3-1 召喚
3話まとめて上げます。1話目です。
不意に飛んでいた意識が戻ってきたような感覚がする。一体どれだけの時間ここに立ち尽くしていたのだろうか。随分と長い間この場に居た気がする。
書庫に時計など置かれていないし、自身も時計を身に着けていないので、正確な時間はわからなかった。
全身の筋肉は強張り、緊張している。そのことに気付いた時、アルハードはため息とともに肩の力が抜けた。
その時になって初めて、アルハードは自分が緊張していたのだとわかった。額には汗が浮かび上がっている。唇と喉は乾いているし、目だって瞬きを忘れていたのか、乾燥しきっていて、若干の痛みすら感じる程だった。
パチパチと瞬きを繰り返した後、手に持っている一冊の本に目をやる。
自分が今手に持っているものは、ソフィア先生から頼まれた資料ではなく、分厚い一冊の本。普段の自分はこんな厚い本など読まない。こんな鈍器にもなりそうな本になど目もくれない。しかし、アルハードはその本が気になって仕方がなかった。
この場で読もうかと思ったが、こんな厚い本を数時間やそこらで読みきれるとも思えない。そもそも『アル・アジフ』と書かれたタイトルの言語は見たこともない。
それでも中身が気になったので、ベルトを解いてみると、案外すんなりと本を開くことができた。
読めるわけがないか。そう思いつつも本をパラパラとめくると、中に書かれている文字はこの国の公用語であった。当然アルハードにも読める。
「なんだこれ?」
独り言をつぶやきながら、更に本をめくっていく。詳しい内容はわからない。文字ばかりである。
魔導書か何かかとも思ったが、歴史についても記されていることがぼんやりとわかった。内容は非常に難しく、理解するには相当読み込まなければならないだろう。
しかし、どういうわけかこの本を読み解こうと思えてしまう。
本自体に魔法でもかかっており、その魔法にかかってしまったのかもしれない。そう思えてしまう程であった。
いつの間にかこの部屋全体に漂っていた不快感や、先程まで感じていた恐怖感。邪な雰囲気などが、霧散してしまったかのように今では微塵も感じられない。
少しだけカビ臭い、通い慣れた書庫の空気に戻っていた。
「う~ん……」
この本を持って行ってもいいだろうか。
そう考えるが、今までこの書庫でこんな本は見たことがない。もしかしたらとてつもないもので、俺なんかが見てしまってはいけないものなのかもしれない。
しかし、この本を読み解きたい。パラパラ捲ってみた感じ、とてつもなく難解そうな内容ではあるが、幸い自分には時間がたっぷりとある。
けれど、これを読み解いてしまったがために、国家機密に当たるものに抵触してしまったら大事になってしまう。
それでも、この本から発せられる謎の魅力は捨てがたいものだ。
その後もひとり問答は続くが、最終的にこの書庫には重要なものは保管されていないのだし、書庫へ出入りする人間もほとんどいない。もし何か問題になりそうであればこっそり戻しに来よう。
自分に都合がいい言い訳、もとい結論を付け、アルハードは持ってきたカバンに本を仕舞い込んだ。
ソフィア先生の研究所でじっくり読もう。
本を仕舞い込んだところで、アルハードは本来の目的を思い出し、頼まれていた資料を探す。
こちらはすんなりと見つかったので、ササッとカバンの中に仕舞い書庫を後にした。
王宮から出る時、エントランスに置かれた時計を見ると、アルハードが感じていたものよりも時間は進んでいなかった。
寄り道などはせずに真っ直ぐ研究所へと歩を進める。アルハードの頭の中は、『アル・アジフ』のことでいっぱいであった。
サラッと目を通しただけで、あの難解な内容を理解することは到底無理な話だが、何らかの魔法について書かれていたであろうことと、何かの歴史について書かれていたであろうことがわかった。
しかしそれ以上はわからない。
この本は一体何なのだろうか、誰がどういう目的で記したものなのか。本の厚さもその辺の魔道書とは比べ物にならないくらい厚い。
考えてもわからない。早くこの本を読むために研究所へ足早に向かう。
研究所に着くなりソフィアのいる執務室へと向かう。
やや乱雑に開けられた扉の先には、ソフィアがいつもと同じ体勢で資料を見ている。
「こんにちはソフィア先生。これ、頼まれてた資料。それじゃ」
早口にそう言い、資料をソフィアの机に置きすぐに執務室を後にする。
ソフィアは普段とは違うその様子に怪訝そうな顔をするも、すでにアルハードはいない。もしかして昨日のことで私嫌われてしまったのか!? という嘆きの声はアルハードには届かなかった。
扉の向こうでソフィアが落ち込んでいることなど露知らず、アルハードは足早に歩を進める。
当然だが、研究所内にアルハード専用の部屋などない。大体はソフィアの執務室にいるか、食事を摂ったりするためにある食堂兼休憩室にいる。
そもそもその二ヶ所以外への立ち入りは、所長であるソフィアに禁じられている。そのため、アルハードは休憩所に来ていた。
時刻は昼をやや過ぎたくらいだ。遅い昼食を食べている研究員が二人程いるので、彼らとはなるべく離れた位置に座る。
自身が昼食を摂っていないことに気づくが、まぁいいかと『アル・アジフ』をカバンから取り出す。
離れてはいるものの、普段本など読まないアルハードを知っている研究員が驚いているが、アルハードはそのことに気付かない。
まずは本のタイトルを見る。やはり見たこともない言語で『アル・アジフ』と書かれている。その後紙質などを簡単に調べるが、専門的な知識があるわけではないので、見たままの情報しかわからない。裏表紙などを見ても著者は記されていない。
次に本を開いてみるが、目次などが書かれている様子はない。
アルハードの知っている一般的な魔道書というのは、一冊に幾つかの魔法が書かれており、目的の魔法がすぐ見つかるようにどの本にも目次がついているのだが、この本にはそれがない。
いきなり本文が始まっているようだった。
斜め読みをしてみるが、全く内容が頭に入ってこない。じっくり読んで見るが、聞いたことのない固有名詞や難しい言い回しが多く、いまいち内容が頭に入ってこない。
目が滑る。
『食屍鬼』とか『ビヤーキー』いう種属の生態や歴史についてのことが書かれているのだろうが、『食屍鬼』『ビヤーキー』などという生物は聞いたことがない。魔物か何かだろうか?
この厚さではそうそう読み終えることが出来る量でもない。歴史の部分は読んでいてもイマイチわからない。焦っても仕方ないことなのだが、アルハードの気持ちはなぜか先を急いでいた。
アルハードは魔法について書かれてあるページを開く。
書かれている魔法の数はいくつかあったのだが、なぜかその中にある一つの魔法に目が行く。
『無貌の神召喚』
他の魔法には目もくれず、その項目を読み進める。
アルハードに魔法の才は無い。例えこの魔法を理解したとしても使えないだろう。
そう思いながら発動の仕方、発動の条件、どの精霊の力を使うかなど調べる。しかし読んでいておかしいことに気付く。
この魔法を使うのに精霊の力を使う必要がないということだ。それどころか、精霊などという単語は一切出てこなかった。
(精霊の力を使わない魔法なのか?)
魔法は基本的に精霊の力を借りて行使するものである。六属性の精霊がおり、火、水、風、土、光、闇である。
その六属性が基本であるが、光属性と闇属性を使える者はあまりいない。使える者がいないというよりも、好んでその二属性の魔法を習得する者がいない。
そのため、基本的には火、水、風、土の四属性が多く使われている。
この四属性の魔法を各属性ごと応用、派生させることで、爆破なら火属性。氷なら水属性。雷なら風属性。植物なら土属性。といった魔法が使える。
なので魔法というものは各種属の精霊に依存している。
精霊の力を借りないものでいえば、生活魔法と身体強化魔法がある。もう一つ、使われることはほとんどないが、召喚魔法も精霊の力を必要としない。
(『無貌の神召喚』って言われる魔法だし、召喚魔法の類なのか?)
アルハード自身召喚魔法の存在は知っているが、当然使ったことはないし、見たこともなかった。
怪訝に思いながらも読み進める。同じ箇所を何度も読み込み、理解しようと努力する。
やがて日が傾き始めてきた頃。研究所にはすでに人は殆どいない。
たっぷりと時間が過ぎた頃、アルハードは『無貌の神召喚』という魔法を理解出来た。いや、理解したというよりも、なんとか魔法を発動させる手順がわかったというだけだったが。
「よしっ」
小さく呟くと、『無貌の神召喚』を発動すべく魔力を練り上げていく。
そして『アル・アジフ』に書かれていた呪文をつぶやく。
まさか、その結果あんなことになろうとは思いもしなかった。
何かに取り憑かれたかのように、『アル・アジフ』に書かれていた『無貌の神召喚』を読み進め、内容を理解し、精霊の力を使わないことを怪訝に思いながらもその魔法を発動させてしまった。
軽率だったと思う。
呪文を唱え終わった瞬間、研究所が吹き飛んだ。




