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人間やめても君が好き  作者: 迷子
六章 亡国の覇王
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その覚悟は出来ています


”鏡の間”の前で立ち止まったマリンは、扉を一瞥して言った。


「どうやら、まだ他の信者が使用しているようですね。ちょうどいい。今のうちにアメリア殿に改めて問いましょう」

「問うって……何を?」

「もちろん、本当に【死者の鏡】を使うのかどうかです」


 何を今更。そのためにここまできたのではないか。

 疑念のこもった目を向けるアメリアに、マリンは答えた。


「【死者の鏡】によって、今まで大勢の人が救われてきました。しかし、必ずしも全ての人間が救われたという訳ではありません。

 思ってもみなかった残酷な真実を知り、かえって傷ついてしまった人も居ます。中には、自ら命を絶ってしまうほどに。

 ですから、私達は鏡を望む人達に必ず問うのです。リスクを知っても、まだ鏡を使いたいという気持ちは変わりませんか? 真実を受け止める覚悟はありますか、と」


 マリンの問いの真意を理解し、アメリアは小さく目を見張った。そして、しばらく躊躇ったような様子を見せ、やがて、重々しく頷く。


「そう言われると怖いけど……でも、ここに来たのは、区切りをつける為だから。いつまでも、このままじゃ駄目だと思ったから。だから、私はどんな真実だろうと受け止めます。その覚悟は出来ています」

「……分かりました。それならよいのです。では、もうしばらく待ちましょう。直にこの扉も開くことでしょう」


 ホッと息を吐くアメリアに、マリンは微笑みかける。


「大丈夫です。先程はああ言いましたが、傷つく結果を迎えてしまった人の心を慰めるのも、私たちの仕事ですから。静かに寄り添い、励ますことで、やがて真実を受け入れ、また自分で立って歩けるようになる。アメリア殿のことも、私達が全力で支えますよ」


「要らねえよ。それをやるのは俺らだ。お前らじゃねえ」

「エドガー……」


 不機嫌そうな目でマリンを睨むエドガーを見て、アメリアは嬉しそうに小さく笑った。

 エドガーはフンスッと強く鼻を鳴らす。


「アメリアには俺がついているからな。だから、何があっても俺が支えてやる。だから心配すんな」

「……うん、その時はお願いね」


「コイツ、美味しいところを持っていったな。実は狙ってただろ?」

「本当に目敏いというか、利に聡いと言うか……アメリアさん、もちろん僕達も居ますからね」

「そうですっ! 私たちがついてますから、大丈夫ですよ!」

「やけ酒ならいくらでも付き合うからな。嫌なことは呑んで忘れようぜ。いや、もちろん何もない方がいいんだが」


 口々に励まそうとする仲間達に、アメリアは安心したように微笑む。

 その光景を見て、マリンはフッと小さな笑みを浮かべた。


「余計なお世話だったみたいですね。どうもすみませんでした。さて、どうやら先に入った信者が鏡の使用を終えたようです。ご準備を」


 マリンが言うと、ズズズ、と重そうな音を立て、扉が開かれた。


 そこから一人の神官に連れられ、頬が痩せたご婦人が現れる。見るからに健康とは言い難いが、しかし、目元潤ませているものの、どこか晴れやかな表情であった。


 婦人はマリンと六人を見て黙礼し、そのまま去っていく。その後ろ姿を、マリンはうれしそうに見送った。


「どうやら、彼女は良い結果に終わったようですね。さぁ、次はアメリア殿の番ですよ」


 マリンに促され、アメリアは緊張した表情で中に入る。五人も後から続く。


 そこには、広大な空間が広がっていた。数百の人が集まろうと余裕がありそうなほど広い場所だ。ちらほらと等間隔に壁に穴が空いている以外、何もない。上を見上げれば、遥かに高いところに天井がある。


 光源は窓から差し込む光だけで、やや薄暗い。そしてその光が、真っ直ぐ広間の中央に集まっている。そこに【死者の鏡】があった。


 大人一人を優に写せる大きさの姿見。楕円形で枠には微細な彫刻が刻まれている以外は、なんの変哲もない普通の鏡に見える。


 だが、その鏡から感じられる空気には、ただならぬ物があった。


 魔物に対峙した時のような……いや、それよりも重々しい気配が、鏡から漂ってくる。少なくとも、ただの鏡ではないと確信させる雰囲気がそれにはあった。


 六人の動揺を察してか、マリンは愉快そうに笑った。


「これが【死者の鏡】です。この鏡を前にした人は、最初は誰もがその威容に固まるものですが、どうやらそれは【勇者】とそのお仲間でも一緒のようですね」

「……ああ、ちょっと物騒な気配を感じたもんでな。あまりに物騒なもんだから、本当に神宝なのかと疑っちまったんだ」

「ちょっ、エドガーさん! もう少し言葉を!」


 慌ててネコタが嗜めるが、マリンは笑って流した。


「構いませんよ。これほどの気配を放つ物を見ては、そう感じてしまうのも無理はありません。

 死者との再会を叶えることで、死に悲しむ人の心を癒す。意図する用途が素晴らしいものだとしても、それはつまり、使用者を死への境界に近づかせるということです。

 生者である以上、この鏡に不穏なものを感じるのは当然のことなのですよ」


 なるほど。言われてみれば、納得がいく。

 生命である以上、死への恐怖は当たり前なのだ。むしろ、危険と感じない方がおかしい。


「鏡の前に立ち、鏡に向かって会いたい人の名を呼びかけてください。そうすれば、鏡にその者の姿が映り、話すことが出来ます」


 マリンに手で促され、アメリアは一歩足を出し、止めた。

 不安そうに、仲間達へ目をやる。五人共が、応援するように、じっと自分を見ていた。

 アメリアは小さく頷き、ゆっくりと歩く。そして、鏡の前に立った。


 鏡には、臆病な表情をした自分の姿が映っている。負けないようにと、無意識に胸元を握りしめ、アメリアは呼んだ。


「──トト、聞こえる?」


 アメリアの声に、しかし、鏡は答えない。

 待っても変わらない光景に、ジーナがボソリと口にした。


「……なんだよ、何も出てこねえじゃねぇか」

「まだろくに待ってねえだろうが。もう少し我慢してろ」

「でも、何の反応もないですよ? まさか失敗じゃ?」

「そんなっ、せっかくアメリアさんが勇気を出してきたのに!」


「──静かにしろ。ジタバタしてもしゃあねえだろうが。俺らに出来ることは見守っていることだけだ。分かったら黙ってろ」


 心配そうにアメリアを見つめる仲間達の中で、エドガーだけは動揺を見せず、堂々とアメリアを見ていた。


 癪に触る言い方だが、その姿を見て、ネコタ達は自分が恥ずかしくなった。そうだ、出来ることは何もない。なら、見守るしかないじゃないか。


 心配する気持ちを押し隠し、四人は改めてアメリアと鏡に集中する。じっと見つめる四人。そして、隠れてニマニマと笑っているエドガー。


 それから数分が立ち、何も変わらない光景に溜息をつきそうになる中で──


 ──鏡が、揺れた。


「おい、アレ、見ろよ」

「鏡に波紋が出て、映っているアメリアの姿が変わっていく!」

「それじゃあ、もしかして!」

「トトさんが来るんですね!?」

「──えっ」


 鏡に波紋が揺れ、にわかに変わっていく様子に、アメリアは口元に手を当てる。ネコタ達は騒ぎ出し、マリンはその様子を微笑ましそうに見つめる。そして、エドガーは愕然とした様子で鏡を見ていた。


 皆がそれぞれの反応を見せている間にも、鏡に映った景色は変わっていく。

 波紋は少しずつ小さくなっていき、波が収まっていく。映っていたアメリアの姿が、徐々に縮み、髪が短くなっていく。


 波が完全に止まった時、そこには一人の少年が映っていた。これがトトかと、ネコタ達四人は感心した声を上げた。


 茶色い髪に、端正な顔立ち。着ている服装はどこにでも見かける村人のものなのに、その顔立ちのせいか、何故かそれが様になっているように見える。そして、目を瞑っているのに感じられる、どことなく理知的な佇まい。


 さすがアメリアが惚れていた少年なだけはあると、仲間内の誰もが口にせずとも共感していた。ただの村人らしからぬ、年齢に似つかわしくない利発そうな印象が、ますますそう感じさせる。


「……トト?」


 ツツー、と涙を流しながら、もう一度アメリアは名前を呼んだ。

 鏡に映った少年は、その名に反応し、ゆっくりと目を開け……ぼんやりとしながら呟いた。


『…………アメリア?』


 少年──トトの声を聞き、皆がはしゃいだ姿を見せた。


「──え?」


 なお、やはりエドガーは惚けた声を出すだけだった。

 何が起こっているのか、全く分からなかった。




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