきた。その横には人型となったグレアズに肩車されたガディと、ガディが元から従えているコボルトとゴブリンたちがいる。その数は百に満たない。
ルドルフは鐘楼から彼らの側に飛び降りた。
「今のところ悪くはない。この様子ならお前たちも予定通りでかまわないだろう。だがトロールたちもまだ手強い。気をつけることだ」
事前の打ち合わせでは、ヴァルター、ガディ、グレアズは港に向かい、道中遭遇した敵部隊を処理しつつ、速やかに港を抑えることになっていた。
ついでに船で逃げようとする者がいれば止める。その場合は船ごと沈めてもかまわない。北の本国に状況が伝わるのは遅ければ遅いほどいい。
ザマルは北と西で海に面しているが、北側の海は城壁で塞がれていて、港は湾に沿って西側に広がっている。その港には大量の戦船が所狭しと停泊しており、北方大陸からやってきてこの地を襲った兵力の規模を物語っていた。この町に残る千はそのごく一部だ。
「港だな。了解っと」
ヴァルターが鷹揚に返事する横で、ガディが真面目な顔で口を挟んだ。
「僕としてはやはり敵の本丸に乗り込んで首領と雌雄を決したいんだが。王としての力をみなに示さなければならない。さすればさすがのトロールたちも僕の言うことを聞くだろう」
もちろんこいつはグレアズを名代とする気だ。
「おい、ヴァルター。俺は不利になってるところへサポートに行かねばならん。このちびの魔王のお守りを頼んだぞ。グレアズもな」
「へいへーい。任せとけ」
「はいっ」
ルドルフは当初の計画を無視したガディの戯言には耳を貸さず、ヴァルターとグレアズにお守り役を任せた。
ガディが抗議の口を開く前にルドルフは再び鐘楼の上へと転移し、そこから味方が劣勢となっている場所へと飛んだ。トロールたちは堅く陣形を作り、押し寄せる魔物たちを容易く屠っている。
「行け、マローダー」
そのトロールたちの只中に巨大な異形のスケルトンが降ってきた。死霊魔術の粋を凝らしたアルティメットな方のマローダーである。
それは燃え上がる幅広の剣を振り回して、盾を構えるトロールの背後から次々と切り伏せていく。その炎の刃で切られた傷は再生することなく、トロールたちは切り傷と火傷の痛みにもだえた。
とはいえ、武装したトロールたちも簡単に倒れるものではない。奇襲に即応した彼らは、迅速な動きで目の前に立つスケルトンを取り囲んだ。そして怒りに任せて一斉に攻撃を加えて骨を砕き、たちまちそれをバラバラの残骸にしてしまう。
しかしその無惨な有様から見る見るもとの形に組みあがったマローダーは、何事もなかったかのように再び動き出して攻撃を続けた。自分たちを凌駕する膂力と再生能力を持つ怪物を前に、トロールたちは恐れおののき総崩れとなった。
敵集団たちを突き崩したマローダーはルドルフの指示に従って、次の集団を探しに走り出す。その背後に残されたトロールたちは、勢いを盛り返した魔物の波にのまれて消えた。
ルドルフはマローダーを見送ると、ショートリープの魔術を繰り返し使ってダドリーの戦う戦場の近くへと姿を現した。
ダドリーたちもまた盾の壁に阻まれ、矢の雨を食らっている。体に幾本か刺さった矢にもかまわずダドリーが突出してその壁の一角を崩すが、その穴はすぐに周りのトロールのフォローで塞がってしまう。ダドリーの腕力も図抜けてはいるが、さすがに一人でトロール数十の壁を崩すのは無理だ。
ルドルフは呪文を唱え、盾を構えるトロールたちの真ん中にいくつもの爆炎を巻き起こした。予期せぬ魔術の攻撃を食らって盾の壁はガタガタに乱れる。
「今だ! 今だ! 押し通れ!」
好機と見たダドリーが叱咤し、先頭を駆けて突っ込んでいく。本物の熊を彷彿とさせる突進力だ。乱れたトロールたちは勢いに乗る魔物たちの群れを止めることができず、あっという間に数の暴力に蹂躙されていった。
進み続けるダドリーたちの視線の先には、この町でもひときわ大きく高い塔を備えた立派な建物の姿がある。あれはこのザマルの神殿である。神殿の周りにも大きな建物がいくつもあり、少し北には町と海を隔てる城壁がそびえたっている。ザマルの中心街といったところだろう。
何ヶ所かの局地的戦場をフォローして渡り歩きながら、ルドルフはやがて神殿の尖塔の屋根の上に移動していた。北の城壁の向こうに青い海と水平線が広がっている。四方を見回せば城壁の内部もことごとく一望することができる。
東側にはトロールたちを次々に蹂躙していくマローダーと、それの後に続いて殺戮を繰り返す魔物たちの姿が遠く眺められる。やがて西側の港の近くに巨大な赤竜が姿を現し、炎のブレスを吐くのが見えた。そしてどうやらダドリーたちも着々とここへ近づいてきている。
ルドルフはそのまましばらく下界を見下ろしていた。戦況はおおむね順調に推移しているといっていいだろう。
やがて港の方から神殿の近くの道をこちらへ走って来る一体のトロールが見えた。
それが神殿の隣の、これまたかなり大きな建物に走り込んだかと思うと、さほど間を開けずして、中からひときわ豪奢な鎧をまとったトロールと、それを取り囲むようにしてやはり特別な鎧を着たトロールたちがぞろぞろと現れた。この町を任された守将とその側近といったところか。
彼らはもっとも戦いの激しい南側や竜のいる西側ではなく、東の方角を目指して進もうとしている。その数は六。敗色濃厚と見て見切りをつけ、ここをいったん撤退するつもりと見た。
しかしルドルフはこの町から誰も逃がすつもりはない。
早足で進み始めたトロールたちの目の前に、彼らと同じ背丈のローブ姿の骸骨が、不吉な瘴気とともに降り立った。
「そんなに慌ててどこへ行こうというのかね」
眼前の異形がただものではないと見たトロールたちは守将を守って後ずさり、別の道を行こうとする。ところがその行こうとする先は、さっきまでなかった石の壁に遮られている。すでに逃げ道はどこにもなかった。




