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人間やめても君が好き  作者: 迷子
五章 知恵の迷宮 砂の涙
115/141

時々不安になるんです



「…………」

「…………」


 エドガー達から離れて、また別の場所。

 薄暗い通路を、ネコタとアメリアが無言で歩いていた。


 他の二組と同じように、この二人も一緒の場所に飛ばされ、ここまで行動を共にしている。


(き、気まずい……!)


 だが、アメリアと二人っきりとなったネコタは、これ以上ない居心地の悪さを感じていた。


 最近は明るくなったようにも見えたが、もともとアメリアは愛想が良いとは言えない女性だ。基本的に周りへの態度も冷たく、口数も少ない。今まで明るく話しかけてくれる女性が周りに多かったネコタは、このような女性とどのように接すればいいのか分からない。


「さ、さっきからずっと同じような道ですね」

「うん、そうだね」


「こ、この道は一体どこに続いてるんですかね? ちゃんと出口があればいいんですが」

「うん、そうだったらいいね」


「で、でも、もっと罠とかがあると思ったのに、なんだか楽に進めちゃってますね。敵も居ないし、このままの方がいいんですけどね」

「うん、楽でいいね」


 興味が無さげなアメリアの返事に、ネコタは挫けそうになった。

 アメリアが丸くなったように見えるのは、メンバーが全員揃っているからこそなんだろう。


 いや、それにしたって、これが他の人だったらもう少し話すんじゃなかろうか? まさか、僕は嫌われているのでは? と不安に思う。


 何が起こるか分からない場所なだけに、頭の良いアメリアと一緒になれたのは頼りになると思っていたが、まさかこんな問題があろうとは、とネコタは頭を抱えた。


 もちろん、アメリアにそのような気はない。ただ、特別好きでも嫌いでもない相手と、特に盛り上がらない世間話に興ずる努力を見出せなかっただけである。つまり、トーク力の低いネコタが悪い。


「あっ」

「なっ、なんですか!?」

「どうやら出口みたい」


 アメリアがいつも通りの無表情で指差す。確かに少し先の通路から、光が漏れているように見えた。ここよりも明るい場所に繋がっているのかもしれない。


 ようやく見えた終わりに、二人の足が早まる。しかし、いざそこにたどり着いてみると、二人は肩透かしのような気分を味わった。


「広い場所ですけど、行き止まりみたいですね」


 そこは、正方形の形をした広い空間だった。地面は砂。天井は高く、それまでの狭い通路に比べれば開放感がある。しかし、中央に立って見回しても、壁が見えるばかりでそれ以上道がない。


 やっとの思いたどり着いた場所がこれかと、ネコタはため息を吐く。


「もしかして、道を間違えましたかね?」

「でも、途中で他に道なんてなかったよ。隠されていたなら別だけど」

「ここはダミーで、本命はそっち? その隠し通路を探すのが試練、とか?」


 もしそうだったらと考えるだけで、ネコタはうんざりしたような気分になった。ここまでかなりの距離を歩いてきたのだ。その全てを調べるとなると、どれだけの時間がかかるのか。


 いや、そもそも、専門知識がないこの二人で隠し通路を見つけることが果たして出来るのだろうか?


 こういったことに詳しそうなラッシュ、経験豊富なエドガーが居れば別だが、仲間内ではその二人くらいしか出来ないのでは……。


 あれ、もしかして詰んでる? ネコタはその事実に思い至り、さっと顔を青くした。


「──タ。ねぇ、ネコタってば」

「わぁ!? は、はいっ。なんですか?」

「なんですかじゃないよ。何度も呼んでるのに。ねぇ、何か聞こえない?」


 警戒してあたりを見回すアメリアを見て、ネコタも身構えながら周囲を観察する。

 一見する限り、周囲に変化はない。しかし、アメリアの言っていることは分かった。


 ──ゴゴゴゴゴゴッ、と。


 部屋全体が、揺れていた。

 その振動はどんどん大きく、強くなっていく。


「これは……アメリアさん! 僕の後ろに!」


 ネコタは聖剣を抜き、構える。アメリアは素直に頷き、ネコタの背中に隠れ、魔法の準備をした。

 部屋の揺れは、最高潮に達していた。今にも何かが飛び出てきそうな、そんな緊張感が走る。そして急に、その振動はピタリと止まった。


「──来る!」


 ネコタは全神経を持って、周囲を警戒する。

 次の瞬間、ネコタの真下がとんでもない速度で跳ね上がった。


「──ふぁぼん!?」

「ブフッ!」


 ネコタは足元を救われ、信じられない速度で宙にひっくり返った。その勢いのまま頭からベシャリと地面にぶつかり、悶え苦しむ。

 アメリアは思わず吹き出してしまった。いくらなんでも不意打ちすぎた。


「ま、まさか下からなんて……しかも僕がいる場所にちょうど……くそっ、運がない……」

「んっ、んふふふっ。そうだね……運がなかったね……」


「……ちょっと、笑うなんて酷くないですか? 僕としては痛くて笑えないんですけど」

「だ、だって……来る! って言っておいて、あんな……すっごい速く回って……ふぁぼんって……!」


 寝転がりながらジト目でアメリアを見上げるネコタ。しかし、アメリアは笑いを堪えることで必死だった。よっぽどツボに入ったらしい。堪えようとして堪えきれてない。


 確かに自分が同じ立場でも笑うだろう。振り返ると、顔が赤くなるほど恥ずかしかった。何が、来る! だよ。全く分かってないじゃんか。


 ネコタは身体を起こしつつ、地面から現れた物を見上げた。それは、石造りの十字架だった。


「これに弾き飛ばされたのか。くそっ、なんでこんな物が。誰の墓なんだろう?」


 四つん這いになったまま更に近づいて観察する。十字架自体には、何も書かれていない。それなら土台に何か……と、目線を下げる。

 目を下げたと同時に、バサァと土台から砂がめくれ上がった。


 ──砂の下から、両目に穴の空いた人間が出てきた。


『ヴォオオオオオオオオオオオオ……!』

「ひぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 ネコタは悲鳴を上げ、腰を抜かしながらもアメリアの元まで後ずさる。


 砂の下から現れたのは、身体中のあちこちが腐り果てているゾンビだった。グロテスクな見た目に嫌悪感が湧き、悪臭がここまで伝わってくる。ゾンビは重そうに砂の中から這い上がり、肉を求めてかゆっくりとネコタに近づこうとする。


 それだけで、怖気の走るような恐怖だった。しかし、恐怖はそれだけではなかった。


 ボン、ボン、ボン! と、次々と同じような十字架が部屋のあちこちから飛び出してくる。

 まさか……というネコタの不安に応えるように、全ての十字架の下から次々とゾンビが這い出てきた。


 あっという間に動く死体に囲まれ、ネコタはパニックになった。なんでこんな世界に来ちゃったんだろうと、今更な後悔が生まれる。地球では使い尽くされた空想でも、現実となればとてつもない恐怖だった。


「ア、アメリアさんっ! ゾンビ! ゾンビが! 早くなんとかしないと……!」

「んっ、んんっ! 【氷よ、時をとめ(まとめて、こおっ)──】ブフッ! フッ、フフフッ! やっぱり駄目……!」


「笑ってる場合かぁあああああああ! 状況を考えろ! 状況を!」

「だって、ひぎゃ〜って……! 駄目、お腹痛い……アハハハハハ!」


 とうとうアメリアはお腹を抑え、涙を流しながら笑い始めた。この状況でよくぞと感心するべきか、呆れるべきか、難しい所である。


 しかし、ネコタにとっては笑い事ではなかった。そうしている間にも、大量のゾンビが二人に殺到しようとしている。生きたまま喰われるか、噛まれて仲間入りをするか。創作のゾンビを思えば、碌な考えが思い浮かばなかった。


「──【聖なる盾よ】!」


 聖剣を横に構え、咄嗟に障壁を作り出す。時間稼ぎのつもりで使ったそれは、最も正しい選択だった。


 障壁にゾンビの指先が触れた途端、そこからが砂のように崩れ、体全体が消えていく。悔しげな悲鳴を上げて消え去っていくゾンビのあっけなさに、ネコタは恐怖も忘れ、キョトンとした顔を作った。


「あ、あれ? なんで? 触っただけで?」

「フッ、フフフッ……! 聖剣と相性が良いんだろうね……ゾンビは、闇に属するから……!」

「そういうことか。それなら、聖剣よ!」


 怖がる必要がないと見るや、ネコタは強気に叫んだ。

 それに応えるように、聖剣が光り輝く。ネコタの意思を汲みとって障壁の強度を落とし、範囲を広げ、部屋を聖なる力で満たす。


 ものの数秒で、障壁は全てのゾンビを包み込み、その存在を浄化させた。それを確認し、ふぅっとネコタは息を吐く。


「良かった。一時はどうなることかと……」

「フッ、フフッ。良かったね。お疲れ様」


「お疲れ様、じゃないですよ! ったくもうっ! 結局、頑張ったのは僕だけじゃないですか!」

「笑わせたのはそっちでしょ。面白かったんだからしょうがないよ」

「好きで笑わせたんじゃないってんですよ!」


 ネコタは責めるような目をアメリアに向ける。しかし、アメリアは小さく笑って流すだけで、なんとも思っていないようだった。


 言っても無駄かと、ネコタはまた溜息を吐く。


「仕方ないか。そもそも、僕が情けない姿を見せたのが悪いんですしね」

「別にいいと思うけど。面白かったし」

「いや、笑ってくれただけマシ、とかそういう話じゃなくてですね。そもそも、ほかの人だったらあそこまで動揺しないでしょ?」


 あの状況で、自分の姿を見て笑っていたアメリアはもちろんのこと、他の仲間だったらあんな無様な姿も見せず、適切な処理をしただろう。いや、フィーリアだけは怪しいが。


「旅立ってからもう随分立ちますけど、僕は全く成長していないなと思って。こんな調子で、本当に【魔王】を倒すことが出来るのか。本当に僕が【勇者】でいいのか。時々不安になるんです」


 さっきまでの自分を思い出してか、落ち込んだような顔を見せるネコタ。二人だけになって、気分が落ち込んでいるのかもしれない。


「そんなこともないと思うけど」

「えっ?」


 そんなネコタに、なんでもないような口調でアメリアが言った。

 思わず、ネコタは顔を上げる。しかし、アメリアはいたって真面目な表情だった。


「王都から出た時と比べれば、ネコタは成長していると思うよ。そんなに心配することもないと思うけど」

「でも、あんな情けない姿で……」

「いや、あれは誰だってビックリするよ。特別情けないってわけじゃないでしょ。ただ、面白くて……フッ、フフフッ!」


 また堪え切れなくなってきたのか、アメリアは口元を抑えて笑う。

 ネコタが呆れている中、アメリアはなんとか笑いを抑えて、続けた。


「そんなに不安にならなくても、ネコタは成長しているよ。砂漠の守り人達とも、余裕を持って戦えていたじゃない」

「それはそうですけど……失礼ですが、比べる相手が……」

「それに、ネコタがちゃんと努力をしているのも、知っているしね」


 それでも不安そうにするネコタを遮って、アメリアは言う。


「時間がある時、エドガーやジーナによく稽古をつけて貰ってさ。厳しい稽古で、普通の人ならそれだけでもクタクタになるのに、その後でネコタは一人で素振りをしたり、教えてもらったことを確かめてたりしてるでしょ? 

 あれだけの努力、そうそう出来るものじゃないよ。それだけの責任感と覚悟がないと出来ないことだと思う」


 思ってもみなかった人からの、思ってもみない言葉に、ネコタは目を見開いた。

 あのそっけないアメリアさんが、自分の努力を見てくれていて、そのように評価してくれていた。それだけで、ネコタの胸は熱くなった。


「正直、勇者なんて誰でもいいって思ってた。誰が来てもやることは同じだからね。精々こっちに迷惑をかけなければ、それでいいかなって。だけど」


 アメリアは目を閉じながら、小さく微笑んだ。


「今は、ネコタが【勇者】で良かったかなっていう風には思っているよ。六人で居ると、思ったより楽しいし。ちゃんと勇者としての責任を持って、努力もしている。そういう人は、私、好きだな」

「…………」


「あと、これは時々なんだけど、ネコタってエドガーと似ているなって思う時があるんだよね。それが私的にはポイント高いよ。性格は大分違うのに、雰囲気と……カッコつけようとしてポカをやらかすあたりが。よく喧嘩しているけど、二人ともそっくり。見ていて凄く面白いよ」


「エドガーさんと似てるって言われるのは、正直否定したくなりますね」


 それだけなんとか答えたが、ネコタはほとんど話しを聞けていなかった。

 ただ、上品に微笑むこの美しい少女に、見惚れていた。


 ゴゴゴゴ、と。小さく何かが擦れる音が聞こえる。音がした方を見て、あっ、とアメリアは声を上げた。一部の壁が動き、新しい道が出現していた。


「あそこへ行けだってさ。じゃ、行こうか」


 話を打ち切り、あっさりとアメリアは歩き出す。歩きながら、思いついたようにまた話し始めた。


「……そういえば、なんだか二人を見ていると、トトを思い出すんだよね。振る舞いというか、仕草というか。もっとも、トトは二人と違ってもっと知的で優しいし、あんな間抜けな目には合わないけど。だから二人とも好ましく思うのかも──どうしたの? 行かないの?」


 ネコタが止まったままなのに気づいて、アメリアは不思議そうに振り返る。

 声をかけられて、その顔を見て、ネコタは慌てて言った。


「は、はいっ! 今行きます!」


 見つめられ、気にかけられている。そう感じて、ネコタは顔を上気させて追いかけた。


 ──ネコタは実にチョロい男だった。






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