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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第十三話 弟子入り交渉

「わ、私、何でもしますからここに置いてください!」


 セラは必死だった。


「女の子が何でもしますから、なんて軽々しく言うもんじゃない。はしたない」


 一方のルドルフは冷めた態度だ。


「だいたい君、魔術を教わりたいならきちんとした人間の師につきなさい。才能はある。そこのアリアナを頼れば……」


 さすがのルドルフも自分がきちんとしていない側である自覚くらいは芽生えつつあった。


「リッチさんのもとで学びたいんです!」


 セラはまたしても小さい体のどこからそんな声がでるのか、不思議なくらいに力いっぱいの大声を出した。


「俺を当てにされても困るな……えーと、悪いけど他を当たってくだ、さい」


 彼女がそこまで必死になる理由がまったくわからず、ルドルフは困惑のあまり敬語になってしまった。が、ともかくも彼としてはきっぱりと断る一択であった。


 今さら他人の人生に深く関わるなどという面倒なことをする気はない。先日垣間見たこの娘の才能に少し興味はあったが、あの時のように気まぐれで教えるならともかく、弟子として長く面倒を見るとなれば話はまったく違う。


 セラは呆然として固まってしまった。なんだか信じられないといった顔をしている。断られるなんて思いもしなかった。そんな顔だ。


「んふっ。アハッ、アハハハハッ! アハハハハハハハハ!」


 空気が冷えるような沈黙を破ったのはアリアナの爆笑であった。びっくりする二人をよそに腹を抱えて笑い続けている。彼女が苦しそうに息をしながら落ち着くまでかなりの時間を要した。


「はぁー、面白い。面白いわ。思っていたよりずっと面白い子だったみたいね。ルドルフ、あなたこの子、弟子にしてあげなさいよ」


 アリアナは涙を拭きながらルドルフに言った。


「お前なぁ、他人事だと思って」


 ルドルフは相変わらず気乗りがしない。


「そうねぇ。じゃあこの子を神子の使命に耐えられるくらいの魔術師に育て上げてくれないかしら? そのための弟子入り。報酬は世にも珍しい魔道具でどう? あなた変な魔道具とか好きでしょう。それがこの子の授業料ってことで」


 アリアナはルドルフの回答を待たずに「あなたが気に入るものがあるといいのだけど」と荷物をまさぐって手持ちの魔道具を机の上に並べ始めた。古びた木製の人形、爽やかな緑の一揃いのピアス、禍々しい意匠の黒光りする短刀、なんの変哲もなく見える皮の水筒、犬の被り物、猫の被り物などなど。質はわからないが、数は大したものだ。


「くっ……待て待て、そう一気にわーっと言われても理解が追い付かん。神子の話は嘘ではなかったのか」


 目の前に並べられていく魔道具に目を奪われちょっとワクワクしながらも、ルドルフはなんとか流されずこらえた。


「ええ、さっきまではね。でもこの子なかなかの逸材みたいだから。リッチに弟子入りしようなんて普通じゃありえないもの。そういう常識に囚われない人材は神子向きよ」


 心底楽しそうに言うアリアナ。


 ルドルフはまたこいつの悪い癖が出たと思った。彼女は面白そうな人材がいると放ってはおかないのだ。人材マニアなのである。


「わ、私、なります。よくわかりませんけど、弟子になれるなら、神子にだってなんだって」


 セラがアリアナの思わぬ助け舟に飛びつく。


「あー、待て待て待て!」


 なし崩しに進んでいこうとする流れをルドルフは大声で遮った。


「いいか、娘さんよ。条件を端から端まですべて聞かずに契約書にサインしようとするんじゃない。どんなに切羽詰まってもだ。特に魔術師になれば人間の常識が通じない相手と契約することもあるんだからな」


「いきなりのレッスンワンね。早速人間の常識外の相手と交渉してる」


 ぷぷーっと噴き出しつつアリアナが茶々を入れる。


「お前は黙っててくれ。アリアナ。俺は少なくともお前よりは常識人の自信がある。娘さん、君は今とんでもない借金を負わされようとしているんだぞ。神子になったら本当に何をさせられるかわからないんだ。普通に生きられる者が選ぶ道ではない」


「普通に生きるって何ですか?」


 セラはそれを皮切りに思いの丈を吐き出した。


「今の私が普通っていうなら、私にとって普通はとてもつらい。そんな普通はなくてもいいから、私はどうしたって一廉の魔術師になりたい。一人でも生きていけるように。ルドルフさんのように魔術を自在に扱えるようになりたい。今の私にはそれだけなんです。そのためなら借金なんていくらしたってかまいません。どうせ今より悪いことになんてなりっこない」


 一息に言い切ったセラの目は興奮でうるんでいた。しかし涙の瞳の奥には非常に強い光がある。


 ルドルフはこういう目をかつて幾度か見たことがある。この目をする人間を止めるのが容易ではないことを知っていた。そして少女が生半可な気持ちでものを言っているわけではないことも否応なく理解できた。


 誰もが黙っている。セラの胸が大きく上下し、わずかに荒い鼻息だけが聞こえる。


「はぁ」


 さらに長い沈黙のあと、ルドルフは観念したようにため息をついた。


「いいだろう。本人がそこまで言うならあとのことは本人次第だ。こちらの見返りは高く請求させてもらうが、それはそこのエルフが払ってくれるようだしな。では成人するまで弟子として面倒を見よう」


 ルドルフが厳かに承諾の一言を述べた。


 しかしそれを聞いて喜ぶはずのセラは、今までの勢いとは裏腹になぜか困ったような顔を見せた。


 その表情にルドルフもアリアナも首をかしげる。色よい返事がもらえたというのに、どうしてそのような顔をするのか?


「あの、私、もう十五歳……です」


 セラが恥ずかしそうに言った。


 この国では十五歳で成人を迎える。だがルドルフからもアリアナからもとてもそうは見えなかった。二人ともセラのことをてっきり十歳くらいの子供だと思っていたのだ。少女はそれほどに背が小さく、痩せていて発育も悪かった。


 とはいえ、嘘をつく場面でもない。セラがそう言うのならば彼女はたしかに成人なのだろう。


 ルドルフが気を取り直して宣言しなおした。


「えーと、では今から五年間、弟子として面倒を見よう」


「はいっ。よろしくお願いしますっ! 師匠!」


 パッと明るい表情になったセラが元気よく言った。アリアナが楽しそうにパチパチパチと拍手する。


「師匠……ねぇ」


 それと同時に、ルドルフはさっきからもやもやと考えていたことが頭の中ではっきりとした形になるのを感じた。


 あれだな。これは気まぐれに生き物に餌をあげたら、それからずっと面倒見る羽目になるやつ。

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