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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第四章 不死の国の王

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第百五十九話 エピローグⅠ 涙が出るほどに

 天高く青空の広がる見事な秋晴れのその日、マクベルン王国の都では凱旋の式典が開かれていた。


 都市の中央を貫く大通りの沿道には人々が詰めかけ、その中を豪奢に飾り立てられた四頭立ての馬車が練り歩いていく。屋根のないパレード用の馬車の上に乗っているのは、この国の国王と聖剣の神子サイラス、それに剛力の神子バルド。祝いの紙吹雪が舞う中、それぞれが右に左に歓声を上げる民衆に向かって手を振っている。


 続く何台かの馬車にはその二人の神子の従士たちに加えて、不死の神子セラの従士たちの顔も見え、式典の主役としての義務を果たしていた。だがその主役の一人であるはずのセラの姿はどこにも見えない。


 発表によれば彼女は体調不良による欠席とされていた。多くの人々はそれを残念に思ったが、一方で無理もないと納得している。聞けばまだ十代の可憐な少女だという。それが果敢にも死霊国の本拠地に乗り込んで、あのリッチキングと激戦を繰り広げたのだ。その献身に感謝こそすれ非難する者などいようはずもなかった。


 神子や従士たちに続いて、死霊国ウルムトへの決死行に同行した神殿騎士長や冒険者の代表、それにグラナフォート攻防戦に自ら足を運んだ大神官といった功労者たちも馬車の上から姿を現し、式典はつつがなく進んでいった。


 半年の緊張の重しから解き放たれた国民たちは羽目を外して祝祭の空気に酔っている。かの死者たちの王を倒しても戦いはまだしばらく続くと思われていたのだからなおさらだ。


 王都まで攻めてくると言われていた八十万のアンデッドの軍勢が、リッチキングの消滅とともに忽然と消え失せてしまったことはひとつの奇跡であった。少なくとも人々はそう認識している。


 酒場では早くも吟遊詩人たちが英雄たちの戦いを題材に歌を作り、満席の店内を一望するステージの上で高らかに歌い上げていた。


 不死の神子を守っていた一介の名もなきリッチが、強大なリッチキングの魔術を打ち破り、その対価として自らが犠牲になった。そんな内容の歌詞が流れてくる。「善なるリッチ」の戦いのクライマックスにおけるその我が身を捨てた行動に、多くの人々が涙し喝采を送った。


 このお祭り騒ぎはまだ数日続く見込みだ。その最終日には新たなウルムト王、サイラスの戴冠式が行われる運びとなっている。


  *  *  *


 式典を欠席したセラは王都に用意された拠点の一部屋に閉じこもっていた。実際のところ彼女はとても人前に出られる状態ではなかった。とにかく悲しくて悲しくて仕方がない。あれからもう一週間が経つというのに何をする気力もわいてこないのだった。


「どうしたらよかったんだろう……」


 自分はこの半年の間すごく頑張ったと思う。師匠と再びいっしょの時を過ごすために。何がいけなかったのかな。何が足りなかったのかな。それとも師匠の言ったみたいにただ運が悪かっただけ? 運がないだけですべては台無しになってしまうのだろうか。


 毎日同じことを繰り返し考えている。理由を探し続けるがそれが見つかる気配はない。苦しい。しかし思考を止めることもできない。果てのない堂々巡りだった。


 そのとき不意に部屋のドアをノックする音がした。


「今日パーティで出たごちそうを包んでもらったからここに置くよ」


 バルドの声だった。


「お腹が減ると悲しくなるって師匠も言ってただろ。少しでも食べればきっと悲しみも減るよ」


 そしてラエルの声。


 セラは言葉を返すこともなく、ドアの向こう側の二人の足音が遠ざかっていくのをぼんやりと聞いていた。


「お腹が減ると悲しくなる」


 かなり時間が経ってから、セラは一人繰り返した。たしかにそれは師匠の言葉だ。そして気がついてみれば今はお腹が空いている。


『魔術師は体が資本だからな。しっかりと食べないといけないぞ』


 何度聞いたかわからない師匠の口癖を思い出す。


 ドアを開けるとそのすぐ横に色々な料理がトレイに乗せて置いてあった。所狭しと乗った料理の中にはまだわずかに湯気を立てているものもある。温め直して持ってきてくれたのだろう。その中でトレイの隅にある三角のアップルパイがなぜかひときわ目についた。


『気分が沈んでいる時は甘いものを食べたらだいたい直る』


 師匠はそんなことも言っていたっけ。でもそんな簡単なことでこのつらい気持ちが直るなら苦労はしない。師匠は食べ物の力を少し過信してやいないだろうか。


 セラはそう思いつつもトレイを部屋の中に運び込むと、まずそのアップルパイを手でつかみ小さくかじった。


 甘い。そういえば甘いものを食べるのは久しぶりだ。じんわりと体にしみこむような優しい味だった。


 するとセラは本当に少し気が楽になった気がしておかしくなった。わずかな微笑みがもれる。


 それから改めてトレイに乗っている物を眺めた。骨付きの大きな鶏もも肉。柔らかいふかふかのパン。分厚く香ばしいベーコン。四角くカットされた蒸かし芋。特大のオムレツ。たぶんバルドとラエルが自分たちがおいしいと思った物ばかりを集めて乗せたに違いない。


「こんなにたくさん食べたら太っちゃう」


 そうつぶやきながらもセラはそのすべてをぺろりと平らげた。やっぱりとてもお腹が空いていたのだ。


「水が欲しいな」


 たくさん食べたら喉が渇いた。セラは空の食器の乗ったトレイを持ち上げると、部屋を出て台所の方へと向かった。


 翌日からセラはルドルフがあの日渡してくれた分厚いメモの束を読み漁った。


 その内容はリッチキングから教わった魔術に関するもので、今は失われた古い魔術の呪文や、その内容に関するルドルフ独自の考察の走り書きなどが含まれている。


 彼女はその中にまず何より、師匠が自分に宛てた別れの言葉がどこかにないだろうかと探して回った。膨大なメモの頭から端までを一枚一枚丹念に見ていく。すると自分に向けたものは何も見つからなかったものの、束の中ほどに「アリアナへ」と書かれた封書が挟まっているのが見つかった。


 セラは無性にその封を破って中身を見たいという衝動に駆られた。しばらくの間、目をぎゅっとつぶって口もぎゅっと結ぶ。それでなんとかその誘惑をこらえることができた。


 セラは師匠が自分には何の言葉も残さなかったことにガッカリしたが、やがてそのメモの内容に引き込まれて、そんな気持ちはどこかへ消えていった。


 魔術師ギルドの書庫でもまったく見ないような魔術について、たくさんのことが書かれている。それは魔術師にとっては間違いなく宝といえるもので、スクアージなどに見せればまず大騒ぎになるだろう。だがセラはひとまずこのメモのことを誰にも教えず一人で読み解くことにした。


 魔術師はそう簡単に自分の研究の成果を他人に教えてはならない。


 師匠ならそう言うだろう。


 セラはまた毎日の魔術の鍛錬を再開し、午後にはそのメモの解読に没頭するという日々を過ごすようになった。


 そこに記されている呪文は極めて難解で、セラは自分で購入したり魔術師ギルドで借りてきた魔術書や文献と首っ引きで懸命にメモを読み解こうとしている。それでも遅々として理解は進まないが、時折メモに記された走り書きの考察がセラにヒントや閃きを与えてくれることがある。そんな時、セラはまるで師匠と対話しているような気持ちになるのだった。


 神子の使命は果たされた。


 集まった仲間たちも解散し、みなエルフからの報酬を手にそれぞれの道へと別れて行った。


 時節は初夏を迎えている。王都の拠点も引き払ったあと、セラはかつてみなと過ごした山奥の寺院で一人で暮らしていたが、それもいよいよ今日までとなった。この場所も閉じることになっている。


 ダンジョン・オーバーフローでルガルダのダンジョンからこの寺院に来るための転移門は壊れてしまったので、転移魔術の使えるセラ以外がここを訪れることはない。


 だが今日は珍しくセラではない誰かが寺院にやってきていた。


 アリアナである。


 寺院と剣聖の道場をひそかに結ぶ転移門はまだ生きていた。それを使ってやってきたのだ。


 二人は久々の再会の挨拶をかわすと、寺院の片付けや戸締りなど始めた。それらの仕事をしている間、様々な思い出が胸をよぎった。


 セラとアリアナは相談して、ルドルフの書斎はまるきりそのままにしておくことにした。そうしておけばいつか彼が戻ってくるかもしれない。そんな気がしたのだ。


 すべての仕事がひと段落した後、セラは思い出したようにルドルフのメモに挟まれていた手紙を取り出し、アリアナに渡した。その場ですぐに封を切って中身を一読した彼女はやや釈然としない顔となった。


「何が書いてあったんですか?」


「ペレディルスにあなたのことを聞け、ですって。何かしらね。近いうちに二人でいっしょに行きましょうか」


「何かその、お別れの言葉とかはなかったですか?」


「用件だけよ。あいつったらまったくもう」


「ふふ、それが師匠ですから」


 セラとアリアナは顔を見合わせて笑った。それからこれほど笑ったことはないというほどに二人で大笑いして、涙が出るまで笑ってしまった。

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