第百六十話 エピローグⅡ 契約は果たされた
ルドルフが目を覚ますとそこは無明の暗闇だった。固い地面に横たわっている感触。
あの世とはこんなに暗いのだな。やはりアンデッドとなり道を踏み外した者の行く末は地獄か。
そんなことを考えつつなにげなくライトの呪文を唱えてみると、その魔術は意外なことにきちんと発動し、部屋の中を明るく照らし出した。
窓のない石造りの部屋の真ん中にテーブルと椅子が置いてあるだけの殺風景な景色だ。
両手を目の前にかざしてみれば骨の腕がそこにあった。上体を起こすとテーブルの向こうには出口と思しきドアがある。
「あだっ」
そのまま立ち上がったルドルフは天井に思い切り頭をぶつけた。この部屋は狭すぎる。中腰になって頭をさすりながら部屋を見渡すと、テーブルの上に見覚えのある物を見つけた。それはそれはよく見覚えのある品物だ。
ルドルフがもともと持っていた魂の器、青銅のアミュレットである。デダルスに貸した品がなぜここに? それとも似ているだけの別の品か。
そんなことを考えながら、ルドルフは青銅のアミュレットが文鎮のように下敷きにしていた封書を手に取った。封を切って中を確かめると見覚えのある筆跡の走り書きでこう書かれていた。
『親愛なるルドルフへ
ゆえあって追われる身になってしまったため、ここで君を迎えられなくてすまない。
魂の器は僕の方で使えるようにしておいた。物の時間を戻す魔術でね。
たまたまうまく行ったけど、筆舌に尽くしがたい大変さだった。頼まれてももうできるかわからない。
だが君がこれを読んでいるということは、僕も苦労した甲斐があったというものだろう。
これはひとつ大きな貸しだぞ。覚えておいてくれたまえ。是非とも手伝ってもらいたい仕事がある。
デダルス』
その手紙を読んだルドルフはようやく自分に起きたことを把握した。どうやらデダルスが時間魔術で復活させた魂の器によってこうして復活したのだ。
となると察するにここはデダルスの隠れ家のひとつらしい。追われる身って誰に? 何やったんだあいつ。
いずれにしろ復活できたのはありがたい。
ルドルフは己の体を確かめた。聖剣に貫かれる前にあった土地に縛られている感覚もなくなっている。次元収納からローブを取り出してはおればすべてが以前のままである。ルドルフは「ふむ」と満足そうにため息をついた。
聖剣に刺された瞬間の冷え冷えとした感覚を反芻する余裕すらある。
どうやら完全に自由の身だ。
そこまで確認したルドルフは再び床にゴロリと寝転ぶ。
さてどうしようか。
真っ先にふと浮かんだのはセラやアリアナたちの顔だった。
だが嘘偽りのない本音を言うとあんな別れ方をして「実は生きてました」は単純にちょっと恥ずかしすぎる。たったそれだけのことでルドルフは彼女らの前に顔を出すのが非常に億劫になってしまっている。百年くらいほとぼりを冷ましたい気持ちだ。
それにもはや神子の使命は果たされたのだ。となると自分はお役御免というものだろう。アリアナとの契約は「この子を神子として通じるように育てて欲しい」というものだった。契約は十分に果たされている。
加えて半年振りに再会したセラの目を見張る成長。これからは師として自分がそばにいるより、一人の魔術師として独立独歩でやっていく方が彼女は伸びるのではないか。むしろ自分がいることは魔術師としての彼女にとって邪魔になるやもしれぬ。
別れる直前のセラの様子を思い出すと少し胸が痛んだ。しかしあれは強い子だ。すぐに立ち直って自分のことなど忘れて歩いていく。きっといい魔術師になるに違いない。その点は何の心配もしていない。
例の件についてだけが少し心配だが、まあアリアナに手紙も託したから大丈夫なはず。
ルドルフはもろもろ考えて、ここで彼女らと別れるのはまったく理に反していないと判断した。さすがにちょっぴりはしんみりするが、決断してしまえば何の心置きもない。自分ごときがいなくなっても特に問題はないだろう。
「むしろ、いい潮時だ」
さて、どうしようか。
今ルドルフが所持しているのはアリアナやリッチキングからもらった魔道具の数々。それにリッチキングから教わった様々な呪文も頭の中に入っている。これだけあれば当面は引き籠っても退屈しない。
よし、引き籠るか。
いったん気持ちを切り替えると、ルドルフは一人の気楽な日々が戻ってくることにワクワクしてきた。思えばここ数年は聖剣やらダークエルフやら竜やらリッチキングやらでひたすら波乱すぎただけでなく、色々と人の面倒を見るので微妙に気が休まらなかった気がする。
「だがそうなると、しばらくは誰にも邪魔されたくないな」
デダルスの言う仕事とやらも厄介そうなのであまり関わりたくない。魂の器を直してもらった恩はあるが、それはいつか返せるだろう。悪いが俺が暇になるまで待って欲しい。いや、踏み倒す気とかはないから。ほんとにほんとに。互いに寿命の枷からは解き放たれた身なのだからな。気長に行こうではないか。
だいたいあいつに生きていることを知られると、そこからアリアナやほかの旧知にもばれてしまう。口止めしても効果がないことはすでに実証済みである。思い起こすとちょっと腹が立ってきた。うむ。絶対に悟られてはならないぞ。
であればデダルスにも死んだままと思わせておこうか。さすれば我が引き籠り生活は完璧なものとなる。
そう決心したルドルフは、さらに少し考えてから立ち上がり、マローダーを次元収納から召喚した。デカブツが二体となったため部屋の中がますます狭く感じる。そのマローダーをさっきまで自分の寝ていた場所に寝かせると、ルドルフはかけられた死霊魔術を解き、彼を単なる大柄な骸骨に戻した。
「安らかに、マローダー」
優しくかけた最後の言葉にマローダーは無言だった。
続いてルドルフは魂の器だった青銅のアミュレットを床に落として踏み付けにして割った。そして不揃いに割れた五角形の残骸を、床に残らないよう注意深く、すべてテーブルの上に戻し、ある程度形を整えて並べる。これでなにか失敗した風に見えるだろう。なに、新しい魂の器を作るにはリッチキングからもらった銀盤のアミュレットがあるので大丈夫だ。
最後に残った手紙をどうしようかと思ったが、適当に魔術で燃やして灰を散らしておいた。何が起きたかの詳細は誰かさんの想像力に任せよう。
これで工作は完了である。ちょっとしたいたずらを仕掛けているようで楽しい。
さらば、デダルス。いずれまた道が交わることもあるだろう!
一仕事を終えたルドルフは、具体的なこれからについて考え始めた。
まずは落ち着ける拠点を見つけなければならない。またルガルダのダンジョンのあの場所みたいにいいところが見つかるといいのだが。
「別の大陸にでも行ってみるかな。魔物の方が面倒か、人間の方が面倒か。どこに行こうか。いずれにしろとりあえずはこの場を離れようかね」
ルドルフはそんな独り言とともに転移魔術の詠唱を始めた。




