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人間やめても君が好き  作者: 迷子
五章 知恵の迷宮 砂の涙
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エドガー様のせいですっ! 私は悪くないですっ!


「……暑ちぃ」


 うだるような暑さに、エドガーは力なく呟く。

 砂漠の守り人の話を聞き、翌日、六人は街を出て再び砂漠を歩き始めた。


 出発して数日経つが、未だに守り人の一族は見つからない。進めば進むほど酷くなる暑さには、エドガーに限らず辟易としていた。


 街にいた頃がすでに懐かしい。水の美味い、とても素晴らしい場所だった。あんなところから離れるなんてバカだとすら思う。


「もうやだ……街に帰りたい……いっぱいお水飲みたい……」

「まったくだ。あたしも酒が飲みてぇ。なんだってこんなとこを歩かなきゃならねぇんだ」

「文句ばっか言ってんじゃねぇ。黙って歩け」


 先頭を歩くラッシュが、文句を垂れるエドガーとジーナにぶっきら棒な声をかける。ザッ、ザッ、という足音からも、どこか不満げな態度を感じ取れた。

 そんなラッシュを見て、二人はヒソヒソと話し合う。


「まぁ〜だ拗ねてんのかよ。ったく、良い歳してめんどくせぇオヤジだな」

「まったくだ。街の観光に一人省かれたくらいなんだっつぅんだよ。元はと言えばテメェのせいじゃねぇか。器の小さい奴」


「拗ねてねぇよ! ただどいつもこいつも真面目に情報収集の一つや二つも出来ねぇことに呆れてるだけだ!」

「うわっ、声を潜めてたのにしっかりと聞いてたよ」

「気にしてた証拠だな。やっぱり拗ねてたんじゃねぇか」


 呆れたようにこちらを見てくる二人に、ぐぬぬとラッシュは呻いた。

 今にも手が出そうなラッシュを、ネコタが抑える。


「まぁまぁラッシュさん、落ち着いて。あの二人にムキになるだけ損ですよ」

「お、おおっ。そうだな、悪い悪い」


「おやおや、ちゃっかり一番観光を楽しんでたネコタさんが何か行ってますよ?」

「おおっ、本当だな。薄着の女に鼻を伸ばしてた奴の態度じゃねぇな」


「ネコタ、お前……」

「いやいやいや! 事実無根ですよ! 僕はそんなっ、別に楽しんでないですから!」


 必死に反論するネコタだったが、ラッシュは信じなかった。やはりこいつも、自分のいないところでしっかり楽しんでいたに違いない。

 俺に味方は居ないと、孤独感を味わっていたラッシュに、エドガーは冷めた目を送る。


「俺らばっか責めるけどよ〜、そういうお前だってろくな情報を掴めなかったじゃねぇか。なんだよ、”太陽の登る方角を歩け”って。んな曖昧な情報で探し出せるなら苦労しねぇわ。もう少し具体性のある情報を探してこいよ」

「仕方ねぇだろうが! 誰に聞いても同じことしか言わねぇんだからよ!」


 実際、砂漠の守り人の一族に関する伝承はさして苦労も無く掴めた。伝承とは言うものの、特別な者だけが知るような秘匿されたものではなく、子供でも知っているほどありふれた物だったからだ。

 しかし、その内容は漠然としたもので、具体性には乏しかった。


”太陽が顔を出す方角に行け。さすれば女神へと導く者有り”


 ただその言葉だけが伝わり、それ以上の情報を知る者は誰も居なかった。

 苦虫を噛み潰したような表情で、ラッシュが言う。


「砂漠の守り人、その一族が存在していることは間違いないようだがな。実際、その一族らしき者が時折フラッと現れては、あの町で物資を買い込んでいることもあるらしい」

「だったらそいつらが来るのを待ってりゃいいだろうが。そうすりゃあ道に迷ってないか不安を感じることなく目的地に着けるだろうに」


「俺達は他の祭壇にも行かなきゃならないんだぞ? いつ来るかも分からないような奴らを待っている訳にもいかないだろ。

 それに、その一族と取引したことのある者達でも、そいつらの住処まで案内してもらったことはないそうだ。それどころか、居場所を探ろうとしただけで危ない目を向けられたらしい。

 おそらく、自力でたどり着けない奴らには、来る資格がないっていうことなんだろうな」


「勇者一行なら試練を乗り越えろってか? チッ、守り人って奴はどこも似たようなことをしやがる。俺は世界を救う男だぞ? 少しくらい手伝ってもいいじゃねぇか」

「あの、世界を救うのは勇者である僕なんですけど……」


「ちょっと口が滑っただけで突っ込んでくる。やだやだ、これだから自己主張だけは激しい勇者君は。まるで自分だけが世界を救うとでもいうような口ぶりですねぇ?」

「よくそんなことが言えるな! 自分の発言を考えてみろよ!」


 はしゃぐネコタを横目に、アメリアが涼し気な声で言う。


「でも、目的地の正確な場所が分からないのにいつまでも歩いていられないよ。そろそろ水だって少なくなってきたし、そろそろ戻ることも考えないと」

「確かにな。何の手がかりもなしに戻るのも癪だが、このままあてもなく彷徨う訳にもいかない。どこかで水が補給出来れば話が別なんだが……」


「そう都合よくオアシスが見つかる筈ねぇだろ。このまま干からびて死ぬのだけは御免だ。あたしは死ぬときは戦って死ぬか、酒を浴びるほど呑んで死ぬかのどちらかだと決めてんだよ」

「分かってる。今日一日だけ歩いて何も見つからなければ、いったん戻ろう。飢え死になんて笑い話にもなりゃしねぇからな」

「あの、お話中のところすみません……お水を飲んでもいいでしょうか……もう私、限界で……」


 ゼェゼェと息を吐きながら、億劫そうにフィーリアは言った。

 体質的にこの環境に一番弱い分、他の仲間よりも消耗が大きい。だからこそ、その醜態を責める気にはなれない。むしろ、ここまでよく付いてきている方だとラッシュは思う。


 しかし、辛いからといって考えなしに水を飲ませてはすぐになくなってしまう。その為、この砂漠を渡る最中での水分補給はラッシュの許可制となっていた。


「ああ、いいよ。ただし、口を潤すだけ。一口分な」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」


 救世主を前にしたかのようにラッシュに礼を言い、フィーリアは水を取り出し、口を付ける。


 ──ズズズズズズズズズズズッ!


「──お約束やってんじゃねぇよアホが!」

「ゴブゥ!?」


 エドガーは容赦なくフィーリアの腹を蹴り上げた。

 フィーリアは水を吐き出し、ゴホゴホと咽ながら腹の痛みに苦しんでいる。ハッキリ言って、女性にやることではない。


 しかし、エドガーは謝るどころかブチ切れながらフィーリアを罵倒した。


「正直いつかやるだろうとは思っていたけどよ、この状況で本当にやる奴がいるか!? その足りない頭で良いこと思いついちゃった! とでも考えたかこのノータリンがっ! ああん!?」

「ちょっ、エドガーさん! いくらなんでもやりすぎじゃ!」

「やりすぎな訳あるかぁ! ここできちんと躾けとかねぇとまたやらかすだろうが!」


 正論であったのもそうだが、なにより血走った目でギロリと睨まれ、庇おうとしたネコタも動きを止める。

 しかし、ジーナはエドガーの暴挙を見過ごせなかった。


「何やってんだ糞ウサギ! テメェ自分がどれだけの水を無駄にしたか分かってんのか!?」

「はぁ? 何言ってんだお前? 無駄にしたのは俺じゃねぇよ。欲張って多く飲んだこの豚エルフだろうが」


「の、飲んでません」

「はぁ?」


「飲もうとしたけど、エドガー様のせいで一口も飲めませんでした。だ、だから、も、もう一度飲みます……」

「ああん!? テメェどの口がほざいて──」


「だって飲めなかったんですもん! 飲んでないですもん! エドガー様のせいですっ! 私は悪くないですっ!」


 お嬢様育ちのフィーリアには、流石のこの環境は過酷だったらしい。実に立派な逆ギレだった。

 これに、礼儀を重んずるウサギさんはブチ切れた。


「上等だコラアアアアアア! 甘やかしてれば付け上がりやがって! 往生せいやあああああああ!」

「ちょっ、拙いですって! 本気で殴るのは駄目──ぶべぇ!?」


 勢いあまってネコタを殴り出すエドガー。

 ビィビィ泣き出すフィーリアを、呆れながらも慰めるジーナ。

 実に混沌とした光景だった。


 なんで俺がこいつらの面倒を見なくちゃいけないんだろう……。


 保護者の立場に立っている自分に、ラッシュは気が遠くなる。

 そんな彼に、アメリアがどうでも良さそうに言った。


「ねぇ、止めなくていいの?」

「ただでさえ疲れてるのにそこまで面倒を見てられるか。放っとけ。そのうち疲れて静かになるだろ」

「……それもそうだね」


 自分にお鉢が回って来ても、それはそれで困る。アメリアも納得して見なかったことにした。

 自分が可愛いアメリアにも呆れていたラッシュだが、ピクッと動きを止める。

 そして素早く辺りを見回し、鋭い声を叩きつけた。


「おい! じゃれあうのもそこまでにしろ!」

「ああ? じゃれあうだぁ? これがおふざけに見えんのか? あのなぁ、俺は今度と言う今度は本気でキレ──」

「アホ! それどころじゃねぇ! 敵襲だ!」


 ──バサァ!


 ラッシュが叫んだ瞬間、六人の周りで砂が弾け飛んだ。

 その中から、人を優に超える大きさのサソリが姿を現わす。

 この砂漠に数多く生息する、サソリ型の魔物だった。


 魔物が現れたことで、六人の弛緩していた目つきが鋭い物へと変わる。しかしそれでいながらも、エドガーはうんざりとした表情を作った。


「またこいつらかよ。一体どれだけ襲いかかってくりゃ気が済むんだ。大人しく砂の中に引っ込んでりゃいいのによ」

「魔物にそんなこと言ってもしょうがねぇだろ。黙って動け!」


 言いながら、ラッシュは弓を放つ。

 サソリの口や攻殻の隙間を狙った精密射撃で、サソリを次々と縫い止め、絶命させる。だが、大量の敵を全て射止めることは出来ず、撃ち漏らしが接近してくる。


 その近づいてくるサソリを、エドガー、ジーナ、ネコタの三人が迎え撃った。

 ジーナは硬い甲殻でも構わず殴りつけ、衝撃を徹す。エドガーとネコタは、磨き抜かれた剣技と聖剣の切れ味に任せ、次々と輪切りにしていく。


 近づく端からサソリを片付け、襲われているのに全く苦にしない。しかし、そう見えるだけで、実際には凄まじいストレスだった。

 エドガーはキレて剣を足元に投げつけた。


「あああああああああっ! やってられっか! 馬鹿馬鹿しい!」

「ちょっと! こんな時にふざけないでくださいよ! 休んでる場合じゃないでしょ!」

「うるせぇ! ただでさえ暑くて死にそうだってのに、チマチマやったってキリがねぇだろうが! ──アメリア! それと豚ぁ!」


「うん、任せて」

「豚じゃないですぅ! 撤回してくださいっ!」


 アメリアは冷静に、フィーリアは半泣きになりながら、それぞれ攻撃を放った。


「【氷よ(みぃんな)あれ(こおっちゃえ)】」


 可愛らしい言葉と共に、灼熱の砂漠に氷の刃が地中から突き上げる。

 サソリの群れは鋭利な氷に突き刺され、飲み込まれた。

 砂漠の暑さからか、瞬く間に氷は溶ける。だがその場には、数えきれぬほどのサソリが倒れていた。


「精霊さん! お願いしますっ! あっ、でもあっついから頑張りすぎないで! 程々にですよっ!?」


 なんともグダグダなフィーリアのお願いに、しかし火の精霊たちは真摯に応じた。

 フィーリアが前に構えた手に、炎が集まり膨れ上がる。そしてグンッと膨らんだかと思うと、爆発して前方へと急激に広がっていった。


 炎の津波がサソリの群れを飲み込む。数秒ほどサソリは形を保っていたが、熱に耐性があるサソリの甲殻がみるみるうちに溶け出し、ギィィィ、とサソリの悲鳴があちこちから鳴る。

 そして、炎に飲まれたサソリは跡形もなく燃え尽きた。


 豪快な戦果に、エドガーは拳を掲げた。


「いよぉおおおおおし! 見たかオラああああ! たかが虫ごときが舐めてんじゃねぇぞおらあ!」

「アンタ何もやってないでしょ。頑張ったのはあの二人ですよ」


「私の戦果はエドガーのものだから」

「はっ!? あ、あざとっ……! わ、私もエドガー様の為に頑張りますからっ!」

「おかしい。絶対におかしい。何かが間違っている」


 エドガーに好意的すぎる二人に、ネコタはとても理不尽なものを感じた。


 一体この腐れウサギのどこがいいのか。外見か? 外見が可愛いウサギだからか? でもこれ、言うほど可愛くないぞ。どこかオッサンくさい下品なウサギだし。なにより中身が泥を煮詰めたように腐り切っている。どこにも気にいる要素がない。


 世の中、間違っている。ネコタは若者らしく世の不条理を嘆いていた。


「喜んでいるところ悪いが、まだ終わってねぇみたいだ。気を引きしめろよ」


 ラッシュの言葉に、ネコタは慌てて周囲を見回した。

 見れば、少し離れたところで毛の薄い豹のような魔物が、こちらを伺っている。グルリと六人を囲んでいるところから、逃す気はないようだ。機を見て襲ってくるつもりだろう。


 それに嫌な汗を流したかと思えば、バサァ、と近いところで砂が動く音が聞こえた。先程と同じだけのサソリの大群が、次々と現れる。

 それを見て、ラッシュはげんなりとした表情をした。


「いくらなんでも多すぎる。サソリの巣にでも入っちまったか?」

「で、遠くから見てるアイツらは、あたしらが死ぬのを待っての横取り狙いか。舐めやがって。この虫共を超えられねぇとでも思ってるのか?」


 どこか見下しているような雰囲気の獣たちが、気に触る。ゴキリッ、と拳を鳴らし、ジーナは今にも飛びかからんばかりだった。


「しゃあねぇ。ここまで囲まれたなら、とことんやってやろうじゃねぇか。俺は今機嫌が悪い。一匹足りとも生かして返さな──」


 ジーナが飛び出したらそれに続こうと、エドガーが剣を構えた……その時だった。


 ──ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


 何処からか、大量の矢が六人を囲んでいた獣たちに降り注いだ。ギャンッ、と悲鳴を上げ、次々に倒れていく。数匹の生き残りが慌てて逃げ出した。


 突然の事態にエドガー達は警戒心を引き上げる。その直後、獣たちを襲った矢は、今度はサソリの群れにめがけて雨のように降り注いだ。


「──ッ! 【風よ、吹き荒べ(こっちこないで)】!」


 咄嗟にアメリアが風の幕を貼る。それに当たった矢は、アメリア達を避けるように風に流されていった。


 矢が止み、アメリアは魔法を止める。ぽっかりと六人の周りだけ、矢が避けている。それとは裏腹に、そのさらに外側では歩く隙間もない程、地面にやがびっしりと突き刺さっていた。


 一匹残らず、サソリの群れは矢に射抜かれている。それを見て、引きつった声でネコタは言う。


「どうやら助かったみたいですね」

「ああ。アメリアが守らなかったら俺達も同じ目にあっていたけどな」

「で、ですよね」


 エドガーの言った事実に、ネコタは恐怖を感じる。どうやら、まだ助かったとは言い難いらしい。


 魔物に囲まれた時よりも、剣呑な表情で睨みつける仲間達の目線を追う。

 するとそこには、前の街で見た砂漠の衣装に身を包んだ人間が、こちらに弓を構えて立っていた。それも、何十人という数を揃えて。横に広がりながら、今にも矢を放ちそうに。


「──貴様達は何者だ。こんな砂漠の奥深くに、何故入ってきた?」


 その集団のリーダーらしき壮年の褐色肌の男が、冷たい声で尋ねる。



 ──僕、ここで死ぬかもしれない。


 ネコタは密かに死を覚悟した。





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