95 重蔵さん
その後はなごやかにお見舞いの時間が過ぎていった。
相原は最初のひと悶着を忘れたように、楽しそうにキャッキャと笑いながら重蔵氏との会話を楽しんでいる。
裏表のないヤツだし、本当にお爺さん大好きっ子なんだろう。ただし会話の内容はあまりよろしくない。
「――したらセンパイてば、絶対に残業したくないからって昼休憩中に仕事してんの! アレはマジ引くって!」
このとおりさっきから俺の話題ばかりだ。俺はそろそろ話題が変わらないかなと願いながら、ひたすら愛想笑いを浮かべていた。
重蔵氏が孫との語らいに表情を緩めたまま口を開く。
「ふむ、適度な休憩は仕事の効率を高めるが、男には意地というものもあるからな。きっと松永君にも意地を貫いてこそ得たものがあったのだろう」
「絶対そんなご立派なモンじゃないってば。てか結局その日、ウチも昼食行きそびれちゃってさー。あのカフェの限定ランチ最終日だったのに」
「それなら莉緒が一人で行けばよかったのではないか?」
「え? ……あー、そりゃアレっしょ。やっぱセンパイのオゴリで食べたいし?」
「なに言ってんだ。仮に俺が行けたとしても絶対に奢らないと思うぞ」
「ええーセンパイのケチー」
などと相原が頬を膨らませるけれど、相原の行きたがるような店って結構お高いんだよな。安月給の身では、後輩と言えどホイホイと奢ってられないのだ。
「……ははっ。それにしても莉緒は先程から松永君の話ばかりだな?」
目を細めながら笑みを浮かべる重蔵氏。どうやら気にしていたのは俺だけじゃなかったようだ。そんな重蔵氏の言葉に相原は目をパチクリとさせる。
「んえっ!? そ、そかな? てかジーチャンとウチの共通の話題と言えばセンパイになるのはしゃーないし?」
「そうかも知れないが、ワシは莉緒の近況なんかも聞きたいんだがなあ」
「そんなんこないだ会ったときとゼンゼン変わってないって! てかウチちょっとトイレ行ってくる!」
早口気味に答えた相原は、逃げるようにぴゅーっとトイレに行ってしまった。図星を突かれて恥ずかしかったのだろうか。たしかに共通点は俺しかないので、仕方ないとも言えるのだけど。
そうしてぽつんと残された俺と重蔵氏。重蔵氏は愉快そうに肩を揺らして俺に話しかけてきた。
「くくっ、忙しい孫ですまないな。君も普段から振り回されているようだ」
「ええ、そうですね……。とはいえ、今回の件は本当に失礼いたしました」
「いいや、最初に言ったとおり、莉緒がワシを思ってやってくれたことだ。感謝の気持ちしか湧かんよ。しかしまあ……なんなら君がこのまま莉緒をもらってくれてもワシは一向に構わんのだがな?」
そう言って重蔵氏がニヤリと口の端を吊り上げる。なかなか冗談がお好きのようだ。
「いやいや、俺も相原もその気がないからこんな茶番ができたんです。相原なら俺みたいなおっさんより、お似合いの男がすぐに見つかりますよ」
「……ふむ、君はそう考えるのか。それにワシから見れば君も十分若いのだがな」
そりゃあ重蔵氏から見たらそうなんだろうけど。とはいえ重蔵氏の冗談に長々と付き合ってもいられない。ちょうど相原が離席の今、聞いておきたいことがあったのだ。
「ところで重蔵さんはいつごろ退院されるのですか?」
なお、呼び方は重蔵ッチではなく重蔵さんに定まった。重蔵氏はソファーにゆったりと体を預けると軽くため息を吐く。
「実家に戻るとだな、周りの者共がご機嫌を伺いにくるのが面倒でかなわんのだ。だからこのままこの病室に住もうと思っている。前にも言ったが、ここには身体に不調がなくとも滞在している者も多いのでな」
「あっ、そうなんですか。ということは例の肉は――」
「うむ。受け渡しはこの病室になると思うのだが、それで問題はないだろうか?」
実は魔物肉を売る算段をしていたところ、新事実が判明した。どうやら魔物肉はこの世界では保存が難しいようなのだ。冷やしたり冷凍しても、数日でガクンと味が落ちてしまう。
伊勢崎さんの見立てによると、異世界では空気中にも存在するらしい魔素が地球には存在しないのが原因ではないかということだ。
そういうことで魔物肉は時間が止まっている俺の『収納』でしか保管はできず、なるべくこまめに売り渡す必要があった。それで重蔵氏の退院について尋ねたわけだ。
「受け渡しはこの病室ということですね。承知しました」
「すまない。ワシの方から君の元へ人を寄越せばいいのだろうが、ワシも隠居してからというもの、手元に信頼の置ける者がいなくてな……」
「いえいえ、俺としても特に手間ではないので気にしないでください」
「わかった。では病院の受付には、松永君をくれぐれも丁重に案内するように伝えておこう」
「……ああ、それには及びませんよ。『次元転移』ができますし、この部屋に直接飛んじゃいますから」
「うん? テレポート……?」
首を傾げる重蔵氏。そういえば重蔵氏には説明してなかったな。
「俺は異世界だけじゃなくて、一度行った場所には転移できるんです――」
俺はその場で立ち上がると、『次元転移』を発動させ、ソファーから少し離れたキャビネットまで転移してみせた。
「――ほら、このとおり」
そんな俺の姿を見て、あんぐりと口を広げる重蔵氏。
「は、はは……ははは……そうか、テレポートか……。まったく君には驚かされるな……」
彼はソファーからずり落ちそうになりながら、かすれた声を漏らしたのだった。
◇◇◇
しばらくして相原が戻ってきた。
「ただいまーっと。アレ? ジーチャンてば、やたら疲れた顔してるけど、だいじょぶ?」
「ん? ああ、いや、さすがに今日は疲れたのかもしれないな……」
そう言いながら軽く息を吐く重蔵氏。思った以上に『次元転移』のインパクトが大きかったのかもしれない。そんな重蔵氏に相原が心配そうに眉を下げる。
「そっかー。それじゃーセンパイ、そろそろウチらも帰りましょっか。今日は飲みに行きましょうよ、飲みに!」
「ワリカンならいいよ」
「えー。……でもまあいっか、センパイ無職っすもんね。んじゃジーチャンまたねー」
「それでは失礼します」
「おお、今日は楽しかった、本当にありがとう。それから莉緒」
「ん?」
玄関から出ようとしたところで、相原が足を止めて振り返った。そんな相原に重蔵氏は親指をグッと立てると、ニッと笑顔を見せた。
「ワシは莉緒を応援しているからな。がんばれよ!」
「へっ!?」
キョトンとした顔を浮かべる相原。だが重蔵氏が俺の方にチラッと視線を向けると、相原はなにかに気づいたようにハッと目を見開いて大声を上げた。
「おっ、おおー! ジーチャン、ウチはやったるぞ! まあ見ててよ!」
ブンブンと手を振る相原に、満足そうに重蔵氏がうなずく。
どうやら祖父と孫のアイコンタクトが成立したようだ。仲が良さそうでなにより。
その内容はおそらく、俺という頼れる先輩が退職したことで、会社での相原の今後を心配して励ました――といったところだろう。まあ相原なら要領よくやっていくと思うけどね。
そんな仲の良い祖父と孫にほっこりとしつつ、俺は病室を後にしたのだった。
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