第二十二話 ダンジョンのキャンプ地
このように魔物に出会うことに特段問題はなかった。が、むしろ面倒は冒険者たちと遭遇することの方にあった。
二度ほど冒険者たちとオークたちが戦っているのを助けたが、彼らはいずれもルドルフを見るなり悲鳴をあげて逃げ去っていった。ルドルフたちが来た方とは反対側、つまり第五層の方へとだ。
こうして出会うのは第五層以下の深い層から帰ってくる中級以上の冒険者たちばかりだ。一週間ほど前にリッチ騒ぎが持ち上がった頃にはすでにダンジョンの奥にいた者たち。そしてリッチが出現したという噂くらいは知っていて、その騒ぎが解決したという話は知らないという者たち。ルドルフを恐れるのに十分な理由を持つ者たちだった。いやはや、面倒くさい。
アリアナからは便宜を図れと言われたが、助けられた認識が冒険者たちにあるかどうか。ルドルフはこの調子でキャンプに顔を出して平気なのか心配になってきた。
このルガルダのように広大なダンジョンの中には冒険者たちが利用するベースキャンプが点々と作られている。これらのベースキャンプは縮めてキャンプと呼ばれるのが一般的で、冒険者たちはそうしたキャンプを拠点として魔物を狩る。キャンプには水場があり、テントを張る。小屋があって宿泊所や売店を営んでいるケースもある。そのような小屋はダンジョン小屋と呼ばれる。
そうしたキャンプは魔物が出現しない場所を選んで作られる。層と層をつなぐ階段の近辺はだいたいそうなっていて、キャンプが作られる定番の場所でもある。
そんな階段間際のキャンプに到着すると案の定、そこにはがらくたを積み上げたバリケードが築かれていた。
「リッチがやって来るぞ」と大きな声が響く。
ここまで名指しで警戒されてしまうと、町で使っていた認識阻害の面はすでに効かない。戦闘に類する行動を取るとその効果は解けてしまうので、冒険者たちを助けなければならないという前提では、あらかじめつけておくのも無理だっただろう。いや、戦闘をすべてセラにまかせて自分は立っているだけにしたら大丈夫だったかな? とも思うが、今さら何を考えても後の祭りだ。
とりあえず不意に現れた魔物に襲われている冒険者たちはもういなさそうなので、アリアナに課せられたミッションはクリアしたといっていいだろう。ならばいったんアリアナと合流できるところまで戻るか。
しかし一日ダンジョンを懸命に歩いてきたセラの顔にはさすがに疲労の色が見える。まだ限界というわけではなさそうだが、ここで無理をすれば明日以降に支障をきたすことは明白だった。
仕方がないのでこのキャンプから少し離れたところにテントを張って休もうか。キャンプから外れると魔物が出るかもしれないが、寝ずの番をすればいいだけの話だ。睡眠の不要なリッチにとって不寝番など造作もない。
ルドルフがそう考えた時、キャンプの方から思わぬ声がかかった。それはつい先日聞いた覚えのある声だった。
「まさかそこにいるのはリッチの神子のお嬢ちゃんかい?」
キャンプで声をかけてきたのはなんと聖剣旅団の中年魔術師ザイオンである。ザイオンの側には女剣士リズと盗賊ルインの姿もある。セラもルドルフも彼らの顔は覚えていた。
「いかにも。ここにいるのは神子だ。我がマスターでもある。君たちは聖剣の神子の従士だな。悪いが皆への取り成しを頼めないだろうか。私は神子の忠実なしもべだ」
呼ばれて後ろに隠れるセラの代わりにルドルフが周りにも聞こえる大きな声で物々しく答えた。セラが神子であると宣言するとともに、自分が無害であると周囲にアピールする。今のルドルフは神子の力に従う下僕という体裁なのだ。
この三人がなぜここにいるのかはわからないが、セラのことを神子と呼ぶのであれば、アリアナが地上でした話を聞いているのだろう。であれば彼らとの間にはもう大きなわだかまりはないはずだ。
グラナフォートのトップパーティとして信用を得ている聖剣旅団による説得は効果覿面であった。ザイオンが一連の事情を説明するとバリケードはあっさり解かれ、ルドルフたちはキャンプへ入ることを許された。冒険者たちの中にはそれでも怯えて警戒を解かない者もいたが、興味が勝ってセラとルドルフをまじまじと眺める者も多かった。もともと変わったことには慣れた連中だ。
ザイオンとリズがスタスタとこちらに近づいてきた。ルインだけはテントの影に隠れて「大丈夫なの? あれ本当に大丈夫なの?」と青い顔をしている。
「取り成しに礼を言う」
ルドルフは短く礼を述べた。
「いや、こちらこそ事情を聴いて先日は悪いことをしたと思っていたんだ。これくらいはお安い御用さ。ところで神子とあんたはなぜここに? エルフとはもう会ったのか?」
ザイオンら三人はエルフが聖剣を取り戻すという話を聞いたあと、ルドルフとの戦いで被った損害を少しでもカバーするべく冒険者としての稼ぎに来ていた。三人でも第五層や第六層くらいなら何の問題もない。聖剣がすでにアリアナの手で地上に戻ったことはまだ知らなかった。
「その話はあとでこちらへやってくるエルフがするだろう。一日ほど遅れるがな。マスターは疲れている。悪いが休ませてくれ」
面倒くさいのと、早く休みたいのとで、説明はアリアナに丸投げすることとした。さて、あのエルフが自分の考えた出鱈目の設定を覚えていればいいのだが。
「ひとつだけ聞かせて欲しい。聖剣は? 聖剣はどうなったんだ?」
ルドルフが脇を抜けようとすると、食い下がるようにザイオンが聞いた。それだけはどうしても聞いておきたいといった風だ。
「聖剣はもうエルフに託した。今ごろはそちらの神子のもとに戻っているだろう」
ルドルフがそう告げると、ザイオンとリズはどこか安堵したような表情を見せた。
それからリズが屈んでセラと目の高さを合わせる。そしてさっきからずっとルドルフの後ろにひっついているセラの頭を撫でた。
「知らずにしたこととはいえ、この間はごめんなさい。何ごともなく牢から出られてよかったね」
伸びてきた手に目を閉じて首をすくめていたセラは、わずかに顔を上げて訝しげにリズを見た。その目線の先には優し気な微笑があった。
ルドルフは彼らと別れるとキャンプの中ほどにある粗末な小屋まで行き、受付で律儀に場所代を払った。管理人がいるキャンプでは管理維持のための費用としてお金を払うのが当たり前だ。
「料金はこれで足りるかな」
「へぇ、大丈夫です。いや、今お釣りを出しますよ」
受付のおやじはまさかリッチから代金がもらえるとは思っていなかったのか、不意打ちを食ったような顔でそれを受け取り、しかしきちんとお釣りを出した。