【3・裏目】彼女が壊れたら俺のせいだ 1
「うん、そう、無事転院済んだんだね、麗。良かった……」
『ここはすごく眺めのいいとこだね、有人さん。海が見える』
「空気もいいし、今度俺が日本に帰ったら、一緒に砂浜を散歩しようね」
『うん。早く帰ってきて……』
「あ、ごめん、用事出来ちゃった。またかける」
『あ、』プツ。
A国の空港敷地内に設置されたGSS社本部指揮所脇のテントの影で、麗と電話をしていた神崎は、人の気配を感じて通話を切った。
麗が何かを言いかけていたのが気になったが、後で聞いておけばいいだろう。休暇前の気楽な生活が、麗との安らかな日々が、とても遠くに感じる。
今の神崎は、どこにいても衆人環視の中にいる。
周囲はうっとおしいほど人だらけだ。少し前までは、涼しいオフィスでごろごろしていたのに、今では暑苦しいテントや、むさ苦しい男まみれの司令室で、四六時中だれかと話したり指示をしたりする日々だ。
総司令官たる神崎が恋人にラブコールしている様なんて、部下たちに見せられるはずもなかった。
身ひとつ、待つ人もなかった頃であれば、気にとめることもなかった。しかし今は、自分を待っている女がいる。
こっちは百五十年も待っていたのに、なんで今ごろになって待たせる側になっちゃったんだ? と、腹立たしいこと甚だしい。
いとしの麗ちゃんに、電話ひとつ満足に出来ないこの状態が、とてつもなく不愉快で不愉快で、頭がおかしくなりそうでたまらなかった。
「ちっきしょ~~~~ッ、あんのクソ甥め。そのうちボッコボコにしてやる」
自分は総司令官なのだから仕方がない。
神崎怜央の弟だから仕方がない。
社員のためだから仕方がない。
会社のためだから(以下略)。
仕方ないのは分かっているが、これでは昼寝はおろか、ラブコールですらまともに出来ない。しかし現状はあくまでも非常時、この危機的状況を立て直すまでは……。
と思えば思うほど、今度は自分のメンタルが危機的状況になりそうだ。自分がこれでは、本当に誰も救えなくなってしまう。
(ごめん……これ以上君の事を考えていたら、仕事にならないや……)
神崎は、麗への想いを追い払うように、頭を左右に振って指揮所司令室に戻った。