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こちらに来る直前のこと

 立体映像(ホログラフィー)に投影された戦士が剣を振るい、魔術師が炎を放つ。

 別の映像は異星の氷原を舞台にした軍隊が、クリーチャーを相手に引き金を引き続けている。

 店内を蚊のように飛び交い、色とりどりのレーザーや爆発を起こしている宇宙戦闘機は、VRフライトシューティングの体験版だろう。店内を1つのフィールドとし、プレイヤーが敵機と戦っているのだ。

 ゲームショップのテーマソングが流れる店内を、リュックを背負った伊藤(いとう)将人(まさと)は緊張しながら進んでいた。

 目的は本日発売のゲーム『おーろら☆ハイスクール』である。

 複数登場するヒロインを攻略する、いわゆるギャルゲ-だ。


 ピッ!


 視界に青い円が浮かび上がり、棚の一角をロックする。


「あった……!」


 事前に体内のナノマシン型端末で登録しておいた、ゲームのパッケージだ。

 学校の校舎を背景に、カラフルな髪の色をした女の子達が描かれている。

 よし、間違いない。

 実物を手に取り、入手出来た事に安堵する。

 だが、そこでふと手が止まる。


(き、緊張するな……)


 これまで、基本VRMMOだのVRSTGだのといったジャンルばかり遊んできた将人だ。

 こうしたジャンルに手を出すのは、初めてだった。

 推奨してくれたクラスの悪友なら一笑に付すだろうが、将人としては真剣だった。

 が、ここまで来て、今更引き返すのも馬鹿馬鹿しい。

 意を決してパッケージを掴むと、足早にレジに向かう。

 そして、足が止まった。


「あっちゃあ……」


 女性店員だった。

 一瞬、本気で元の場所にパッケージを戻そうかと思った将人だったが、勇気を振り絞った。

 ネット通販だとこの手の問題も生じないが、ここまで来て今更後には引き返せない。


「いらっしゃいませ」


「こ、こ、これを」


「はい、少々お待ち下さい」


 パッケージは空箱で、実物はレジの奥だ。


「店舗購入特典として、特典資料集とフィギュアが付きますがよろしいですか?」


「よ、よろしいです」


 我ながら妙な返事をしてしまった、と将人は後悔するが、店員は気にする様子もなく紙袋に商品をまとめ、最後にテープで口を閉じた。




 商品を受け取った将人は、真夏の電気街へと出た。

 ムワッとした熱気が、身体を包み込む。

 休日だけあって、春葉原の街は人の出入りも多い。

 小さな子供達が、コミカルな毛むくじゃらの獣や可愛らしい妖精と言ったホログラムモンスターを連れて歩いているのは、VRペット育成ゲーム『みんなで召喚獣!』のキャラクターだろう。

 もちろんインナーフォンを立ち上げていないと、これらは見えない。

 街のあちこちにドラゴンだの一角獣だのといったモンスターが出現している風景は、なかなかにカオスと言える。

 また別の一角には、電磁テープで区切ったフィールドで戦う、VR格闘ゲームのプレイヤー達とそのギャラリーが盛り上がっていた。

 プレイヤー自身はそれぞれフィールドの対角線にある椅子に座り、フィールド内のアバターキャラクターが拳を交え、技を競っている。

 昼食も食べていくかなと少し悩んだが、荷物があるので素直に帰る事にした。




 電車に乗り、一息つく。

 乗り継ぎはないので、寝過ごさない限りは大丈夫だ。

 空いている席に座ってインナーフォンを起動させる。

 そうして暇を潰していると、やがて電車が止まり新しい乗客がなだれ込んできた。

 どこかの少年野球のチームだ。


「…………」


 ふと視界に映るポップアップニュースには、高校野球の甲子園大会の話題が出ていた。


「はぁ……」


 野球には、少々苦い思い出があるのだ。

 吹っ切れたつもりだったが、思わず溜め息の出る将人だった。




 電車を降りた将人は、駅から歩いて自宅に着いた。

 両親は休日という事で、2人揃ってデートだ。

 何でも果物取り放題のツアーに申し込んだとかで、実に仲がいい。

 リビングを抜け、キッチンの冷蔵庫を開けて、作り置きの麦茶を取り出す。ミネラルウォーターの1.5リットルペットボトルを使い回したそれの中身を、グラスに注ぎ、一気に飲み干した。


「ぷはぁ……」


 もう一杯コップに注ぎ、2階にある自室へと登る。

 部屋に着くと、エアコンのスイッチを入れた。

 部屋の上隅の取り付けた長方形の機械が唸りを上げ、冷風を噴き出し始めた。


「……暑かったー」


 コップを勉強机に置き、椅子に座る。

 ドッと疲労が押し寄せてきたが、とにかく第一段階クリアだ。

 床に置いた紙袋に手を伸ばし、商品を取り出す。

 ビニールをむしってパッケージを開くと、中には切手サイズのカードが一枚収まっていた。

 引き出しから、銀色をしたアームバンドタイプのVRゲーム機を取り出し、手首に嵌める。

 緑色のランプが点灯したのを確かめ、手首側にある読み取りスロットにカードを挿入した。

 カードの認証が終わると、ゲームのデータが体内のインナーフォンに高速インストールされていく。


 ――インナーフォンを初めとしたナノマシン端末が普及したのは今から10年ほど前になる。

 それまではスマートフォンが主流を占め、わずかに進んだ技術として延髄付近に外科手術で電極を埋め込む方式も流行っていたが、人体に直接改造を加えるというのはやはり、人々の間で抵抗が大きかった。

 そこでソルバース・カンパニーが発表したのが、無針注射で極微小の機械群(ナノマシン)を体内に注入、常駐させるという端末だった。

 コンセプトは、『完全なるハンズフリー』であり、今の世代の主流端末であった。

 何せ所有者自身を端末にしてしまうのだから、落とす心配はまず無く、防水防塵は当たり前、基本は通話、撮影、音楽再生を始め、視力強化やボイスチェンジャーなど独特のアプリも多数揃えられた。

 もちろん、盗撮やデータ入手を目的とした要人誘拐、端末操作に夢中になりすぎての事故など社会的な問題も多く生じたが、それ以上にメリットの方が大きかった。

 何より電極を埋め込むよりもずっと安全な上、歯医者に通うよりも手軽というのが、爆発的普及の切欠だっただろう。



 特典の設定資料集は本棚に入れ、フィギュアは……飾るのはあとでいいかととりあえず置いていた。

 麦茶を飲み干し、ベッドに横たわる。

 ゲームは楽な態勢で、というのは基本中の基本だ。

 新しく出現しているギャルゲーのアイコンを確認し、それをクリック。

 視界がめまぐるしく加速し、浮遊感と共にゲームの世界へ――




「――来たと思ったら、これだよ……何なんだよ、一体」


 将人は纏わり付くような暑さの中、ボヤキながら欧州風の廃墟を進む。

 太陽は黒いくせに、しっかりと熱は伝えてきていた。

 インナーフォンを確かめてみると、ゲームを始めてから十数分が過ぎた程度。

 通話はアンテナが立ってないから不可。

 撮影や音楽再生は可能だけれど、使えばそれだけエネルギーを消費するからやめておいた方がいいだろう。いつ飯が食べられるかも分からないのだ。

 視力強化、ボイスチェンジャーといったジョークアプリは使えるが、ネット接続前提のアプリは全滅。立ち上げることは出来ても動かなければ同じ事だ。

 そして気になるのは、新しく増えたメッセンジャーアイコンだ。

 立ち上げると、そこには一件新着が増えていた。

 名前は、ナイア・クークとあった。


『友達申請しますか?(Y/N)』


 と出たので、もちろんYを押しておいた。

 どうやら向こうからの返事待ちらしい……が、すぐに反応がないし、そもそもナイアがインナーフォンを持っているとは思えない。

 いや、そもそもネット接続出来ないしそれ以前に電波もなしに、こんなもんどうしろというのか。




 なんて内心ツッコミながらも足を進めていると、街の端、石垣とアーチ状の門の前に着いた。

 門の陰から外を覗くと、小高くなった丘の上に軍が待機していた。

 人間の騎士団が半分、それはまあいい。

 だが残りは角と羽を生やした大小の生き物――いわゆる悪魔やら一つ目の小人、ゲル状のスライム……と言った面々だった。

 思わず、将人は後ろを振り返った。


「あ、あれ、本当に味方なのか、ナイア……?」


 戸惑っている内に、人間の騎士の一角が動き、水晶球を持った魔術師っぽい人間を先頭に、こちらに向かってきた。

 逃げるべきか迷ったが、一応相手は人間だ。

 覚悟を決めて、将人はナイアを信じる事にした。

 やがて、魔術師の後ろから金髪の美男子が前に出て来て、門の前で立ち止まった。


「異邦の方!」


「俺の事、か……?」


 おそらく、魔術師の水晶球が自分の位置を知らせているのだろう。

 そうでなければ、こんな風に隠れている自分に呼びかけたりはしない。


「私はラウンダント王国騎士団第2隊隊長ワキムと申します! 色々と混乱されていると思いますが、それらに関して説明の準備がございます! ここは危険です! あちらに馬車を用意させてますので、どうか!」


「…………」


 ちょっと考え、将人は表に出る事にした。

 一応、両手を上げて近付いたら、ワキム隊長に苦笑されてしまった。

 こうして将人は、ラウンダント王国に向かう事になったのだった。

次回、次のヒロイン(複数)登場。

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