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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百四十一話 幼い魔王の頼み

 ルドルフがヴァルターに語った獣人の集落とは、かつて竜探しの途中で訪れた、熊の獣人が長を務める集落のことだ。


「ダドリーさんを助けてあげて欲しいです」


 珍しくルドルフのもとへとやって来たヌイが言った。ともにやって来たペレディルスの陰に半ば隠れて「大切なことは自分で言いなさい」と促されてやっと口にした一言である。


 南方大陸西部、その西の果てに位置する半島の魔物根絶を企図する遠征軍。その先遣隊が不死の神子の暗殺未遂と言う暴挙を引き起こし、その暴挙に加わった神殿騎士百名がその下僕のリッチにほぼ皆殺しにされた。


 そんな前代未聞の事件に世間は大騒ぎである。消滅したはずのリッチが復活したことも含め、情報は錯綜し、どこもかしこも混乱していた。


 が、そのことによって半島遠征そのものが否定されたわけではなく、神殿は事態の収拾を図るとともに、先遣隊を率いる中枢の再編成を急いでいた。


 その半島遠征が本格的に始まれば、ダドリーの獣人集落は真っ先に攻められる場所にある。先遣隊ですら千の兵を連れる規模だ。あの小さな集落ではひとたまりもないだろう。


 それを何かの拍子に聞きかじったヌイは、ダドリーが死ぬのはいやだとルドルフのところへ来たのである。


 なぜ俺のところに。


 ルドルフは一瞬考えたが、真っ先にヌイが頼みとするはずのセラはまだ病み上がりだ。なので余計な心配をかけたくなかったのだろう。この何も考えてなさげな娘にも、大切な姉を思いやる気持ちくらいはあるのだ。そう考えると納得のいく人選である。


 いや、その前にすぐ傍にいるお爺に相談したのかもしれない。きっとそのお爺が俺を推薦したのかな。


 ルドルフとしてはダドリーはちょっとした知り合いではあるが、基本的にはまったくの他人だ。なので特別に助けたいという気持ちはない。いずれダドリーが人間と矛を交えるなら、まず間違いなく人間の方を応援する。人間サイドの矢面に立つのは、ウルムト王サイラスだろうからだ。


 もっとも、半島遠征に加担する気もルドルフにはまったくなかった。


 一部が暴走したとは言うが、セラの命を危うくした神殿への心象は極めて悪くなっている。その暴走が実はデダルスの差し金であるとわかっていてもそれは変わらない。火をつけたのがデダルスだとしても、燃え上がったのは神殿の者たちだ。


 一方で同胞を殺された神殿の者たちの中にもルドルフやセラを悪く思う者は少なくないだろう。人の心は理屈では割り切れない。ゆえに彼らと肩を並べて行動するのはむしろ危険ですらある。もはやあり得ないことだった。


 エルフや国、神殿の上層部同士はどのような形でこの不祥事を手打ちにするのだろうか。


 いずれにしてもルドルフはこのケチの付いた半島遠征とは無関係を貫くスタンスであった。


 そこに来た一方へ肩入れしてくれという頼みである。これにはルドルフも少し考えた。


「お前、ダドリーに見捨てられてなかったか?」


 ふと思い出したことを口にする。


 以前、魔物たちの中に安住の地を求めたヌイは、自棄になってセラにダドリーをけしかけたことがある。その時セラに杖を突きつけられたダドリーは一目散に逃げて行った。


 ヌイに絶対の忠誠を誓っていたダドリーがどうしてそうなったのか。おそらくあの瞬間、ダドリーの主はあの場にいたより強い方、魔王ヌイから魔王セラに上書きされたのだ。


 ヌイもセラも同様に魔物を従わせる魔王の力を持っている。両者ともに魔王の卵なのである。


「でもヌイはやっぱりダドリーさんのことが好きですし。あの後また仲直りしてくれましたし……」


 リッチキングとの決戦の際に、ヌイはペレディルスと西方に行って魔物たちを束ね、陽動の役割を果たした。その際にダドリーとの仲は修復されていたらしい。


 ヌイは相変わらずペレディルスの陰から期待と不安のまなざしでルドルフを見ている。


 ルドルフとて血も涙もないリッチの端くれだ。いたいけな少女の上目遣いをバッサリと一刀両断に切り捨てるくらいの気概は持っていた。


 しかしそれをできない原因が少女の横にいた。ルドルフがその原因の方をちらりと見ると、にこにこと微笑みを浮かべている。俺に何を期待するというのだ黄金竜よ。


 ヌイの願いは、実質的には、ヌイの願いを聞いてくれ、と言う黄金竜ペレディルスからの頼みでもあった。この老爺は孫たちにすこぶる甘い。


 そしてルドルフは先だって過去世界でペレディルスに借りを作っていた。次元収納で持ち帰れるならと、なんと巣に貯えた宝のいくつかをタダでくれたのだ。これは断わりたくてもさすがに断れない。莫大な料金が先払いされているのだから。


「……まあ逃がす、くらいなら、手を貸してもかまわんか」


「お師匠……!」


 ヌイの目が喜びに輝いた。


 いくらなんでも魔物たちを守るために半島遠征の部隊と対峙するのは論外だ。著しく心証が悪いとはいえ、それはない。神殿全体、ひいては国を敵に回した戦いなどはいかなリッチとてまったくの自殺行為である。そんなことができるのはリッチキングのような規格外だけだ。


 しかし裏からひそかに横槍を入れるということには、小物として正直やや興味を覚えた。目標の集落にたどり着いた時、そこがもぬけの殻になっていたら、奴らどういう顔をするか。しばらくは消えた敵を警戒して右往左往するに違いない。


 このくらいならちょっとした意趣返しにもちょうどいい気がする。要はバレないようにやればいいのだ。


 いや、むしろ戦いをひとつ減らして、遠征部隊の手間を省いてやるのだから、バレたとしても感謝すらされてしかるべき行為なのではないか。


 ルドルフは俄然気乗りして肚を決めた。


 そうと決まれば早速獣人たちを逃がす場所の心当たりをいくつか浮かべる。場所さえ決まってしまえば、そこまでの移動自体は一時的な転移門を作ればまったく問題ない。


 そうしてルドルフがいくつかの候補の中から白羽の矢を立てたのが、ヴァルターのワレドナ村というわけであった。


 しかしヴァルターの了解を取って戻って来ると、意外な言葉が待っていた。


「ヌイの力は使えない?」


「そう言う条件で、わしのもとにいるのを許されておりますからな」


 ペレディルスは魔王の卵であるヌイの後見役としてそう言った。


 リッチキングの件では使っていたではないか、と言おうとして、ルドルフはすぐにそれが例外的措置だったことに気がついた。あの時は、その契約の相手であるエルフがそれを認めていたのだ。


「しかしヌイが頼んできたことでは?」


「それとこれとは話が別です。仮にヌイ自身がやりたいと言っても、わしは後見役として許可できませぬ。そういう取り決めですからのう」


 ペレディルスはにこにこしながら言った。


 すっかりヌイの魔王の力を当てにしていたルドルフは、間抜けにもカクッと顎を落としたまま唖然としてしまった。


 逃がそうとする獣人、特にダドリーが己の故郷の地に強い執着を持つことをルドルフは知っている。あれを説得するのはヌイの魔王の力がなければ無理だ。


「……こっそり使うと言うのは?」


「わしが見ている以上、それはあり得ませぬ」


 一縷の望みをかけたルドルフの提案もあっさり切り捨てられた。


 さすがは公明正大なる黄金竜だ。意外と融通が利かなかった。いや、割とルドルフの言うことならいつもは融通を利かせてくれるのだが、譲れないものもあるということか。


 となるとあれか? 力ずくで追い立てるか、拉致でもしろと?


 まあできなくはないが、ヴァルターの村へ行った後のことも考えると、できれば穏便に円満解決を第一としたい。


 そんなに難しくもないだろうと考えていた仕事の難度が一気に上がってしまった。


 ルドルフは色々と考えた末に、融通が利きそうな方の魔王の卵の後見役に声をかけることにした。


「はあ? セラちゃんの魔王の力を貸して欲しい?」


 アリアナは愚か者を見る目でルドルフを見た。


 セラが魔王の卵であることはエルフの中でもごく一部しか知らないことであるが、とにかくヌイと同じく普通の生活を許されているのは、アリアナがその後見役となっていることによる。もちろん魔王の力を使うのはご法度とされている。


 ルドルフはヌイの頼みを聞いて、ヴァルターの村に渡りをつけてきたことを正直に語った。その村にはアリアナもかつて極北への旅路の途中で訪れたことがある。村の位置や周辺の地理はすぐに共有できた。


「あんたなんでまた、そんなところに首を突っ込んでるの。あそこで今なにが起きているかわかっているの?」


 アリアナは呆れた口調で言った。


「あの村のある山地の南北を魔物たちが攻め取ったとは聞いている。要するに北のトロールと西の魔王が海を渡ってきて、北アストル王国を攻めているのだろう?」


「ふむ……そこまでわかってるのね」


 アリアナは意外そうな顔をした。それはこの南方大陸ではまだ誰知る者もない、最新の情報だったからだ。


「ちなみに王国だけじゃなくて西アストル公国も攻められてる。でもそれがわかってて、そこに獣人たちを逃がそうと?」


「半島遠征の部隊が来れば確実に死ぬんだ。それよりはマシだろう。それに周辺が物騒になってるとはいえ、わざわざあんな山奥の村を本気で攻めに来る者がいるとも考えにくいしな」


 アリアナは視線を上に向けてしばし考えてから、ふっと眉をひそめた。


「でもセラちゃんはもうあまり変なことに巻き込まないで欲しいけどね……神子の使命を果たしたあの子は、本当だったらもう平穏に過ごしていいんだから」


 その遠くを眺めるようなアリアナの表情に、ルドルフも沈黙し、その言葉をもっともだと感じた。そしてセラをこの面倒事に巻き込むべきではないか、と考えたところで、アリアナが言った。


「……とりあえず本人に聞いてみて。あの子が乗り気なようならいいわ。移住を手伝うだけなら、許可します。でもこっそりやんなさいよ。あとセラちゃんが少しでも困った顔をした場合は、悪いけど他の手段を探してね」


「むっ、了解した」


 難しい場合は、獣人たちを全員簀巻きにしてでも転移門に放り込んで事を終わらせよう。ルドルフはそう考えてアリアナの前を辞した。

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