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人間やめても君が好き  作者: 迷子
六章 亡国の覇王
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んなわけねえだろ!



「……すると、あなた方は【勇者】の一行であると?」

「はい、その通りで。騒ぎを起こして申し訳ない」


 ハーディア神の大神官マリンに対し、ラッシュは膝をつき頭を下げる。


 ちらりと盗み見て、どこか浮世離れした美貌を持つ青年だ、とラッシュは思った。

 大神官というにはその若さにも驚くが、【死と安らぎの神ハーディア】の神官であるせいなのか、そのまま消えてしまいそうな儚げさが、不可侵な神聖さを感じる。


 そんな大神官に俗人がするような、胡散臭そうな物を見る目をさせてしまったと思うと、ラッシュは途轍もなく罪深いことをしてしまったと自覚せざるを得なかった。


 だというのに、仲間はそんな自分の苦しみを分かってくれない。


「何度もそう言ってんのによー、こいつら全然信じないし、挙句の果てには悪漢扱いで増援を呼びやがんのよ。よそのやり方に口を出すのもどうかと思うけど、大神官さんよ。もう少し部下の躾はきっちりした方がいいぜ」

「まったくだ。あたしの手加減が下手だったら、死人が出てるぜ。感謝しろよ」


 ──こいつら……ッ!


 後ろで暴言を吐いている二人の態度に、ラッシュはギリィッ……! と歯を噛みしめる。


 諸悪の根源がどうしてそんな口を聞ける!? 見ろ、凄まじいしかめっ面をしているだろうが! というか、なんで俺が膝をついて謝ってるのにテメェらは被害者面してんだ! 頭を下げろ、頭を!


 落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、ラッシュは懐から国が発行した証明書を取り出し、マリンへ手渡した。まともな人間は俺しかいない。大人になれ、【勇者】の名誉がかかっているのだ……!


「王都にて発行された勇者の身分証明書です。これを見ていただければ納得してくださるかと」

「ふむ。証明書ですか」


「それでも疑うのであれば、そちらの聖剣を調べてみてください。大神官ともあろう方ならご存知でしょうが、聖剣を持ち得るのは【勇者】のみ。それ以外の者が触れた時、聖剣は自ら拒みます。証明書以上の証明になるかと」

「なるほど。確かに、聖剣の逸話は聞いたことがあります」


 気絶から回復し、暴れた二人の側で諦めたような顔をしている【勇者】の少年と、その腰元に吊り下げられている剣をマリンは見る。

 

 なるほど、【勇者】しか持てない剣ならば、これ以上の証明はないだろう。

 しかし……。


「私の見間違いでなければ、先程そちらのウサギ殿は、その聖剣とやらを使ってうちの神官を脅してはいませんでしたか?」


 何気ない口調で言われたその内容は、この場に居る者全ての時を止めるのに十分すぎる衝撃であった。


 バッ、と。ラッシュを始め、仲間達がエドガーに目を向ける。

 当の本人もポカンとした顔をした後、ワナワナと震え、信じられないように自分の手を見つめていた。


 ──自覚はなかった。そして、聖剣の能力を忘れていた。


 怒りのあまり、止めにきたネコタを沈め、ノリで剣を奪って使わせてもらっただけだった。


 だが、しかし、まさか……!?


「もしかして……俺が真の【勇者】である可能性が微レ存?」

「んなわけねえだろ!」


 ネコタの容赦ないヤクザキックがエドガーに襲いかかる。

 エドガーの腹部に蹴りが深々と突き刺さり、ブギャア! と醜い悲鳴を上げながらエドガーは宙を舞った。反射的に体が動いてしまうほど強い怒りだった。


「ゴフッ! ネ、ネコタ、テメェ……何のつもりだ……? いきなり蹴りを入れるたぁ……しかもよりにもよって一番痛い蹴り方を……ジーナだってあんな蹴りは……あっ、冗談抜きにヤバイ」

「お前がふざけたこと抜かすからだろうが! だいたいよくも止めに入った僕を殴ってくれたな!?その程度で済んで幸運だったと思え!」


 よっぽど癪に障ったのだろう。普段の言葉遣いも何処かへ行ってしまう程のお怒りようだった。絵面だけ見れば酷い動物虐待である。エドガー贔屓のアメリアとフィーリアが、恐怖を感じて何も言わずエドガーの治療に留めているあたり、伺い知れる。


 そして、一連の流れを見ていたマリンは確信した。


「どうやら、あの少年が【勇者】というのは間違いのようですね」

「いえいえいえ! 滅相もありません! いえ、あれを見ればそう思ってしまうのも無理はないかもしれませんが! ネコタは責任感の強い男でして、誇りを持って【勇者】をやっていますので! だからこそ、冗談とはいえ【勇者】詐称する奴にはあのような過激な対応になってしまってですね!」


「しかし、少なくとも聖剣は偽物のようですが?」

「それは……いや、そんな筈がないのですが……ネコタ! どうなってんだ!?」


 ラッシュはパニックに陥った。ネコタに助けを求めるとは、末期である


 エドガーに蹴りを入れたのは、まぁいい。今は我慢しろと言いたい気持ちもあるが、普段のネコタを見ていれば気持ちは分かるし、正直良くやったと思う。が、聖剣をエドガーが持てたのは意味が分からない。


【勇者】証明の切り札のつもりが、一転して詐欺の判明である。混乱するのも仕方ない。


「いや、僕に聞かれても分かりませんよ。僕だって聖剣を完全に操れてるとは言いづらいですし、聖剣に聞いてくださいとしか……」

「分かりませんで済む話じゃねえんだよ! 詐欺の証明になっちまってんだぞ! 説明しろ!」

「僕にそんなこと言われても」


 分からないものは分からないのに、理不尽すぎる。

 それでも律儀に考え込むネコタだったが、ヒントは意外にもジーナからもたらされた。


「アイツ、祭壇でネコタと一緒に女神に呼ばれたりしてたろ。それが関係あんじゃねえの?」

「──それだ! おいエドガー! アルマンディ様からなんかされなかったか!?」


「グホッ……ウェ……! 何かって言われても……チューされたことくらいしか……」

「エドガー。ちょっとお話ししようか」

「待て、待ってくれ……チューって言っても額にで、イヤらしいものではなく、祝福的な……」


「それだ! 大神官、実は彼は女神の祭壇において、【勇者】と共に女神の元へ呼ばれているのです。おそらくその際になんらかの祝福を受け、例外的に聖剣が認めているのかと!」


 必死なラッシュの形相にマリンは疑うような目を向け、仕方なさそうに肩の力を抜いた。


「まあ、信じることにしましょう。嘘をつくならもっとマシな嘘を吐くでしょうし」

「おっ、おお。寛大な心、ありがとうございます」


 よかった、首の皮一枚繋がった。

 ラッシュはホッと一息ついた。この瞬間だけで、数年分の寿命が縮んだ気もする。

 へぇ、と。ジーナが意外そうな声を上げた。


「よく信じる気になったな。あたしなら、こんなことをしでかした奴が【勇者】だと言われても絶対信じねえぞ」

「書状に書かれている内容と印を見る限り、どうやら本物のようですからね。それに実を言うと、貴方達が只者ではないということは、見た瞬間に分かりました」


 えっ? じゃあ俺の苦労は?

 唖然とするラッシュに気づかず、マリンは続ける。


「そちらの少年とその聖剣からは、ハーディア神と似たような神気を感じます。これだけで、なんらかの神の関係者であると判断出来ます。そして、あの黒髪の女性。この私が恐ろしいと感じるほど、静謐ながらも凄まじい魔力です。そのような魔力の持ち主は、それこそ【賢者】くらいでしょう」


 感心しつつ、マリンはスッとエドガーの方に目線を向けた。


「さらに、あのウサギ殿です。探ってみれば、そちらの少年から感じた神気がうっすらとですが、身体の中に眠っているように思います。おそらく、聖剣が反応しなかったのはそのせいでしょう。アルマンディ様から祝福を受けたというのも、あながち嘘ではないのでしょうね」


 神の祝福を受けていると判断してか、朗らかに笑うマリンだが、その洞察力にラッシュは身震いした。


 魔法の扱いに長けたアメリアの実力を見抜くこともさることながら、わずかな神気の有無を見分けるなど、非凡の技である。さすがはハーディア神の大神官、とでも言うべきか。おそらく、本人の実力も相応に高いのだろう。


 しかし、それにしてもだ。


「そこまで分かっていたなら、もう少し早く言っていただければ。具体的には私が膝をつく前に」


「それは申し訳ない。ただ、【勇者】の一行が果たしてこのような騒ぎを起こすかと思えば、どうしても信じられず。特にあのウサギ殿は神気は感じますが、神官を脅している様は凶悪の一言で、私の勘違いではないかという疑念が晴れませんでしたので……」


「誠に申し訳ありませんでした!」


 反論のしようがなかった。身から出た錆というか、身内の恥というか。もう納得しかない。

 うなだれるラッシュに、マリンは要件を尋ねる。


「して、【魔王】討伐の旅に出ている【勇者】一行がどうしてこのような騒ぎを?

 ここは死の悲しみからの救いを求め、人々が集まる聖域。勇者様といえど……いえ、勇者様のお仲間だからこそ、率先して模範になって頂きたいのですが」

「す、すみませんでした」

「あとでよく言って聞かせますので、どうかご容赦を」


 チクリと嫌味を刺され、ネコタとラッシュは大人しく頭を下げる。常識人だからこそ苦労しなければならない。なんとも理不尽な話である。


 ラッシュはここに来た経緯と騒ぎの理由を全て説明した。

 時折頷き相槌を打っていたマリンは、全てを聴き終えたあと、悲しげな表情を浮かべる。


「なるほど。あちらの【賢者】の少女の為に、【死者の鏡】を使わせて欲しかったと」

「はい、その通りです。おい、アメリア!」


 ラッシュが呼ぶと、アメリアは回復したエドガーとフィーリアと一緒に、側に寄った。

 緊張した様子のアメリアへの気遣いか、マリンの方から話しかける。


「あなたがアメリアさんですね。なんでも亡くなった……いえ、消息不明の幼馴染と話がしたいとか」

「は、はい。我儘を言っている自覚はあります。無理は承知の上です。どうかお願いします。私に鏡を使わせてください」


 縋るような表情を見せ、アメリアは深々と頭を下げる。

 普段らしからぬアメリアの姿を見て、エドガーも続けて言った。


「なぁ、頼むわ兄ちゃん。騒ぎを起こしたのは謝るからよ、どうかアメリアの為に一肌脱いでくれむぎゅ──!?」

「お前、マジで黙れ」

「どうしてそんな口が聞けるんだよ、本当に」


 ラッシュとネコタが凄まじい形相でエドガーの顔を地面に押し付ける。いい加減我慢の限界だった。どうしてこいつは余計なことしかしないのか。


 ヒクリ、と顔を引きつかせるマリンだが、ゴホン、咳を一つ入れ、表情を整える。


「本来なら、誰が相手であっても順番の割り込みなど許しません。たとえ王だろうが乞食だろうが、死の悲哀の前には平等。地位、財力、暴力、風評で順序をズラすことは、ハーディア様の御意思を曲げることになるからです」

「……はい」


 落ち込んだように、アメリアは静かに頷く。

 それを見て、マリンは小さく笑みを浮かべ、続けた。


「ですが、それはあなたも分かっているようですね。そうだとしても、会いたい人が居る。掟破りですし、本来の用途とは違いますが……世界を救おうとする命を掛ける者に対して、ここで帰れというのも酷な話でしょう。それだけの使命を背負っているならば、せめて心残りを晴らす手伝いをしてあげなければいけませんね」

「それじゃあ……!」


 顔を上げたアメリアに微笑み、マリンは振り返りながら言う。


「ここに集まった人々も、【賢者】の少女が求めているとしればきっと許してくれましょう。ついておいでなさい。【死者の鏡】へ案内します」



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