表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間やめても君が好き  作者: 迷子
五章 知恵の迷宮 砂の涙
117/141

美しい思い出ってやつも、どうやら捨てたもんじゃなかったみたいだぜ……

あと少しで書き終わるのに、その少しが終わらない・・・!!

このままだといつ投稿出来るのか分からないからせめて書けたところまででも。



 エドガーとラッシュは、ヨタヨタとした足取りで歩いていた。


 顔のあちこちが腫れ上がり、青い痣が見るからに痛々しい。ヒューヒューと掠れた呼吸で、もはや歩くだけでもやっとの思いだった。


 剣を杖にしてなんとかここまで歩いてきたエドガーだったが、とうとう体力が限界を迎え、崩れ落ちる。

 倒れたエドガーを、側に居たラッシュが気遣った。


「エ、エドガー……大丈夫か?」

「ヒュー、ヒュー……ゴフッ! だ、駄目だ……もう歩けねぇ……このままだと……」


 いつになく苦しげな姿に、クッとラッシュは呻く。そして、前を歩く四人に声をかけた。


「おい、ちょっと待ってくれ! エドガーが限界だ! 少しでいいから休ませてやってくれ!」


 縋るようなラッシュの声に、四人は冷たい態度で振り返った。

 フンとどうでも良さそうにジーナが鼻を鳴らし、吐き捨てる。


「知るか。いいからとっとと歩け。歩けないならそこで死ね」

「いやいや、死ねってお前……」


 さしものラッシュもこれには絶句した。

 発言にまったく躊躇がない。血も涙もない女だと思った。


「もう十分だろ! いい加減、そろそろ治療してくれよ! このままだと俺はともかくエドガーがやばいぞ!」

「くっ、苦しい……苦しいよぉ……アメリァ……お願い……助けてぇ……」

「駄目。もうしばらく反省していなさい」


 にべもない返答だった。

 まさかアメリアにまで断られるとは。唯一治癒魔法が使えるアメリアがこの態度では、未来がない。エドガーの表情が絶望に染まる。


 あまりの態度に、流石のラッシュも限界だった。


「いい加減にしろ! 冗談にしても悪質すぎるぞ!」

「え? 冗談だと思ってたんですか? 私達が遊びでお二人を放置していると?」

「フィ、フィーリア……お前……!」


 逆に不思議そうな顔で、フィーリアは首を傾げてくる。それがラッシュには恐ろしかった。普段は怒らない人物が、本気であると知らせるには十分過ぎた。


「い、いや、でもよ! 俺達は仲間だろ! 仲間が本気で死にかけてるのに、こんな扱いは……!」

「仲間とは、身内の危機を悟っておきながら、お宝欲しさに目を瞑る人達のことでしょうか? 果たしてそれが仲間だと言えるのでしょうか? むしろ潜在的な敵では?」

「やっ……ちょっ……俺達はそんな……つもりじゃ……」


 普段のフィーリアからは考えられない強烈な皮肉だった。

 こんな一面もあったのかと、ズタボロの二人は戦慄した。


「あ、甘く見ていた。大飯食らいの根性なしかと思いきや、まさかこんな牙を隠しもっていたとは。怒らすと怖い女だったのか……ゴフッ!」

「くそっ、俺達だって被害者だっていうのに、自分達だけが大変な目に合っていたと決めつけやがって……!」


 決めつけたも何も、事実である。ぐぬぬぬ、とラッシュは悔しげに唸るが、実際コイツらは苦労などしていない。むしろ当然の仕打ちであった。


 もうしばらく反省させても罰は当たらないが、やはりそこは甘いネコタだ。同情的な目で二人を見つめ、遠慮がちに女性陣を説得する。


「そろそろいいんじゃないですか? もう十分痛めつけて歩かせましたし、このまま倒れられてもこっちが困る……」


 話していたネコタだったが、途中で止まる。

 無表情な女性陣の目が、自分をじっと射抜いていた。


「お前よ、そうやって甘い対応するから舐められてポンコツ呼ばわりされるんだよ。というか、お前はどっちの味方だ?」

「優しさと甘さはまるで違うものだと思います。ネコタさんのそれは、ただお二人を甘やかしているだけかと。勇者だからこそ、処断する覚悟を持っていてほしいと思います」

「他人事だからそういうこと言えるかもしれないけど、保護者として叱らなくちゃいけないの。躾の邪魔をしないで」


「……す、すみませんでした。今の発言は忘れてください」

「ネコタァアアア! 駄目っ! 諦めないでぇ!」

「簡単に下がるな! 男同士、助け合おうぜ! もっと粘って! ほら、頑張って!」


 あっさり謝罪するネコタを二人は応援した。簡単に丸め込まれやがってバカがっ! というのが本心であったが、最後の希望である。ここはなんとしても頑張って欲しかった。


 無論、ネコタにもはや庇おうという気はない。女性陣から嫌われるのは避けたいところだった。


 男共に冷めた目を向けていたジーナだったが、はぁ、と呆れたような息を吐く。


「仕方ねぇな。これくらいで許してやるあたしらの優しさに感謝しろよ」

「ほら、こっちおいでエドガー。治してあげるから」


「ああっ、アメリア……! ありがとぉ……!」

「あの、アメリアさん。エドガーだけではなく俺も……」


 アメリアの慈悲により、二人の傷は癒された。

 二人の治療を済ませ、六人は先を進んだ。遅れていた者が居なくなったことにより、先程までとは比べものにならないくらい順調に進む。


 全快して調子を取り戻したのか、軽快にピョンピョンと跳ねながら、エドガーはいつも通りの気軽な口調で言った。


「しかし、もう随分と歩いたが、なかなか出口が見えねぇな。どんだけ道が続いているんだか」

「でも、分かれ道も無いし、罠も無いですから。さっきまでの通路と比べれば気楽ですよ」


「いやいや、そんな甘いことは考えないほうがいいぞ〜? そうやって油断させた所に仕掛けるのが罠の鉄則だからな」

「その通りだ。罠を扱う者としては、そうやって油断しやすい奴が一番扱いやすい」

「ちょっ! やめてくださいよ! 本当にあったらどうするんですか!」


 脅してくるエドガーとラッシュに、ネコタは焦った顔を見せる。しかし、二人の表情を見てからかわれていると察した。元気になったらこれだ。やっぱり、もう少し苦しめておいた方が良かったかもしれない。


 そんなネコタに苦笑しながら、フィーリアが遠慮がちに言う。


「でも、仮に罠があったとしても、もうあまり怖くないですね。皆さんが一緒ですし、あれ以上の罠なんてそうそうないでしょうし……」

「そうだね。あれだけ面倒な道を通って来たんだし、意外とゴールも近いんじゃないかな。ほら、この道もなんだか、終わりに近づいている気がするし」

「……どうだろうな」


 フィーリアに同意するアメリアとは違い、ジーナは怪訝な表情を隠さなかった。楽天的に考えるには、ここまでの道のりは過酷すぎた。


「あたしはこれで終わるとは思えねぇな。ここまで性格の悪い仕掛けを作るような奴らだぞ。むしろ、ここから心を折られるような何かが待っているような気がする」

「や、やだなぁジーナさんってば! いくらなんでも穿ち過ぎですよ! そんな捻くれた嫌がらせをするような人がいる訳……」


 ぎこちない笑みを浮かべるフィーリアだったが、ピョンコピョンコ跳ねるウサギを見て言葉を失う。あり得るかも、と思わせてしまう何かを感じてしまった。


「おい、俺を見て止まるのはどういう意味かな? うん?」

「い、いえ、別に何もっ!」

「あっ、見てください! どうやら着いたみたいですよ!」


 追求しようと思ったエドガーだったが、ネコタのはしゃいだ声に引かれる。

 六人が歩く道の先は、広間に繋がっているようであった。ネコタの言う通り、あそこが終着地点なのかもしれない。


 ようやく変わった景色に、六人の足が無意識に速くなる。

 罠を警戒しつつ、その広間に足を踏み入れ──そして、全員が言葉を失った。


 そこは、天井が見えない程の高さがある円型の広間だった。それだけなら、六人は驚きはしたものの、固まることは無かっただろう。


 その円型の広間の壁には、空に向かって螺旋状に延々と階段が続いていた。そしてその階段の途中に、一定間隔で通路らしき穴がある。


「あの、まさかとは思うんですけど」


 半ば呆然としながら、ネコタは呟いた。


「もしかして、この中から正解の出口を探せってことですか?」

「それ以外の意味があるなら、是非とも教えてほしいもんだ」


 顰めっ面をして、エドガーが応える。しかし、それも当然の反応だった。

 天井が見えない程の高さのある空間に、数えきれない程の通路。ここから正解を探すなど、理不尽とも言える話だ。その途方もない労力を考えれば、挑戦しようとする気さえ失せる。


 ツーッ、と。気づけば、フィーリアは乾いた笑みを浮かべたまま、泣いていた。


「あは……あははははっ……酷いなぁ、もう。期待させておいて、こんな……あんなに頑張って、ここまで来たのに……」

「最っ悪……本当に性格が悪すぎる……こんなやり方で心を折りに来るなんて……今までのは遊びだったとでも言いたいの?」


 アメリアでさえ、悔しさで涙目になりながら、数えきれない程の穴を見ていた。それだけ、二人の負った精神的ダメージは大きかった。


「冗談だろ? 最初から通す気がねぇだろ。当てずっぽうで探せってか? ふざけてるにもほどがある!」

「いや、いやいや。いくらなんでもそれはないだろう」


 ヒクヒクと口元を引き攣らせながら呟くジーナに、ラッシュは首を振りながら反論した。


「ここまで知恵試しを求めていた迷宮だぞ? ここに来て用意するのがそんな根性試しみたいなことになるか? 一見、理不尽に見えても、正解を探し出す為のヒントがあるはず……」

「どこにあんだよ? それらしいものなんて何処にもねぇぞ」


 ジーナに言われ、ラッシュは苦い顔で辺りを見回す。

 しかし、いくら探してもヒントになり得るような文字や模様は見当たらない。ただ、階段と壁、そしていくつもの通路が、無言の重圧を与えてくる。


 ぬぐぐっ、と呻きながら、ラッシュは苦しげな声を出した。


「ここにヒントがないなら……そうだ! 今まで通った道に、なんらかの意味があるかも!」

「あるいはそれこそ、この中の通路に正解に通ずるヒントがあるのかもな」


 エドガーの言葉に、ラッシュまでもが絶望する。

 どちらかと言えば、そっちの方が可能性があるように思えた。


 どの通路を選んだとしても、あっさりヒントが見つかるとは限らない。中には外れもあるだろうし、更に言えば重要なヒントが一つとも言い切れない。そしてなにより、どの通路を選んでもすんなりと最奥までは行かせてくれないだろう。当然、ここに来るまでのような罠が用意されている筈だ。


 果たして、生きている間に正解に辿りつけるのか。そう思うと、六人の体に途轍もない疲労感が襲いかかってきた。挑戦しようという気すら起きなくなり、足が前に進んでくれない。


 トスンッ、と。ネコタは絶望から力が抜け、膝をついた。


「はっ、ははははっ……もう駄目だ。ここで飢え死にするしかないんだ……やっぱり勇者なんかやるんじゃなかった。こんな世界なんか放って、さっさと日本に戻る方法を探せば良かった……」

「お前、それが勇者の発言か──」


 呆れた声を出すエドガーが、ネコタを見て目を瞠る。

 ネコタの胸元が、ポウッ、と。赤い光が灯していた。


「おい、ネコタ。それなんだ?」

「えっ? それ? それって何……え!?」


 エドガーに言われて気づき、ネコタは慌てて胸元に手をやった。突然の異変に焦っていたが、胸元から何かを取り出し、あっ、と小さな声を上げる。


「族長から貰ったお守りが……」


 ネコタが取り出したのは、守り人の集落から出発する際、族長ファティマから送られた首飾りだった。その首飾りは、一定のリズムで赤い光を灯している。


「わぁ、とっても綺麗ですね」

「うん、なんだか見てると落ち着くね」


 弱々しく、しかし暖かい光に、どこか懐かしいものを感じる。

 それを見ているだけで、フィーリアとアメリアは自然と笑みを浮かべていた。


 同じく落ち着きはじめたジーナが、首を傾げる。


「しかし、なんだっていきなり光り出したんだ? 今まで何もなかったのによ」

「さ、さぁ? 僕は何もしてないのに、急に光って……」

「……もしかしたら、その石は祭壇に近づくと光る性質を持っているんじゃないか? だからこそ、族長もネコタに石を預けたのかもしれん」


 ラッシュの指摘に、皆の顔が明るくなる。あり得るかもしれないと、希望が沸いた。

 しかし、一人だけ──エドガーだけは、難しい顔で首飾りを見つめていた。

 ついこの間、族長と話した夜を、思い起こしていた。


「……贈り石」

「ん? なんだエドガー。何か知っているのか?」


 エドガーの聞いたラッシュが問い詰める。

 しかし、エドガーは聞こえなかったように無言を保った。

 守り人の集落で聞いた話を、深く思い出していた。


『贈り石、という風習でな。この石は、同じ石で割った物同士で、引かれあう──』

『姉様の婚約者が、儂と姉様に贈ってくれた──』

『姉様は儂を守るために、自ら生贄を受け入れた──』

『婚約者は、最後まで寄り添えずに、逃げだし──』

『グプは祭壇の手前に巣を作り、今もそこに──』


「──そうか」


 全てが繋がり、エドガーは目を瞠る。

 様子が変わったエドガーに、ラッシュは再び問い詰めた。

 

「なんだ、やっぱり何か知っているのか? で、どうなんだ? この首飾りは祭壇と関係があるのか?」

「いや、違う。だが、祭壇には行ける。おいネコタ、石の反応が強くなる通路を探せ」


「え? あの、でも今、祭壇とは関係ないって……」

「いいから、つべこべ言わずにさっさとやれ」


 エドガーの言い草にムスッとした顔を見せながらも、ネコタは首飾りを前に突き出し、左右に振る。しかし、首飾りの光は弱々しいままで、特に変化は見られなかった。


「……何も変わらないんですけど」

「んなバカな!? そんな訳ねぇ! もっとちゃんと確かめろ!」

「いや、本当に何も変わらないですよ。ほら」


 これ見よがしに、首飾りの方向を変えてみる。しかし、やはり何も変化が見られない。

 ガンッ、とショックを受けた様子で、エドガーは呆然と呟いた。


「そ、そんな筈は……まさかあのババア、嘘の情報を流したんじゃ……」


「なんだよ。思わせぶりな態度作っておいて、結局何も起こらないとか……」

「まったくだ。期待させるようなこと言いやがって。ふざけるのもいい加減にしろよな」


「違っ!? いや、俺は本当にだなぁ……!」


 ジーナとラッシュからの軽蔑の視線に、エドガーはアタフタと慌てた。アメリアやフィーリアでさえ、庇うこともなく、どこか責めるような目で見てくる。正直泣きそうだった。帰ったら絶対にあのババアはシバく!


「はぁ、まったく。あのですね、エドガーさん。今は冗談を言ってる余裕なんてな……え?」


 やらかしたウサギを説教しようと、ネコタが振り返る。すると、持っていた首飾りが強く光り出した。

強弱をつけて放っていた光が、一番強い光を保って輝き続けている。明らかな変化に、エドガーは威勢を取り戻した。


「ほらほらほら! 見ろよ! なぁ? 変わっただろ!? 嘘なんかついてねぇんだよ!」

「そ、そうみたいですね。いや、でも、ちゃんと全部の穴に向けたのに、なんで……」


 狼狽えつつ、ネコタは首飾りの反応が強くなった方へ顔を上げた。


 その首飾りが向いているのは──つい先程、自分たちが通ってきた通路。この空間の入り口だった。


 ビキィ! と、割れるような勢いで、エドガーは凶相を浮かべた。


「ふ……ふふふっ、どこまでも虚仮にしてくれる。いらぬ恥をかかせやがって。この迷宮の作成者はとことん性格が捻じ曲がっているようだな!」


「これだけの穴を用意しておいて、戻るのが正解? 本当に性格が悪い……」

「今の段階で分かって良かったですね。首飾りが無くて、もし沢山の通路を調べていたと思うと……」


 怒りを通り越し、青ざめた表情でアメリアとフィーリアが言う。まだ始める前から判明したから良かったものの、外れの通路で苦しんだ後にこの事実を知ったと想像するだけで、笑えなかった。途方もない徒労感に暮れていたのは間違いないだろう。それこそ、一歩も歩けなくなるくらいに。


 ラッシュが無理矢理に明るい声を出す。


「ま、まぁ。早いとこ見つかって幸運だったと思おう」

「何が幸運だっ。俺の知識のおかげだろうが。その俺を先程まで責めていたのは誰でしたっけ? うん?」

「たまたま知ってただけで偉そうにしてんじゃねぇ。おら、行くぞ」


 エドガーの嫌味を軽く流し、ジーナが先頭になって六人は歩き出す。

 六人が元来た通路に足を踏み入れた瞬間、視界がブレ、景色が変わった。石を切り出した壁で出来ていた通路は、剥き出しの岩肌に変わっている。


 その変化に、アメリアは小さく目を瞠る。


「凄いっ。これ、転移魔法だよ」

「確信を持って道を戻れば、発動する仕組みか。セコイ心理的トラップにこんな高度な技術を組み込むとか、本当に苛立たせてくれる!」


 ギリギリとエドガーは歯を嚙み鳴らした。そろそろ怒りで血管が切れないかが心配である。


 ブツブツと文句を言いながら、六人は先を行く。人工的な歩きやすい通路から、自然に出来た洞窟のような、狭く、足場が不安定な道に益々苛立ちが募る。


 まだ着かないのか。そう悪態をつきそうになる程の距離を歩いたところで、ようやく六人はその通路を抜けた。そこが終着であると、その場所に辿り着いた時、六人は自然と察する。しかし、それがどうでもよくなる光景が、そこに広がっていた。


 そこは、流砂に飲まれて最初に辿り着いた場所と、似たような景色だった。天井からサラサラと砂が溢れ、床に積もりっている。上から光が漏れ出して明るい。ここが砂の下だということを忘れそうなほど広い空間。


 そして少し先に目をやれば、ピラミッドに入る前にあったような、広大な湖が広がっている。その湖には、中央にまで伸びた長い橋。そして橋の終点には、神聖な空気に溢れた祭壇があった。


 しかし、六人はそれらが目に入らぬほどの衝撃に襲われていた。


 祭壇があるその湖と、自分達との、その間。

 砂の地面が広がるその場所には──おびただしい数の骸骨が転がっていた。


「ひ、ひっ……!?」

「あわ、あわわわわわっ……!」


 恐ろしい光景に、ネコタが婦女子のような怯えた声を出す。フィーリアに至っては、顔が血の気が失せて真っ白になり、今にも卒倒しそうだった。


 この二人ほどではないとはいえ、他の四人も緊張した表情になる。


「これは……凄いな」

「ああ。一体どれだけ殺したのか、想像もつかねぇ」


 ラッシュが思わず呟いた一言に、エドガーも頷く。

 骸骨の数々は無作為に撒き散らしているようではなく、中央にポッカリと広いスペースを作り、その周りを囲むように円を作っていた。まるで、その中央で巨大な何かが食事をし、周りに投げ捨てたかのようだ。


 生物の成れ果ての数々を、アメリアは痛ましい目で見つめる。


「これ、もしかして……全部、生贄になった人?」

「いや、獣の骨が混じっているから、全部が全部そうって訳じゃねぇ。だがまぁ、ここが【グプ】ってやつの寝床なのは間違いねぇだろうな」


 厳しい表情のまま、ジーナが言う。

 強大な敵であると分かってはいたが、この骸骨の山を見せられては、その認識も甘かったと言わざるを得ない。長年に渡り砂漠に巣喰い、命を食らって生きてきた、まさしく悪魔のような存在なのだ。


「思った以上に、とんでもねぇ奴が……ん? あれは……」

「ちょっ、エドガーさん!?」


 誰もが骸骨の山に恐れを抱いていた中、エドガーは骸骨の山の中で一点、赤い光が灯ったのを見た。チラリとネコタの首飾りを見て、迷わずそこへ飛び込む。


 皆が呆気に取られるが、エドガーは構わず骸骨を漁った。躊躇わず山を掻き分け、そこら中に投げ捨てる。突然の奇行に、ネコタは引いた。


「どうしちゃったんですかエドガーさん。まさか、恐怖のあまり本当に狂ったんじゃ……」

「──見つけた」


 積み重なった骸骨の、一番下。そこに寝転がっていた人骨を傷つけぬよう、エドガーは優しくかき分ける。

 下敷きになって、所々欠けたりはしていたものの、ちゃんと人の形を保っていた。それにエドガーはほっと息を吐き、そして、目を瞠る。


 震える手で、ゆっくりと、人骨の首に掛けられていた物を取り上げた。

 エドガーが手に取った物を見て、あっとフィーリアが声を上げる。


「それ、もしかしてネコタさんのと同じ物ですか?」

「……ああ、そうだ」


 労わるような声で、エドガーは答えた。

 ラッシュが何度か頷く。


「なるほどな。ネコタの首飾りは、エドガーが持っている物を辿っていた訳か」

「で、ウサギはそれを知っていた訳だ。お前、何でそんなことを知ってたんだよ」

「べつに。集落でババアに聞いただけだ」


 ジーナの問いに、エドガーはおざなりに答える。

 エドガーの目は、じっと横たわった人骨に注がれていた。

 そんなエドガーに驚いているのか、遠慮しつつネコタが尋ねる。


「あの、エドガーさん。もしかして、その首飾りを付けた人を知ってます?」

「……ああ、まぁな。といっても、これもババアに聞いただけだが」


 いつまでも反応が鈍いエドガーに、誰もが怪訝な表情を浮かべた。

 アメリアは、心配そうに声をかける。


「エドガー? 大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ。すまんな、ちょっと感傷に浸っちまっただけだ」

「……もしかして、悲しんでるの?」


 アメリアは、不安そうに眉を寄せた。

 しかしエドガーは、意外にも、柔らかい笑みを浮かべる。


「そうだな、悲しくはある。だけどそれ以上に──嬉しいんだ」

「お前、骸骨を見て嬉しいってそれどういうことだよ……」


 ますます分からぬ、という具合に、ジーナは苦い顔を見せた。

 だがエドガーはそれに言い返すこともせず、また温かい目で骸骨を見る。

 それはまるで、ここで無残な死を迎えた者を、祝福しているようで……。


「婆さん。アンタの美しい思い出ってやつも、どうやら捨てたもんじゃなかったみたいだぜ」


 そう。それが、エドガーが嬉しく思った理由だった。

 恨めしく思いながらも、捨てきれなかった、族長ファティマの思い出。

 それが、決して間違ってなかったと分かって、エドガーは嬉しかった。


「──ああ、だからこそ、だ」


 エドガーは顔を上げると、振り返って天井を見上げた。

 それに釣られて、他の者も同じ方向を見る。しかし、砂と光が零れているだけで、何もおかしなところはない。


「だからこそ、許せなくもあるんだよな」


 しかし、エドガーの耳は確かに捉えていた。

 その天井から、巨大な何かが砂の中を泳いでいる音を。


 ピクッ、と。ラッシュが表情を変えた。集中して気配を探り、エドガーに尋ねる。


「おい、エドガー」

「ああ。来るぜ」


 エドガーが言った、次の瞬間だった。


 ザザザザァ、と。この場に居る全員の耳に、砂の動く音が聞こえる。そして、ドバンッと天井が弾け飛んだ。


 骸骨の円の中心、その真上から、砂を弾き飛ばした勢いのまま巨大な生物が降りてくる。それはドスンッと着地し、六人を睨み付けた。


『ギギギィイイイイイイイ!!』


 金属を擦り合わせたような耳障りな金切り声に、苦痛で表情が歪む。それを堪えながら、六人はその乱入者を観察した。


 見上げる程の巨体。それに見合った二本の鋏。丸みを感じる黒い甲殻、そして長い尾。


 その姿を目にし、ジーナはフンと強気な笑みを浮かべる。


「でっけぇ蠍だ。こいつが【グプ】だな?」

「ここに来るってことは、そうなんだろうな」


 面倒そうな顔をするラッシュ。どこか余裕を感じる彼とは違い、ネコタの表情は引き攣っていた。


「い、いくら何でもデカすぎなんじゃ。これは【エミュール】や【永久氷狼(コキュートスウルフ)】よりも……」

「お、大きいですね。踏みつぶされてそのまま死んでしまいそうです……」


 ゴクリと、フィーリアは唾を飲む。あれが襲い掛かってくると思うだけで、体が震えた。

 しかし、アメリアはいつもと変わらぬ冷静さで言う。


「でも、あれだけ大きいと逆にやりやすいね。適当に魔法を撃っても当たるし」

「いやいやいや、そんなこと言えるのアメリアさんくらいなんですがっ!」

「それで、どうする? すぐそこに祭壇がある訳だし、戦わないのも選択の一つだと思うけど」


 ネコタの言葉を無視して、アメリアは尋ねる。

 それに、ラッシュが苦笑しながら応えた。


「それが出来ればそうしたいところだが……」

『ギギギギギギイイイイイアアアアアアア!!』


「……まぁ、逃がさないってよ」


【グプ】は威嚇するように鋏を上げると、また耳障りな声を上げた。

 それは、自分の寝床に侵入した者へ怒りを見せているようでもあり、新たな獲物に喜んでいるようでもあった。


「フン、望むところだ」


 今にも飛びかかって来そうな【グプ】に、エドガーは剣を抜く。


「普段なら、戦わないで済むならそれに越したことはねぇだけどな。だが、今回ばかりは見逃せねぇ」


 剣を構え、殺気を滲ませ、睨み付ける。


「個人的に、テメェがとにかく気に食わねぇ。だから──テメェはここで殺す!」

『ギギギギイィイイイイイイイイイイイ!』


 そんなエドガーを嘲笑うように、【グプ】がまた叫んだ。

 それぞれが武器を構え、覚悟を決める。



 ──数百年に渡り、砂漠の民を恐れさせた悪魔との死闘が今、始まった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ