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人間やめても君が好き  作者: 迷子
六章 亡国の覇王
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あたしの師匠は


 ジーナの言葉に、誰もが混乱した。


 一体何を言っているのかと、目を丸くして彼女を見つめている。


 何かを勘違いしているのではと、観察するも、ジーナは態度を変えない。


 言葉を放った時のように、闘志をむき出しにして鏡に映った師匠を睨み付けている。


 そんな彼女の姿に何を思ったか、師匠は呆れたような目を向ける。


「突然何を言うのかと思えば……またバカなことを。儂が誰かじゃと? お主、師の顔すら忘れたか?

 そもそも、今まで話しておったろうが。お主、人をボケジジイ呼ばわりしていたが、自分こそボケたか? それともまた酔っておるのか?

 これが今生の別れだと思うと、さすがの儂も悲しくなるぞい」


「あ~、そういうのはもういい。あたしはもう、テメェが偽物だってのは分かってるからな。いいからとっとと吐けや。これ以上グダグダ言うってんなら鏡をブチ割るぞ」


 くだらないとばかりに、ジーナはしっしと手で追い払うような仕草を見せる。


 その無下にするような態度に、フィーリアはますます混乱した。


「偽物って……え? あのお師匠様がですか? あんなに仲良く話していたのに?」


「そう、ですよね。とても他人のような感じはしなかったですけど……」


「ああ。明らかに本人同士じゃないと出来ない会話だった。普段通りのやり取りはもちろん、二人にしか分からない昔のエピソードも共有していたしな。それが偽物とは、どういうことだ?」


 思ってもなかった言葉に、ヒソヒソと三人が話し合っている。


 アメリアはそれに加わらず、顔をこわばらせてじっとジーナを見ていた。そしてエドガーは拳を握って熱いまなざしを送っていた。


 さすがに偽物扱いは心外だったのか、師匠は厳しい目で己の弟子を見る。


「よりにもよって師を偽物呼ばわりとは、さすがに驚いたの。そこまで言うからには、もちろん根拠があってのことじゃろうな?」


「当たり前だ。でなけりゃあたしだってこんなこと言わねえよ」


 恥ずべき事などない、とばかりにジーナは頷く。


 ここまで言い切るからには、相応の理由があるのだろう。


 一体その理由とは? 皆が聞き耳を立てる中、ジーナはフッ、と口端を釣り上げて言い放った。


「この鏡は死人を映す鏡なんだろう? だが、ジジイはあたしと分かれた時、まだ生きていた。つまり、この鏡に映る筈がねえんだよ。だから、テメェは偽物以外にありえねぇ」


 ──ッ!!

 ──それなら、確かに……ッ!

 ──いや、だが、しかし……。


 誰もが同じことを思った。


 一瞬驚き、ん? と疑問を抱く。そしてじっとジーナの師匠を見て、ズルッと肩を落とす。


 何を言うべきか、と誰もが迷っている中、一縷の望みをかけてラッシュが訊ねた。


「あ、あのよ、ジーナ。ちょっといいか?」

「うん? なんだよ?」


「その、お前の師匠だが……最後に会ったのはいつだ?」

「そりゃあ、あたしが旅に出て以来だからな。確か……五年くらい前か?」


「五年……そうか、五年か」


 ラッシュは遠い目で天井を眺めた。正直、気持ちは皆同じだった。


 五年を長いとみるか短いとみるかは置いておくとして、見る限り、鏡に映った師匠は相当な高齢。失礼だが、いつ死んでもおかしくない見た目だ。いや、死んでいるから映っている訳だが。


 五年もあれば、老人が死んでいてもおかしくはない。つまり、鏡に映ってもなんら不思議ではない。


 時間という概念が頭から抜け落ちているばかりでなく、それを自信満々に発言するとは。そんなジーナに、仲間達は呆れを通りこして悲しくなってきた。知ってはいたが、まさかここまでとは……と、憐れみすら浮かぶ。


 特にエドガーの悲しみは大きかった。意外な人物のファインプレーか、と期待していたところにこの仕打ちである。なぜ俺はコイツを信じたのかと、四つん這いになって滂沱していた。


「お主、いくらなんでも……」

「その、ジーナ殿。認めたくないというお気持ちは理解できますが、人は誰でも何時かは死を……」


「あたしの師匠は!」


 憐れみが止まない師匠と、死の神に仕える神官の義務として慰めようとするマリン。

 その二人を遮って、ジーナは続けた。


「……あたしの師匠は、時折ボケたり、いい歳こいて女にちょっかい出したりするろくでもないジジイだが、あたしがこの世で唯一尊敬し、師と仰ぐ武人だ。

 歳を感じさせない強靭な肉体。美しく華麗な武技。数々の死闘を乗り越え積み重ねてきた戦闘経験。

 どれもこれも、今のあたしなんぞじゃ比べものにすりゃならねぇが、とりわけ反則的なのがその【天職】だ」


 一見、関係がなさそうな内容に、自然と目が吸い寄せられる。

 記憶の師を思い出しているのか、目を瞑りながら、ジーナは続けた。


「師匠はあたしと同じ【格闘家】だったが、【氣】を習得し鍛錬を重ね、【外氣】というもう一段先の力を手に入れた。

 そしてその【外氣】すらも完全に習得した時、【天職】が昇格した。己の肉体を支配する【格闘家】から、【外氣】を利用して世界をも支配する【仙人】にな」


 その事実に、誰もが目を瞠る。

 経験を積み重ねた【天職】の持ち主が、更に上級の【天職】に昇格することがあるのはよく知られた話だ。


 それは本人の実力が【天職】の規格を超えない限り起きない現象。修練の賜物であり、ただ【天職】を得られたこと以上の偉業である。

 

 とはいえ、誰もが至れるわけではない。本当に限られた者だけが至れる境地であり、そのあまりの困難さからこの話自体が眉唾なのでは、と思う者もいるほどだ。


 ここにその存在が居ることに、それが聞いたことのない【天職】であることに、誰もが驚きを隠せなかった。


 周囲の反応をよそに、ジーナは続ける。


「【仙人】は【格闘家】から派生する【天職】らしいが、相当珍しいらしくてな。おそらく、ジジイ以外に同じ【天職】を持つ者は居ないだろうと言っていた。

 だからこそ、その力を知る者はそう居ねぇ。

 同じ【格闘家】に属する【天職】だが、【仙人】は次元が違う。

 その神髄は【外氣】の操作にあり、それによって世界そのものを操る。さらには、【外氣】を内に取り込むことで、肉体を活性化し、老化すら止めることができる。

分かるか? 

 ジジイは【仙人】になったその時から、寿命という縛りから解き離れているんだよ。あたしが知っている限り、もう数百年は軽く生きているはずだ。

 つまりだな、ジジイが寿命で死ぬことはありえねぇんだよ」


 あまりの内容に、誰もが開いた口が塞がらなかった。


 不老。世界中の権力者が求めてやまない人類の夢ともいうべきものを、ひっそりと取得している者がいるとは。


 皆の驚愕を面白がってか、フッとジーナは笑った。


「もっとも、不老ではあっても不死じゃねぇから、死のうと思えば死ぬし、殺されれば死ぬけどな。だけどな、それこそありえねぇ!」


 鏡の師匠を睨み付け、ジーナは言った。


「寿命がねえんだから、老衰はねぇ。

 だが、飽きずに生きることを楽しんでいるジジイが、自殺なんてことはありえねぇ。

 そしてあのジジイが誰かに殺されるなんてことはもっとありえねぇ!

 師匠(ジジィ)は世界最強の武人だ! まともに戦って勝てる奴なんざこの世に居ねぇんだよ!」


 それは、師に対する絶対の信頼。

 その強さを知っているからこその、確信だった。


 他人からすれば、妄信にしか見えないものかもしれない。が、ジーナにとっては違う。

 その強さに、大きさに憧れ、傍で学び、目指し続けたからこそ分かる、真実であった。


 とはいえ、それは他人には分からないことである。

 マリンは難しい顔をしながらも、優しくジーナに語り掛ける。


「……不老の存在が居るというのは、さすがに驚きました。ですが、聞く限り不死ではないのでしたら、死ぬこともあるのでしょう。

 ジーナ殿、貴方が一番よく知る人物の事です。信じたくはないお気持ちは分かりますが、この鏡に映っているということは、貴方のお師匠は──」


「もう一つ、気になることがある」


 ジーナはマリンの言葉を遮り、からかうように笑った。


「ジジィは不老だからこそ、長い時を生き、時代をその目と耳で見聞きしてきた、いわば歴史の生き字引とも言える存在でな。

 ジジィは酔っぱらうと、よく昔の歴史の話をすんだよ。別に聞きたくもねぇが、酒を飲ませてもらっている身だから、あたしもよく付き合って聞いてやったもんだ。

 同じ話を繰り返す時もあったから、その中には興味がなくてもすっかり覚えちまったもんもある。

 その中に、とある王様の話があってな」


 全く関係のない話に、仲間達は困惑する。

 しかし、マリンはピクリと眉を動かした。


「なんでもその王様は、人を殺すことを何よりも楽しんだ王だったらしくてな。意味もなく戦争を仕掛けては、敵兵を虐殺して楽しむ戦狂いの王だったそうだ。

 その当時は戦乱の世で、多くの国が争い、大量の人が死んでいった。が、その王があまりにも強すぎたために、最終的には周辺国家を一つにまとめ上げた。

 結果として早くに戦乱が終わり、死者の総数は減った。が、間違いなく殺した数で言えば、その王が当時では断トツだっただろうとのことだ」


 嫌悪の表情を浮かべ、ジーナは続ける。


「常に体を返り血で染め、狂気の笑みを浮かべていたその王は、こう呼ばれていたらしい。

血狂いの覇王(ブラッディシーザー)”ってな。

 誰よりも殺戮を好み、多くの人を殺した者が、戦乱を終わらせたのは皮肉な話だとジジイは続けたっけな」


 当時の師との会話を振り返っているのか、ぼんやりしたように天井を見上げるジーナ。


 そして、マリンは感情を隠しているかのような無表情だった。

 二人のまったく違う姿に、五人も緊張していく。


 その空気を作ってる自覚があるのかないのか、ジーナは気軽に続ける。


「まぁ最終的には、敵が居なくなって戦争が出来なくなったせいで、自分の民を虐殺。そのせいで蜂起され、民の手で殺されるって結末を迎えたらしい。まぁ、当然と言えば当然の結果だよな。

 それでもその王が居なかった場合、戦乱は泥沼になっていた可能性もあったから、ある意味必要な存在ではあった、とかジジイは言っていたが……まぁ小難しい話はどうでもいい。

 肝心なのはな、この話が、当時を生きていたジジイから聞いた話だってこと。

 そして、その王様が居た地域ってのが──ちょうどこの当たりだってことだ」


 あっ、と。

 その言葉を聞いて、五人は思い出した。


 そう、そうだ。

 まったく内容が違うが、とある王の話を、マリンから聞いたことがあるではないか。


 戦場において不敗。慈悲深く、民を導いた偉大なる王、シーザーの話を。


「テメェからも、この地域を収めたっていう王の話を聞いたことがあるよな?

 だが、あたしが知っている話とまるで内容が違うってのはどういうことだ?

 ジジイがボケてたって可能性もあるにはあるが、それにしたってここまで真逆の姿ってのはおかしくねえか?

 このこともあるから、あたしはこの鏡も偽物なんじゃねぇかって思ったんだよ。で、案の定やっぱり偽物だったってわけだ。

 テメェ、何から何まで胡散臭いんだよ。こんな鏡まで用意して、信者騙して、何考えてやがる」


 厳しく睨み付けるジーナ。

 だが、マリンはうつむいて、顔が見えない。


 そんな二人のやり取りを、ネコタ達も緊張して見守っていた。

 長いと感じる間をおいて、マリンは顔をあげ、フッと困ったような笑みを見せる。


「はははっ、弱りましたね。王の話も、鏡の話も偽物扱いですか。失礼ですが、何か勘違いをして──」


 自然な。ごく自然な態度だった。

 拍子抜けするほどの、柔らかい雰囲気。


 だからこそ、ジーナはギリギリになるまで気づけなかった。


 ──眼前に、黒い弾丸が迫っていることに。


「ぐぬっ!」


 ノータイムで繰り出された黒い弾丸──闇の魔弾を、ジーナはとっさに首を傾けて躱す。そして直感的に身を翻した。


 ジーナが居た場所をいくつもの魔弾が襲い掛かり、目標を失って地面に突き刺さる。


 もしそのままであれば、あのように体を貫かれていたかもしれない。

 無事にネコタ達の元まで逃げたジーナは、冷や汗を流してその光景を眺めた。


「──はっ! ジーナさんっ! 大丈夫ですか!?」

「ああ、ギリギリだったがな。だが、本性を現したな」


 ようやく事態を察したネコタが声をかけるも、ジーナの意識は既に敵に集中していた。


 明らかな敵対行為。それをやったのが誰かなど、確かめる間でもない。

 皆の視線が、魔弾を放った相手──マリンに集まる。


「……ああ、まったく。予定外のことばかりですね」


 マリンは、それまでの温和な表情からはかけ離れた、煩わしそうな表情で。

 面倒そうに、そう呟いた。





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