二人のその後
秋の楽しみキノコ狩りを双子と一緒に楽しんでいたのにどうしてこうなったのかな、とわたしは遠い目をした。キノコ狩りは楽しい。川で釣ったお魚と一緒に酒蒸しでもつくって食べようかな、とかテントウムシのような色合いのキノコは絶対に運営がファンタジー世界といえばこれだよねっていう着色指定でつくったんだよね、とか前世の知識を生かした脳内突っ込みをしながら地に足を着けてスローライフを楽しんでいたのに。
森の精霊たちに食べられるキノコを教えてもらいながら森の恵みであるキノコを夢中で採っているとレイルがやってきた。
「レイル~」
「レイルだー」
ファーナとフェイルがキノコを放り出してレイルのほうへ駆け出して、わたしは「ああああ貴重なキノコがぁぁ」と慌てて地面に散ったキノコをかき集めて、なんて日常だったはずなのに。
わたしはぴきぴきとこめかみを引くつかせた。
いや、だってね。
めっちゃ急すぎでしょうが。
「どうして、今日お引越しなのよ?」
ここは森の中、ではなく大理石っぽい石を使った床がつるつるぴかぴかの大きな部屋の中。上を見上げれば豪華な天井画が描かれているし、天蓋付きのベッドは五つ星ホテルのキングサイズベッド並みに大きい。黄金竜夫妻のわたしの部屋のベッドもなかなかに豪華だったけれどもね。それよりも若干大きいよ、きっと。
「まあ、素敵なお部屋ね」
「うんうん。庭に面していていい部屋じゃないか。これならうちの子たちが遊びに来ても、多少暴れても大丈夫そうだね」
えっと、ミゼルの発言にわたしは突っ込みを入れるところ?
多少って……。多少ってどのくらい?? あんまり暴れるとさすがに出禁になるよ。
「うふふ。料理室がついているっていうところが、レイルのあなたへの愛を感じるわねぇ~」
「おいしいお菓子を独り占めする気満々だね」
「あなたもわたしを独り占めしたいだなんて、求婚の時に言ってくれたのよね」
「そうだね。きみは魅力的な竜だろう? たくさんのライバルがいたから私はいつも気が気じゃなかったよ」
ちょっと、そこ。突如惚気始めるのやめて。
人間の姿になった美男美女カップルが互いに至近距離でいちゃラブをはじめたもんだからわたしは目のやり場に困る、というかどうしようかね。この雰囲気。逆にこっちのが恥ずかしいっての。
「わー、お父様とお母様いちゃラブしているぅぅ」
ファーナがほっぺを赤くしながら冷やかした。
その言葉、このあいだわたしがこっそり教えたやつだよね。だめだって、本人たちに言ったら。
「いちゃラブ?」
レイルがファーナの言葉を聞き留めた。
「いちゃいちゃ仲良くしているカップルのことだってリジーが言っていたよ」
「わぁぁぁ! ファーナ」
わたしは慌てた。
世俗過ぎる言葉を王子様に教えちゃ駄目だって。
「なるほど。俺とリジーのことか」
「どうやったらそんなめでたく解釈できるのよ」
レイルの言葉に突っ込みをいれるわたし。ああ忙しいな、もう。
「今日から俺たちは晴れて同棲するだろう?」
「王子が同棲とか言うなぁぁ」
と叫んだわたしは慌てて口を手でふさいだ。王子様相手になんて言葉遣い。
ま、まずい。
この面子だとつい森の中と同じノリで話してしまう。
ううう、牢屋行だわ。直行だよ。
「照れたリジーは可愛いなぁ」
わたしはぐぬぬ、と口を閉ざしたままレイルを睨みつけた。なんか、もういつもこの人のペースに巻き込まれているんだよね。
このお引越しだってそう。
なんの間違いだか、悪役令嬢のわたしのことを好きだとか嫁に来いだとか言いだしたレイルは、わたしにゼートランドに引っ越して来いって何度も何度も言ってきて。
そのたびにわたしは「うーん」とか「また今度」とか「善処します(ってこれは断りの言葉だよ)」とか答えていたんだけど。
さすがに秋も深まってきた今日この頃。森の中で冬を越すよりは王宮の方が人間的には快適だろう、という現在のわたしの庇護者でもある黄金竜夫妻の言葉もあってわたしはほぼ強制的にお引越しになった。
こんなにも突然なのはレイルの空き時間が今日しかないため。
王太子でもあるレイルは忙しいそうで。なかなか時間が取れないとのことだ。そのわりには結構な頻度で森に遊びに来ていた気もしなくはないんだけれど、嫁を娶ることになった今今まで以上に政務をすることになったらしい。
「わたしは……べつに……森の中でも十分にのんびり不自由なく生活で来てたわけだし」
ううう……相変わらず可愛くないことを言ってしまうわたし。
「リジーはそうかもしれないけれど、俺は心配だったから。雪に滑って頭打ったらどうしようとか。雪道で転んで足を怪我したら大変だ、とか。雪で遭難して凍えたら、とか」
どんだけ雪に対してトラウマ持ってんのよ。
「いや、そこまでアホな事態にはならないわよ?」
「そうですぅぅ~。わたしもいますからぁぁ」
ふわん、とわたしの頭上に登場したのは炎の精霊ティティ・メーン。そういえば姿が見えないな、と思っていたけれど。
「実は、ここの魔法使いたちにご挨拶に行っていたのですぅ」
「うん?」
「わたしも今日からリジー様付きの精霊として、王宮に住むことになったのですぅ。そういうわけなので、レイア様が人間たちにご挨拶をしてきなさいと~」
なぜだかレイルが面白くなさそうな顔をしている。
「やっぱり保護者としてはリジーの新しい住まいの待遇は気になるところだしね」
「そうね。リジー、心細くなったらすぐに帰ってくるのよ」
「二人とも……」
わたしはじぃぃんとして目をウルウルさせた。
「子供たちもあなたのおかげでとってもいい子になったもの。そろそろあなた自身の今後の身の振り方を考える頃だわ。レイルはいい男よ」
レイアがわたしの側へとやってきた。
最後の言葉はわたしだけに聞こえるように、耳元で。ちょっとお姉さん調な言葉がくすぐったい。
それに、帰ってもいい場所があるということが嬉しい。
正直、突如外国のお城に連れてこられて、今日からここがあなたの住まいですって言われて引いていたから、二人の言葉は頼もしい。
だいたい、レイルは急なのよ。
いや、話自体は結構前から言われていたけれど。
あ、わたしがずっとのらりくらりと躱していたからこういうことになったのか。こんなことなら一度くらいは内見しておくんだった。
「リジー、明日また遊びに来るね」
「ねえ、ねえ、わたしたちまたリジーのお部屋に遊びに来てもいいんでしょう?」
双子がわたしのスカートにまとわりつく。
わたしをじっと見上げて少し不安そうに眉を下げている。
そっか。二人とも駄々をこねないんだね。
「リジーはにんげんしゃかいに溶け込む努力をしないといけないんだよ、ってお父様が」
「リジーは人との生活に慣れていかないといけないんだよ、ってお母様が」
いや、わたし元々人間社会の中で暮らしていましたけれどもね!
ま、まあいいか。
二人とも両親の言葉をちゃんと受け止めて、納得したんだよね。
わたしは二人の前にしゃがんだ。
「ありがとう。正直、人間社会に戻った途端に、一番気を使わないといけない王宮っていうところにドン引きだけど、頑張るわ。ふたりとも、あそびにきてね。お菓子作って待ってる」
「本当? 明日来る~」
「わたしも! プリン食べたい」
「あ、ファーナずるいぞ。僕はパンケーキがいい」
二人の変わり身の早さにわたしは笑った。
うん。双子はやっぱこうでなくちゃね。
最後はいつも通りの雰囲気で。
レイアとミゼル夫妻は子供たちを背中に乗せて帰っていった。
こうなった以上わたしも腹をくくらないとなあ。
そよそよと夜風が頬を撫でる。慌ただしかった引っ越しと女官と侍女との顔合わせが済んで、夕食後わたしはほっと一息ついた。
悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムに生まれ変わって、バッドエンド回避のために奔走して黄金竜に拾われて。それからゲームのヒロインとのごたごたも無事に解決して。
いまのわたしはようやくゲームのシナリオから解放された状態。
だからこそ、この展開が不安でもある。
レイルがわたしを好きだって言ってくれることがたまに夢のようでもある。
だって、わたしは悪役令嬢なわけで。
ふう、とわたしはため息を吐いた。
だめだなあ。悪役令嬢って呪縛から解き放たれていないみたい。これからのこと、ちゃんと考えないといけないのに。
これからのこと……。
まさかこのわたしが王太子妃……?
え、ええっと……。
うそでしょ。いや、マジか……。
うわわわわ。レイルの元で暮らすってそういう……。
い、いいえ。まだ道は残されているわ。女官とか。そう、女官とか。お仕事スキルを身に着けたほうが後々役に立ちそうだし。
よし、じゃあ早速明日にでもゼートランドの王宮女官の登用について聞きに行こう。
わたしが改めて決意を固めていると、侍女が取次にやってきた。
「ええぇぇっ。レイル、いえ。アウレイル様が?」
昼間散々会ったのに、またまたレイルが訪ねてきてわたしはすっとんきょうな声を上げた。
するとティティ・メーンがふわりと姿を現し「リジー様ぁ」と声をかけてきた。さすがにこの国の王太子相手に物騒な言葉は使わない。
「あの。どうなさいますか?」
「え、ええと、そうね」
わたしは肩掛けを取り出した。幸いにも寝間着姿ではなくて室内着。上から肩掛けを羽織ればまあ、恰好はつくはず。
廊下に出るとレイルが「昼間はゆっくりと話せなかったから」とほんの少し硬い顔をして話しかけてきた。なんだかわたしのほうまで妙にドギマギしてしまう。
わたしたちはそろって歩き出す。その後ろを、絶妙な距離を保ちながら護衛の衛兵がついてくる。彼はこういう雰囲気の中で育ってきたんだなぁ。まあわたしも一応は公爵令嬢なわけだし王宮の雰囲気は知っているけれど。
ミゼルたちの元で暮らし始めてからすっかり前世モードのゆるーい生活に慣れきっていたから、勘を取り戻さないといけないな。お嬢様モードに戻れるよう、頑張らないと。
レイルはわたしをどこかの庭園へと連れてきた。
ぼんやりと魔法の明かりがそこかしこに浮いていて、とっても幻想的。
きれいだな、って見惚れているとレイルがわたしの手をそっと握った。
びくりと反射的に手を放しそうになる。けれどもレイルの手は私をつかんで離さない。
「私の妻になってください」
「ひゃわっ!」
すっと片膝を地面に縦て、かしこまった声を出したレイルに、わたしはとっても場違いな声を出した。プロポーズだよね?? その答えが「ひゃわっ」ってどうなのよ、わたし。乙女心前世に置いてきちゃった? いや、まさか。一応わたしだって、公爵令嬢として生れてこっちでの記憶もちゃんとあるわけで。
それなりに乙女モードな心も持ち合わせているつもり。
「レ、レイル……ど、どうして」
「一回目の求婚があまり求婚らしくなかったから」
レイルはじっと下からわたしを見上げた。その真摯な眼差しの奥に、わたしへの想いのかけらを見つけてしまって。わたしは不覚にもどきりとした。
「外堀ばかり埋めている自覚はあるよ。けれど、俺はあまり自由の利く身じゃないから。リジーを失いたくない」
わたしの頬に熱が溜まっていくのが分かる。
直球で言葉を重ねられて。ああもう、どうして乙女ゲームの世界の男ってこうもずばっと言ってくれちゃうわけ??
「あ……えっと……」
レイルは立ち上がった。
「どうか、俺の元にいてください。リジー」
前世は乙女ゲームばかりプレイしていてまともな恋愛経験も無くて。今世では恋愛を通り越して王太子ヴァイオレンツの婚約者だったわけで。要するに何が言いたいかというと、わたしって恋愛の免疫がほぼ皆無ってこと。
「ええええっと。ま、まあ。行くところも無いし、あなたさえよければ……。わたしは別にやぶさかではないけれども……」
ここを追い出されたら家なき子……、いや、レイアたちの元に戻るけれど永遠と山の中で暮らすわけにもいかないし。
わたしは恥ずかしさの臨界点を突破して後ろを向いた。
我ながら可愛さの欠片も無い返事だわ~。
レイルはしばらくは何も言わなかったけれど、少ししてわたしの前に移動した。
「すぐに俺から離れられないようしてやるから。覚悟しておけよ、リジー」
だから、どうして乙女ゲームの世界の男ってこうも気障なのよぉぉぉ!
こうしてわたしのゼートランドでの生活が始まったのだった。
長いこと放置しておりましたが、番外編で書きたかったことは書ききりました。
レイルとリジーのその後のおまけ。
エピローグの合間のお話です。
このあとリジーがレイルに完全に陥落するのも時間次第だと思いますが・・・
なかなか素直になれなさそうですね。リジーちゃん
そうそう、このお話アイリス小説大賞6にて一次選考を通過することが出来ました。
これもすべて日ごろから応援くださっている読者の皆様のお陰です。
過去2回はかすりもしなかったので、結果発表のページの一次通過一覧の中に『悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました』を見つけたときは嬉しかったです。
正直受賞できなかったのは残念ですが、それでも一次に引っかかったことは進歩です。




