第二十四話 魔術の手ほどき
朝が来た。
それを知らせるのはキャンプの中央の台座に据え付けられている太陽石である。夜の間は何の変哲もない岩石にしか過ぎなかったものが、今は明るく輝き辺りを照らしていた。
地下のダンジョン内での昼夜はこの太陽石という魔道具で把握する。これは地上で日が昇ると光りはじめ、日が落ちると暗くなる品物で、冒険者たちは各自それを携帯して時間感覚を失わないようにするのだ。
持ち歩くのはキャンプに置かれているような特大のものではなく、せいぜい手の平サイズのものだが、多少薄暗くてもかまわなければランタンの光源としてダンジョン探索に使うこともできる。
ずっと昔から使われている代物で、空気中にただよう魔力を勝手に吸い上げて永続的に動作するタイプの魔道具のため、一度手に入れればコストがかからないというのも魅力的な定番の冒険道具であった。ちなみにルドルフたちも小さなものを一昨日ひとつ仕入れてきている。
さて今朝は二人だけで静かな朝食を取った後、魔術の授業をすることとなった。セラが正式に弟子になって初の座学だ。
アリアナが昨夜第三層のキャンプに泊まったとしたら、ここまで来るのは早くて昼過ぎ、遅ければ夕方だろう。
その不意にできた時間で何を教えるか。弟子にきちんとものを教えるのも数十年ぶりとあって、ルドルフは頭をひねる。
やがてつぶやいた。
「魔力を鍛える方法からかな」
まずは基本的かつ実践的なことからがわかりやすいだろう。毎日の日課として魔力を鍛える方法。これだ。
「これから魔力を鍛える方法を教えようと思うが、セラは魔力についてどれくらい理解している?」
ルドルフがセラに質問した。
「魔術を使うのに必要なもので、一日に使える量が決まっている?」
セラはなんとなく把握していることを素直に答える。
「ふむ。悪くはないが、魔術師ならばもう少し正確に把握しておいた方がいい」
そこでルドルフはセラに魔力の解説をする。
すべての人間(さらにいえばすべての生き物)は『魔力』を体内に持っている。だいたいの人間は魔力の使い方を知らないが、魔力を使って魔術を行使できるのが魔術師である。
そういうわけで「魔術を使うのに必要なもの」という理解は正しい。魔術を行使するのに使った魔力は体から失われるので「使える量が決まっている」というのも正しい。
一方で「一日に使える量が決まっている」というと、それは少し間違っている。体から失われた魔力は、大気に薄く満ちる魔力を取り込むことで徐々に回復する。要するに時間で回復するわけだが、これにより朝に魔力をスッカラカンにしても昼頃にはいくらか回復してまた魔術が使えるようになる。
まあたしかに睡眠時などの安静にしている時の方が魔力の回復もぐんと早いので、一日単位の理解も大外れではないが、魔術師ならばこの回復の原理はよく覚えておくべきだろう。
また魔力が濃い場所ではその回復も早い。たとえばダンジョンの空気は比較的魔力が濃いので魔力の回復も早い。地上とのその差も一応頭に入れておくべきである。地上でダンジョンと同じペースで魔術を使うと、思ったよりも早く消耗してしまったりするのだ。
ちなみにこれまで『魔力』といったが、魔術師としては意識して区別しておきたいものがある。
魔力には『魔力出力』と『魔力容量』があるということだ。
一度に出せる魔力量が魔力出力、体に貯めておける全体の魔力量が魔力容量である。たとえば人間が魔力の詰まった袋だとしたら、袋の口の大きさが魔力出力で、その袋の大きさが魔力容量だと考えればわかりやすい。
これら両方は魔術師でも文脈次第でどちらも単に魔力ということが多いので、魔術師でない人間は特に区別しないかもしれない。魔力が強い、弱い、といえば魔力出力のことだし、魔力が多い、少ない、切れた、なら魔力容量のことである。
魔力出力が大きいと中級や上級など高度な魔術を使うことができる。魔力容量が大きいと何回も魔術を使うことができる。どちらも魔術師にとっては重要な『魔力』である。
「魔術を使うと魔力を消耗する、消耗した魔力は昼間でも時間とともに少しずつ回復する、睡眠はより多く魔力を回復させる、空気中の魔力の濃いダンジョンではより多く魔力が回復する、中級や上級のより強力な魔術を使うには大きな魔力出力が必要となる、魔力容量が大きいとよりたくさん魔術を使うことができる……でいいんでしょうか?」
セラが理解したことの要点を復唱した。たった一度の説明でこれとは。やはり魔術のことになると呑み込みが早い。
「その通り。ではこの魔力を鍛える方法をまず教えよう。セラ、何か魔術を使うと疲れるだろう?」
「はい。でも最近は昔よりも疲れなくなりました」
「疲れなくなったというのはそれだけ魔力が育ったということだな。いいことだ。単純に魔力を使えば使うほど魔力は鍛えられる。だから毎日使えるだけの魔術を使うというのが、魔力を鍛える最適な方法になる。疲れを感じているうちは魔力が向上しているということだな」
要は毎日負荷の大きな力仕事をすれば肉体が鍛えられるのと同じだ。
「疲れなくなったら、もうそれ以上魔力は上がらない?」
「そういうことだな。ただし初級魔術で疲れなくなっても中級魔術や上級魔術を使えばまた疲れるようになるから安心していい」
「上級魔術でも疲れなくなったら、そこが限界なんでしょうか?」
「だいたいそう考えて間違いない。もっともそこまで魔力を高めるのも言うほど簡単ではないがな。魔術師の九割は上級までは行けずに中級程度の魔力にとどまる。なぜかわかるか?」
セラは少し考えてみたが答えを思いつかなかった。ルドルフは少し待って答えを告げる。
「それは上級魔術の要求する魔力を使うのがめちゃくちゃキツいからだ。出力的にも容量的にもな。誰もが使えば使うほど魔力は伸びると知っているが、そのしんどさに耐えられず諦める者が圧倒的に多い。上級の壁といわれるものだな。例外的にあっさりと乗り越えて行くような才能の持ち主もいるが……ちなみに俺が上級魔術を使えるようになったのは四十歳くらいだった。才能はなかったが、地味でもコツコツ諦めなかった結果といえる」
「長い、道のりなんですね……」
セラがごくりと息をのんだ。
「はっはっは、俺などセラの年だとまだ魔術を使えてすらいなかったがな。きっとセラはもっとずっと早いだろう」
実際、ルドルフは魔術を学び始めたのが二十五歳を過ぎてからと、魔術師としてはかなり遅かった。多くの魔術師は成人前に、早ければ十歳よりも前から魔術を学び始める。
そういった点でセラのスタートは標準的といえる。それに加えて十五歳としてはかなり高い水準にいる。かつて二十歳で上級魔術をものにした旧友のように、セラもそれくらいの速度で上級に至るのではないか、とルドルフはひそかに考えていた。
「もう少し細かく説明すると、鍛えるのも魔力出力と魔力容量では別だ。魔力出力に関してはより強い魔力が必要な魔術を使わなくちゃならない。簡単な魔術をおざなりに使ってばかりではそのうち頭打ちになる。魔力容量の方はとにかく自分の魔力が空っぽになるまで使えば上がっていくが、これも魔力消費が少ない魔術だと何回も余計に使わないといけないので大変だ。なのでどっちも本当は中級の魔術を使えると効率がいいんだが……それは第十二層でアリアナの言う地脈の部屋を見つけてからになるだろうな。さすがにダンジョンを進みながら習得するのは無理だ」
中級魔術ひとつ覚えるのに早くても一ヶ月以上を要する。それはダンジョンを進みながらの片手間などではなく、じっくりと腰を据えて取り組むべき課題である。
セラがいま使えるのは無属性の初級魔術であるエナジーショットとシールドとセンスマジックの魔術のみ。当面はそれらを使って魔力を鍛えていくしかない。
「半分は実戦訓練も兼ねてダンジョンの魔物相手に、半分は静かなところでゆっくりと集中して。それを魔力を鍛えるための日課とする。それでいいかな。質問などはあるかね?」
「はいっ。大丈夫です!」
それから早速本日の分の日課ということで魔術を使えるだけ使うこととなった。今日は歩かないので魔物は相手にしない。キャンプでエナジーショットを撃つのは危ないので、シールドの魔術を何度も繰り返す。
一度の詠唱にかかる時間は十秒。幾度も唱えるにつれ、セラの息がだんだん荒くなってくるが、その集中力は衰えない。顔からしたたる汗をそのままに呪文を唱えて杖を振り続ける。
やがてものの十分もしないうちに限界が来てその場にへたりこんだ。杖を持っていない方の手でこめかみを押さえている。その顔は苦痛に歪んでいた。魔術の使い過ぎによって魔力が枯渇すると割れるような頭痛が起こるのだ。
ゆっくりと近づいたルドルフは水薬の小瓶を取り出しセラに飲ませてやる。一口の魔力回復薬によって苦痛に歪んでいたセラの表情がほうっと和らいだ。一度起きた魔力切れの頭痛を完全に消すにはある程度まとまった休息が必要になるが、魔力を少しでも回復させれば症状はだいぶ軽くなる。ルドルフは自分の過去の経験からそれをよく知っていた。
頭痛が軽くなったのでセラはまた立ち上がって魔術を使い始めようとしたが、ルドルフがそれを慌てて止めた。
「待つんだ。今日はもう十分だ。あまり根を詰めすぎるのも毒になる」
セラはそのルドルフの言葉に素直に従い杖を下ろした。
「どうだ。きつかっただろう」
セラが弱音のひとつも吐かずにひたすら魔術を使い続けたことに、正直言ってルドルフは少し驚いている。本当に限界まで魔術を使うというのはかなり苦しいことなのである。体を動かすことに例えれば、体力が尽きて倒れるまで走り続けるようなものだ。
「はい。でも実は村でもよく同じようなことをやっていたので大丈夫です。おばあちゃんに見つかると叱られるのでこっそりとでしたけど」
疲れで少しハイになっているセラが額の汗をぬぐいながら清々しい笑みを見せた。
なるほど。年齢の割にセラの魔力が高い理由に合点がいった。ずっと以前から期せずして自ら訓練していたのだ。経験から何となく魔力を鍛える方法をつかんでいたのかもしれない。
「本当は魔力が枯渇する直前で止めるのがいいのだ。毎日頭痛になる必要はない。今日使ったシールドの魔術は二十六回だった。覚えておくといいだろう。魔力を鍛えるのに限らず、自分がどれだけの魔力を持つのか把握しておくのは大切なことだからな」
平然とした顔で言いながらもルドルフは内心舌を巻いていた。
初級魔術をこれだけ使えるということは、魔力容量的には上級魔術の中でも軽いものをなんとか一回使える。実際のところは魔力出力が足りなくてまだ難しいだろうが、それにしたって驚きである。
同時に魔術のこととなると極端に前のめりになるセラに若干の危うさを感じていた。
これは少しセーブする方向に回らないと壊れてしまうかもしれない。




