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エルフんどし番長  作者: 水前寺鯉太郎


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第5話「土俵の叫びと、白フンの真骨頂」

第5話「土俵の叫びと、白フンの真骨頂」


 魚人マリオの放った豪快極まる捨身技『大渦巴投げ』によって畳へ撃沈し、その後の凄絶なる『オーク式・泥着力(でいちゃくりょく)特訓』を生き延びてから数日――。


 私立聖樹学園の中庭には、異様な熱気と、うっすらとした潮の香りが漂っていた。中庭の地下深くに流れる大地下水脈から、魚人たちの闘気が湿気となって立ち上っているのだ。


「マリオ! 前回は柔道で見事に投げ飛ばしてもらったが……男の落とし前は、この盤上でつけてもらうぜ!」


 中庭の中央。そこに特設されたのは、かつてのようなチープな段ボール土俵ではない。ドワーフのシマダが鉄機山脈の工房で三日三晩叩き上げ、内部に緻密な音響空洞を設けた直径一メートルの巨大な鋼の銅鑼――『黒鋼(くろがね)の闘神盤』であった。


 その冷たい鋼の土俵を挟み、二人の男(と一匹)が再び対峙していた。


 まだ全身にうっすらと包帯を残す雑賀アルヴェインは、長ラン風ローブの下に純白の一晒し(ふんどし)を締め、両足をどっしりと大地に降ろしている。特訓を経たその姿には、以前のようなエルフ特有の「上辺だけの軽やかさ」は微塵もない。文字通り、地球の核(コア)へ極太の杭を打ち込んだかのような、圧倒的な『重み』と『不動』の気迫が宿っていた。


「ほう……紙相撲とな! 良いだろう雑賀殿! 柔道も紙相撲も、魂の重心をぶつけ合う神事に変わりはない!」


 腕組みをした巨漢の魚人マリオが、青い肌を躍動させてニヤリと笑った。


 一般的に、水棲の魚人に紙の扱いは不向きだと思われがちだ。しかしそれは浅薄な偏見である。彼らは水中での精密な波動や潮目を読み取るため、全種族でも指折りの器用な指先を持っている。そして何より、彼らにとって一枚の紙を折り上げ、振動(波)に耐えうる構造体を造り出すことは、「荒波を乗り越える造船術の極意」であり、「海神へ捧げる波切りの祈り」そのものなのだ。


 マリオが懐から恭しく取り出したのは、神々しい真珠の光沢を放つ紙力士だった。


「我が愛機……『紙横綱・波切山(なみきりやま)』! 樹齢数百年の海松(みる)から漉き出した最高級の耐水和紙を幾重にも折り重ね、いかなる激浪の振動をも往なす完全流線フォルム。そして荒波を切り裂き相手をかち上げる『衝角(ラム)』を艦首に備えた、我が魚人造船技術の結晶だ!」


「ほう……深海の重圧にも耐えそうな、良い面構えの紙力士じゃねぇか。来い、マリオ!」


 アルヴェインもまた、自らの魂を込めて折り上げた『赤フン号』を黒鋼の土俵へとセットする。


 審判を務めるシマダが、闘神盤の縁に手を添え、力強く右手を挙げた。


「両者、見事な造形だ! はっけよい……残ったぁぁぁ!!」


 キィィン……ッ!


 勝負開始の合図と同時に、鋼の土俵を叩く澄んだ打撃音が中庭に響き渡る。


 アルヴェインは、長年の弓矢の修練で培った繊細なタッピングを指先から放つ。だが――マリオの『波切山』はピクリとも揺れなかった。


(な、なんだこの異常な安定感は……!? 黒鋼の土俵がいくら微振動を起こしても、足腰が盤面に完全に吸着してやがる!)


「ハハハ! 無駄だ雑賀殿! 水の抵抗を往なす魚人の造船技術を舐めるな! 生半可な横波の振動では、我が波切山の姿勢を崩すことすら不可能だぞ!」


 マリオの精密機械のような指先が、鋼の縁を「トントントントンッ!」と恐るべき高速リズムで叩き出す。それは寄せては返す怒涛の潮の満ち引き。圧倒的な質量と衝角を持つ『波切山』が、土俵の振動を推進力に変え、どっしりと押し込んでくる。


 ジリ……ジリ……ッ!


 アルヴェインの『赤フン号』が、みるみる土俵際へと追い詰められていく。


「だめですアルヴェイン番長! マリオ先輩の紙横綱、重心が深海並みに低すぎて、倒れる気配がまったくありません!」


「くっ……このままじゃ、鋼の土俵を割ってしまう……!」


 観戦するシマダとサキが、絶望の悲鳴を上げる。足元ではトシロウも「キュ~ン」とハラハラしながら、短い鼻を鳴らして主人の足首にすり寄った。


(くそっ……強い! この紙力士の強度と波の制御力は本物だ……! 手先だけの細かい振動じゃ、分厚い鋼の土俵を通した時点で威力が殺されちまう……!)


 土俵際の土壇場。両足の踵が崖っぷちにかかったその瞬間、アルヴェインはそっと涼やかな目を閉じた。


 脳裏に鮮明に蘇るのは、霊峰の裏山で泥にまみれ、巨大な丸太を担ぎ上げて全身の筋繊維を軋ませたあの日々。そして、オークのゴルバ先生が放った雷鳴のようなあの一言だった。


『風に頼るな! 手先だけで叩くな! 己の丹田に気を込め、足腰の重みを連動させるのじゃ!』


(そうだ……。俺は今まで、エルフ特有の指先の器用さや、手首のスナップだけに頼っていた……! 本当の「漢の叩き」ってのは、そんな上っ面のテクニックじゃねぇ。下半身の大地から湧き出る、重く、太い『魂の縦波(しんどう)』じゃなきゃならねぇんだ……!!)


 カッ!


 アルヴェインが目を見開く。彼は白フンをぐっと締め直し、大きく股を開いて四股を踏むように腰を深く落とした。


 足の裏から、地中深く流れる大地のマナを汲み上げる。それを丹田(下腹部)で限界まで圧縮し、背骨を通し、肩、肘、そして指先へと、全身の『重み』を一気に直列で連結させる!


「おおおおおッ! 吸い上げろ……大地の鼓動を……ッ!!」


 アルヴェインの周囲の空気が、陽炎のように歪む。


「ふぅぅぅぅ……ッ!!」


 ズ・ドゥゥン……! ズ・ドゥゥン……! ズ・ドゥゥン……ッ!!


「な、なにぃぃーーっ!?」


 マリオの丸い目が、文字通り飛び出さんばかりに見開かれた。


 アルヴェインの指先から黒鋼の土俵へと繰り出されたのは、従来の軽やかなタッピングではない。内部の空洞に共鳴し、分厚い鋼鉄の闘神盤全体を重低音で震わせ、中庭の石畳すらも揺らす地鳴りのような『超重・低周波タッピング』であった。


 当然、鋼鉄を全力で叩きつける指先と手首には、骨が砕け散るほどの猛烈な反作用が襲い掛かる。しかし、今のアルヴェインの肉体は微動だにしなかった。オーク式の泥着力で大地と結びついた強靭な下半身が、その破壊的なダメージをすべて逃がし、完全に受け止めていたのだ。


 それは単なる物理的な衝撃ではない。アルヴェインが叩き出す固有振動数が、鋼の土俵の共鳴点と完全に一致したのだ。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!!


 鋼の盤上が、まるで水面のように波打つ錯覚を引き起こす。擬似的な液状化現象。絶対に微動だにしなかった最高級和紙『波切山』の足元が、強烈な大地の縦波に耐えきれず、ふわりと宙に浮き上がった。


「土俵そのものが……狂ったように脈打っている!? バカな、この短期間で、手先ではなく足腰の『重み』を盤面に伝達できるようになったというのか……ッ!」


「柔道で俺を投げたあの大渦……今度は俺が、盤上に起こしてやる! これが……俺とゴルバ先生が泥水すすって練り上げた、『一晒(ひとざら)し・丹田叩き』だぁぁぁッ!!」


 ドガァァァン!!


 アルヴェインの指先が、鋼鉄を打ち抜かんばかりに振り下ろされる。


 強烈な大地の波動に下から押し上げられ、完全にバランスを崩した『波切山』。その隙を逃さず、土俵際で踏み留まっていた『赤フン号』が、起死回生の猛烈ながっぷり組みからの、怒涛の寄り身を放つ!


 いかに流線型の造形であろうと、足が浮いては水の抵抗を往なすことはできない。絶対王者であった海神の紙横綱が、豪快に回転しながら、黒鋼の土俵の外へと弾き飛ばされた。


「そ、そこまで! 勝負あり! 勝者、雑賀アルヴェイン!!」


 シマダの絶叫が、地響きの余韻が残る中庭に響き渡った。


「ぐおぉぉぉーーっ! か、完敗だぁぁぁッ!!」


 マリオは膝をつき、両手で顔を覆った。


 アルヴェインは静かに深く息を吐き出すと、泥の染みついた誇り高き白フンをバシッと叩き、マリオの元へ歩み寄って大きな手を差し伸べた。


「いい紙力士だったぜ、マリオ。お前の器用さと、波を鎮める造船技術には、心底驚かされた。……だが、大地は海より重かったってことだ」


「雑賀殿……。俺の負けだ。技の精密さだけでなく、土俵という名の空間そのものを支配する、圧倒的な『漢の重み』……。これぞ大地の不動体。見事というほかない!」


 マリオはその差し出された手を、巨木のような腕でガッチリと握り返した。


 かつて自分を巴投げで完膚なきまでに叩きのめした強敵と、今、盤上の死闘を経て、固い友情の握手が交わされる。


「今日から俺も、雑賀殿のその『白フン精神』の同志として、共にこの学園を引っ張っていかせてもらうぞ! 海神の加護は、常に貴公と共にある!」


「ふっ……頼もしいぜ、マリオ」


「グヒッ!」


 足元でトシロウが、「また一人、とんでもない仲間が増えたな」と言わんばかりに満足そうに胸を張り、得意げに鼻を鳴らした。


 柔道での惨敗によるトラウマから見事に復活を果たし、真の大地の「重み」を手に入れたエルフンドシ番長。その泥臭くも気高き伝説は、さらなる強敵たちを巻き込みながら、熱く、そして果てしなくシュールに加速していくのだった――!

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