第二十話 旅の買い物
結論から言うと、これは完全にルドルフが敗北する流れであった。
その日の買い出しではまずセラの着替えや装備など身の回りの物を買うための店を探したが、アリアナは町の様子にも明るく、スムーズに目的の店にたどり着くことができた。アリアナ一点先取である。
そしていざ買い物をする段になってもまたアリアナが正しかったことが証明されてしまった。セラは自分で衣服や身の回りの品を買ったことがなかったのだ。付き添いがルドルフだけでは何を買ったらいいかもわからなかっただろう。
「どう?」
アリアナがにやにやと勝ち誇っている。
「買い物以外にも年頃の女の子にはいろいろとあるんですからね。あなたにケアしきれるのかしら? ねえ?」
突破口を見つけたアリアナは容赦なく畳みかけてくる。早くも敗色濃厚ではあったが、ルドルフとしてはこのまま押し切られてしまうのも悔しい。なんとか思いついた返しをとっさに口にした。
「だが待て。お前がいっしょにいるのはせいぜい一ヶ月だとか何ヶ月といったところだろう。それだけの期間でセラを大人の女として? 独り立ち? させることができるのか? 中途半端なところで投げ出されるのであれば、結局我々が損ではないか」
自分でも若干何を言っているのかわからない。半分は苦し紛れの勢いで言っていた。
ふむ。とアリアナが静かになる。ルドルフはここが押し返す好機だと考えた。
「お前も五年間、セラの面倒を見るというなら話を受けようではないか」
ルドルフはこのエルフがとても忙しいことを知っている。この無理難題には応えられまい。勝ちを確信した大上段の物言いだった。
「いいわよ。それが報酬ってことでいいのかしら?」
「そうだろう、無理だろう……えっ」
しかしアリアナはその大上段をあっさりと受け、ルドルフは予想外の答えに言葉を失った。
「なにそれ悪くないじゃない。むしろ名案。セラちゃんに付くエルフをどうするか考えていたけど、思えば私が付くのも全然ありなのよね。いま色々と繋がったわ。それで手を打ちましょう!」
アリアナは満足そうな顔でぱんっと手を打った。セラは喜んでいいのだかわからず、その視線はルドルフとアリアナの顔を交互に往復している。
ルドルフは決定打のつもりで打った一手が取り返しのつかない失着だったことを悟りつつも、それをすぐには認めたくなかった。
「えっと、本当に無理してない? ほかの仕事は大丈夫なのですか?」
「ひとり担当してる神子を修行先に預けたばっかりだったから、これからしばらくは色々とスキマを埋めていくみたいな仕事をするはずだったのよ。でも小さいものばかりで優先度の高いものは特になかったし、何の問題もないわ」
「誰かに相談もせず勝手に決めていいのか?」
「私だってそれくらいの裁量はあるわよ。こう見えて古株の方なんですからね」
完全に嘘偽りなく大丈夫な顔だ。
ルドルフは意固地になって何か逆転の一手はないかと考えたが、それとは裏腹に考える時間が長くなれば長くなるほど、アリアナがいてくれた方がいいのではないか、という思考が強くなっていった。悔しいがセラの世話を人質に取られた時点で勝ち目はなかったのだ。
ルドルフの長考に勝利を悟ったアリアナはセラの手を取って小さく踊りはじめた。セラはまだ戸惑っていたが、ルドルフが観念したように肩をすくめるのを見て笑顔になった。
そうして話が一段落したところでルドルフは言った。
「それにしても、ずいぶんと過保護なんだな。最近のエルフは」
聖剣の神子の露払いをする、という依頼に対しての正直な感想であった。
対するアリアナはさも当たり前のことのように言葉を返した。
「神子育成はエルフの役割だもの。よくある話よ。人材は貴重な資源なんですからね。手取り足取りってわけじゃないけど、こちらの手が回る限り成長効率が高くなるように導くし、あんまり危ない方に行こうとしたら止めるし」
「昔の俺たちの時も色々と手を回してもらってあれだったのか?」
ルドルフはかつて己も従士として経験した過酷な旅の日々を思い返していた。灰色の景色しか思い出せないような疲弊した毎日。仲間たちがいたからなんとかギリギリ擦り切れずにいられた。あれが通常ならばそれは過保護でも何でもない。むしろもっと過保護であるのが正解だろう。
「あの時は例外というか私たちにもそんな余裕はなかった。今でも全員生き残ったのが奇跡だと思ってるしね……」
アリアナが少し死んだ目で遠くを見ている。彼女の脳裏にもルドルフが見たのと同じ灰色の景色がよみがえっていたに違いない。
「ともかくそういうことだから、セラちゃんが神子になったとしても、あなたが思っているほど酷いことにはならないわよ」
セラを後ろから抱き抱えながらアリアナはそう言った。
旅に必要な品物、主にセラの持ち物をひと通り揃えたあとで、一同は最後に食料品を見に行った。食事に関してはルドルフにひとつとっておきの思い付きがあった。その思い付きに従い、ルドルフは冒険者が一般的に携行する保存食ではなく、普通の料理に使う野菜や肉などの食材や調味料を買いそろえていく。
徒歩でしか進めないダンジョンにおいては、食材を持ち込んで料理するなど色々とかさばりすぎて論外だ。が、次元収納という運搬手段を持つルドルフにとっては何の問題もない。これでセラに毎日しっかり栄養のあるものを食べさせることができるだろう。
「ルドルフ、あなたが普通に料理できるのはよく知ってるけど、味見もできないのに大丈夫なの?」
アリアナが不思議そうに言った。セラもこくこくとうなずいてアリアナの疑問に同意を示す。アリアナには自分が料理するという発想はないし、セラも料理はほとんどしたことがないと言った。
ルドルフは得意げに持論を述べた。
「俺はもともと味見しない派だ。料理は定められた分量を守って作れば薬を調合するのと変わらないものだよ。保存食ばかり食べていては不健康になるし、ダンジョンの中とはいえ、可能ならばきちんとした食事をとるべきだな」
「ふーん、もし必要なら味見くらいはいつでもしてあげるけど」
こうして揃えた食材は十日分に少し余裕を見た量だ。さらに念のために保存食も少しは買っておく。
ダンジョンを行く行程としてはまず第四層から第八層まで探索していって、そこで転移門を作ったらいったん町に戻る。転移門は二日ほどで作れるので、余裕を見て合計十日と見ている、とルドルフは説明した。
「堅実じゃないの」
アリアナはルドルフの計画を感心したように評価した。直行するのではなく探索しながら行くとするとだいぶ無茶なスケジュールに思えるが、彼女自身がいればそこは問題ない。
「そこから先も十日くらいの単位で回していこう。ちょうど休息を取るメリハリにもなるし、ずっと地下にいるのは健康に悪いからな」
ルドルフとしてはセラのためにちょくちょく地上に戻ってきて休みを入れるつもりだった。彼とアリアナだけであればぶっ続けで探索しても問題はないだろうが、セラにそれは少し厳しいことだろう。
「アンデッドが健康を語るなんて妙な気持ちだわ」
さっきからルドルフが健康というワードを何度も発するので、アリアナはおかしさが抑えきれずに吹き出した。「そういえば昔の旅の間もそうだったかしらね」と懐かしげに言う。
それからアリアナがすすめる店で遅めの昼食を取ったあと、ルドルフとセラは夕方になる前に第四層に戻った。このエルフとは明日の朝、改めて落ち合うことになっている。




