【3・裏目】彼女が壊れたら俺のせいだ 3
雇用環境の改善を要求するストライキを未然に防いだ翌日、指揮所のある空港では、支社の輸送機やチャーターした民間機がピストン輸送を行っていた。
情勢悪化のため、国内にいる非武装社員たちは、一旦国外に身を置くことになったからだ。
こんな時ですら、日本政府は専用機を仕立てたり、といった援助もなく、全く手を貸してくれる気配すらない。
よほど世間体や下らないメンツとやらが気になるようだ。
政府のために犠牲になっている日本人技術者がこんなにいるのに、連中には同胞を救いたい、という気持ちそのものが欠落しているのだろう。
国防大臣に対して、神崎が何度も支援の申し入れをしているが、自国の危機のはずなのに、お前達がどうにかしろ、治安維持を委託する契約をしたろう、の一点張りで聞く耳を持たない。
恐らく彼も大統領の甥御同様に、PMCなど使い捨てに出来る駒くらいにしか思っていないのだ。
(ほんの数日、手を貸してくれるだけでいいのに……)
自分たちを取り巻く理不尽さに、神崎の苛立ちが募る。
二日経って、ようやくまとまった増援と追加の車両が到着した。
目下指揮所周辺には、次々と増援部隊を収容するためのテントが建てられている。
増援の連中は皆、会社の一大事と聞いて最初からかなり気合いが入っていた。
誰もが神崎と共に戦ったことのある、歴戦の勇士揃いだ。
急ごしらえのかきあつめ部隊だったが、今回の作戦が神崎の勅命であり、指揮を執るのが神崎自身と聞いて「祭の前夜」のように、増援部隊は皆一様にテンションが高かった。
だが逆に、神崎自身のテンションは激しく下降しており、心身ともに疲弊していた。
「レイコ、ちょっと休ませてもらうよ……」
「はい。お疲れ様です、神崎司令」
司令室のモニターに二十時間ほども貼り付いていた神崎は、やっと到着した増援第一団の配置作業を終え、軽い頭痛を感じながら自室に逃げ込んだ。
全ての作業を自分一人で行うのは負担が大きかったが、非常にシビアでタイトな状況ゆえに、他人にこの組木細工のような緻密な作業を手伝わせることが出来なかったのだ。
強いストレスに苛まされていた彼は、自室のベッドに倒れ込むと深い眠りについた。
――ふと、携帯の着信音で目が覚めた。
手を伸ばして取ろうとして、もう少しで届くところで切れてしまった。
携帯の時間を見ると、部屋に来てから数時間が経過していた。
「ん……。麗かな……」
ねぼけまなこで着信履歴を見てみる。
――え……?
――履歴が……二百回を超えてる……?
(あ! 話の途中で切ってから、もう四日も経ってるのか! うっかりしてた……)
神崎はここ数日、携帯を自室の充電器に差しっぱなしにしていたのだ。
麗への連絡も外では他人の目もあるので、自室で電話をしようと思っていたのだが、いつも疲れ果ててベッドに倒れ込むと即寝てしまう。
それの繰り返しだった。
(やばいなぁ……すんごい怒ってるかも……)
早速、こわごわ麗の携帯に電話をかけてみると、ワンコールで繋がった。
「あ、麗? ごめん……ずっとかけられなくて」
『神崎さん、麗の母親です。よかった、やっと連絡取れて……』
「え、お母さんですか? ……あの、何かあったんですか?」
塩野義夫人の悲壮な声が、良からぬ事態を予感させた。