淫魔と再会
広い王城の廊下を、将人は歩いていた。
ただし、1人ではない。
「何でテリーまでついてくるんだよ」
「この世界に来て早々、女の子引っかけるなんてやるじゃねーか。面白そうだから、品定めしてやるよ」
ニヤニヤと笑いながら付いてくるのは、着崩した野球のユニフォーム姿の、テリー・カッブであった。
歩幅が違いすぎ、やや早足の将人の後を、余裕たっぷりに追い掛けてきていた。
「そういうのって、普通相手に失礼だよな!?」
「バレなきゃ問題ねーだろ。お、あれか」
城の正面庭を抜け、城門手前の吊り橋に少女が立っていた。
夜の篝火のせいでよく分からなかったが、近付くとその輪郭が分かる。
黒くしたのであろう髪は1つに束ねて、左肩から垂らしている。
前髪が長く、目元まで隠れていた。
服はどこから調達したのか、緑色の長い貫頭衣にサンダルという姿で、さっきまでのボンデージとは真逆といってもいい、いかにも大人しそうな格好だった。
正直、ナイアの性格を考えると、こっちの方が似合うな、と将人は思った。
もちろん、角や蝙蝠のような羽、尻尾は隠している。
「……ナイア?」
念の為に呼びかけると、ナイアはハッと顔を上げた。
「お、おひささぶりです!」
噛んだ。
「落ち着いて。別れてから、一日も経ってない」
「そ、そうですけど……私には、何だか長く感じました……」
おそらく素なのだろうが、どうにも将人としては勘違いしそうな発言をするナイアであった。何だかものすごくナイアが自分に好意を持っているようではないか。
そんな風に想われるような事をした憶えは、将人にはない。
うん、そういう期待はよくないな、よくない、と必死に自重する。
「そ、そうか……で、その格好は?」
「あ……これは……」
自分の服装を見直すナイアに、将人の後ろからヒョイとテリーが覗き込んできた。
「地味だけど、磨けばなかなか化けそうないい子じゃねーか。紹介してくれよ、将人」
ビクッと、ナイアが身体を強張らせる。
「ナイア、コイツはテリー・カッブ。ある意味、同郷の人間だが……他にどう説明すりゃいいんだ? 野球とかこの世界にあればまだ、何とかなるんだけど」
「ヤ、ヤキュウ?」
「あー、もういい。テリー・カッブだ、お嬢さん。将人とはついさっき親友になった仲さ。よろしくな」
苦笑いを浮かべながら将人の前に出ると、ナイアに手を差し出した。
「いつの間にそういう事になったんだ!?」
「今だ」
将人の方を見もせずにシレッと言うテリーの手を、おずおずとナイアも握り返す。
「よ、よ、よろしく……お願い、します……」
それから不意に、身体の強張りが解けた。
握手している自分の手と、テリーの顔を交互に見比べる。
「…………?」
「ナイア?」
不思議そうな顔をするナイアに声を掛けると、彼女はテリーから手を離した。
「あ、いえ……何でもないです。……ちゃんと、ついていますよね?」
ナイアの視線は、テリーの股間に向けられていた。
テリーは確かに美形だが、さすがに女性とみるには無理がある体格の持ち主だ。
「しっかし、立ち話も何だ。中に入ってもらったらどうだ?」
テリーは気にした風もなく、後ろの城を顎でしゃくる。
それに対して、将人は反論した。
「いや、そういう訳にもいかないだろ。仮にもどころか本物の王城だぞ?」
「ですよねぇ」
その辺りの価値観は、ナイアも共通のようだった。
「それじゃ、俺達が外に出た方がよさそうだな。ちょっと待ってろ。誰か偉い奴に適当に言ってくる」
そして止める間もなく、テリーは城に戻っていった。
去り際「置いていくなよ!」と言い捨てるのも忘れない。
「……行動的だなあ。アメリカ人ってのはみんな、あんななのか?」
テリーの姿が王城の中に消え、将人は髪を掻き上げた。
「あの……私、2人きりの方が……」
控え目に、ナイアは誘いの言葉を掛けてくる。
将人としてもそっちの方がいい。
いいけど、まあ、自称親友である。
放っておくと後が面倒臭そうだし、待つ事にした。
周りを見ると、一応門の端に警備の兵士が2人立っているが、普通に話す程度の声の大きさなら、内容は聞かれずに済みそうだ。
「なあ、怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「は、はい!」
ナイアが声を弾ませる。
「この国の状況をさっき聞いた。四方の国から攻められてる。そして、ナイアは敵国の人間だ。こう……タイミング的に、疑われる要素がすごく大きいとは、思わないか? というかどうして俺が、城に居るって分かった?」
「あう……豪華な馬車が街から去るのは、空から見ていましたから」
「あ、見送ってくれてたのか。ありがとうな」
「は、はい。万が一、誰かに襲われたら大変ですから!」
ふと思い付き、将人はインナーフォンを立ち上げた。
そしてジョークアプリの1つ、嘘発見器をクリックする。
視界のナイアの左右に青の○と赤の×のアイコンが、出現する。
発汗や発熱から、相手の緊張を判別するアプリケーションである。
「……で、本当の所、スパイとかじゃないのか?」
「ち、ちちち、違います! 私、そんな……隠し事とか、無理ですし!」
青の○アイコンが点滅する。
彼女は嘘をついていない。
「じゃあ、何で?」
「だ、だって、将人様がまた会えるかって聞かれましたから」
「でも、難しいって言ったよな?」
「頑張りました」
グッと両拳を握りしめる。
「頑張っちゃったんだ」
「はい!」
それで何とかなったらしい。
それからいくつかの質問をしたが、嘘発見器に引っ掛かるような発言をナイアはしなかった。
「個人的には嬉しいんだけど……一般的には問題だよな」
「……冷静に考えると、問題ですね。疑われてもしょうがないと思います。最悪、将人様もスパイ容疑が掛けられてしまいますし……」
勢いだけで、ここまで来たらしい。
それからもう1つ気になっていた事を試してみる事にした。
こちらに来てから新しく増えたメッセンジャーアイコンを表示させると、ナイアの名前がアクティブになっていた。
「あ、承認してくれたんだ」
「?」
インナーフォン公式メッセンジャーは、140文字までの文字情報を相手に送る事が出来る。
新しく生じたそれも、公式と同じ造りのようだ。
首を傾げるナイアに『テスト』と送信してみた。
「ひゃっ!?」
ナイアが跳びはねる。
「ちゃんと伝わったみたいだな」
「な、なな、何ですか、今の……あ、目に何か映ってるんですけど……」
どうやら、ナイアにもメッセンジャーが導入されているようだった。
「そいつは……」
と、将人が説明しようとした時、ちょうどテリーが戻って来た。
「おーい。話つけてきたぜ。外出オーケーだとよ。ついでに、飯のうまい酒場の場所も聞いてきた」
「いや、でも俺、金持ってねーぞ?」
「その辺もぬかりなしさ。ほれ、お小遣い」
キシシ、と悪戯小僧のような笑いを浮かべながら、ジャラリと硬貨の入っているらしい袋を取り出すテリー。
「さ、行こう行こう。せっかくよく分からない世界に来てるんだ。見聞広げるのも悪くねえだろ」
言って、将人とナイアの背中を押すのだった。
……お、おかしい。
プロットとプロットの間みたいなテキストが増えていってる気がします。