コイツ、実はただのアホなんじゃねぇか?
「……なんだこりゃあ?」
神殿の中に入り通路を進んだ先に、六人はさらに広い空間と、神殿よりもさらに巨大な建物にたどり着いた。それを見上げての、ラッシュの一言である。
それは、様々な場所を旅した経験のあるラッシュでさえ、見たことの無い様式の建物だった。
「こんな形をした建物なんて見たことないぞ。なんだこりゃ? これも神殿か?」
「あたしもだな。まったく心当たりがない。というかこれ、ただの飾りじゃねぇのか?」
「神殿と言われればそんな気もするけど、それにしては形が単調というか、独特というか……」
「皆さんが分からないとなると、私が分かるはずがありません。一体なんなのでしょうね、これ?」
四人は変わった形の建物に困惑した。それも無理はない。この世界においてはなかなか見かけない物であるし、様式から何の建物かを判断するには外観が単純すぎる。
まるで地面から突き出たような形をした建物に、四人は途方にくれた。
「これって、もしかしなくても……」
「どう見ても、ピラミッドだな」
しかし、ネコタとエドガーだけは違った意味で呆然としていた。
ここにも同じ物があるんだなーという、呆れと感心が混ざった感情である。
異なる反応を見せた二人に、ジーナが意外そうな顔をみせる。
「なんだ、お前らこれが何なのか知ってるのか?」
「いやまぁ、知っていることは知ってるが」
「僕の世界と同じ物だとして、知識だけなら」
「んだよ、勿体ぶってねぇで教えろよ」
二人は顔を見合わせる。エドガーが顎をしゃくり、ネコタが気まずそうにしながら答えた。
「ええっと、僕の世界ではここと同じ砂漠の国で作られていて、ピラミッドと呼ばれていました。それでこの建物の意味ですが……その、王様のお墓ですね」
「お墓!? お墓なんですかこれ!?」
ぎょっとした顔で、フィーリアがピラミッドを見上げる。
墓と聞いた恐れよりも、驚愕の方が大きかった。
「え? どうして? なんでただのお墓にこんな大きな建物を作る必要があるんです? バカじゃないですか? 無駄極まりないでしょこんな物。お墓なんて土に埋めてちょっと綺麗な石を立てて名前を刻めばそれでいいじゃないですか」
酷い言い草であった。とはいえ、エルフとして生きた彼女の価値観からすれば当然ともいえる。
その気持ちを理解しながらも、ラッシュは一応説明した。
「ああ〜、そういうことか。いや、こういう建物にも意味があってだな。権力者が死してもなおその威光を示したり、現在の権力者にも力があると知らしめたり。いや、流石にこんな変わった形で、ここまで巨大なのは見たこともないが」
「理解出来ません……ここまでの見栄を張って一体なんの意味があるのでしょうか?
見栄を張るより、実績を積むことこそ重要なのでは?」
フィーリアは畏れ慄きピラミッドを見上げる。これを作るのに、一体ご飯何日分だろう? そう思うと、得体の知れないものにしか見えなかった。
そんなフィーリアに、エドガーは白けた目を向ける。
「確かに一理ある意見だが、どの権力者もオメェにだけは言われたくねぇだろうよ。こういうのは公共事業としての面もあるんだぞ」
「異世界の王の墓、ねぇ。ネコタはともかく、なんでウサギはこんなもんを知ってたんだ?」
「文献で読んだことがあるんだよ。ここからずっと西にある国でも、同じものがあるらしいぞ」
「さすがエドガー。物知りだね」
「へぇ、そうなんですか? 異世界でも考えることって結構一緒なんですね」
無論、嘘である。
流れるようなエドガーの虚言に、仲間はすっかり騙されていた。さすが普段から息を吐くように嘘をついているだけのことはある。
「あそこが入り口みたいだな。どれ、このまま見上げててもしょうがない。いっちょ行ってみるか」
「気をつけろよ。ピラミッドに入った盗掘屋は呪われるってのがお約束だからな」
「嫌なこと言わないでくださいよ! 本当に呪われそうじゃないですか!」
ピラミッドの一辺、その中央部分に、穴が空いているような入り口がある。そこには下りの階段があり、暗い闇の中へ誘っているかのようだ。
緊張しながら、六人はその階段を下っていく。松明の明かりがある為、下るのに支障はないが、暗い通路は恐怖を煽った。
ブルリと震え、ネコタは呟く。
「な、なんだか雰囲気ありますね。本当に呪われそう」
「呪われる程度ならまだマシだろ。
”生きたまま肉を食らうスカラベ”、”体が溶けるガス”、”死者を蘇らす魔法の書”、”肉体を奪って復活する古のファラオ”、”石を外せば建物全体が崩れる仕掛け”、”そして財宝の間に閉じ込められて死ぬ強欲者”。
ピラミッドには世にも恐ろしい罠が待ち受けているのだぁ……!」
「ちょっと! やめてくださいよ! もっと怖くなるでしょうが!」
「楽しそうだなぁ、お前ら」
じゃれあっているネコタとエドガーを見て、微笑ましい物を感じるラッシュ。他の者も、似たような表情だ。
普段はともかく、こういう時でも変わらない二人の姿は、ある意味頼もしい。気づけば、全員の体から強張りが解けていた。
程よい緊張感を保って、六人は階段を下りきる。すると、それまでの暗い通路とは正反対の明るい場所に出た。しかし、そこに広がっていた景色にまた度肝を抜かれる。
階段は、とてつもなく大きな橋にそのまま繋がっていた。何十人が横になってもまだ余裕のある、それだけ広い橋だ。決して落ちようがないが、しかし、その橋の下は底が見えないほどの奈落に繋がっている。遠くに見える壁には、様々な動物を象った巨大な像が埋め込まれており、その橋を見守っている。
そんな異様な光景に、六人はまた呑み込まれていた。
「すげぇな。地下にこれだけの空間を作るとは。分かっちゃいたが、やっぱり人の手で作られたもんじゃねぇな」
「ああ。こんなもんを人が作れる訳がねぇ。入り口で見たとおり、ダルメリオが直々に作った可能性が……おい、見てみろ」
エドガーが橋の先を指差す。
橋が繋がっている、通路の先。そこを見れば、なにやら巨大な像が道を塞ぐように立っていた。
遠くを見て目を細め、アメリアが呟く。
「大きいね。とうせんぼしてるみたい」
「そうみたいですね。あ、あはははっ、実は置いてあるだけで、横を横からあっさり通れたりして」
「いや、そりゃねぇだろ。確実になんかあるとしか思えねぇぞ」
「ですよね……」
ジーナの無情な発言に、フィーリアは肩を落とす。自分でもないだろうな〜とは思っていたが、希望に縋り付いていたかった。
あからさまに何かあります、といった具合の石像に、ラッシュも面倒そうな顔を見せる。
「四つ足の獣だな。たぶん、獅子か? 翼みたいなのもあるし、違うかもしれんが」
「砂漠のピラミッドで、獅子か」
「って言ったら、やっぱりアレですかね?」
エドガーとネコタが顔を見合わせる。お互いに、どうやら確信しているようだ。
覚悟を決め、六人は橋を進み、その石像の前まで辿りついた。見上げる大きさの巨大な像を間近で見て、エドガーは納得したように頷く。
「やっぱり、スフィンクスだな」
「はい。分かりきっていたことではありましたけど」
人の頭部に、獅子の体を持つ怪物、スフィンクス。それが、この橋を塞いでいる石像の正体であった。
驚きの少ない二人に、ジーナが問いかける。
「なんだよ、やっぱりこいつのことも知ってるのか? んで、こいつはどういう化け物なんだ?」
「ええっと、これはスフィンクスと言いまして。砂漠で旅人に……あっ!?」
説明をしながら思い出したのか、ネコタは青ざめながら焦った声を出す。
尋常じゃない様子に先を促そうとしたが、その時、静かに立ちずさんでいたスフィンクスの目がギラリと光った。
突然の変化に、六人は武器を手にかける。しかし、スフィンクスはそれを気にも止めていないかのように、体を揺らし始めた。
ズズズッ、と、石の体が生物のように柔らかく揺れる。ゴーレムとは比べものにならないその動作に、六人は唖然とした表情を浮かべた。
長年固まった凝りをほぐすように、スフィンクスは最後にゴキリと首を曲げる。そして、再び四つん這いの姿勢を作り直すと、泰然としながら六人を見下ろした。
『──よくぞ参られた。死を覚悟する知恵のある者達よ。我はスフィンクス。このピラミッドの番人なり』
「なに!? 喋れんのかこいつ!?」
「凄い。ゴーレムとは違うのかな?」
「あの、今、死を覚悟とか凄い言葉が聞こえた気がしたんですけど……」
石像が喋ったことに感心するラッシュとアメリアだが、フィーリアは物騒すぎる単語に顔を青くした。聞き間違いじゃないかな、と願うが、無論、間違っていない。
そんなフィーリアにトドメを刺すように、スフィンクスは続けた。
『ここは【知恵の迷宮】。己が知恵に命をかけられる賢者のみが挑む資格のある場所。この先を行きたいのならば、まずは我が問いに答えよ』
「命をかけられるって……えっ!? あの、なんか凄いこと言ってますよこの人!?」
「人かどうかはともかく、【知恵の迷宮】か。なるほど、思ったより物騒な場所だったらしいな」
「そんなこと言ってる場合ですか!? どうします!? 命をかけろって……」
「入り口の宝玉の件もあったし、危険なのは今更だろ。っていうか、お前が文字を読めれば分かったことじゃねぇか」
「うっ……!」
ジーナに痛いところを突かれ、フィーリアは肩を落とす。
そんなフィーリアに気にせず、ジーナはネコタに目を向けた。
「んで、問いに答えよって言ってるが、どういうことだ? スフィンクスってのはそういう生き物なのか?」
「は、はい。旅人に謎を問いかけて、正解を答えられればそのまま通してくれます。ですが、間違えれば食べられる。確かそういう生き物だった筈です」
「へぇ、また迷惑な生き物だな。でもよ」
獰猛な笑みを浮かべ、ジーナはグッと足に力を込める。
「ぶっ壊しちまえば、問題もクソもねぇだろ!」
「バッ!? ちょっと待てジ──」
ラッシュが止める間も与えず、ジーナはスフィンクスに襲いかかった。
生意気な顔をぶん殴ってやろうと、勢いのまま飛び上がり拳を構える。打ちだそうとしたその瞬間、ギラリとスフィンクスの目が光った。
「なんっだこりゃあ……!?」
『暴力反対である』
ジーナの拳がスフィンクスに当たる寸前、壁のような物に当たり、その勢いが止められた。硬くもなく、衝撃をそのまま包み込むような奇妙な感触に、ジーナは気味の悪そうな声を上げた。
『非暴力非服従ぅうううううううう!』
「ガッ──!?」
宙に浮いたジーナを、スフィンクスは機敏な動きで立ち上がり、前足を叩きつける。まともに受けたジーナはラッシュ達の元まで転がり、ようやく止まった。
「痛ってぇ〜! あの野郎、よくもやりやがったな!」
「いきなり襲いかかってんじゃねぇよ。その程度で済んで良かったと思え。少しは考えて行動しろよな、ったく」
仰向けで倒れながらも元気な様子のジーナに、ほっとした息を吐き、ラッシュは再び四つん這いに戻るスフィンクスを観察する。
「しかし、ジーナの攻撃をあっさり防ぐか。知恵の番人って言うわりには、かなりの強さだな」
「めっちゃ暴力を振るってるんですがそれは?」
言っていることとやっていることがまるで違う。同類の臭いがすると、エドガーは思った。さらりとああいうことが出来る奴はかなり手強い。厄介な相手だと確信する。
『我はこのピラミッドの番人。知恵の守護者である。故に、神は暴力を封ずる機能を備え、我を作りたもうた。我を屈服させるのは知恵のみ。ここを通りたくば、頭脳を持って我を攻略せよ』
「暴力を封ずる……って、おいおい。そりゃもはや【権能】じゃねぇか」
「どうりでな。あいつに殴りかかった時、防いだというより衝撃の全てが吸収された感じだった。それならあの変な感触も納得だぜ」
「力ずくの行動を全て遮断する絶対防御か。存在も許されないだろ。こんなふざけた【神造兵器】見たことねぇぞ」
たかが門番に随分な能力を付けたものだと思う。
いや、この場所の条件で、ただの門番だからこそここまでの力を与えられたというべきか。
それでも理不尽なと思いつつ、エドガーは気持ちを入れ替えた。
「あの能力を持っている以上、ここを通るには知恵比べで勝つしかねぇってことだな。相手の思惑に乗るのは癪だが、やるしかねぇな」
「で、でも、問題が分からなかったら殺されちゃうんですよね?」
フィーリアはビクビクと怯えていた。誰にでもクリアできる可能性があるとはいえ、力が一切通じないとなれば、その恐怖は戦う以上に恐ろしい。
なにせ分からなかったら、足掻くことも出来ず確実に死ぬのだから。
そんなフィーリアに抗議するかのように、スフィンクスの目がまた強く光った。
『我は知恵の番人。そのような野蛮なことはしない。ただ、一生我の話し相手になってもらうだけである』
ズルリ、と全員が肩を滑らせた。
アメリアが乱れた髪を直しながら、疲れたような目で言う。
「なんかすっごく緊張感が薄れたね」
「私、これなら問題が答えられなくてもいいかなって気になっちゃいました」
「いや、でも一生って実質ここで死ねって言ってるようなものですよ? 僕は嫌ですよ、あいつの話し相手になって一生を過ごす人生なんて」
「まぁ、こんな所でずっと一人じゃそりゃ寂しくもなるわな」
一人で門番としてここで来訪者を待ち続ける。
そりゃ孤独だよなぁと、エドガーはほんの少しだけ同情した。
とはいえ、一生アレの暇つぶしの相手になるなどごめんだ。ある意味、その場で殺されるよりよっぽど残酷である。
あっ、と。ネコタは明るい声を出した。
「そういえば、スフィンクスって問題を聞いても、分からなかったらそのまま戻れば危害を与えないはずでは?」
「本当ですかっ? それなら、最悪そのまま引き返せば──」
『一度問題を聞いておきながら戻るなどという卑怯、卑劣、姑息、極まりない真似を、知恵の門番たる我は決して許しはしない。その場合、この場にいる全員は強制的に我のお友達である』
「あっ、はい。ですよね。そんな甘い話があるわけないですよね」
「酷いです。ネコタさんのせいで無駄に持ち上げられて落とされました……」
「コイツ、実はただのアホなんじゃねぇか?」
言動のそこかしこに、隠しきれない間抜けさが見えるような気がする。
コイツの出す問題なら案外簡単に解けるのではなかろうかと、エドガーは思った。
「まぁ、祭壇を目指す以上、ここで立ち止まる訳にはいかない。なぁ、誰か一人でも問題が判ればいいんだろ?」
ラッシュの確認に、スフィンクスは鷹揚に頷いた。
『その通りである。そして、我は寛容である。我はこの迷宮の門番にして最初の試練。故に、答えが間違ったとしても、答案者一人の生贄で先に進むことを許可する。お試しサービスである』
「最悪、一人を犠牲にすれば進めるということか。こちらとしては助かるが、実際には無理な話だな。そんな真似、ここに居る奴らには出来ねぇよ」
「いや。正直、お前だったら犠牲になっても別に……」
「おまっ!? 言っていいことと悪いことを考えろよ! それだけは冗談でも言っちゃなんねぇことだろ! なぁお前ら!」
「「「………………」」」
「おい!? まさかテメェら本気で……!?」
「い、いえ、大丈夫です! 僕はそんなこと思ってませんから! ラッシュさんも必要な存在です! エドガーさん! 冗談にしてはタチが悪いですよ!」
「いや、だってそいつ、役立つかと言われると微妙じゃん?
ぶっちゃけ、そいつが出来ることって俺でも出来んじゃね?」
「エドガーさん!」
「お、俺は……俺の価値は……その程度……?」
問題が始まる前から、ラッシュは多大なダメージを負った。あまりの衝撃に目が虚ろだ。
やれやれとばかりに首を振ってエドガーは言う。
「そんな落ち込むなよ。そもそも、誰も犠牲にならねぇっての」
「エ、エドガー様。私なら大丈夫です。怖いけど、覚悟は出来ています。この中で一番役に立ってないですし……それに、エドガー様の身代わりになったと思えば……こう言う時の為にも、私は里から……」
「だぁから、いらねぇって言ってんだろ! 無用な心配なんだよ!」
涙目で震えているフィーリアの頭をこづき、エドガーは呆れたようなため息を吐く。
「あのアホが作った問題なんぞたかが知れてるっての。ちょちょいのちょいで答えて、あっさり通ってみせるさ。だから、そんな自分から犠牲になろうとすんじゃねぇよ」
「エドガー様……ッ! 私、私……ッ!」
「でも、万が一分からなかったら、その時はお願いね?」
「エドガー様……。はい、分かりました……」
「あんた、どういう神経してんですか?」
この状況で、最後まで決めきれない。
こんな格好悪い男をネコタは見たことがなかった。あまりにも理解できない発想に、いっそ畏怖するほどだった。
『準備は出来たようだな。では、我が問いに挑戦するということでよいか?』
「ああ、待たせたな。始めてくれ」
エドガーの返答に、スフィンクスは頷く。
そして、朗々と語り出した。
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