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人間やめても君が好き  作者: 迷子
番外の章
141/141

第2話 鍛えろ、エドガー!

◇   ◇

 宣伝目的の番外編その2です。

 カクヨムにて新作の現代ダンジョン物が一章分書き終わったのでそちらの方も気が向いたらよろしくお願いします。


<a href=https://kakuyomu.jp/works/16818093091603449614>アラサーからのダンジョン探索~英雄は目指さない。マイペースに遊びながら稼ぎます~</a>

◇   ◇





 南の大陸の片田舎。とある街の傍にある森。

 そこで、死にかけている白いウサギが居た。


「うぉ……おっ……あっ……は、腹減った……」


 見たところ空腹のようだ。死にかけるほど飢えるとは、さぞ辛いことだろう。


「まさか街にすら入れないとは……獣人差別を舐めてた……」


 どうやら街にも入れず食事にありつけなかったようだ。

 とはいえ、ウサギであるなら雑草を食料に出来るはずだが。


「草は……草を食うのは最終手段……まだ頑張れる……いや、やっぱり限界かも」


 ウサギ獣人ではあるが、人としての尊厳を守ろうとする程度のプライドは持っているようだ。


「くぅ……仕方ない。死ぬよりはマシ……ん?」


 んぐぁと大口を開け、雑草を口にしようとしたところで、ウサギはヒクヒクと鼻を動かした。


「この匂いは……」


 どこかからか微かに漂う良い匂いに釣られて、ウサギはヨロヨロと立ち上がり、ゾンビのような足取りで歩き出す。


 僅かな体力を振り絞って匂いをたどった先で、小さな小屋。そしてその隣で制作中の干し肉を見つけた。


「おおっ、肉……」


 ジュルリ、と思わず涎が出る。

 とある事情で故郷から出て、狩りも出来ないウサギにとって、干し肉ですらこれ以上ないご馳走だった。


 しかし、これを食べることができないと気づき、ウサギは落ち込んだ。

 当然ながら、これを作った者が小屋にいるだろう。お願いして譲ってくれるだろうか?


 ここまででこの国の獣人差別を受けたウサギに、楽観的な考えは浮かばない。だが、かといって盗みは良くない。


「……一切れだけ。すいません」


 空腹に耐えかねたウサギは、罪悪感を抱えつつ拝借することにした。

 期待に胸を膨らませ、飛び跳ねようとしたところで、ヒョイと体が勝手に浮き上がる。


 どうやら首根っこを掴まれて持ち上げられているらしい。それを察すると、ウサギは恐る恐る後ろに目をやった。


 シワの多い白髪の老人が、険しい目でウサギを睨んでいた。



 ●   ●



「はぐっ! はぐぐっ、んぐ! はぐっ!」

「まさかウサギの獣人。それも源獣種とはなぁ。珍しいもんだ」


 捕まった時は絶望したウサギであったが、意外にも老人はウサギが空腹であると知ると、干し肉を分けてくれた。


 あまりに凶悪な顔に怯え、ウサギは断ろうとしたが、やはり空腹には勝てなかった。一口食べれば一心不乱に、ひたすら肉を噛み続ける。


「ふぅ。ごちそうさまでした。ありがとうございます。すごく美味しかったです」

「気にすんな。ただのウサギと思って捌くところだったからな。勘違いした詫び代わりの気まぐれだ」


 その言葉にウサギはダラダラと冷や汗を流した。危うく自分は食糧になっていたらしい。

 よっこらしょと立ち上がり、老人はぶっきらぼうに言う。


「肉も食ったならもう良いだろう。ほれ、とっとと出てけ」

「うっ……あのっ、そのっ……」


 ウサギはしどろもどろになって黙り込んだ。

 そんなウサギを、怪訝な目で老人は見下ろす。


「なんだ? まさかまだタカろうってんじゃねぇだろうな」

「そっ、そうじゃない! そうじゃないですけど、その、行くところがなくて……」

「ああ? 行く所がない? だったら故郷にでも……待て。お前そもそも何処から来た?」


 睨みつけるような老人に、ウサギは怯えた。

 その問いは、答えたくても答えられないものだった。


「よく見ればお前、旅をするような姿じゃねぇな? 獣人差別の酷いこの地方に獣人の里なんかある訳がねぇ。お前、本当に何処から来た?」

「それは……ノ、ノカ――」


 瞬間、エドガーの胸に鋭い痛みが走った。

 喋れば確実に死ぬ。直感的にそれを悟った。


「おい、どうした? 急に顔色が悪く――」

「い、言えない! 何処から来たのかは言えないっ!」


「ああ? 言えないって……じゃあ旅の目的は?」 

「いっ、言えないっ!」


「目的もかよ。そもそもお前旅に出たのか?」

「言えない……」


「…………そんじゃあ名前は?」

「な、名前……名前は……」


  ずっと何も喋らなかったウサギだが、名を問われた途端、ウサギはポタポタと涙を流した。そんなウサギを見て、老人はギョッとする。


「名前は……無くなった……帰る所も……無くなった……」

「……そうかよ」


 老人は渋い顔をすると、誤魔化すように頭をガシガシとかく。


「よく分からんが、テメェに事情があるのはなんとなく察した。これ以上は聞かねぇから安心しろ。それで、お前これからどうすんだ?」

「ど、どうって言われても……」


「帰るとこがないなら、何処か住む場所を探さなきゃだろうが。この辺りは獣人には生きづらい。北の地方に行けば獣人でも普通に生きていける。目的もねぇならとりあえずそこを目指せ」

「……やりたいことはある」


「ああ? なんだよ?」


 そこだけは、ブレることはない。

 ウサギに姿を変えてまで望んだ、男の目的。


「強くなりたい。大事な人を守れるくらいに……」


 なのに、今はそれから程遠い。それを思うと、悔しくてボロボロと涙が溢れた。

 そんなウサギを見て、老人はへっと鼻を鳴らした。


「無理だろ」

「む、無理じゃない! 強くなる! 絶対に!」


「そんな簡単に泣くような奴が強くなれるか。そもそもお前、自分の身一つ守れねぇじゃねぇか」

「むっ、むぐぐぐっ!」


 痛いところを突かれ、ウサギは強く口を結んだ。

 そんなウサギを見て、老人は気づかぬほど小さく笑うと、どうでもよさそうな口調で続ける。


「しょうがねぇな。本気で強くなりてぇなら、ここにしばらく泊まってけ。俺がある程度は仕込んでやる」

「……え? ほ、本当に!? なんで?」


「よくよく考えれば、今のお前じゃ北の地方に行く前に死ぬからな。かと言って俺が連れて行くなんて面倒はごめんだ。金をもらってもやりたくねえ。ならお前を虐めて勝手に出てってもらった方がいい」

「むっ、むっ、むむ……」


 ウサギにとっては、願ってもない話だと思った。

 まともに旅をすることすら出来ないのだ。獣人である今の自分に、他の人間が教えてくれるとも思えない。


 だが、それにしてもこの老人に戦いを教わっていいのか?

 こんな所に一人で住んでいるようだし、少なくとも自分よりは強いとは思うが……。


「……そこまで言うからには、当然それだけ強いんですよね?」


 ウサギの意趣返しのような問に、老人はフンと笑った。

 老人はウサギから離れると、腰を落とし剣を構える。すぅ、と息を整え、そのまま空に向かって斬り上げた。


 フッ、と音が消えた気がした。

 あまりの速さに、剣を斬り上げた動作が見えなかった。


 一瞬の出来事に、ウサギは思わず見惚れてしまった。が、剣を振った先の光景を見て、息が止まった。

 青空を漂う巨大な雲が、中央から割れていたのだ。


 まさか……と呆然と空を見上げるウサギに、老人はトンと剣を肩に担ぎ、言った。


「これでもかつては大陸一の剣士と謳われた身だ。こと剣の扱いに関しては、まだまだ若いもんには負けねぇよ」


 あまりにも大言壮語。そう言い切るには、今見た光景があまりにも非常識すぎた。


 改めてウサギは老人を見る。老齢でありながら、体は筋肉質で、肌に張りがある。その表情も凶悪だが、自信に溢れている。佇んでいるだけなのに、圧迫感のような物を感じた。


 歳を感じさせない覇気ある姿に、ウサギは一筋の光を見た。


「ただし、俺の教えは厳しい。耐える覚悟ないなら今すぐ出てけ。もっとも、それで強くなりたいなんて笑わせるなって話だけどな」


 挑発するような老人の物言いに、ウサギは逡巡するも、しっかりと頷いた。

 こうして、ウサギは老人の教えを受けることに決めた。



 ●   ●



「センスねぇなぁお前」


 老人に弟子入りしてはや三日。

 師から贈られたのは、ウサギの心を容易く折るような評価だった。


 握った木刀を強く握り締めながら、ウサギは涙を我慢して抗議の声を上げた。


「もうちょっと……なんか言い方が……あるんじゃないですかね……ッ!」

「いや、嘘吐いてもしょうがねぇだろ。本気で強くなりてぇってんなら自分の性能は正確に掴まなきゃならんしな」


 老人は真面目な顔だった。決してバカにするような雰囲気ではない。

 厳しさも優しさかと、ウサギは思い直した。


「基本の振りだけでも動きがぎこちないし、そもそも全体的に動きが鈍い。獣人のくせに運動神経が無さすぎるというか、自分の体のことを分かってないというか。まずは運動そのものに慣れる所からだな」


 心当たりがありすぎてぐぅの音も出ない。

 ひっそり汗を流すウサギに気づかず、老人は考えながら続ける。


「そしてなにより斬り合いに向いてない。次の動作への判断が遅ぇし、選択も悪い。もちろんこの辺も鍛錬しているうちに磨けるもんではあるが……まぁ天才には負けるだろうな」


 剣士としては長じてもギリギリ一流に届くかどうか。どうしても超一流には届かない。天才とまともに斬り合ったら間違いなく切り捨てられる。それが老人のウサギに対する評価だった。


「だが、身体能力はずば抜けて高い」


 絶望しかけたウサギだったが、思わぬ言葉に顔を上げた。


「運動神経とは釣り合わないその身体能力なら、効率の良く剣を振るうだけで尋常じゃない一撃を繰り出せるようになるはずだ。それにウサギの種族上、俊敏さに関して上を行く者はいないだろう。だが、さっきも言った通りお前は斬り合いのセンスがねぇ。斬り合いに持ち込まず、一方的に斬り捨てる。目指すべきはそれだな」


 老人はしゃがんでウサギと目を合わせた。


「剣を極めたいって奴には邪道かもしれんが、お前はただ強くなりたいんだろ? 勝敗は剣の腕だけで決まる訳じゃねぇ。所詮、剣も戦う手段の一つに過ぎない。いいか? お前は剣士じゃなく、戦士になれ。自分から仕掛けて反撃を貰う前に即離脱。これをひたすら繰り返し、自分の攻撃が当たるようにあらゆる手段を使うんだ。環境はもちろん、挑発などの揺さぶりといった心理的な駆け引き。ありとあらゆる物を利用し、泥臭くも勝利を狙う、そんな戦士になれ。最終的には――神速の斬撃で敵が触れもせずに初撃で勝負を決める戦士。お前が目指すべきはこれだ」


 それは、ウサギにとっての明確な導となった。

 ウサギにとっての強さが漠然としたものではなく、確かな目標になった瞬間だった。


「いや、そもそもウサギに人の剣を学ばせようとしたのが間違いだったな。身体の構造上、剣の扱い方も変わってくるしな。リーチも短けぇし、剣じゃなくて槍の方が速度を乗せられる分、強くなれ――」

「いや、剣がいい」


 老人を遮り、ウサギは言った。

 確かに効率を考えたらその方が良いというのは分かる。でも――空を斬った老人の姿が、目に焼き付いていた。


 老人は怪訝そうにウサギを見るが、ウサギは気づかずうつむいたまま続けた。


「俺は剣がやりたいです。駄目ですか?」

「……ふん。まぁお前がそこまで言うなら別に構わねぇよ。俺が見てやればお前に合った剣の振り方も身につけられるだろうしな。だがまぁそれはそれとして、まず直しやすいところから直していくか」


 よっこらしょと立ち上がり、老人は言った。


「とりあえずお前、その妙に礼儀正しいというか、弱気で良い子ちゃんな性格は直せ」

「え゛っ。……自分ではそこまでとは思ってないんですけど、何か悪いところありましたか?」


「いや、穏やかに暮らしていこうって奴なら褒められるだろうよ。だがな、自分から先手を取ったり挑発で心理攻撃をしたりしようってのに、その真面目な性格は足を引っ張る。むしろ思い切りがあって人を小馬鹿にするくらいがちょうどいい。それに大人しい奴は舐められるぞ。ただでさえお前は舐められやすい外見をしてんだからよ」


 うっ、とウサギは呻いた。

 言われて、確かにと思う所があった。


「でも、急に性格を変えろと言われても……」

「まぁ簡単に変えろって言われて出来るもんじゃねぇってのは分かってるけどよ。変わろうとしないといつまでもそのままだぞ。どうしても無理なら、そうだな……演技をしろ」


「演技ですか?」

「普段から演じるんだよ。さっき言った性格に近い奴をな。自然に演技できるようになれば、いつの間にかそれが素になる。今まで会ってきた中で、一番荒事に向いてそうな奴を思い出して真似してみろ。一人くらいは思いつくだろ」


 言われ、ウサギは今までの人を思い返してみる。

 戦闘に向きそうな性格。強気で自信に溢れ、攻撃的で、敵を挑発する性格の悪さ――


 当てはまりそうな人物を思い返し、ウサギは目の前の老人をじっと見た。そして数秒程目を閉じると、ガラリと表情が変わった。


「分かったよジジイ。これでいいか?」


 ――ゴンッ!!


「痛いっ! じゃなくて……痛ってぇなこのクソジジイ! 何しやがんだ!」

「何しやがんだ、じゃねぇだろうがこのクソウサギ! さっきの視線で気づかねぇとでも思ったか! だいたい仮にも師匠をジジイ呼ばわりとはどういう了見だ!」


「だ、だって――じゃなかった。テメェが演技しろって言ったんだろ! それにそっちだってウサギ呼ばわりしてるだろうが!」

「むっ――」


 言われ、老人は顎をさすり考え込んだ。

 内心ドキドキとしていたウサギだったが、意外にも冷静に老人は言った。


「腹立たしいが、確かにやれと言ったのは俺の方だな。呼び方もその通りか。……お前、名前が今は無いんだったな?」

「おっ、おう……」


「そうか。よし、じゃあお前は今からエドガーとでも名乗っとけ」

「はっ……はぁ? なんだ急に?」


「いつまでも名前がねぇのも困るだろうがよ。それとも自分で名前を決めるか?」


 老人に言われ、ウサギは悩んだ。自分で名前を付けるのも確かに違うか。


「分かったよ。エドガーと名乗ることにする。ちなみになんでエドガーなんだ?」

「別に意味なんかねぇよ。思いついた名前を付けただけだ」


「はぁ? マジで思い付きかよ! ちょっとは由来のある名前にしろよ!」

「別になんでもいいだろうが。気に入らなきゃ自分で好きなのに変えろ」


「……チッ。仕方ねぇから我慢してやるよ」

「そうかい。そんじゃあ稽古を続けるぞ。しっかりやれよ、エドガー」


 ウサギは――エドガーは、しぶしぶと剣を構えた。

 しかし分かり辛くはあったが、嬉しそうに笑っていた。



 ●   ●



「そろそろ剣を持ってみるか」


 老人に弟子入りをして三ヶ月。

 夕食後、唐突に老人は言った。


「い、いいのかっ!? まずは体を鍛えろってずっと木刀の素振りか走ってばかりだったのに!」

「普通ならある程度の身体作りが終わるまで許さん。が、お前は元々身体能力は優れていたからな。この三ヶ月の走り込みで身体の動かし方も理解して、動きが見違えるほど変わっている。なら早いとこ真剣に慣れた方がいいだろう。まさか本当に身体の使い方を分かってないだけだったなんて、どうなってんだかな」


 胡乱げな目を向けてくる老人に、エドガーは冷や汗が止まらなかった。

 それに気づかないふりをして、老人は独り言のように呟く。


「つってもお前の場合、自分に合う剣を用意するところから始めないといけないんだがな。俺の予備もあるが、お前の体格じゃ人間の剣なんざ使えないだろうし」

「それは……まぁ、仕方ないよな」


 ずっと剣を持ちたいと思ったのに、お預けを食らったようで辛いが、物理的に無理な問題なら仕方ない。

 老人はむぐぐっ、と悔しげなエドガーを見ているうちに、ふと思い出した。


「ああ。あれがあったな。ちょっと待ってろ」


 老人は自室に入ると、すぐに戻ってきた。ほれっ、と何かを投げ渡し、お手玉しながらもエドガーはそれを受け取る。

 エドガーは受け取ったそれをまじまじと見つめる。


 それはダガーだった。なんの変哲もないダガーだが、ずっしりとした重みを感じる。鞘から抜いてみると、自分の顔が見えるほど美しく輝いていた。


「ほう。中々のもんじゃねえか。悪くない」

「武器の目利きも出来ねぇくせに何言ってんだオメー。まぁ質が良いのは確かだ。希少な金属で作らせた特注品だからな。特殊な力はないが、武器としては一級品だろうよ。それならお前も剣として使えるだろ。間に合わせには十分だ。大事に……はしなくても良いが、手入れは欠かすなよ」


「へぇ、そんなに凄いのか。良いのかよ、俺にこんなもん渡して。貴重品なんだろ?」

「気にすんな。使わずしまい込んでたもんだし、そもそも俺のじゃねえからな」


「あん? じゃあ誰のだよ?」

「亡くなった息子の形見だ」


「――なんちゃうもんを気楽に渡してんだクソジジイ!!」


 儲けた、なんて気楽な考えが吹き飛んだ。

 変わろうとしているとは言え、流石にこれを聞いて落ち着いていられるほどエドガーは図太い人間では無かった。


 そんなエドガーに、へっと老人は揶揄うように笑った。


「気にすんなよ。形見とは言ったが、生まれてすら来なかった息子にやる予定だったもんだからな。実際は形見ですらねぇわ」

「いやもっと話が重くなってんだけど……なんで生まれてこなかったのに息子って分かんの?」

「俺のガキなんだから、息子に決まってんだろ」


 意味わかんねぇ。

 エドガーは呆れると同時に察した。ただの思い込みというか、願望か。マジでくだらねぇ。


「っていうか爺さん、奥さんが居たんだな」

「ああ。息子が死産になってすぐに出ていったがな」


 なんかどんどん話が重くなってくる……。

 自然と深みに嵌る状況に、エドガーもどうすればいいのか分からなかった。


 それに気づいていないように、老人は酒を飲みながら語り出す。


「俺にとって剣は唯一誇れるものだった。この力を思う存分に使って暴れてぇ。そう考えていた俺にとって、冒険者ってのはこれ以上ない仕事だった。強ぇ魔物を俺の剣でぶった斬って、強さを証明できる上に、金も名誉も手に入る。気づけばあっという間にSランクまで上り詰めていた」


 Sランクだったのかと、エドガーは驚くと同時に納得した。出会った日に見た空を斬るあの一振りを見れば、疑う気にすらなれない。


「俺の妻はその時のパーティーメンバーの一人でな。俺の剣に匹敵する才能の魔法使いだった。分野が違うとはいえ唯一対等の力を持ち、賢く、美しく、気立のいい女だった。お互い惹かれあって男女の仲になるのも、まぁ当然の流れだよな」


「けっ。出来すぎて腹立つわ」

「おお。完璧カップルとか言われてたぜ」


 エドガーの妬みにも、ヘラヘラと老人は笑って流した。実際本当に言われていたのだろう。


「腹に子供が出来て、アイツは活動を休止することになった。だが俺は変わらず冒険者として依頼を受け続けていた。なまじアイツも快く送り出してくれていたから、俺は自分のことしか考えていなかった。そしてある日、依頼から帰った時、腹の子が流れたことを教えられた」


 老人は淡々と続ける。しかし、その遠くを見るような瞳に、後悔の色をエドガーは感じた。


「俺は愕然とした。その事実以上に、アイツが見たことないほど落ち込んでいたことにな。今にも後を追いそうなほど、自分を責めていた。打ちのめされている場合じゃない。俺が支えてやらないといけない。その一心だったが、アイツのことを全くわかってやれなかった。慰めようとして、つい言っちまったんだよ。お前だけでも無事でよかった。子供はまた作ればいいってよ。なっ、バカだろ?」


「……バカじゃねぇよ。ただ、ちょっとだけ間違えただけだろ」


 もし自分が当事者だったら、同じことを言ってしまうかもしれない。

 そう思うと、エドガーはバカになんて出来なかった。


 慰めるようなエドガーに、老人は気にしていないかのように笑った。


「間違えちゃいけない所だったんだ。それを聞いた途端アイツは怒り出した。何でそんな事が言えるのか。あの子に代わりなんていない。そもそも何で側に居てくれなかったのか。ずっと寂しくて不安だった。そんな感じで、今までの不満を一気にぶつけられてな」


 懐かしむように、老人は続ける。


「俺もバカだったから、そこで言い返しちまった。だったら最初からそう言えよってな。そうなったら売り言葉に買い言葉だ。どっちも気が強ぇもんだからお互い引かずに険悪になって、アイツは突然姿を消した。あれ以来そのまま喧嘩別れだ。今じゃどこで何をしているのかもわからねぇ」


「……探そうとしなかったのか?」


「もちろんしたぜ。何度もな。だが、どの面下げて謝ればいい? 身重の妻を放って、人に請われるままに魔物と戦い続けて楽しんでいたクズだぞ」


 自嘲するように老人は言った。

 本気で悔いているのだろうと、エドガーは思った。


「アイツが出ていって初めて気づいた。俺は驕っていたんだ。誰にも倒せねぇ魔物をぶった斬って、自分の強さを証明して、頼まれてまた繰り返して。それが俺だけしか出来ねぇ事だと思い込んでいた。実際はそれで周りからチヤホヤされて、良い気になっていただけだってのにな。そのせいで、一番大事なものを失っちまった」


 老人は消え入りそうな声で呟く。だが、それが気のせいだったのかと思うほど、すぐにまた調子を取り戻し続けた。


「そんでまぁ、人に言われるがままに働くのが嫌になっちまってな。一人になりたくてこうして森に引きこもっているうちに、最初は復帰を願われたが、俺が動かないと分かるとだーれも来なくなっちまった。笑えるのがな、別に俺が居なくても問題を解決する奴が出てくるって事だよ。やっぱり俺は特別な存在でもなんでも無かったってこったな。女も失った。地位も名誉も失った。残ったのは剣の腕だけ。Sランク冒険者の末路としてはなんとも惨めな――」


「惨めじゃねぇだろ」


 強い言葉に、老人は思わず口を止めた。

 エドガーはグッと目元に力を入れながら、強く断言した。


「ジジイは、惨めなんかじゃねえ。絶対にっ」

「……そうかよ」


 老人は眩いものを見たように目を細めると、グッと酒を飲み干す。

 そして、まるで願うようにして言った。


「エドガー、一番大事なものが何か、強くなっても絶対に見失うな。俺から学んでいるからって、俺の悪い所まで真似るんじゃねえぞ。お前は間違えるなよ」


 老人の言葉に、エドガーは黙って頷いた。

 それだけで、老人は満足そうだった。



 ●   ●



「もうそろそろいいだろ」


 エドガーが老人の元で過ごし、一年が経った。その間、多くの事を学んだ。

 剣の振り方。戦いの思考。環境の利用。狩りのやり方、解体のやり方、旅の心得、野営、冒険者として必要な知識。 


 エドガーは自分が成長していると実感していた。このままここで修業を続ければ、いずれあの子の力になれるという確信があった。


 老人にそう言われたのは、そんな時だった。


「へっ? 何が?」

「何が、じゃねぇよ。もう旅に出る頃合いだって言ってんだ」


 ポカンとした顔で見上げるエドガーに、老人は呆れながら言った。

 言われた意味を理解し、エドガーは内心の動揺を隠しながら訊ねる。


「な、なんだよ。えらく急じゃねぇか。というか、この間は俺にまだ未熟だって言ってたよな? ボケたのかジジイ」

「ボケてねぇよクソガキ。お前が未熟なのは否定しねぇ。だが、基礎は教えた。後は実戦で磨いていく段階なんだよ」


 エドガーの憎まれ口に、老人はフンと鼻で笑うと、珍しく真面目な顔を作ってそう言った。


「そ、そうなのか。俺自身はまだまだだと思ってたんだが……」

「ここに居ても、これ以上の急な成長は見込めねぇ。だから旅に出ろって話だ。もともとそのつもりだったんだし、別に不思議じゃねぇだろ?」


「そりゃ、そうだけどよ……でも……」


 どこか気落ちしたように、エドガーは黙り込んだ。

 そんな彼を見て、老人は気づかれぬように溜息を吐き、厳しい顔を作る。


「なぁ、エドガー。お前は何か目的があるんじゃねぇのか? だからここで修業したんだろう? それはここに居て果たせるもんなのか?」

「……いや、それは無理だけど」


「だったら行け。言ったはずだぜ? 一番大事な物を見失うな。此処に留まることが、お前にとっての最善か?」


 その問いかけから、老人の想いをエドガーは察した。自分の内心を全て見抜いた上で、それでも自分のことを思っているからこそ、こうして厳しくしているのだろうと。


 その想いに、男としてエドガーも応えたいと思った。だというのに、金縛りにあったかのように口は開かない。


 今の姿になり故郷を離れることになってから、ボロボロになって、人から迫害されてきたエドガーにとって。


 ここで過ごした一年間は、故郷で生活していた以来の、楽しい日々だった――


「あのさ、爺さん。それでも俺、やっぱり――爺さん?」 


 希望を伝えようとしたエドガーだったが、空を見上げる老人の愕然とした顔に釣られ、それが出来なかった。

 視線を追い、空を見る。すると遥か遠くに、何か飛んでいる生き物の姿を見た。


「……は? えっ、まさか……ドラゴン?」


 四つ足に、長い尻尾。背中に大きな羽。長い首に細長い頭部。そこから生える角。赤黒く輝いている鱗。厚みのある肉体。


 それはまさしく、エドガーがイメージするドラゴンそのものだった。この世界に存在するとは聞いたことがあるが、エドガーにとって未だに空想の生き物と同列の存在だった。 


 それをこうして目にして、ドキドキと胸が高鳴った。遠くから見ているというのに、見るからにカッコイイ。それでいて迫力がある。憧れの存在にワクワクする。


 だが、隣の老人の顔を見て、エドガーはそんな浮ついたが引っ込んだ。

 老人は余裕の無い表情で、そのドラゴンを睨み付けていた。


「【大炎古竜(メルトドラゴン)】……」

「メルト? あのドラゴンのことか?」


「俺が若い頃から、冒険者ギルドで災厄級指定を受けている古竜だ。大陸中を気まぐれに飛び回り、目についたものを焼き尽くす。決まった縄張りを持たず、空を飛んでいるせいで追跡もままならん。そのせいで腕の立つ冒険者が討伐しようにも戦うことすら出来ず、ただ被害報告を受けるだけしかない。まさかこの辺りに来ていたとは……」 


 シャランと老人は剣を鞘から抜き、ヒュンと重さを確かめるように一振り。

 それに、エドガーは慌てて声をかけた。


「じ、爺さん。アンタどういうつもりだよ。まさか……」

「見りゃ分かんだろ。殺るんだよ」


「やるって……勝てるのか?」

「正直分が悪いな。昔ならともかく、今の衰えた俺じゃあな」


「なっ、なら無理して爺さんが戦うことねぇだろ! なのに何でやるんだよ!」

「アイツは遊びで目についた人間を襲って楽しむ性悪なんだよ。このままだと近くの街を襲ってめちゃくちゃにする。都合よくあの街にアイツを倒せる奴が居るとも思えん。だったら俺がやるしかねぇだろ」


「だとしても……それでも、やっぱり爺さんがやる必要ねぇだろ! もう冒険者は止めたんだろ!? 誰かの為に戦うとか辞めたんだろ!? ならいいだろ! 街の奴らがどうなったって!」


 酷いことを言っている自覚はあった。だがそれでも、自分を迫害して街にすら入れなかった者達と、面倒を見てくれた老人であれば、どちらを取るか迷うまでもなかった。


 必死に訴えかけるエドガーに、老人は強気な笑みを見せた。


「俺が止めたのは人に頼まれて魔物をぶった斬ることだ。目の前で襲われようとしている奴を見捨てるほど、腐っちゃいねぇよ。それに、今さら惜しむような命でもねぇ」


「でも、でもさぁ……!」

「それに、もう目を付けられている」


 その意味を尋ねる前に、ドラゴンの咆哮が辺り一面に轟いた。

 見れば、メルトドラゴンはこちらに体を向け、老人を睨み付けていた。


「そんな、なんで……」

「アイツも俺の強さを感じ取ったんだろうな。生意気な老いぼれに、格の違いを見せてやろう、って感じだろ。へっ、羽トカゲ風情が偉そうに。ほら、そういう訳だから、お前はとっとと逃げろ」


「逃げろって……お、俺だけ……?」

「当たり前だろうが。早くしろ。巻き込まれて死んじまうぞ」


「……い、嫌だっ! 俺も戦うっ!」

「はぁ? 何バカなこと言ってんだお前。足手纏いだから早く逃げろって」


「爺さんだけ置いて行けねぇよ! 俺だってちょっとは強くなったから、囮くらいならできる!」

「バカッ! そういうレベルじゃねぇんだよ! いいから早く――伏せろっ!」


 一年間、老人の訓練を受けた反射で、エドガーは即座にその指示に従った。

 疑問に思う前に、頭を隠しベタリとその場に伏せる。そしてメルトドラゴンの方へ目を向け――エドガーは死を見た。


 メルトドラゴンの喉元が赤く光り、視界を埋める炎が吐き出される。どこにも逃げ場はない。直撃せずともその余波だけで容易く命を燃やしつくすブレスが、二人を襲う。


 死んだ、とエドガーは察した。絶望という言葉すら生ぬるい。思考すら奪う圧倒的な力。

 だが、老人はこの死に抗った。腰元に剣を構え、迫りくる炎を逆に睨み付けた。


「――カァアアアアアアアア!!」


 一閃。振り上げた剣から斬撃が飛び、かつて空を裂いたように炎が割れる。

 ドラゴンのブレスは二人を避けるようにして地を舐め、そこに在った物を焼き払った。しかし、二人は火傷一つ負うことなく生き残った。


「い、生きてる……生き……あっ――」


 生き残ったことに喜ぶエドガーだったが、周囲の景色を見てゾッと背筋に寒気が走った。一年間で見慣れた木々や地面が、跡形もなかった。本来なら自分も同じ目に合っていたと理解し、恐怖が湧き出てきた。


 この光景を作り出したドラゴンに目をやる。カッコイイとさえ感じていた気持ちはとうに無くなっていた。

 絶望が生物の形を取って、自分達を見下ろしているとしか思えなかった。


「あっ、ああっ、あぁ……ッ!」


 体の震えが止まらなかった。息をするのも難しい。ただ怖くて怖くて、たまらなかった。何も考えられなかった。


「ようやく分かったか。早く逃げろ。邪魔になる」

「じっ……爺さ……でも……っ……」


「いいから行けっって言ってんだ! ガキは大人の言うことを聞いてろ! とっとと行けぇえええええええええ!」

「――ッ!? ――ッ! ――ッッ!!」


 老人の怒声にドラゴン以上の恐怖を感じたエドガーは、それ以上何も言えなかった。

 エドガーは後ろに体を向け、全力で逃げ出した。


「……あばよ、エドガー」


 老人は遠ざかっていく気配に微笑むと、再びドラゴンと相対した。



 ●   ●



「はぁ! はぁ、はぁっ! はっ、はっ、はっ!」


 逃げる。ただひたすらに逃げる。

 恐怖に染まった頭は、何も考えられない。ただがむしゃらに足を動かし、少しでも危険から遠ざかる。


 エドガーがようやく足を止めたのは、戦いの音が聞こえぬほど距離を取ってからだった。


「はぁ、はぁ……爺さん……ッ!? あっ、ああ!? お、俺……俺……ッ!!」    


 肺が悲鳴を上げ、足が動かなくなるほどの疲労でようやく、エドガーは冷静になった。そして、自分だけが逃げ出したことに気づき、バッと自分が逃げた方向へ体を向ける。


 遥か遠くで、空を飛ぶメルトドラゴンの姿が見えた。ここからだと指先程度の大きさにしか見えないのに、それを目にしただけでまた体が震えてくる。


 老人の強さは信じている。しかし、とても人に勝てる存在だとは思えない。

 いくら爺さんでも、もう……。


 最悪の想像が頭をよぎった、次の瞬間だった。

 カッ、と光る一閃が、ドラゴンを切り裂いた。


 ――ギャオォォォォォォォォ……!


 ドラゴンの悲鳴と共に、その胸元から血が噴き出したのがかろうじて見える。

 それを目にし、エドガーの表情に希望が生まれた。


 生きていた! それどころか、あのドラゴンを斬った!


「爺さん……ッ! まさか、このまま――」


 だが、その希望は長くは続かなかった。

 メルトドラゴンは咆哮を上げると、また地面に向かってブレスを吐き出した。


 これだけ離れているというのに、自分までも巻き込むんじゃないかと錯覚するほどの炎に、エドガーは言葉を失う。


 ブレスを吐いたメルトドラゴンはその場に数秒程留まると、興味を失ったかのようにそっぽを向き、どこかへ飛んで行ってしまった。


 その姿が完全に消えるまで、エドガーは呆然とそれを見送っていた。そして、ハッと表情を変える。


「……爺さんッ!!」


 逃げた時以上の速度で、エドガーは来た道を戻る。

 疲労で足が止まりそうになっても、気力で無理矢理動かす。時折茂みや木の枝で体が傷つこうとも、気づきすらせず進み続ける。


 ある程度進んでいくと、燃え広がっている森の中を走ることになった。しかし、それでもエドガーは止まらない。肌が焼けながら火の少ない所を選んで進み続けるうちに、燃える物がなくなり、辺り一面が黒く染まった焼け跡になっていく。


 逃げた時よりもずっと短い時間で、エドガーは老人の元に辿りついた。そして、絶対に見たくなかった光景を目にした。


「あっ……あっ、あぁぁぁ……」


 ここまで通ってきた場所と同じように、そこも全てが燃え尽き黒に染まっている。しかし直接メルトドラゴンのブレスを受けたこの場所においては、焼け残った木々すらなかった。


 そんな中で、かろうじて人の形を残した黒い塊があった。そのすぐ傍には、ドロドロに溶けてまた固まった金属の塊が落ちていた。


 エドガーは直感的に悟った。


「爺さん……ッ!!」


 なんらかの方法で足掻いた結果なのだろう。だからこそ、こうしてかろうじて形を残した。


 しかしエドガーにとって、それは耐えられない衝撃を与えた。

 おぞましさすら感じる変わり果てた老人の姿は、エドガーの心を折るには充分過ぎた。


 「俺だけ……逃げて……お爺ちゃんは……あっ、あぁぁぁああ……ッ!」


 エドガーは溢れ出す涙を止められなかった。言葉にならない声を出し、逃げ出す前の自分の姿を思い返す。  


「ちっとも強くなくて……守られて、逃げ出して……そのせいで、爺ちゃんは……あっ、あぁぁぁぁぁ……ッ!」


 自分を鍛えてくれた恩人を置いて逃げ出した自分が、恥ずかしかった。

 そして、それでも生き残っていることに喜んでいる自分が、情けなかった。


「何も……変わってない……一年も、爺ちゃんに鍛えて貰ったのに……何も……何もっ!!!!」


 力、技術、知識は身につけたかもしれない。それだけの教えは受けてきた。

 だが、根本的な強さ。心は、何も出来ない子供のままだった。


 老人はそれを分かっていたのだろう。だから厳しく突き離そうとしていたのだ。それなのに、自分は本当の意味でそれを理解していなかった。


 老人の命だけではなく、老人の教えすら汚した。

 そう理解すると、エドガーは涙を止められなかった。


 頭の中で、この一年間の日々が高速で流れる。

 尊敬する師を失った痛み、罪悪感でどうにかなりそうだった時。


 老人の声が聞こえた気がした。


 ――そんな簡単に泣くような奴が強くなれるか。


「あっ、あぁぁ……」


 ――変わろうとしないといつまでもそのままだぞ。

 ――どうしてもだめなら、演技をしろ。

 ――自然に演技できるようになれば、いつの間にかそれが素になる。


「……変わらなきゃ」


 ――一番大事なものが何か、強くなっても絶対に見失うな。

 ――お前は間違えるなよ。


「……ほれ見ろ。だから言っただろジジイ、早く逃げろって。歳の癖に無理しやがってよ。やっぱり死んじまったじゃねぇか」


 人を守る為に戦った者に送るには、酷い言葉だ。

 しかし、その言葉とは裏腹に、エドガーはボロボロと泣いていた。


 涙を流しながら無理矢理、皮肉気な笑みを浮かべていた。


「俺にはやらなくちゃならねぇことがあるからよ。墓守は出来ねぇぞ。んでも、一年世話になったからな。しょうがねぇから墓くらい立ててやるよ。感謝しろよ……クソジジィ……ッ!」  


 絶対に強くなる。

 もう二度と失わない。

 そう何度も心に誓いながら、エドガーは穴を掘り続けた。


 その数時間後、森から抜け出して北へ向かうウサギの姿があった。

 さらに後日、近くの街の冒険者がこの森を偵察し、焼け跡しか残らぬ地で、墓のような物が見付けられた。


 ――偉大なる剣士、ここに眠る。


 墓にはそう記されていた。







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