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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第二十三話 地下の宴

 場所代を払ったルドルフは薄暗いキャンプの奥まった一角まで行き、次元収納から取り出したテントを立てる。そしてテントの中をのぞきながら魔術をひとつかけた。ルドルフに続いてそのテントに足を踏み入れたセラは、驚くべき魔術の効果に「わぁ」と目を輝かせた。


 普通は冒険者のテントとくれば、中は狭くて、数人が押し合って寝るくらいのスペースしかない。


 ルドルフのテントはそれとはまったく違い、見た目からは考えられない広さとなっていた。空間を拡張するルドルフならではの魔術によるものだ。天井は背の高いルドルフが立ち上がってもなお余裕があったし、寝る場所のほかに炊事や食事ができるくらいのスペースも確保されていた。


 さらにテーブルや椅子、ソファが置かれると、そこはまるで普通の家のリビングのようになった。ランプの暖かな明かりが煌々とそれらを照らしている。寝床はなんと普通のベッドだ。このような快適なテントはほかにはどこを探したってないだろう。


「やっぱり師匠の魔術はすごいです」


 セラは疲れを忘れて笑顔になった。


 それからセラは自分の荷物を下ろして一息ついた。すべての荷物をルドルフが次元収納で運ぶこともできるのだが、冒険者が何も荷物を持たないというのはおかしく見えるし、着替えや毛布など、自身が使う最低限のものはセラに自分で運ばせている。


 これは体力をつけさせるためでもある。ダンジョンを歩くようになって間もないセラにとっては正直なところなかなか骨ではあろうが、体力づくりは魔術の修行にも必要なことだ。セラもそれを理解して素直に従っていた。


 セラが落ち着いたのを見届けると、ルドルフは手早く夕食を作り始めた。運動の後の食事は効率よく体力をつけるのに重要なポイントである。この黄金のタイミングを逃すわけにはいかない。金具で組まれたかまどにはいつの間にか火が燃え盛っていて、鍋やフライパンがその上に乗っている。


 しばらくして出来上がったのは温めたパン、根菜とベーコンの簡単なポトフ、豚肉を塩コショウで焼いたものなど、別段凝ったものではなかったが、セラはその味をお気に召した様子だ。分量さえ守れば味見など不要、という言葉は嘘ではなかったと笑顔で納得する。


「すごい。どれもとてもおいしいです。師匠は料理まで得意なんですね!」


「ふっふっふ、温かい料理というだけで、味気ない保存食に比べれば雲泥の差だろう。おかわりもあるからどんどん食べろ」


 正直言って料理が得意と言われるほどのものを作った覚えはなかったが、ルドルフも褒められて悪い気はしない。


 今日一日みっちり歩いたせいか、セラの食はいつも以上に進んだ。ルドルフはそれを満足そうに眺めている。


「おお、こりゃどうなってるんだ?」


 そこで不意にテントの入り口から声がした。見るとザイオンが中を覗き込んでいる。


「なんだ、ぶしつけな」


 いきなり中身をのぞかれたことで不機嫌そうにルドルフが咎めた。


「すまないね。テントから煙が出ているから、何かあったのかと」


 どうやらテントの上から立ち上る炊事の煙を見て、テントが燃えているのかと思ったらしい。お騒がせなのはルドルフたちの方だった。テントはしっかり換気されているが、煙もその分しっかり外に排出されていたのだ。


「いやぁ、しかしすごいねこれは。このテントは魔道具? これ、うちの仲間にも見せていい?」


 ザイオンが飄々とした気安さで言う。空間拡張や次元収納の魔術についてはもちろん知らないので、彼は見た目よりずっと広くて家具まで据えてつけてあるテントを魔道具だと思ったようだ。


 のぞかれたのはこちらが悪いが、見学の申し出はさすがに図々しい、とルドルフは考えたが、ここでアリアナの「なるべく親切に」という言葉を思い出した。


「かまわないかな、マスター」


 それくらいならまあ問題ないか、と一応セラに伺いを立てる風を装う。セラが言われるままにこくっとうなずいたのでザイオンがリズとルインの名前を呼んだ。するとリズだけがやってきて、ザイオンと同じようにテントの中身を覗き込み、ザイオンと同じように驚いた。


「すごい、かまどがあってちゃんとしたご飯まである」


 リズがそう言うと、セラは目を合わせずやや下を向きながらも、笑みをにじませながら言った。


「あのっ、良かったら食べていきませんか。ししょ……リッチさんは料理も得意なんですよ」


 その表情からはなぜか誇らしさとうれしさが漏れ出ている。


 ルドルフは突然何を言い出すのかとセラの口をふさぎたくなったが、アリアナの作った設定により人前でセラの言葉に否と言うことはできない。


 ザイオンとリズもそれは願ったりと承諾したので、ルドルフはかまどを外に移してテントの前で料理を始めた。さすがにセラの食べ残しでは足りないので新しく食材を出して、煮たり焼いたりしていく。香ばしい匂いがキャンプ中にただよい、ダンジョンの奥に似つかわしくないその様子に野次馬たちが寄ってくる。


 やがてルドルフが作った料理をセラが椀や皿に盛ってザイオンとリズに渡す。するとなぜかその次にも別の冒険者たちが並んでいて、そのままの流れで料理をふるまうことになってしまった。


 ええい、こうなれば「なるべく親切に」だ。


 腹をくくったルドルフの料理がいつしか二ラウンド目、三ラウンド目に突入する。どこからか大きな鉄鍋が登場し、ルドルフの包丁さばきが加速していった。気がつくと管理人のおやじまでが列に並んでいる。世にも珍しい骸骨が料理する光景と、小さな少女がせっせと働く姿に、冒険者たちの警戒心はすっかりなくなっていた。


 そうこうしているうちに十数人の冒険者たちが集まり、ルドルフたちのテントの前ではいつの間にか酒盛りが始まっていた。


 酒はもともと冒険者たちがわずかに持ち寄ったものだったが、ルドルフのもとにもアリアナが飲むつもりでたらふく仕入れたものがある。ルドルフはもうこうなってしまってはと、食事も酒もありったけを提供した。言われた通り便宜を図っているのだから、自分の分の酒がなくなってもあのエルフは文句を言わないはずだ。


「この状況おかしいと思ってるの僕だけ? ねぇ、僕だけ?」


 と一人だけ距離を置いていたルインも、いつの間にか酒を飲んで出来上がっていた。


「神子様万歳! リッチさん万歳!」


 となぜか半裸で知らない誰かと肩を組み上機嫌になっている。


 まさかダンジョンの中でこんなに美味い酒とまともな食事にありつけるとは誰も思っていなかったことだろう。多くの冒険者たちがルインと同じように盛り上がっていた。


 そんな騒がしさの中、テントの前に座り込んだセラは先ほどからルドルフに寄りかかって寝息を立てていた。リズがその隣に無言で座り、首をかしげてセラの顔を慈しむように見つめている。ルドルフのことはまったく目に入っていないようなので、こちらもまずまずいい具合に酔っているようだ。


 食事と酒が尽きてもしばらくおしゃべりは続いていたが、セラが寝ていることに気が付いた者から一人また一人と自分のテントに帰っていった。まだ話し足りないものも目くばせしあって場所を移していく。


 最後にリズ、ルイン、それにザイオンが去ると、ルドルフはセラを抱え上げてテントの中に戻った。


「今日は色々とあったな」


 ルドルフはそうつぶやくと、セラをベッドに運び、その上から毛布をかけてやった。昨日町で新しく買った黴臭くない毛布だ。

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