96 初収入
重蔵氏の見舞いに行った翌日。俺はさっそく重蔵氏のVIP病室にお邪魔した。目的はもちろん魔物肉の宅配である。
直前に連絡をしたにもかかわらず、重蔵氏は目の前に現れた俺を見て呆然としていたけれど、そのうち慣れてくれると思いたい。
今回はグレートボアの肉300グラムを販売。老人が一度に食べるにはちょっと多いと思ったのだが、二日に分けて食べるとのこと。
劣化が防げないとはいえ二日目くらいなら問題なく食べられるとは思うけど、美食家からするとどうなんだろうね? 一応なるべく早く食べるように忠告はしておいたけど。
そんな重蔵氏は病室のキッチンを使って自ら料理するのだそうで、久々に腕を振るうことができるぞと笑っていた。少し前までその腕には点滴が刺さってたのだから、喜びもひとしおだろう。
ちなみに販売価格は大家さんと相談した結果、最高級のお肉の一回り上のお値段ということで100グラムあたり3万円に設定。
『重蔵にはあんたを疑った負い目もあるし、もっと吹っかけてもいけそうだよ』と、大家さんはいじわるそうに笑っていたけれど、それはそれで俺のほうが良心の呵責を感じるのでこの価格だ。これでも今回は9万円の儲けである。
これが会社を辞めて無職になって以来の念願となる、日本円での初収入だ。嬉しさがほとばしるね。
ひとまず週一のペースで売って欲しいとのことだったので、9万円を四週――ひと月あたり収入が36万円。普通に働くことを考えれば悪くない額だと思う。
ボロ儲けでウハウハとはいかないけれど、無駄遣いさえしなければ重蔵氏がグレートボアに飽きないかぎりは普通に生活していけそうだ。
グレートボアの在庫はまだまだあるし、なんなら異世界で購入してもいい。俺の無職生活もついに軌道に乗りだしたのかもしれない。
そうして重蔵氏にグレートボアを売った後、すぐに帰るのも味気ないので少しだけ世間話をしてから帰った。とはいっても昨日会ったばかりだし、話題には困ったんだけどね。
重蔵氏も同じ思いだったのか、孫バカの重蔵氏がひねり出したのは相原の話題ばかり。
ああ見えてこれまで彼氏を作ったことがなくて奥手なんだとか、自分のような老人の見舞いも欠かさないやさしい心根の娘なんだとか、やたらと相原を称賛する話が多かった。
そのやさしいお孫さんは、結局昨日は無職の俺に酒代を奢らせたんですけどね……。
とにかく、こうして俺は日本で現金収入を得ることができた。後は家電をなるべく魔道具化していれば、電気代も減っていくので日本での生活費はどんどん安くなっていく。
そんなわけでこの日は待望の魔道具ショッピングをするために、異世界へと転移することにした。
伊勢崎さんにも相談したところ、魔道具を買う際には同行すると言ってくれたので、今日の夕方には学園帰りの伊勢崎さんが自宅を訪ねてきてくれる。
異世界の先輩から購入のアドバイスをいただけるのは大変ありがたい。そのためにも準備万端で伊勢崎さんを迎えよう――
そう考えた俺は、ひとまず一人で異世界に転移してみることにした。
せっかく異世界に転移しても、向こうが真夜中なら買い物にはいくことはできない。しかし今のうちに時間を確認しておけば、伊勢崎さんに本日の予定中止や集合時間の延期を連絡することもできるからだ。
俺はさっそく着の身着のまま、前線都市グランダで貸し切りにしているエミーの宿に跳んでみることにした。
「――『次元転移』」
ふっと視界が切り替わり、突然目の前が真っ暗になった。暗くてよく見えないが、カーテンは閉め切られていて窓からは光もほとんど漏れていない。どうやら夜のようだが……。
俺は足元に注意をしながら窓に近づき、カーテンを少し開けて外を覗き込む。
日が沈んではいるものの、ちらほらとランタンを持って歩いている人影や、軒を連ねる家並みからは明かりが灯っている様子が見えた。
皆が寝静まるほど遅くはない時間帯――夜の十時とかそれくらいなのだろう。
これなら伊勢崎さんが予定の時刻に来て転移すれば、普通にちょうどいい頃合いになりそうだ。
よくわからない時差があるというのに、『次元転移』で異世界に跳ぶと、ちょうどいい時間になっていることが多い。これも日頃の行いってやつなのかね。
俺は日本に戻ろうと窓から離れよう――としたところで、隣の部屋から聞こえる音に気がついた。
なにやらギシギシとベッドが軋むような音。そして男女が息を弾ませながらなにかを話している声がする。思わず俺は耳を澄ませた。すると――
「――あっ、あああぁぁ……。ギータすごいよ、もっと……!」
「おうっ! はあっはあっ、ここだろ、シリル……」
「ひうっ、んっあっあっ、やだ、そこは……! あっあっああっ……!」
どうやらギータとシリルの声のようだ。二人とも無事にグランダに戻っていたらしい。
それにしてもさすがは期待の若手冒険者コンビ、夜でも鍛錬は怠らないらしい。なかなかハードなトレーニングなのは二人の声色からも深く感じ取れるね。
……うん、ただの鍛錬である。ただの鍛錬なので気にすることはないのだけれど、伊勢崎さんと一緒に跳んだタイミングじゃなくて本当によかった。
俺はほっと胸を撫で下ろしながら、再び日本に舞い戻ったのだった。




