召喚の事情
馬車に揺らされ、王都に付く頃にはもう、日は沈んでいた。
空は黒というよりも深く沈んだ青に近く、月の色は禍々しい緑色をしている。
城内に入り案内されたのは、広い会議室だった。
そこには5人の人物が長方形の卓を囲んで待っていた。
ちなみにそれぞれ名前は名乗ってくれたが、自慢じゃないが将人は同時に2人以上紹介されると、それまでの2人も含めて全員忘れてしまうという特技の持ち主だったので、それぞれの特徴から、魔王、山羊博士、姫、老僧、魔女と頭の中で勝手に呼ぶ事にした。
「まず最初に、謝らねばならん。君がこの地に呼び出されたのは、我々のミスだ」
上座にいた、銀髪に青い肌を持つ男が言う。
頭に角もあるし、もう魔王と呼ぶしかない威厳の持ち主だった。
「どういう、事ですか?」
席に座った将人は、首を傾げた。
別に問い詰めるつもりはなく、単純な疑問であった。
「陛下、例によって順番に話すべきでしょうな」
「うむ」
魔王の了承を得たのが山羊博士。
山羊のような髪と髭、ではなく頭が普通に黒い山羊なのだ。
「と言う訳で、私から説明させてもらいましょうかな。まず、ラウンダント王国という地上にあった国の話ですじゃ」
そうして、山羊博士の説明が始まった。
地上、すなわちフィクシアナ大陸はその大半を魔導大国であるライズ帝国が支配している。
これが現在も、他国を侵略、駆逐しているという状況だった。
それも、ただ攻めている訳ではない。
己達の魔導の実験を、他国で行なっていたりする。
「そして、ラウンダント王国が帝国に仕掛けられた大魔法が、『奈落堕とし』。
国そのモノを奈落へと叩き堕としてしまうという魔法であり、結果ラウンダント王国は現在、このゲヘナに存在する。地上がどうなったかは不明だが、建物もこちらにあるので、おそらくは廃墟すら存在しない完全な更地になっているだろう」
ここで、山羊博士の言葉を姫が引き継いだ。
前2人と比較し、プラチナブロンドに碧い眼、絹のドレスを着た、お伽噺にでも登場しそうなお姫様である。
「この魔法によって、我が国は大きな問題点が1つ生じました。堕とされた場所には、別の国があったのです」
「それが悪魔族の棲まうこの国、アファドールだ」
説法も拳で語りそうな、屈強な肉体を持つ老僧が言う。
「2つの国は重なり、結果1つとなっだ。建物は奇形に、不運な人は悪魔と融け合った。この国はアファドールであり、同時にラウンダントでもあるという訳だ」
「我が父もこの通り、この地の魔王陛下と融合してしまいました」
姫が沈んだ様子で、魔王を見る。
言われた本人は、憮然とした表情だった。
「困ったことに、地上の国王としての意識も、アファドールの魔王の意識もどちらもあるのだ」
「と、この国の事情は簡単に話すとこんな所じゃが、もう少しだけ無関係な話をさせてもらいたい」
山羊博士の求めに、将人は頷いた。
大体、分かった。
このゲヘナに地上の国が堕とされ、融合している。
だから、この国は現在、人間と悪魔族が共存しているという状況だ。
「感謝する」
山羊博士が頷き、緑色のローブを被った鼻の大きな老婆――魔女に話を促した。
「この国は他の5つの国に囲まれておる。龍が治める山国ドラコニア、魔導国家ウィズトルカン、夜魔達の棲まう魔境イマ、無数の幽鬼達が漂う白霧の地ファンターム、無数の獣が潜む森林王国ヴィルストン。我が国の以上を察したこの5国が一斉に攻めてきてのう」
「弱肉強食がこの世界のルールなのだ。奈落では珍しくない事なのだがな。ちょっとでも弱みを見せれば、この通りよ」
魔女が溜め息をつき、魔王は大きく両腕を広げた。
「とはいえ、黙って蹂躙される訳にもいかぬ。兵達に動いてもらいながら、こういう時のための秘術を行使する事となったのだ。そしてここからが、君に関係のある話となる。秘術というのは我が国、この場合はアファドールの歴代の王の英霊を呼び出す儀式であった」
「儀式は成功した。だが、同時に失敗でもあったのじゃ……」
魔女の表情が、苦渋に歪む。
「地脈に問題があったのじゃよ。ラウンダント王国と融合したことで結果、本来呼び出すべき相手が歪んでしまいおった……」
なるほど、と将人は納得した。
そこまで聞いて分からないほど、馬鹿ではない。
「それで俺、か……」
歪んだ召喚魔法が、ゲームに潜っていた自分を呼び込み、この世界へと誘った……という訳だ。
「正確には君達、だな」
魔王のシレッとした補足に、将人は仰天した。
「他にもいんの!?」
「儀式の中心となったのは、我ら5人……呼び出すはずだった英霊も5人だったはずでなぁ」
魔王は遠い目をした。
「別室に待ってもらっている。帰還方法は探っているが、何分戦時中なのでな。こちらの都合ですまないが、しばらく掛かると思う」
そうして、将人は別の部屋に案内された。
暖炉や本棚があり、こちらは会議室と言うよりも居間に近い。
高級そうな木製テーブルに、柔らかそうなソファ。
「こりゃあ、また……」
呟く将人に気付いたのか、ソファに座っていた金髪を後ろで束ねた青年が振り返った。
「よう、日本人か、それとも中国人か? アンタが聞いてた最後の1人らしいな」
ニッと笑う表情はいかにも人懐っこい。
座っていても、いかにも絞った筋肉の持ち主であることが分かる。
「アメリカ人?」
「まーな。それにしてもこりゃまた、戦力になりそうにない身体つきだな。あ、オレはテリー・カッブ。ゲームやってる最中に……ってのは、アンタもそうなんだろ?」
まあ座れよ、とテリーは自分の対面に、将人を促した。
そして、グラスに透明な液体を注いで、将人の前に進める。どうやら、水らしい。
「あ、ああ。俺は伊藤将人、日本人だ」
水を含みながら、将人は突き出されたテリーの手を、握り返す。
案の定、力強い握手だった。
「そうか、よろしくな。ま、戦力云々って言えば俺もそうなんだけどな。ベースボールゲーム出身者に、何しろって言うんだよ。なあ?」
「ベースボール?」
なるほど、前をはだけてはいるが、テリーの服装は野球のユニフォームだ。
といっても、将人はメジャーリーグに詳しくはない。
それとも、架空のチームだろうか。
「ああ、『Field Leaguer』って知ってるか? でも他の3人の場合は……」
「ふごふご」
首の後ろに息づかいを感じ、振り返るとそこには包帯まみれのミイラがいた。
「うわあっ!?」
ミイラは後ろからソファの背をよじ登り、転がって将人の隣に座った。
将人はドン引きであった。
「エ、エジプトが舞台の冒険アドベンチャージャンルの人とかか?」
「ハハハ、違う違う。そいつはマミーじゃなくて単に包帯巻いているだけさ。格闘ゲーム『Humanoid Disaster』出身のナタリヤ・アレキサンダー。ロシア人だ。れっきとしたレディだから、丁重に扱うんだな」
「じょ、女性……?」
「ふご……」
「そ、そりゃ悪かった……よ、よろしく」
この場合、テリーと同じ握手でいいんだろうか。
おずおずと手を出すと、厚手の手袋のように親指以外ひとまとめになった手で、ナタリヤは手を握り返してきた。
「ふごご……」
何だか嬉しそうだ。
そしてその背後、つまり部屋の奥に大きな赤いトカゲが、丸まった眠っているのに気がついた。
いや、あれは翼竜の類だろうか。
「……あっちのは、モンスターアバターか?」
「よく見ろ。懐で寝てる女の子がいるだろ」
「……ああ」
なるほど、言われてみれば胴体にしがみつくようにして、年齢は八歳ぐらいだろうか、赤毛の女の子が眠っていた。三つ編みにオーバーオールの、何だか農家の子のような格好だ。
「待ちくたびれてねちまったようだな。ペット育成ゲーム『みんなで召喚獣!』やってる最中に呼び出された、パトリシア・ダーウィン。オーストラリア出身だ。ま、起こすのも悪いし、挨拶は後だな」
「ふご!」
テリーの意見に、ナタリヤが手を上げる。
何だろうと将人は思ったが、テリーには伝わったようだ。
「そうだな、ベッドに運ぶのはナタリヤに任せるよ。おい、かりゅー、夜更かしさせて悪かったな」
「ぐる……」
テリーが呼ぶと、赤い翼竜――かりゅーが鎌首をもたげた。
そして器用に2本足で立つと、その背に眠るパトリシアを乗せた。
「かりゅー……火龍ね。あれ、でも1人足りなくないか?」
部屋を出て行くパトリシア&かりゅーに、ミイラのナタリヤが付き添う。
そして、将人は部屋にいた人数を数え直した。
呼ばれたのは全部で5人。
野球ゲームのテリー・カッブ。
格闘ゲームからナタリヤ・アレキサンダー。
ペット育成ゲームからはパトリシア・ダーウィン。
そしてギャルゲーから自分、伊藤将人。
「あー……多分、工房に戻ったな。基本、無愛想なタイプだったから」
テリーが苦笑し、新たな水を自分のグラスに注いだ。
「人付き合いが悪い感じなのか」
「そういう訳じゃねーけど、ちょっと何考えてるのか分からねーな。ああ、ドイツ人で……名前何だったっけ?」
「いや、それ俺に聞くのかよ!?」
「ハハハ、冗談だ。ただ、名前忘れちまったのはガチでさ。困ったもんだ」
「困ってんのは俺の方だよ!」
「ま、明日飯の時にでも会えばいいさ。今日は面合わせだけなんだし、目的は達した。後はもう、寝るだけだな」
お気楽に笑い、グラスの水を一気に煽るテリー。
「そっか……あ、そうだ。さっき気になる事言ってたけどさ、戦力ってのは……俺達も戦うって事なのか?」
まさか、ギャルゲー出身の自分に、戦えと言われても困る。
こういうのはVRMMOがセオリーだろうが。
せめて、ナタリヤのように格闘ゲームならまだ、救いがあっただろうに。
「いや、そういう訳じゃなくてさ、皆バラバラの場所に出現したんだよ。で、それぞれでトラブルがあったんだが、ハッハァ、これが酷いもんだ。全員ボロ負けでさ」
「あー……」
トラブルと言えば、将人も遭った。
幸い加減して貰えたが、最悪ナイアに精力を吸い尽くされて、ミイラにされてもおかしくなかったのだ。
表情に出たのだろう、テリーが目を細めた。
「将人も心当たりがあるようだな」
「まーな。当たり前だけど、ゲームとはやっぱり違うんだな。さっきのかりゅーとか、ずいぶんと強そうだったじゃねーか」
「んー、敗因とかは本人達の口から聞いた方がいいだろな。つっか野球選手がよ、熊や虎相手にバットで大立ち回りだぜ? なかなか笑えるだろ」
「俺だったら笑わず、泣いて逃げるぞ、それ」
猟銃でも持ってたならともかく、鈍器で猛獣に立ち向かうとか、コイツはコイツで何考えてるんだか、と将人は思った。
「何だよ、情けねーな」
「命あっての物種だろ。ウチのジャンルに残機システムはねーんだ」
そもそも、あってもこの世界で通じるかどうか、試す気にはなれない。
「そういや将人って、何のゲームやってたんだ?」
ついに、その質問が出た。
「……ギャルゲー」
顔が真っ赤になるのを自覚しながら、将人が言う。
「ぎゃるげえ?」
だが、テリーには通じなかったようだ。
「……そういや、外国にはあんまりないんだったか。女の子がいっぱい出てな、それと仲良くなるのが目的のゲームだ――ってそんなに笑うなよ椅子から引っ繰り返るほどかよ!?」
将人は恥ずかしさのあまり絶叫するが、テリーの爆笑は止まらなかった。
なんて2人で騒いでいると、扉がノックされた。
入室を許可すると、メイドが一人入ってきた。
「伊藤様、よろしいでしょうか。城門前に、お客様がお待ちなのですが……」
「は? お客様?」
この世界に知人なんていない将人だ。
一体誰だ……?
と疑問に思っていると、メイドがそれに答えてくれた。
「はい。ナイア・クークと名乗っていますが……ご存じでしょうか?」
……大勢の人にいきなり会うと名前を覚えきれなかったり、半年ぐらいして再会しても顔を忘れてるとか、よくありますよね。
後ヒロインはそれぞれ、個別に出すので、とりあえず顔見せで。
……って、まともに会話したヒロインが、ええと……大丈夫、ナタリヤはちゃんと次は顔出しで紹介します。




