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ネクロノミコン~神話生物と暮らす~  作者: @素朴
第三章
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28-3 従者

 魔力と体力が底をついた『ショゴス・ロード』は、身体を人型に維持できなくなっており、今はゼラチン状の液体となってアルハードの前にいる。


「俺の勝ちだな!」


 水溜りのようになっている『ショゴス・ロード』を見下ろしながら、アルハードはいい笑みを浮かべていた。


 対する『ショゴス・ロード』は、人間にいいようにしてやられたことが気に入らないようで、低く唸っている。


「そう怒るなって……言っても無理か。まぁ、勝ったのは俺だし、ちょっとお願い聞いてもらってもいい?」


「人間如きが、この私に命令をするなど許さない」


「そう言うなって……んで、お願いというのはだな――」


『ショゴス・ロード』が動けないことをいいことに、アルハードは『ショゴス・ロード』を呼んだ理由と、やってもらいたいことを一方的に話していく。


 打ち負かしてお願いを聞いてもらうというのは、アルハードの主義に反する行動だ。しかし、先に攻撃してきたのはそっちだし、ちょっとくらいいいよね? と思ってもいた。


「――と、言う訳で、あんたにはこれから呼び出す『ショゴス』達のまとめ役をしてもらいたいんだけど」


「…………打ち負かされたのだ……いいだろう人間」


(おや? やけに聞き分けがいいな)


(そうですね。まぁ、何か企んでいるのでしょう)


(えー……寝首かかれるとか嫌だし、やっぱり帰ってもらおうかなぁ……)


(その都度返り討ちにしてしまえばいいのですよ)


(だから、ナルはどうしてそう脳筋思考なんだよ……)


 アルハードの話を聞くのも嫌そうにしていた『ショゴス・ロード』だったが、渋々とはいえ了承してくれた。しかし、神話生物は誰も彼も気難しいやつらばかりである。こうまで素直に了承してくれるのは腑に落ちないアルハードであった。


 事実、『ショゴス・ロード』は企みがあるのだろう。『ショゴス・ロード』の知能はそこそこ高いと聞いていた。その為に『ショゴス』達のまとめ役をやってもらおうと思っていたくらいだ。


 悪知恵を働かせるくらいはしてくるだろう。


 とはいえ、インスマスにはクトゥルフもシュブ=ニグラスもいる。やたら滅多に悪さはできないだろう。


 そう結論づけたアルハードは、次の『ショゴス』召喚のステップに踏み切ることにした。


「よしっ、じゃあよろしく頼むぞ!」


「非常に不本意だが……いいだろう」


「お、おう、まじで頼むぞ」


 念入りにお願いをしたあと、アルハードは気合を入れた。


 今回呼び出す『ショゴス』の数は百体だ。使用する魔力の量もとんでもないことになりそうである。


「ふー……『玉虫色の悪臭ショゴス』よ! こい!」


 アルハードの叫びに呼応したように、アルハードの眼前には幾つもの魔法陣が展開される。


 その一つ一つがかなりの大きさがあり、幾つも重なり合って展開している。


 荒野を埋め尽くさんばかりの魔法陣から、無数の声が聞こえてくる。


 テケリ・リ、テケリ・リと発しているように聞こえる声は、その数が百にも及ぶ。幾重にも重なり合う声は精神をかき乱すような、不快な響きを孕んでいる。


 アルハードは堪らず耳を塞ぐ。


 次にアルハードを襲ったのは酷い悪臭である。『ショゴス・ロード』単体でも目が痛くなるような臭いだったが、それが百体分。しかも、『ショゴス』は『ショゴス・ロード』に比べてかなり身体が大きいため、余計に強い臭いを発している。


 耳と鼻がやられたアルハードは、涙を流していた。


(うぇぇ……臭いぃ……)


(涙する程ですか)


(いや、これほんときつい……魚臭いとか硫黄臭いとかそういうレベルじゃない……)


 アルハードは、まず『ショゴス』達には臭気抑制の生活魔法を覚えてもらうことを固く決意した。それはもう早急に。


 そんな中『ショゴス』達は続々と姿を現す。


 本当に、この世に存在していてもいいのかという悍ましい外見。黒に近い玉虫色の粘性の液体。僅かに発光しているそれは、無数の目をもつ怪物。ギョロギョロと不規則に動くその目は、獲物を探しているのだろうか。


 それが百体。アルハードは背筋が寒くなる感覚を覚える。


(お、おい……本当にこいつらで大丈夫なんだよな?)


(えぇ、『ショゴス』は非常に使い勝手の良い従者になりますよ)


(すっごい不安なんだけど……襲われないよな?)


(……)


 襲われないかというアルハードの問に、ナルは無言だった。その無言がアルハードの不安を更に掻き立てる。


「テケリ・リ……テケリ・リ」


 鼻をつまんでいるアルハードの足元、そこにいた『ショゴス・ロード』が声を発した。


 アルハードが理解できる言語ではない。『ショゴス』達が発しているものに近い。


 アルハードは、早速『ショゴス・ロード』が『ショゴス』達に言い聞かせてくれていると思った。しかし、どうやらそうではないらしい。


 無数の目を様々な場所へと巡らせていた『ショゴス』達が、一斉にその悍ましい目をアルハードに向けてきたのだ。


 数え切れない視線が、全て自分に向いてると気付いたアルハードは、思わず後退る。


(ほう……やはりですか)


(なんだよこいつら!?)


(『ショゴス・ロード』が指示したのでしょうね……アルを殺せと)


(はぁ!? なんでそうなるんだよ!?)


(『ショゴス・ロード』が大人しく従う訳が無いですからね。恐らく『ショゴス』を召喚すると聞いたので、アルが『ショゴス』を召喚したあとに、けしかけるつもりだったのでしょう)


(わかってたなら先に言って!?)


 百体の『ショゴス』。その一体一体は巨大であり、数の暴力で来られたら、あっという間にアルハードは飲み込まれてしまうだろう。


 勝ち目は無いと思いつつも、触手を出して臨戦態勢を取る。


「くくくっ、愚かな人間よ」


「この野郎!」


 玉虫色の水溜りになっている『ショゴス・ロード』から嘲笑される。


 アルハードは一発殴ってやりたい気分になったが、『ショゴス』達の目が全て自分に向いているため、迂闊に動くことができないでいた。


 そんな中、アルハードの後方から、嬉しそうな声が上がった。


「素晴らしい!」


 ギョッとしてアルハードは振り返った。


 アルハードの感覚は、ナルと魂の契約をしてからかなり鋭いものになっている。それこそ、裏稼業の者達の気配に気づくことができる程度造作も無いほどに。


 それなのにこの距離に近づかれるまで、というよりも、声がするまで全く気配を感じることができなかったからだ。


「あぁ……その光沢、しなやかさ、力強さ……私が求めていた触手の持ち主にやっと出会うことができた」


 声の主は、この場に似つかわしくない恍惚とした表情でアルハードを……いや、アルハードの触手を見ていた。


 黄色のローブを身に纏い、蒼白の仮面を付けた、成人男性程の体躯の持ち主だ。 


「な、なぜ……あなたの様な存在がこのような場所に……」


 震えた声を発したのは『ショゴス・ロード』だった。


 戸惑いや焦りなどの感情も入っているが、何よりも恐怖していた。それは『ショゴス』達も同じだ。アルハードをギョロッと見つめていた無数の目に、恐怖がまざまざと浮かんでいる。


 ヤバイ。そう感じていたのはアルハードも同じであった。


 いきなり現れたかと思ったら、恍惚とした表情で触手を褒め称えている時点でヤバイ奴なのだが、そうではない。


 この黄色のローブを纏った者からは、クトゥルフやシュブ=ニグラスと同じ気配が漂っているからだ。


 つまり神格。もしくはそれに準ずる存在。


 こんな存在を呼んだ覚えのないアルハードは、『ショゴス・ロード』や『ショゴス』に向けていた警戒心を、目の前の存在に向ける。


 百の『ショゴス』と一の『ショゴス・ロード』よりも、目の前の存在の方が圧倒的に強大だと理解しているからだ。


 そんなアルハードの警戒など微塵も気にした素振りは見せず、目の前の存在は機嫌が良さそうにアルハードに声をかける。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 あまりの温度差に、アルハードはどうしたものかと悩むが、逆らったところで勝ち目がある相手ではない。そのため大人しく名乗ることにした。


「あ、アルハードだ」


「アルハード様ですね。その名、しかと魂に刻み込みました」


 そう言って、仮面を外す。


 とんでもない美形がそこにいた。


 中性的な顔立ちをしているため、黙っていたら男か女かわからない。声音から男だと判断していたアルハードだったが、そういえば神格に性別なんて関係なかったなと考えていた。


 そんなことを考えていると、男はおもむろにアルハードへと跪いた。


 その光景にアルハードは戸惑い、ナルは面白そうにしており、『ショゴス・ロード』はギョッとしていた。


 三者三様の反応を示す中、跪いた男はこう述べた。


「私の名はハスターと言います。『名状し難きもの』や『黄衣の王』などと呼ばれることもありますが、そんなものは必要ありません」


 ハスターと名乗った男は、ゆっくりと、そして懇願するようにアルハードへと言葉を紡ぐ。


「どうか私に、あなた様に仕えることをお許しいただけないでしょうか」


 その言葉に、アルハードは面食らっていた。こいつは一体何を言っているのだと。


 ハスターは本来、誰かに仕える様な存在ではない。むしろ仕えられ、崇められるべき存在である。


 その邪神が、なぜ自分に仕えたいなどと言っているのか、アルハードには理解できずにいた。


「……やはり私では不足でしょうか?」


 アルハードが何も言わなかったため、ハスターは不安そうな、落胆した様な顔をしている。


 ここでこの邪神の機嫌を損ねることはマズイと思ったアルハードは、慌てて言葉を投げかける。


「いやいやいや、待て待て……え、お前、俺に仕えたいのか?」


「はい! 貴方こそ我が主に相応しい存在です!」


 超絶美形にキラキラした目を向けられたアルハードは、思わず頭が痛くなってしまう。


 何故? どうして? と思っても、答えてくれる者はいない。


「ハスター? は邪神なんだろ?」


「はい、グレート・オールド・ワンに名を連ねる者です」


 グレート・オールド・ワンというと、クトゥルフと同列の存在だ。何故そんな者が自身に仕えたいなどと言っているのだろうか。


「いや、お前って誰かに仕える様なやつじゃないだろ……仕えられる側だろ?」


「確かに私に仕えている者、崇拝している者は数多おります。が、私は仕えられたいのではなく、仕えたいのです! そして、今私の目の前に居られるアルハード様は、私が理想とする主なのです!」


 力説されてしまった。


 これは良いと言うまで帰ってくれないパターンだろう。


「『ショゴス』を召喚しているところを見るに、アルハード様は従者をお求めになられているのではないでしょうか?」


「まぁね」


「でしたらまず、私がここにいる『ショゴス』共を教育したしましょう。『ショゴス』共を一流の従者にすることで、私の有用さ示したいと思います」


 ハスターは自信満々にそう提案してきた。


 悪くない提案だとアルハードは思った。ここまで話した感じ、ハスターは変なやつだけど、信頼しても良さそうな存在だと思っていたからだ。


『ショゴス・ロード』の様に悪巧みをして、アルハードを貶めようとしていない。それに、邪神がまとめ役をしてくれるのなら、『ショゴス』達もアルハードに反旗を翻そうなどと考えないだろう。


 一つ不安があるとすれば、


「ありがたい申し出だけど、お前『ショゴス』達に教育なんてできるのか?」


 そう、アルハードの不安は、邪神であるハスターに従者としての教養があるのかという点だ。


 しかし、それは杞憂に終わる。


「もちろんです! 仕えるということを長年夢見てきた私は、従者として必要な知識、技能を数多く学んできました。絶対に『ショゴス』共を一流の従者にしてみせましょう!」


「お、おう」


「アルハード様はただ待っていて下さるだけで結構です。私が全てやります。要望があれば、それもお聞きしましょう」


「じゃ、じゃあ家事全般ができるようになることと、この臭いをどうにかしてくれ」


「畏まりました。そのように……それと、一匹良からぬことを考えている鼠がいるようですが、いかが致しましょう」


 良からぬことを考えている鼠。おそらく『ショゴス・ロード』のことだろう。


 本人も自身のことだと思ったのか、その玉虫色の身体をブルブルと震わせていた。


「『ショゴス・ロード』……貴様に問いましょう。貴様は我が主に牙を向き、この私に塵に変えられるのと、誠心誠意我が主の為に仕えるか選ばせてあげましょう」


 死ぬか仕えるかの二択であった。


 それ以外の選択肢などない。それ程までにハスターと『ショゴス・ロード』の力の差は歴然だ。


 アルハードに向けられていたキラキラした瞳ではなく、底冷えするような冷たい視線で『ショゴス・ロード』を射抜くハスター。


 ハスターに視線を向けられたことで、『ショゴス・ロード』の震えは更に大きくなった。


「つ、仕えます! アルハード様に仕えます! 仕えたいです! アルハード様にとって一番の従者となりますので、命だけはお助けくださいぃ!」


 死の恐怖の前に、震える声で精一杯訴える『ショゴス・ロード』だったが、ハスターの視線は更に鋭くなる。


「一番? アルハード様の一番の従者はこの私です。それでもそんな不遜なことを言うのであれば、貴様は必要ありませんね」


「ひぃぃいいい! 一番はハスター様ですぅぅううう!」


「よろしい」


 満足げな笑顔を浮かべるハスター。その笑顔が余計に恐ろしかったのか、『ショゴス・ロード』は最早泣き出しそうである。


 水溜りになっているため、泣いているかどうかはわからないが。


「ではアルハード様、十日程お時間を私にいただけないでしょうか」


「あ、うん」


「ありがとうございます。それでは、アルハード様のご期待に添えるよう尽力いたします」


「殺したりとかは無しで頼むぞ」


「おぉ! 流石アルハード様はお優しいですね」


「じゃあ俺はインスマスに戻るけど……」


「私は『ショゴス』共に教育した後、インスマスを訪れさせて頂きます」


 恭しく一礼したハスターに、アルハードは何とも言えない表情で返す。


 本当に大丈夫なのかという不安からだ。それは、ハスターに不安があるのではなく、『ショゴス』達にである。


 ハスターと十日間も一緒に、しかもハスターからの教育を受ける。下級の奉仕種族に、それは少々酷なのではないかと。


 しかし、もう任せてしまったので、あとはなるようになってもらおうと、アルハードは帰路につく。






 ハスターに『ショゴス』達の教育を任せたアルハードは、一人トボトボとインスマスに戻るため歩いていた。


(なぁ、ハスターってあんなやつなのか?)


(いえ……ハスターにあのような願望があったなど、私は初めて知りましたよ)


(やっぱそうなんだ……任せて大丈夫だったのかなぁ)


(面白そうですし、私としては良いと思いますよ)


(やっぱりナルは自分が面白いかどうかの基準なのか)


(ふふふっ。ところでアル)


(ん?)


(アルは紛うことなき邪神たらしですよね)


(なんだよそれ……)


 微妙に嬉しくないと、アルハードの足取りは更にトボトボとしていった。

タイトル変えました。変えたと言うか付け加えたと言うか。

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