【後編】
そして――運命の十七才がやってきた。
王都は穏やかで、民の笑顔に満ちている。前回の惨劇が嘘のような平和な街並み。
さらに二人の関係も、前回よりずっと甘く親密になっていた。
「クロード様ー! 今日もご褒美のあーん、してください!」
「エリス……もう少し慎みを……いや、もういいか。はい、あーん」
「えっ!? 今日は受け入れてくれた!?」
記憶がないはずのクロードだったが、エリスと過ごすうちに、無意識のうちに彼女を誰よりも愛おしく思うようになっていたのだ。
しかし、運命の『あの日』が近づくにつれ、エリスの体は恐怖で震えた。
(本当に……本当に歴史は変わったの? またクロード様が死んじゃったらどうしよう……!)
怯えるエリスを、クロードは優しく抱きしめた。
「大丈夫だ、エリス。俺がずっと側にいる。何が起きても、君を離さない」
二人で肩を寄せ合い、息を潜めて過ごす夜。
時計の針が静かに真夜中の零時を指し――そして、何事もなく朝の光が部屋を照らし出した。
「……あ」
窓から差し込む、あたたかな太陽の光。
クーデターは起きず、誰の血も流れず、静かに運命の日は過ぎ去っていた。
「越えた……! 越えられたんだ、クロード様……っ!」
エリスが涙を流してクロードにしがみついた、その瞬間。
「……っあガッ……!?」
クロードが突然頭を押さえ、激しく苦悶の声をあげた。
「クロード様!? どうしたの、クロード様!?」
「あ……頭が……記憶が……っ!!」
彼の紺碧の瞳に、途方もない絶望と、狂おしい愛の記憶が、濁流となって逆流していく――。
◇奇跡の果てに(クロード視点)◇
脳裏を駆け巡る、数え切れないほどの惨劇の記憶。
ああ……そうだ。俺は、ずっと足掻いていた。
始まりは、あの惨劇だった。
クーデターの渦中、親しい友人であったエリスの父親が、足の悪いエリスを庇うようにして二人揃って命を落とした。目の前で失われた二つの命。あまりの絶望と衝撃に打ちひしがれた俺の手の中で、家宝のペンダントが眩い光を放ち――世界が巻き戻ったのだ。
「二人を救いたい」
ただそれだけの一心でやり直した二回目の世界。だが、そう上手くはいかなかった。まずはエリスの足が不自由になった事故を防ごうとしたものの、俺はその場所や日付、時間を知らなかったせいで、足が不自由になる前のエリスを見つけられなかった。結果、暴走した馬車にはねられ、元の世界の通り車椅子生活になってしまった幼いエリスを見ることになった。
「今度こそ、誰も失わずに彼女を幸せにする」
そう誓った三回目の世界。大まかな場所しか分からなかった俺はまたしても事故は防げなかった。それでも見守っていたエリスが十二才になった頃、無事に婚約者を得たと安堵した。
何度目だったか。実はその婚約者にエリスが虐待されていた事実を知った時は頭を掻きむしったものだった。
「全ての危険を排除するんだ。俺がエリスを守らないと……!」
様々な手を打っても、エリスはその隙間を縫うように事故に遭ってしまい、なかなか防げない。しかし車椅子になってもなお、ひたむきで、健気に前を向いて笑う彼女の姿に――俺はループを繰り返すごとに、エリスの朗らかな強さに一人の女性として心惹かれていった。
なのに――運命はとても残酷だった。
どんなに歴史を変えようとしても、どんなに完璧に守ろうとしても、彼女は必ず十七才の年に、クーデターの混乱の中で命を落としてしまうのだ。
三十回、五十回、百回……。
何度時を巻き戻しても、俺の腕の中で冷たくなっていくエリス。その冷たくなった頬を撫でた回数は、百を越えた辺りで数えるのをやめた。
そして、気が遠くなるほどのループでようやく、俺は奇跡を起こした。
仕事を抜けて王都中の裏通りを死に物狂いで走り回り、全身汗だくになって駆け回った果てに――ついに初めて、事故直前の彼女を無傷で見つけ出すことができたのだ。
足が不自由でなくなった彼女が意外なことに剣を学びたいと言った時は驚いたが、好きなことに好きなだけ打ち込むエリスはとても眩しかった。
初めて無事に救い出した彼女と過ごした日々は、かつてない幸福な日々だった。
――しかし、エリスの死の運命は排除出来ないまま。
『エリスが成人したら、結婚しよう』
叶うはずもない手紙を書き遺し、自ら戦場へ飛び込んで死ぬことでしか、時を巻き戻すペンダントを発動させられない絶望。
(もうダメだ……俺の力じゃ、あの子を生かす答えに辿り着けない……!)
前回のループの最後、ついに心が折れた俺は、最後の賭けに出た。
自分自身の記憶を諦め、あのペンダントを託す事で過去を記憶する力を移して、彼女に後を託したのだ。
『俺の記憶がなくなっても、君ならきっと、答えを見つけてくれる』
――そして今。
「クロード様……? 大丈夫……?」
泣きそうな顔で俺の顔を覗き込む、生きているエリス。
十八才の誕生日を無事に迎え、元気に呼吸をしている、大好きな少女。
「……っ、ああぁ……っ!!」
「キャッ!?」
俺はエリスを強く、壊れるほど強く抱きしめた。
目から溢れ出す涙が止められない。
「生きている……! エリス、君が……生きている……っ!」
「クロード様……? 記憶が……戻ったの?」
「ああ、戻った……全部思い出したよ! 俺がどれほどループしても解けなかった答えを、君が見つけてくれたんだ……! 俺の剣を覚えていてくれたのも、俺の知らない歴史の答えを持っていたのも、全部……全部、君のおかげだ……っ!」
涙でボロボロになりながら笑う俺に、エリスは目を丸くしたあと、太陽のように眩しい笑顔を咲かせた。
「へへっ、言ったでしょう? 私、クロード様の奥さんになるって! ガードの固いクロード様を崩すの、すっごく大変だったんだから!」
「……もう、ガードなんてしないよ。二度と離さない」
俺は膝を折り、彼女の手を取った。
今度は契約でも、女避けでも、死を覚悟した遺言でもない。
「エリス。俺と結婚してください。一生、俺の隣で笑っていてほしい」
「はいっ! 喜んで!」
あたたかな光の中で、クロードはエリスの温かな頬を撫で、深く重なり合うように唇を重ねた。
何度も壊れ、何度も失い、それでも諦めなかった世界の果てで――
二人はついに、永遠のハッピーエンドを抱きしめたのだった。




