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人間やめても君が好き  作者: 迷子
五章 知恵の迷宮 砂の涙
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──めっちゃ似合ってんじゃん

 エドガーとラッシュは扉をくぐり、新たな場所へとたどり着く。だというのに、扉をくぐるなり早々、顰めっ面を作った。


「なんだよ。ここも真っ暗じゃねぇか。また暗い中を歩けってか?」

「変わらず暗闇が続くとなると、今度こそ敵や罠があるのかもな。だとしたら厄介だ。エドガー、お前の耳が頼りに……いや、そうでもないかもな」


 どういうことだと、エドガーはラッシュを見上げる。

 ラッシュは小さく顎を動かす。その先には、大きな蝋燭台のような物があった。


「どうやら、これに火を点けろってことみたいだな」

「ちまちまと明かりを増やしていけってか? 面倒だなおい。……こういうのって、火を点けたら罠と連動してたりしねぇか? あるいは、魔物が飛び出したり」


「言われてみれば、十分にあり得るな。お前、結構詳しいな?」

「一時期はエルネストの野郎と遺跡に潜ってばかりだったからな。似たような罠は経験済みだ」


「なるほど、そいつは頼もしい。しかし、これが罠ではなく、先へ進むための仕掛けの可能性もあるぞ?」

「結局、やってみないと分からんか。まぁいい、罠だったらそれごと食い破ればいいだけだ」

「違いない」


 ラッシュは笑いながら、松明で蝋燭台に火を点ける。巨大な蝋燭台は、ポウッと優しく辺りを照らし出した。

 松明よりも大きな明かりに、ホッと二人は息を吐く。安心したその瞬間、ボウッと二人の後ろで音がした。


 バッと振り返ると、そこには同じ蠟燭台があった。同じように火が灯っている。どうやら二人が火を点けたことで、連動して独りでに火を点けたらしい。


 便利なものだと二人が感心したつかの間。ボッ、ボッとあちこちで似たような音が聞こえてきた。すると、みるみるうちに周囲が明るくなっていく。


 そうして二人の目に、試練の間がその全貌を表した。


 そこは、壁に様々な彫刻が刻まれた豪奢な広い通路だった。スフィンクスが居た通路に似ている。

 通路の外側は底なしの穴が広がっており、彫刻の隙間には一定間隔で小さなロウソクが置かれ、昼間のように明るかった。


 その明るくなった通路で、二人は少し先に広がっている光景を見下ろす。

 長い下りの階段がある。その階段の先には、見たこともないほど広大な迷路が広がっていた。


 その迷路を一通り眺め、エドガーはラッシュに言う。


「どうやら、あそこを通って行かなきゃならんみたいだな」

「こりゃ骨が折れそうだな」


 引きつった笑みを浮かべ、ラッシュは顎をさすりながら迷路を観察する。


「ダメだな、複雑すぎる。こうして上から見ても、何処を通ればいいのか判断できねぇ。ここから見て地図を作っても、果たしてどれだけの時間がかかるか」

「そもそも、ここから見た景色を信用していいのかも疑問だ。通って見ないと分からないような仕掛けがあるかもしれねぇぞ」


「確かにな。迷路に対して地図を作ってから挑む、なんて真似をみすみす見逃すはずがないか。途中で通路が変形されたらお手上げだ」

「ここで考え込んでも埒があかねぇ。行こうぜ、その時はその時だ」


 エドガーはピョンピョンと階段を降り始める。覚悟を決め、ラッシュもその後を追った。そして迷路の入り口で確認するように頷きあい、二人は迷路の中に入る。


 迷路の通路は、数人が横に並べば塞がる程度の広さだった。壁はレンガのようなもので作られており、それが延々と続いている。


 出口の方角を目指して、二人は警戒しながら進む。分かれ道や行き止まりに当たり、なかなか進まないことに苛立つが、それ以外に何も起きなかった。


 拍子抜けしたような顔で、歩きながらエドガーが言った。


「なんだか何も起きねぇな。敵や罠がわんさかあると思っていたが、これじゃあただの迷路だ」

「まだ分からないぞ。まだまだ歩き始めたばかりだからな。油断した所に仕掛けるのが罠の常識……っと、また行き止まりか」


 壁に突き当たり、来た道を戻ろうとするラッシュ。それを、エドガーが止めた。


「待てオヤジ。壁に何か書いてあるぞ」

「何?」


 言われて、ラッシュは足を止める。

 ほれ、とエドガーが指し示した通り、確かに壁には何か文字のような物が刻まれていた。


「ようやく何か仕掛けが、と少し変化を喜んでいたんだけどな。またこの文字か」

「さっぱり読めねぇ。これじゃあ何て書いてあるか分からねぇな」


 近寄って文字を見た二人だが、少し見ただけで揃って半目になった。

 どうする? とお互いに見合って、疲れたような声音でラッシュが言う。


「仕方ねぇ。戻るか。まだ他に道はあったしな」

「でもよ、他に同じような行き止まりがあったらどうする? この文字がヒントで、なんらかの謎を解かないと先へ進めなかったら?」


「そうは言ったって、読めないんだからしょうがないだろう。他に道を探すことしか俺たちに出来ることはないぞ?」


「そりゃその通りだけどよ〜。このまま放っておくのも何か気持ち悪いんだよなぁ〜。

 ったく、古臭い文字なんか使いやがって。どうせ刻むんだったらもっとだれにでも分かるような字にしろよ。挑んでも誰も読めずに詰むだろうが。

 何のための知恵の迷宮だっつの。ただのクソゲーだぞ」


 エドガーがブツブツ呟きながら、恨めしそうに壁の文字を睨む。その次の瞬間、文字が揺れ、形を変え出した。


 驚き目を見張る二人。その間にも文字はその形を完全に変え、大陸共通語へと書き換えられる。

 呆然とした調子で、ラッシュが呟いた。


「すげぇな。勝手に変わりやがった」

「おお、まるで俺の話を聞いてたみたいだったな。さすが、神が作った迷宮なだけはある。……こんな仕掛けをするくらいなら、最初から文字をそっちにしとけよ」


 どちらにせよ文句を言うエドガーだった。文句ばかりの男である。

 ならどうしろと? と、文字が抗議をしているように揺れた気がした。


「【知恵の迷宮】だからな。頭を使って先へ進むことが本懐だから、誰でも読めるようにこういう仕掛けを施したんだろ。ここは親切な仕掛けに感謝しておこうぜ」

「親切ってなら、素通りさせてほしいもんだ。さて、何て書いてあるのやら。……”ここに三人の男が居る。この中には正直者が一人、嘘つきが──”ああ。”正直者と嘘つき者”の問いか」


「よくある謎だな。最初だから簡単なのか? これだったら正直者は……二番目の男だな」


 何気なくラッシュが正解を呟く。すると、文字と壁が急に光り出した。

 ゴゴゴゴッ、と音を立て、壁がゆっくりと沈み新しい道が拓かれる。

 感心したようにラッシュは言った。


「なるほどな。こういう仕掛けか」

「地図を作ってから挑戦したら、途方にくれてた所だったな。これ、問題を間違えてたらどうなるんだ?」


「そりゃあお前、罠が発動するんじゃねぇか?」

「やっぱりそうだよな。ったく、面倒な仕掛け作りやがって。違った意味で気が抜け──」


 新たな道を進んだところで、エドガーは足を止めた。それまでの通路とは違い、そこは開けた空間に繋がっていた。そしてちょうど正面の反対側に、また細い通路が繋がっている。


 先を進めばいいのに、足を止めた理由が分からない。ラッシュは疑問顔でエドガーに声をかける。


「おい、どうした?」

「……あれ」


 エドガーはゆっくりと腕を上げ、指す。

 エドガーが指した先は、広場の端、そして壁の中央部分だった。そしてそこには台座が置かれており、その上に光り輝く物が飾られている。


 二人は顔を見合わせ、おそるおそるとその台座に近づいた。途中、罠を警戒するが、何も起きずあっさりと台座にたどり着く。

 すぐ目の前に来て、二人は改めて台座の上に飾られた物を見る。


「おっ、おぉ……!」

「こりゃすげぇ……!」


 それは、宝石がふんだんに散りばめられたネックレスだった。これでもかと宝石を並べておきながら、下品に見えないよう絶妙な配置で、カットされた宝石がキラキラと輝いている。美しさのあまり見る者に畏れすら抱かせる、そんな豪奢なネックレスだった。


 ゴクリと、二人は思わず唾を飲んだ。


「なんてネックレスだ。こんなもの、貴族どころか王族ですら持ってるかどうかって代物だぞ」

「売ったらいくらになるのかな?」


 キラキラと純粋な子供のような目で、エドガーはゆっくりとネックレスに手を伸ばす。

 それを見てハッと意識を取り戻し、ラッシュはその手を素早く叩き落とした。


「バカッ! 迂闊に手を出すんじゃねぇ!」

「で、でもぉ……」


 チラチラと未練がましくネックレスを見るエドガー。

 分かってねぇなこいつ、と。ラッシュは舌打ちをして言った。


「こんな所に、これ程の宝がドンと置いてあるなんて、明らかに罠だろうが!」


 言いながら、ラッシュは台座を調べる。そして台座の前面を指して言う。


「見ろ。ここに何かのマークがある。これは……涙? いや、水か? 罠を警告しているものかもしれない。やっぱりそのネックレスを取るのは危険だ!」

「で、でもよぉ……」


 もじもじとしながら、エドガーは言った。


「罠じゃなくて、そのネックレスの効果の意味かもしれないぞ? あるいは、この先このネックレスが必要で、そのヒントかも。ほら、水の宝を捧げよ、みたいな」

「それは……そうかもしれないが」


 一理ある、とは思うものの、やはりラッシュの不安は拭えなかった。何か取り返しのつかないことになる気がする。そんな嫌な予感がしていた。


 しかし、今のエドガーを止めるにはかなり骨が折れると確信する。ソワソワと落ち着きがなく、今もチラチラとネックレスに目をやっている。


 完全に欲望に飲まれていた。金に目が眩んでいる。それに加え、取っちゃいけない、という状況がエドガーの遊び心をくすぐっている。押すな、押すなよ!? の精神である。


 なんという罠だ、とラッシュはこの迷路を作った者に舌打ちする。人の心を熟知した恐ろしい罠である。この罠に嵌った者を説得するのは容易ではない。だが、根気強くやるしかない。


「冷静になれ。それだったら先を進んで調べて、必要だと思ったらここに戻ればいい。無駄に危険を負う必要はない」

「ああ、それが正しいかもな。でも大丈夫だって。俺らだったら大抵の罠は乗り切れるから!」

「バッ!? 止めろぉおおおおおお!」


 ヒュバッと素早い動きで、エドガーはネックレスを掴んだ。ラッシュが止める間もない、躊躇いのない動きである。


 ネックレスを掲げ、キラキラと目を輝かせるエドガーの姿に、ラッシュはガクリと膝を落とす。これだけ怪しい罠に引っかかるこいつが信じられなかった。


「お前……本当にバカ……どうして手に取っちゃうの……?」

「ウッヒョォオオオオオ! スゲェ、めっちゃ重い! ずっしり来るぜ! こりゃ売れば金になるぞぉ! おいオヤジ、見てみろよ! 本当にスゲェから!」

「言ってる場合か! いいから進むぞ! この場に居たら何が起きるか──」


 ──ザザァァァァァ……!


 どこか遠くで、何かが流れるような音が聞こえた。

 突如起きた異変に二人は顔を青くし、何が起きたのかと体が固まる。半ば呆然としながら、その場で立ち続けたが……いくら待ってもそれ以上の変化は起こらなかった。


 キョトンとした顔で、ラッシュは言う。


「なんだ? 何も起きないだと?」

「どうやらオヤジの考えすぎだったみたいだな。これはやっぱり、先で必要になるキーアイテムなんだって。あるいは、俺たちへのご褒美」


「馬鹿な。確かに何かが作動したぞ。そんな筈は……」

「でも、何も起こらねぇじゃねぇか」


 そう言われては、ラッシュも黙るしかなかった。

 フフンッと自慢げな笑みで、エドガーは言う。


「ともかく、何もないならコレはこのまま持って行こう。どれ、ちょっと着けてみようかなと」

「おまっ、迂闊過ぎるだろ! 呪われたらどうする!?」


 慌てて止めようとするラッシュだったが、エドガーは躊躇なくネックレスを首にかける。しかし、ラッシュの予想に反し何も起きなかった。


「……ほっ。よかった。何も起きなかったか」

「心配しすぎなんだよ。それよりもどうだ? 似合うか?」

「あのなぁ! もし呪われてたらどうするつも──」


 安易な行動に、ラッシュはエドガーを叱りつけようとする。だが、ふと目線を落としたところに、エドガーの首にかけられたネックレスが目に入った。

 いくつもの宝石が、キラキラと豪華な輝きを放っている。その輝きに、目を奪われる。

 へへっと、ラッシュはだらしなく頬を崩した。


「──めっちゃ似合ってんじゃん」

「だろだろ!? 似合ってるだろ〜? この先に、お前に合ってるような宝が見つかるかもしんねぇぜぇ〜?」

「おまっ、バッ、バカ言えよ。お、俺はそんなもん要らねぇよっ。呪われたらたまったもんじゃねぇからよ」


「そうかぁ? んじゃあ俺が全部頂いちまお〜っと」

「あっ、待て待て! 勝手な行動は許さねぇぞ! 俺が欲しいわけじゃないが、今度こそトラップが発動するかもしれないからなっ。まずは俺が調べてからだ。おい、分かってるな!?」

 

 口ではそう言いつつも、ラッシュの表情はどうしようもなく緩んでいた。

 二人は早速、迷宮の罠に囚われていたようだった。





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