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人間やめても君が好き  作者: 迷子
六章 亡国の覇王
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またまた御冗談を



 ──かつて、偉大なる王が居た。


 血で血を洗う戦乱の時代。戦えども戦えども終わることなく、新たな国が興り、また滅びる。


 誰もが平和な世を望みながら、終わることのない悲劇の連鎖。終わらない戦乱に誰もが絶望し、疲れ果てても、惰性で争いに身を投じるしかなかったその時代で──奇跡を起こした王が居た。


 偉大なる王──シーザー。


 戦場に於いては誰よりも雄々しく、勇ましく。数多の名高き戦士を相手に決闘での勝利は数知れず。その剣を一振りすれば一軍を滅ぼし、姿を見せるだけで自軍の兵を奮わせ、敵兵を恐怖に陥れる。戦場に於いてはまさしく戦神の如き強さを見せつけた、英雄の中の英雄。


 それだけの強さを持ちながらも、弱者に対する慈悲を忘れず、弱きものを決して見捨てない。剣では解決に至らぬ難題を、彼に忠誠を誓った優れた配下の意見を聞き入れ、知恵を持って解決するに至る、聡明にして慈愛の王。


 戦場にあっては不敗。指導者としては民に希望を与え、前へと進ませる求心力を持つ偉大なる王。やがてかの王は全ての国を支配下に置き、とうとう誰もが終わらぬと思っていた戦乱の世を終わらせた。


 かの王さえいれば、何も恐れることはない。必ず、これからも我らを導いてくださる。


 全ての民がそう信じて疑わなかった。が、そんな民の確信を揺るがす悲劇が王の身に起きた。


 王が心から愛し、生涯を共にすると誓った王妃が病に倒れたのである。


 王は嘆き悲しんだ。誰よりも強いと謳われた王は、王妃の死に嘆き悲しみ、みるみるうちにその鋼のごとき体躯は枯れ枝のように痩せ細っていった。


 政務も手につかず、にわかに国が揺れ始めた。王妃の死に悲しむことしか出来なかった王に、民を導く聡明さを望むべくもなかった。


 そのままであれば、王が成し遂げた尊き平和の世も、また戦乱の世に変わっていたことだろう。しかし、その王の心を救い上げた者が居た。


【死とやすらぎの神ハーディア】──戦乱の世において、幾万もの死を迎え入れていたハーディアは、しかし神であるがゆえに介入を許されず、見ていることしか出来ない自分に心を痛めていた。だからこそ戦乱を終わらせた王、シーザーに格別の目を向け、恩を感じていたのである。


 シーザーの嘆きを見ていたハーディアは、それが己の存在意義を危ぶませることであると理解しながらも、彼にある宝を授けた。生者に死者との対面を叶える、生死の境界を写す鏡である。


 その鏡によって亡き王妃と言葉を交わした王は、徐々にかつての輝きを取り戻した。情けない姿を見せることこそ、亡き王妃を悲しませることになると理解したのだ。そうしてまた、偉大なる王として国を立て直した。


 立ち直った王は、鏡を見てあることに気づいた。己と同じように、大切な者を亡くし、生きる気力を失う者が居る。そういう者にこそ、この鏡は必要なのだ。


 そう感じた王は、秘されるべきこの鏡を全ての民に解放した。鏡を独占することで得られる権威よりも、民の心を癒すための道具としての使用こそを、王は望んだのだ。


 事実、王によって解放されたこの鏡によって救われた者は多かった。これも全て、王の慈悲深さがあってのゆえのことである。


 これ以降、民は変わらぬ忠誠を王に捧げた。


 戦場に於いては勇猛なる大英雄。王としては全ての民を救う、偉大なる慈愛の王。民から向けられた忠誠は、かの王が死を迎え国が滅びた後も残り続け、そして今も、鏡と共に信仰として生き続けているのである。




 ♦   ♦




「──と、これが【死者の鏡】の由来となります」


 ネコタ達は大神官マリンと共に、神殿に向かっていた。その途中、おもむろにマリンが【死者の鏡】について語り出す。


 これも【死者の鏡】を使用する者への説法の一部なのだろうと、なんとなく察した一同は止めることなくマリンの好きなようにさせていた。しかし、思ったより面白いと感じたのか、わりと興味を持った様子で最後まで聞いていた。


「かの王は【死者の鏡】を民へ解放する為にこの神殿を建てられ、【死者の鏡】を奉じました。以来、この神殿は不可侵の物として扱われることになり、かの王の国や周辺の国々が姿形を変えたとしても、こうして神殿だけは残り続けたのです。街が戦火に晒されても、この神殿だけは避けられた為に」


「それで廃墟の中に神殿があったんですね……。それじゃあ【死者の鏡】を使えるのは、その王様のおかげなんですね」

「そう、その通りです」


 思ったことをそのまま言ったネコタに、マリンは満足そうに頷く。


「もちろん、自らの存在意義を天秤にかけながらも鏡を与えたハーディア様の行動あってのことです。しかし、かの偉大な王が独占をよしとせず、鏡を解放するという選択を取らなければ、今のこの神殿はありませんでした」

「確かにな。死者との再会の叶えるなんて、本来なら人間の領分を超えた力だ。それを可能にする道具を神から直々に与えられたというのは、独占すれば何よりも強い権威になり得る。権力者なら守って然るべきだが……」


 それをせず民に解放するとは、本当に慈悲深い王だったのだろうとラッシュは思う。


 お人好しとも取れるし、権力者としては失格のようにも思えるが、個人としては嫌いではない。そして、それでもなお忠誠を保ち続けたことが、その王が本物の王であるという証明でもある。


 感心するように頷くラッシュとは裏腹に、フィーリアは難しい顔をした。


「あの、鏡を与えることがどうして自らの存在意義を問うことになるのでしょうか? その辺りがよく分からないんですが……」


「死の絶対性を定め、それを守るべきハーディアが、自分からその決まりを破ることになるんだ。それも、たった一人の人間への贔屓で。

 そりゃあ他の神々から責任を問われても不思議ではねえだろ。下手すりゃ存在を抹消されていたかもしれねえ。

 あの女神様(アルマンディ)はのほほんとしているように見えて、意外と守るべきところは守るからな。むしろよく滅ぼされなかったもんだと思うぜ」


 スラスラと答えるエドガーに、なるほどとフィーリアも頷く。そして、その意見をマリンもまた肯定した。


「エドガー殿の言う通りです。ですが実際は、【死者の鏡】を与え全ての人々に解放したことにより、ハーディア様への信仰もまた強くなりました。今では女神アルマンディ様に次ぐ神となる程に。

 消滅も覚悟していたであろうハーディア様にとっては、思ってもみなかった結果でしょう。もしかしたら、アルマンディ様はこの結果を予想して、ハーディア様を不問にしたのかもしれませんね」


「いや、それはどうだろうな。アルたんのことだ。ハーディアが居なくなったら仕事が増えると思ったから、なぁなぁで済ましたって可能性の方が高いぞ」

「いくらなんでもそれは……いや、でも……」


 あんまりな意見に、マリンは無言でヒクリと顔を引きつかせる。が、ネコタはそれを見ながらも、あながち否定できないと思った。


 あの女神様なら、十分にあり得る。


「う〜ん……」


 ジーナは珍しく悩み込んだ様子で唸っていた。

 らしくないジーナの姿に、エドガーは気遣うように言った。


「どうした、便秘か? 先にトイレに行っとくか?」

「ちげぇよボケ! ぶち殺すぞ! つうかなんだいきなり!? もっと他に確かめることがあるだろうが!」


「だって、難しそうな顔をしてたから……」

「そりゃあたしが悩むのは便秘くらいだって言いてえのかテメェ! 聞くにしても、もう少し配慮して聞けや! 女に対する聞き方じゃねぇだろ!」


「はっはっは。またまたご冗談を」

「そりゃどういう意味の台詞だ……ッ!」


 朗らかに笑うエドガーに苛立ち、ミシリッ、とジーナは拳を握りしめた。しかし、マリンにさりげなく見つめられ、ぐぬぬと唸りながらも拳を解く。さすがに死を司る神の大神官の前で暴れるほど、ジーナも無信心というわけでもなかった。いや、既に暴れた後だし、今更すぎるが。


「さっき話していた王のことを考えてたんだよ。間違っても便秘じゃねえ。二度と吐かすなクサレウサギ」

「なんだ? 自分とどっちが強いのかでも考えてたのか?」

「ちげえよ。いや、それはそれで興味はあるけどよ」


 ガシガシと頭を掻きながら、ジーナは目を瞑って考え込む。


「その戦乱の王と似たような話を、どっかで聞いたことがあるような気がすんだよ。それが無性に気になってな。ここまで出かかってるんだが、どうしても思い出せなくてよ。いったい誰から聞いたんだったか……」


「かの王の話は、ここに来た信徒の皆様にされていますからね。別の方がされた話を、何処かで耳にしたことがあるのではないでしょうか?」

「大神官の言う通りじゃねぇの? らしくねえことはしない方がいいぞ。普段から頭を使わない奴が考え込んでると、熱が出るぜ」


「い、言ってくれんじゃねぇかこの野郎」


 ヒクヒクと口元を引きつかせるジーナ。だが、ふとアメリアの姿が目に入り、意地悪そうな笑みを浮かべた。

 かがんでエドガーに顔を近づけ、ヒソヒソと声を出す。


「あたしのことばっか言って余裕そうだが、お前の方こそ考えた方がいいんじゃねえの?」

「あん? 何をだよ」

「バーカ。アメリアのことに決まってんだろうが」


 顎で促され、エドガーはアメリアを見る。

 アメリアは、固い表情でマリンのすぐ後ろを歩いていた。【死者の鏡】を使えるとなって、よっぽど緊張しているのだろう。先ほどのマリンの話も耳に入っていなかったようだ。


「で、アメリアがどうしたって? 緊張しているみたいだが、それは当然だろ。何を考えろと?」

「アメリア自身のことじゃねえよ。このまま鏡を使わせて、お前はそれでいいのかって意味だ」

「……どういう意味だ?」


 鋭い目で、エドガーはジーナを睨んだ。

 それを飄々と受け流し、声を潜めながらジーナは続ける。


「アメリアが会おうとしているのは、ずっと好きだった男だぜ? 死んだとはいえ、そんな奴と対面なんざしたら、そいつのことだけしか考えられなくなるんじゃねえの? 

 お前はアメリアに随分と気に入られて、お前も満更じゃねえみたいだが、案外あっさり興味を失うかもしれねえぞ? そうなるくらいなら、どうにかして鏡の対面を防いだ方が……」


 ニマニマと嫌らしい笑みを浮かべ、不安を煽るように言うジーナだったが、エドガーの顔を見て目を丸くした。


 エドガーは、ニンマリと自信満々な笑みで、ジーナを見返していた。


「ププッ、ウプププププッ!」

「な、なんだよお前。急に笑いやがって。気持ち悪ぃ」


「うん? いやいや、ごめんねっ。お前のような俗っぽい奴が思いつくような、下衆の勘繰りだなと思ったら、ついね」

「は……はぁ!? 下衆!? 下衆の勘繰り!? あたしが!?」


 思ってもない返しをされ、ジーナは大いに狼狽えた。

 エドガーはそんなにやれやれと首を振る。


「まっ、お前のように品性のない人間なら、そう考えるのも無理はないと思うよ。でもな、その程度で俺とアメリアの絆はぶれることはない。それに、仮にそうなったとしても、俺は受け入れるよ。


 ……もう会えないかもしれない、ずっと大事にしていた幼馴染の少年と会えたとなったら、そうなっても無理はないからな。でも、それがアメリアに必要なことだったら、俺は優しく見守って待つよ。


 そのうちアメリアも区切りをつけて、現実に目を向ける時が来る。その時にまた、笑って受け入れてやればいいのさ」


 まるで神父のように優しげな顔で、エドガーはそう語った。その瞳は柔らかく、一切の下心も見えない。気のせいだろうか。瞳だけではなく、全身がキラキラと輝いているように見える。


 こんなバカなことがあるかと、ジーナは何度も目を擦った。しかし、それでもエドガーの姿は変わらず、どこまでも清廉だった。


「あっ、ありえねぇ。お前がそんなに殊勝な男な筈がねえ。一体何を企んでやがる……ッ!?」

「人を信じられないってのは、悲しいことだな。でも、大丈夫だ。お前も、自分よりも大事にしたい誰かに出会ったら、俺のこの気持ちも分かるさ。いつかそんな日が来るといいなっ!」

「やめろ! そんな目であたしを見んな! まるで善人みたいな面してんじゃねえ!」


 まさかウサギからこんな澄み切った目で見られようとは、とジーナは思った。凄まじい敗北感がのしかかって来る。


 少なくとも、このウサギよりはマシな人間だと思っていたのに、まるで自分がこのウサギ以下だと言われているような気がした。


 いや、違う。惑わされるな。これは仮初の姿だ。何かを企んでいるに違いない。この畜生がそんな清廉な男である訳がない。だけど、もしかしたら……まさか、本当に……?


「着きましたよ」


 ジーナが己の人間性と向き合っていた時、マリンの声がかかる。

 マリンは大きな扉の前で止まり、振り返っていた。


「ここが”鏡の間”。【死者の鏡】を保管し、使用するための部屋です。アメリア殿、全てを受け止める覚悟は出来ていますか?」




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