第十六話 旧友の言葉
「そういえば転移門があるんでしょ。用事は済んだし、久しぶりに色々話せて満足したし、そろそろ私はお暇するわ」
しばらくしてアリアナがそう言いだしたのでお茶会はお開きとなった。ルドルフが先に立って転移門のところまで案内する。続くアリアナが後ろを向いて手招きしたので、セラも後をちょこちょこついてきた。
「私もたいがい長く生きてるけど、転移門を作れる人間なんて初めてね。いやもう人間ではないのか」
アリアナが感心したように言う。
「エルフは転移門を作れないのか?」
ルドルフが質問した。そのあたりの話は聞いたことがないので興味深い。
「もともと転移門を作ったのは人間よ。エルフはこういう風に新しいものを生み出すことはできないの。世界を発展させるのは人間。エルフの役割はその延長線上で世界が破綻しないように維持することだから」
そう言ってからアリアナはまた少し思案して言った。
「転移門もしばらくはあまり作らないで欲しいのだけど」
「ああ、まあ、もう新しく作る予定はないな」
転移門の再現はもともと古代の転移門への感動と純粋な魔術的な興味から始めた研究だ。生きていた頃は、これができれば世界は変わる、といった壮大な気宇も少しはあった気がするが、リッチとなった今となっては世に出すモチベーションもない。この研究の完成もリッチになった理由の大きなひとつだというのに妙な話だ、とルドルフはたまに考えることがある。
「そういえばこれって一方通行? 第一層から第四層には来れないの?」
「来れるぞ。一方通行だが、第一層から第四層への転移門も別に作ってあるからな。あとはこのクリスタルだ」
ルドルフは青く透明なクリスタルをどこからともなく取り出した。手のひらに収まるほどのサイズで不揃いな形をしている。
「これは鍵だ。自身の血を付けて活性化すれば、お前だけがこの転移門を使えるようになる」
後の改良によって、デダルスに指摘された魔力食いすぎ問題も解決し、転移門は魔力の少ない場所にも設置できるようになっていた。
それに加えて誰でも使えるのは無防備すぎるなぁ、という思い付きから、ルドルフはこれに鍵をかける術式も新しく組み込んだ。それにより鍵が開いている時は誰でも通れるが、鍵がかかっている場合は通るのに魔術的な鍵を必要とする、という普通の物理的な門扉と同じような機能を持たせてある。
さらに血を通じて鍵と個人を紐づけることで、余人が鍵を奪ったりしても使えないようになっていた。ルドルフとしては自画自賛したいほどの安全安心に行き届いた仕組みとなっている。
「へぇ、こういう仕掛けは見たことがない。なかなかやるわね」
アリアナが素直に感心した。腰に差していたナイフの先を指先にちょんと刺して、できた血の粒をクリスタルに擦りつける。クリスタルは血を吸収して少しの間淡く光を放った。これでこのクリスタルはアリアナだけが使える転移門の鍵となったのだ。
「そういえばこれ、聖剣旅団の分も都合できるかしら? 彼らには早く経験を積んで強くなってもらいたいの。ダンジョンの奥の層まで行くのに往復で一週間以上短縮できるのは大きいわ」
神子にはひとりひとりに担当のエルフが付く。アリアナは聖剣の神子の担当というわけではないらしいが、機会があって支援できるならば支援するのは当然だという。
別料金だ、とルドルフは言いかけたが、先ほどの結界の指輪のことを考えればおまけということでかまわないか、と追加で五個のクリスタルをアリアナに渡した。
「あ、第一層と第八層あたりを結ぶ転移門も作ってくれないかしら? もちろん報酬は別で払うし」
「ぐぅ、次から次へと……わかったわかった。そこまでがさっきの結界の指輪の分ということで、それで貸し借りなしだ」
アリアナが五月雨のように投げてくる思い付きをルドルフは快諾した。正直言って面倒くさいが、それでこのエルフとの貸し借りを精算しておけるのなら悪くはない。
ついでに聖剣の神子の名前が出たのでふと気になったことを聞いてみた。
「聖剣の神子はどんな使命を課されているんだ?」
「知らないの? って、こんなところに引き籠ってちゃ知らないか。何を隠そう死霊国のリッチキングの討伐よ」
「そいつは難儀だな。俺くらい一捻りにできるくらいにならないと相手にならないのではないか?」
他人事なのでルドルフは呑気な返事を返したが、伝説レベルの怪物に挑むとてつもない難行である。
同じリッチではあるが、かの王と比べればルドルフなどぺーぺーのニュービーである。その実力には天と地ほどの開きがある。
リッチキングは魔導王と呼ばれた魔術師にして王であった者の成れの果てだ。国が魔物に滅ぼされんとする間際にリッチとなり、己が国をまるごと死者の領域とした三百年前の王様である。
リッチキングという呼び名は、文字通りの不死の国の王様であることと最強のリッチであることの二重の意味を持っている。リッチキングだけでも別格に強大な力を持っているが、それに加えて王として支配する領地とそこに満ちるアンデッドの軍勢がその討伐を絶望的なものにしていた。
現に今まで三人の神子がその討伐に失敗していて、しかもその全員が強力なアンデッドとしてリッチキングの配下に取り込まれてしまっている。
「今度こそ絶対に成し遂げるわ。あ、ちなみにセラちゃんの神子の使命も同じくリッチキング討伐になると思うからよろしく。聖剣の神子とは協力し合うことになるわね」
ルドルフはパカっと口を開けて絶句した。すぐ側で聞くセラは事の重大さがわかっていない顔をしている。
「優れた魔術師はなかなか希少ですからね。それが神子として働いてくれるのは喜ばしい。才能はあるんでしょ? その師匠の育成手腕にも期待してるから」
アリアナはニコッと笑った。
今日はただでさえ色々とありすぎて理解が追いつかない。まあ今度こそというからにはアリアナにも十分な成算があるのだろう、と、自分の頭でそれ以上考えることは放棄した。そう、これは弟子の問題であって師匠の問題ではない。
ルドルフが思考停止を決め込んだところで、アリアナは別れの挨拶を切り出した。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
「最後にひとついいか?」
ルドルフはさえぎって呼び止めた。少し改まった調子になる。
「俺がリッチになったことについて何か思うところはないのか? その、神に仕えるものとしてとか」
これはルドルフがずっと聞きたかったことである。かつての仲間から見て自分はその目にどう映っているのか。
「いいえ? 別に」
アリアナは面食らったような顔をする。それから少し微笑んで、眩しいものでも見るかのように目を細めて言った。
「むしろ不老不死仲間ができてうれしいわ。いなくなる知り合いを見送るなんてのは別になんでもないって思ってたけど、積み重なった年月を振り返って何も残ってないってのもね。最近は少し空しく思うところもあって……」
それがなんだか若干しんみりした物言いになってしまったのに気が付いたのか、アリアナは照れ隠しのようにルドルフの肩を軽くパンチした。
「何か言いなさいよ。まあ、エルフとしての立場から言えば、あなたが目を付けられるようなことをしなければ関知しない。ああ、そうそう人外になったからって調子に乗ってダークエルフどもとつるんだりしないように。それは殺すわよ」
それからセラの肩に両手を置いてルドルフの取り扱いを説明する。
「セラちゃん、こいつのことうまく働かせてね。弟子になったからって言って、黙ってたら何も教えてくれないかもしれないから」
そう言うアリアナはすっかりいつもの調子に戻っていた。
「うるさいな。言われないでも報酬分くらいは働くさ」
ルドルフもいつもの調子だ。
「無事に第十二層についたら連絡ちょうだい。ギルドに言伝てしておいてくれればそのうち届くはずだから。あ、そしたら第一層から第十二層も転移門でつないでおくってのはどう? 私も遊びに行きやすいし」
「転移門はあんまり作らないで欲しいって言ってなかったか」
ルドルフが言葉尻を取る。
「むやみやたらと広まらないなら大丈夫よ。私が便利になる分にはまったくかまわないわ」
そう言ってからからと笑うと、アリアナは転移門に乗って去っていった。
あとにはルドルフとセラだけが残された。テーブルの上にランプの明かりが優しく揺れている。
「さて、今日はお互いに色々と疲れたな。もう休むか。第十二層まではそれなりの旅になる。明日は出かける準備をしなくちゃならん」
ルドルフがセラを見下ろしながら言った。
「はい!」
セラはルドルフを見上げて元気よく返事をした。