48 初めての魔物
「よしっ、護衛はこっちに集まれ!」
前を見据えたまま野太い声を上げたのは、ヒゲを生やした中年の男。
食事中にギータから聞いた話によると、彼が今回の護衛冒険者たちのまとめ役らしい。雇われた中で一番ランクが高いパーティのリーダーなのだそうだ。
すぐさまギータは俺に振り返り鋭い声を上げる。
「マツナガさんは馬車に戻っておきな!」
「う、うん。二人とも気をつけて」
「おうっ!」「はい」
俺の声に二人は小さく頷き、そのままリーダーの元へと駆けていく。それを見て俺も大急ぎで馬車に向かって走りだした。
馬車の周辺はすでに馬に乗った騎士たちが固めており、俺が近づくと騎士の一人が馬車の扉を開けてくれた。
「どうぞマツナガ殿。馬車は我らが守りますのでご安心ください」
そんな対応でいまさら気づいたんだけど、どうやら彼らの中では俺もVIP待遇らしい。頼もしいイケボな騎士の声を聞きながら、俺は馬車の中に滑り込んだ。
「おかえりなさい、旦那様」
馬車に入り、やや緊張した面持ちで迎えてくれたのが伊勢崎さん。そしてレヴィーリア様の方はというと、緊張どころか優雅に紅茶を飲んでいた。
「あ、あの、そんなに落ち着いて大丈夫なんですか? 魔物が現れたみたいなんですけど」
そんな俺の問いかけに、レヴィーリア様はテーブルに陶器のカップを静かに置いて答える。
「魔物が現れるのは想定内ですわ。そのために雇った冒険者ですもの。ここでうろたえていては、彼らの仕事を信用していないことになりますから」
おお……なんとも毅然とした態度だなあ。これが貴族の貫禄ってやつなのかもしれない。
だがもちろんただの小者である俺は、馬車の窓にかぶりついて冒険者の戦いっぷりを見学することにした。こんな機会は初めてだし、見ないという選択肢はないよね。
窓から俺が見守る中、冒険者たちの先頭に立つリーダーの野太い声がここまで響いてきた。
「斥候によると、丘の向こうからグレートボアが向かってきているらしい。ここで休憩してたのは運がよかったのかもな。先に進んでりゃあ馬車の横っぱらに突っ込まれてたかもしれねえ」
それって考えようによると、伊勢崎さんの腹の虫のお陰で危機を脱したってことなのだろうか。なんとなく伊勢崎さんを見ると、にこっと笑顔で見つめられた。なんだか怖いので再び視線を外に向ける。
「グレートボアの数は一匹。だがかなりデケえ個体だ。気を抜くんじゃねえぞ? ああ、それから――」
リーダーがチラッとこちらに顔を向けた。
「騎士様、魔物の肉や素材はこっちで回収してもいいんだったよな?」
俺がかぶりついている窓のすぐ近くにいる騎士が、微動だにせず答える。
「ああ、好きにして構わない。ただし馬車には絶対に近づけるな」
その言葉を聞いて、リーダーが冒険者たちを見回しながら言った。
「おい聞いたな、お前ら? グレートボアの肉がありゃあ、道中もしばらくは腹いっぱい食えるぞ。ぜってえ、ぜってえに逃がすんじゃねえぞ? わかったな!!」
「おおっ!!」
ビリッと馬車が震えるほどの声で冒険者たちが叫ぶ。
するとその声に誘われたように、前に見える丘の頂上から大きな赤いイノシシ――グレートボアが現れた。
グレートボアはこちらを睨みつけながら二度三度と地面を足でひっかくと、丘の下り坂をものすごいスピードで突進してきた。
グレートボアは軽自動車ほどの大きさ。走る速度も車と変わりない。
そんな魔物がこっちに向かって突撃してきているというのは、かなりの迫力と恐怖を感じる。馬車の中にいても腰が引けてしまいそうだよ。
そんな脅威が迫ってくる中、冒険者の集団から一歩前に歩み出たのは意外にもローブを着た細身の男だった。
細身男は手に持っていた木の杖をグレートボアに向けると言葉を発する。
「炎よ、炎よ、我が前に集いて形を成し、敵を焼き尽くさん――」
呪文ってヤツだろうか? 言葉を発した男の前に真っ赤な炎がゆらゆらと集合していくと、やがてバレーボールほどの大きさの火の球が出来上がった。
「――『火の球』」
そうして男が杖を前に向かって振ると、火の球は弾丸を撃ち出したかのように、ものすごいスピードで吹き飛んでいった。
炎の尾を引きながら飛んでいく火の球はやがてグレートボアの足元に着弾。爆音と共に地面が爆ぜ、グレートボアもたたらを踏んだようによろめいた。
「グルオオオオオオオオオン!」
足を傷つけられた痛みに悲鳴を上げるグレートボア。グレートボアがたまらず速度を落とすと、さらにその背や横っ腹にいくつもの矢が突き刺さっていく。
いつの間にか火の球の男の後ろには、弓矢を構えた二人の冒険者がいた。彼らは手を休めることなくグレートボアに向かって何度も矢を撃ち続けている。
突き刺さった矢を抜こうと身体を左右によじりながらも突進は止めないグレートボア。それを見てリーダーが手に持った長剣を掲げて大声を上げた。
「よっしゃあ! 後は俺たちの出番だ! 行くぞっ野郎ども!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
冒険者たちが剣や斧を携え、グレートボアに突撃をかける。その中には当然ギータの姿もあった。メガネっ娘シリルは杖を構えたまま待機のようだけど。
グレートボアに肉薄した冒険者たちは、暴れ狂うグレートボアに己の武器を何度も振り下ろし、薙ぎ払い、突き刺していく。
もちろんグレートボアも反撃をしないわけではない。その大きな牙と、見るからに頑丈そうな出っ張った鼻で冒険者たちに襲いかかる。
鋭い牙がとある冒険者の腕をかすめた。それだけで腕からは血が吹き出す。だがそれに構うことなく冒険者は武器を振り下ろしていく。
攻撃こそ最大の防御とでも言うのだろうか。冒険者たちの猛攻に、少しずつグレートボアの動きは鈍くなっていったのだった。




