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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第四章 不死の国の王

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第百四十八話 逃げるが勝ち

 こちらも手加減はできん、などと大口叩いておいて、ルドルフはおもむろに転移魔術の呪文を唱えていた。


 この場でのルドルフの勝利条件はたったひとつだ。それは無事に逃げ去ることである。真正面から戦ってアリアナに勝てるわけがない。リッチキングからは反撃より優先する基本命令を受けている。それは「己の身を守れ」だ。それに従うならばここは反撃ではなく逃げを打つ一択しかなかった。


 だがルドルフが詠唱を終えてもその魔術は発動しなかった。いや、発動したが打ち消されたと言うのが正しい。本当ならリッチキングから与えられた邸宅に移動しているはずが、そうはならなかった。


「逃げられないでしょう」


 アリアナはにやにやしながら言った。自分と対峙したルドルフがどうするか、まったくお見通しだったというわけだ。


「転移阻害か」


 ルドルフも何が起きたかは把握している。すぐさま試してみたが、予想通りにショートリープも使えない。


 どうやらアリアナは転移を妨害する魔道具を発動させている。それはどこにでもあるものではないが、あるところにはあるもので、ルドルフも機能しているのをごく最近見ている。この手の転移阻害は王宮などでは暗殺を防ぐために設置されているのが普通だ。要するに最近見たというのは、ここウルムトの王宮でのことだ。


 三十六計に勝る初手を封じられたルドルフがセラの背後に視線をやると、その視線に気がついたセラは背後の通路を岩壁の魔術で塞いだ。なんとも師匠の気持ちを良く察する弟子だ。


「師匠を逃がさぬというわけか。弟子の分際で生意気な」


「すみません!」


 だが弟子とそんな心温まるやり取りをしている間にも、ルドルフは一手二手済ませている。


 壁を作っていた骸骨たちがざあっと流れを作って渦を巻いたかと思うと、ひとところに集まって巨大な影を成す。大量の骸骨が組み合わさって半ば溶け合うようにひとつになり、そこに巨人のような体躯を持つ異形のスケルトンが現れた。ルドルフの背丈の三倍はあろうかと言う巨体である。


 合成コンポジットスケルトン。複数体の骸骨によって作り出す強力なスケルトンであった。その強さは素体の質と量と術者の力量に比例する。そしてルドルフがこれだけ多くの素体をぜいたくに使って作ったそれは間違いなく並のアンデッドではない。高位アンデッドである。


 さらに気がつけば、狭い地下墓地の通路がいつの間にか上にも横にも広がり広大な空間となっていた。この巨大な異形が思う存分に力を振るえるように、空間魔術で戦いの場をしつらえたのだ。


 あと広いことは自分が逃げ回るのにも都合がいい。


「ふうん、なんだか悪の魔術師みたいな戦い方じゃない」


「俺が単騎でお前に勝てるわけないからな」


 その間にセラはアリアナに上級のフィジカルエンチャントの魔術をかけている。アリアナの次の一撃は、ルドルフが張った魔術の障壁を、今度は易々と砕いた。


 続けざまに目の前に現れた巨大な合成スケルトンにアリアナが一撃を加えると、その片腕の肘から先が易々と切り飛ばされる。が、それとほぼ同時に辺りの骨がみるみる集まり始め、瞬く間に巨大スケルトンの腕はすっかり再生していた。そしてその間にもう一体、同じような巨大な合成スケルトンが生成されている。


 二体の異形はルドルフを守るように立ちはだかった。


「単なるでくのぼうってわけじゃなさそうね。面倒くさ」


 新たに出現した合成スケルトンの振り下ろしてきた巨大な拳をかわしながら、アリアナは舌打ちした。


 ルドルフは涼しい顔をしながらも実は少し驚き高揚している。労せずにこれほどの合成スケルトンを生み出せたことにだ。その手にはリッチキングから賜った漆黒の長杖が握られている。


『冥王の杖』


 仰々しい名前をしたこの杖が死霊魔術を格段に強化する力を持っているのは知っていたが、まさかこれほどとは。


 だがその高揚にわずかに気が緩んだ刹那、


「師匠、ごめんなさい!」


 謝罪とともにセラの魔術が炸裂した。極太のロックランスがルドルフの足元から飛び出してきて、その右半身を大きく砕く。


 生半可な魔術なら無傷で跳ね返すリッチの魔術抵抗力をいとも容易く貫通してくるこの威力。まごうことなき上級魔術だ。しかもかなりの練度。弟子の成長を身をもって味わうことになるとは、師としてはうれしいやら悲しいやらである。


 詠唱速度も極めて速い。どうやら半年見ない間にその魔術はさらに磨かれているようだ。三日会わざればなんとやらとはこのことか。


 ルドルフは内心やや焦りながら、体が再生する間も魔術を多重に行使し続ける。アリアナもそうだが、セラを攻撃に転じさせるのもまずい。どちらも必殺の一撃を持っている。なんという剣呑なコンビなのだ。


 セラの意識を守りに割かせるべく、ルドルフはアリアナに対して攻撃魔術を矢継ぎ早に繰り出す。だがエナジーショットのような威力はあるが単発の魔術は、ことごとくかわされるか剣で撃ち落とされるかされてしまう。


 普通はそんなに魔術をかわし続けられないし、剣で撃ち落とすのはなお意味がわからなかった。つくづく化け物である。


 そんなアリアナに攻撃を当てるには広範囲に広がる魔術を使うしかない。実際使っている。しかし威力に劣る範囲魔術は絶妙のタイミングで展開するセラのシールドやシェルの魔術で封殺されてしまう。面の攻撃で削って点の攻撃で穿つというルドルフのいつもの定石が通じないのだ。


 連続して放つ魔術は、かろうじてセラの攻撃の手を封じるという目的は果たしているが、アリアナにもセラにも何のダメージもない。逃げる隙を作ることすらできない。そうしている間にアリアナは合成スケルトンのうちの一体を何度も打ち砕いていて、そろそろ倒し切りそうな勢いである。


 この状況を打破するには先にセラをどうにかしたいが、セラの防御魔術はセラ自身をも守っているし、なんとかその身に魔術で一撃加えたとしても結界の指輪で三度守られる。


 それでも相手がセラ一人ならなんとかなるだろう。だが今はアリアナがいる。あまりセラに意識を集中しすぎれば、アリアナがその隙にこちらを仕留めに来るのは明らかだった。


 もしアリアナに接近を許せば……先ほどはなんとかかわしたが、仮に頭を砕かれれば思考が中断して次の反応は遅れる。その状態で畳みかけられればそれでもう詰みだ。頭を砕かれ続けて敗北してしまう。


 この拮抗状態を長く維持することはできない。


 合成スケルトンで時間稼ぎできている間に、なんとしても逃げ道を、活路を開かなくては。


 そんなことを考えている間にもアリアナが一体目の合成スケルトンを打ち倒した。ルドルフはすぐに残骸を使ってもう一度合成スケルトンを生み出すが、そのサイズは先ほどより少し小さい。その間にセラがまたロックランスを繰り出してきたが、今度は警戒していたため、すんでのところでかわすことができた。そうそう何度もむざむざと体を砕かれるわけにはいかない。


 リッチは魔力が続く限りはいくらダメージを受けても体を再構築して戦い続けられる。しかしその再生もノーコストというわけではない。魔力を消費する。大きな一撃を食らえば痛いのである。


 それに今の状況では再生に回す魔力も惜しい。限りある力のすべては現在の危機を打開するために注がなければならない。


 ルドルフは素早く、しかし慌てることなく慎重に最善手を指し続けていた。二人の強敵を相手になんとか互角の戦いを続けながら、虎視眈々と相手の隙を、逃げる機会をうかがっている。


 しかしそのまま時が過ぎてもこの二人はその機会をそう易々とは与えてくれなかった。このまま長期戦を続けるのはジリ貧となるのみ。いつしかそんな焦りがルドルフの胸中に生じた。


 やがて意を決したルドルフは一転して短期戦で勝負を決めるべく動いた。


 同時に四重に唱え始めた多重詠唱はすべて同じ魔術の呪文だった。エクスプロージョンの魔術。その呪文が何かを察知したセラが素早くシェルの魔術を唱える。ルドルフが強力な魔術の詠唱を終えるまでに、セラは一度終えたシェルの魔術を再び唱えて重ねた。それは熟練の魔術師のような高速詠唱である。


 セラの二度目のシェルの魔術が発動した時、ルドルフの四重奏のエクスプロージョンの魔術も炸裂した。その爆風は二体の合成スケルトンをも巻き込んで視界を爆裂する炎で覆う。無数の骨がバラバラになり飛び散った。合成スケルトンたちは灰燼に帰して崩れ去る。


 この飽和攻撃の前ではさすがのアリアナもセラの作り出したシェルの内部で防御の態勢を取っている。


 そしてそのエクスプロージョンの巻き上げた煙幕が晴れると、もといた場所にルドルフの姿はなかった。


 いつの間にやらセラとアリアナのはるか背後にいる。


 彼は魔術で爆炎を巻き起こすと同時に大きく地を蹴り、そのまま宙を滑空してセラとアリアナを飛び越していたのだ。


 本気の攻撃と見せた目くらましである。いや、本気の攻撃を目くらましに使ったとも、本気の攻撃が目くらまし程度にしかならなかったとも、色々と言い方はあるがともかく。


 ともかくルドルフはうまく敵の裏をかいた。目の前の岩壁をブレイクスペルの魔術で消滅させると同時に、足止めにまたしても巨大な合成スケルトンを生み出している。


 ルドルフの呪文詠唱の声でその居場所に気づいた二人が振り向く。彼女らに向かってルドルフは言った。


「このような結果になってしまって残念だ。惜しいところだった。しかしここは俺の勝ちだ」


 残念なのは本当だ。しかしどこかしてやったりという高揚感もある。ルドルフは合成スケルトンにアリアナの足止めを命ずると開けたばかりの撤退路に飛び込んだ。


 セラが再びルドルフの行く手を塞ぐべく呪文を唱え始めるが、その魔術が発動する前にルドルフは素早く闇に消えた。


 だが……


 全力で地下墓地を駆けようとしたルドルフは、少しも走らないうちにその足を止めた。


 あったはずの外への道が岩ですっかり塞がれている。


 セラが事前にロックウォールの魔術を使っていたのか、とブレイクスペルをかけてみるが、その壁が消え去ることはない。センスマジックの魔術にも何も反応しない。これはどうやら正真正銘の岩の壁であるようだ。


 そこまでやって現実を受け入れたルドルフにはこういうことができる人材に心当たりがあった。優れた精霊使いなら地下墓地の洞窟を岩で塞ぐなどはお手の物だろう。


 背後から聞こえよがしに鳴らすカツカツという足音が迫って来る。振り向くと満面の笑みのアリアナが迫ってきていた。ルドルフは後にも先にもこれほど震えがくるような笑みを見たことがない。彼女にとって自分はただの獲物にしか過ぎなかったのだと悟った。


 もはやルドルフの身を守ってくれる合成スケルトンはいない。


「ね、逃げられないでしょう」


 彼女からすればルドルフの行動は最初から最後まで想定の範囲を出なかったというわけだ。


「はい、降参します」


 ルドルフは杖をしまい、両手を上げ、もはや戦意がないことを示した。自分としては全力で抗わせていただいた。その上でこれ以上戦うのは死を選ぶのと同義だろう。ほかならぬリッチキングにより自死は禁じられている。


 アリアナを追うようにセラもやってきた。ルドルフは黙って背を向けて跪く。アリアナがセラにうなずいた。


 セラは短杖を片手にルドルフに近づき、空いている方の手をその太い首の骨に当てた。そして先ほどルドルフがお手本として詠唱して見せてくれた呪文を一字一句違えずに唱える。


 セラの魔術が発動した瞬間、ルドルフは己を縛っていた何物かが、己のうちから跡形もなく消え失せるのを感じた。

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